舞台堵列
The Sky of Parts[28]
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この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
【!】『対話体小説』の読みにくさを軽減させる為、独自の「改行ルール」、「句点ルール」を使っています。
「おはよう、ルイーナ。
僕は、息子のお前に無視されても構わない。
それでも、毎日必ず、朝の挨拶はするつもりだ。
挨拶は、コミュニケーションの門であると、幼い頃から躾けてきた僕が、それを怠る事はいけないと考えるからだ。
朝の挨拶だけではない。
外出時の『いってきます』や『いってらっしゃい』。帰宅時の『ただいま』や『おかえり』。食事の際の『いただきます』や『ごちそうさま』。
ふ。
そして、一日の終わり。『おやすみなさい』の存在を忘れてはいけない。また、日中の何気ない出会いでの『こんにちは』という挨拶は――」
「お、おはようございます……カッコ、父親の尊称、カッコ閉じる」
「ど、どうした……ルイーナ?
たった今、爽やかな目覚めを体験したところではないのか……顔色がすぐれないようだ。
ベッドから勢いよく這い出たかと思ったら、息つく間もなく、着替えを済ませていた。その程度で疲れてしまった訳ではあるまい」
「か、感謝やお詫びの言葉。
『ありがとう』や『ごめんなさい』も、人間同士のコミュニケーションとして、大事なんですよね。
相手の目を、しっかりと見て話さないと……。
お、幼い頃から、正しく躾けていただいて……ありがとうございました。カッコ、父親の尊称、カッコ閉じる」
「ル、ルイーナ……僕を見上げる眼が、確実に血走っているようだが。
よく眠れなかったのか?
と、いうか、僕に話しかけてくれて、あ、ありがとうございました……」
「カッコ、父親の尊称、カッコ閉じる。
ど、どうしたんですか……何か、ご自分が悪い事をしたと思い込んで、喉元まで、『ごめんなさい』がきているような顔をして……はは。
オレ、怒っていませんので、お気づかいは無用です」
「あ、ああ……。
ルイーナ。
眼球が充血するのは、目の病気なども疑われる。
目の疲れなどによる一時的な症状で、回復の為、栄養や酸素を多量に運ぼうとして、血流量が増加し、血管が膨らんだ事によるものならば良いが――可愛いお前が心配だ。
この父が、診察できる範囲で診てやるから、近くに来るんだ。
充血するとしたら、後は興奮したり、熱中したりした時とかだが……」
「……っ! よ、寄るなっ!
は、はなせっ! カッコ、父親の尊称、カッコ閉じるっ! う、うわぁああああああああああ!」
「ル、ルイーナ?
どうしたと言うんだ。
僕は、触れる前であったのに。
と、いうか、なぜルイーナは、あそこまで必死に――」
「それは、エリオットが親として、無神経だから。
あの子だって、もうすぐ十三歳。
親に、絶対に知られたくない事だってあるの。だから、私は、ルイーナが朝ご飯を食べに行ってしまうまで、布団に包まれて隠れていたの。ごろん、ごろん」
「……ほう。
アリス、あの作戦を実行に移したという事かっ!
なるほど!
ならば、先ほどのルイーナの行動にも頷けるというものだ。
くく。
ああ、ルイーナ。
本当に可愛らしい!
しかし、お前は、そんな風になった自分を、制御できるというのか?
突然、自分の身に起こった事に、果たしてたえられるのだろうか!
……いや!
堪え忍ぶという行為自体が、そもそも愚かだ!
アリスっ!
父と母として、教えてやれば良かったな!」
「エリオット。
これは、大きな事をなす為の過程――手段の一つにすぎない。
意識していなかった訳ではないが、ルイーナは、男子。
事を、早めに進めた方がいい。
最終的に、どこまで影響が出る問題かは分からないし、実は、取り越し苦労であったという事にもなるかもしれないが」
「ふ。
男親として、一つ言えるのは、我慢は良くない。
十三歳になる直前かっ。
僕は、目覚めを迎えていた。
毎日のように、アリス。君の事ばかりを考えていた。
罪悪感など、まったく感じていなかったさ!
アリス姉さんは、必ず、僕の手に堕とす。いや、堕ちるべきだ!
それが捻じ曲がっているとは、一切思わず過ごしていたっ。
僕と再会したアリス姉さんが、僕を拒絶する。そのような事は、あり得ないと思ったが、階段を二段とびで駆けあがるが如くに、急激に成長する僕は、勢いを得た自分に言い聞かせてやる為にも、考えていたんだ。
どのような準備をしておいたら、アリス姉さんを、僕の好き勝手に扱えるのだろうという事をな!」
「そんな昔から、ご苦労だったな!
この場で、役目を終えさせてやってもいいんだぞ? そ、それ以上は、私の口から言わせるな!
は、母親として……どこかで、経験するかもって……ワイドショーで知ってしまって以来……わ、私も、いろいろとあるんだ!
け、今朝は、ルイーナと一緒のお布団にいてはいけなかった……ご、ごろんごろん。ご、ごめん……ルイーナ……か、母さん、何も知らないから……ごろんごろん。
ご、ごろんごろん。と、とにかく、私は、冷静になって、作戦の成功だけを考えよう。
ごろんごろん」
* * * * *
「ルイ、どうした?
目が真っ赤で、顔色青い……あれ? 急に、顔が赤くなった?」
「な、なんでもないよ……エルリーン!
な、な、何も考えてないよ……オレ、そんな、エルリーンを……はは……ご、ごちそうさまでしたっ!」
「ルイ。
どうしたんだっ。
って。
ほとんど、食べてない?
ルイのやつ、体調悪いのかな?
せっかく、休日なのに。
……そういえば、食堂に人がいない?
あれ?
っていうか、リリンたちもいない。
ジーン叔父さんは、今朝も、彼女さんのところへ出掛けちゃったし。
みんな、どこへ行っちゃったんだろ?」
* * * * *
「……軍師殿かっ!
軍が、突然動いたという一報を受けたのに、俺だけは、残るようにと言い出したのは、一体どういう了見だ……なんだ、ルイか。
部屋の扉が開いたので、軍師殿が来たのかと思ってしまった。
お母さんは、どこにいる?
急いで会いたい。
さっき、俺の部屋に来るようにと、通信機にメールを送信したんだが……ルイ……どうした?
黙ったまま、うつむいて……っ!
な、なんだ……これは……俺に、何を……うっ……かはっ」
「ダノンさん……それ、タケ――竹内イチロウからもらったものなんだ。
ごめんね、服が少し濡れてしまって。
でも、大丈夫。
すぐに、気持ち良くなって、何もかも分からなくなっていく。ダノンさんは、自分を見失っていくから――」
「こ、これは……ル、ルイ……なぜ、知っていた……ま、まさか……っ」
「そう。
これは、母上のご指示。
ダノンさん、悪いんだけど、オレの支配欲を満たす為に、協力してくれないかな?
断れないと思うけど、だって、それ――」
「て、天王寺アリス……いったい、何をたくら……うっ……ああ……」
* * * * *
「け、今朝も廊下掃除をする羽目になったのか……エリオット・ジールゲン」
「今朝も、彼女に結婚を断られてきたのか、『後ろの人』」
「ジーン・インヴァリッドだっ!
……まあ、お前の言う通り、気安く名前を呼ばれたくないが……それにしても、すっかり、モップを手にする姿が似合ってるじゃないかっ!
世界に対して、詫びる気持ちを込めて、しっかり廊下を磨けっ!」
「ふん。
その口のきき方、僕が軍のトップであった頃なら、甚だ尾籠であると斬り捨てているところだ。
だが、まあいい。
許してやる。
元が軍の人間だか知らんが――あいつら、僕が、ひたむきに、一心不乱に廊下掃除をしていると、寄ってきて手伝おうとしてくる事があるんだ。
おこがましいにも程がある!
『後ろの人』。
出過ぎた真似だと思わんか? 分不相応であると言っても過言ではない。愚かな奴らめっ」
「っていうか、軍を辞めて、おれらの組織に来てくれたって言っても、あいつらは、ルイに――Lunaに忠誠誓って集まってきたんだから。
ほら、お前の息子って事で。
だから、本当は、お前の方を見てるって事じゃないのか?」
「この前も言っただろ!
忠義立てする相手は、ルイーナ――Lunaだ。
にもかかわらず、このエリオット・ジールゲンの方を見ていること自体、行儀が悪いと思わんか?
礼儀をわきまえぬ無作法な振る舞いであろう!
栗毛でエプロンのご婦人の夫君ぐらいだな。
その事を、一度言ってやったら、理解して寄ってこなくなったのは。
彼、最終的に、それなりの階級だった人間だ。
分をわきまえている。
後の連中は、毎度、考え方を捻じ曲げるような独裁演説をして追い払っているが……僕も、廊下掃除をしながら、弁舌を振るうのは、面倒なんだ。片手間で、粗放で、手抜きになると、余計に乗り気になれない」
「……言いたい事は、伝わってきた。
そして、たしかにルイの方を見るべきだな。それは、道理にかなっている。筋が通っていると言える」
「くくっ。
『後ろの人』。僕の意見に、今日も同意してしまったな!
ああはははっ。
そんな事では、彼女と、書類上の夫婦になる事ができんぞ!
はは。
おっと、失礼っ。
今朝は、久々に誰も寄ってこなかったのでな! 少々、退屈していたんだ!」
「時間潰しに、おれを使うな! お前だって、いまだに書類上、妻子の欄は空だろう!
……あれ?
そういえば、基地内がやけに静かだ。
みんな、なにして過ごしているんだ? 今日が、休日とはいえ、なんで人の気配を感じないんだ?」
「細かい事を、気にする必要はないだろ。
僕の可愛い義理の娘など、拉致され、タワー『スカイ・オブ・パーツ』に連れていかれ、このエリオット・ジールゲン直接の監視下に置かれたにもかかわらず、大好物のエビフライが、食事として提供されるのであれば、問題なさそうな顔をしていた。
自分が閉じ込められている鳥カゴの中に、幸せはあったのだと、冷静な様子を見せてくれたぞ」
「閉じ込め……鳥カゴ……お、お前っ!
エリオット・ジールゲン!
うちのエルリーンを連れ去った時に、何をするつもりだったんだ!」
「僕は、何もしないつもりだったさ。
ふ。
お嬢さんの心の領土を侵略し、そして、自由を行使する権利を奪えと、真の『息子』として覚醒させたルイーナに、命令するつもりだっただけだ!」
「ちょ、おま……ゆ、許さんぞっ!
お前が、ほぼ、諸悪の根源だ!
やりきるつもりだったって事じゃないかっ!
やっぱり、お前なんかのところには、うちのエルリーンはやれないっ!」
「それを決めるのは、親の僕らではないだろ――お嬢さんとルイーナだ」
「理路整然と、物事を説明していくようなやり方で、人情味あふれる台詞を、お前なんかが吐くなっ!
どこを、どう考えても、人間としても、親としても、誰にも誇れな……あれ?」
「どうした、『後ろの人』?
ははっ。
ついに、このエリオット・ジールゲンに、すり寄る気にでもなったのか?
『後ろの人』は、いちおう、とりあえず、仮程度ぐらいだが、お嬢さんの親だ。僕なりに、これでも、最大限の敬意を払って、手厚い対応をしているつもりだが……ん?」
「……なあ、エリオット・ジールゲン。
廊下。
いつもより、暗くないか?」
「ふむ……。
言われてみれば、開放的ではない感じがする。
逆に、両側の壁、天井などが、普段よりも遠くに感じる――。
空間全体が、遠慮しがちに、僕たちをもてなそうとしている。
悪い意味でだ……。
軍で使っている、反省を促す対象や、自白を強いる対象などを閉じ込めておく部屋が、こういう印象を与えるように設計されているのだが。
内々にバーンとやる時の部屋とかもだ。
いや。
だが、ここは、先ほどまで、僕が掃除をしていた廊下だと思うのだが――ん?
……えっ……ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああぁあわああああっ!」
* * * * *
「あれ? なんで、廊下がこんなにも暗いんだ?
っていうか、こんなに広かったかな……いつもと一緒に見えるんだけど、違う感じがする……どうしてだろ。
なんか、誰もいないし。
ジーン叔父さんも、まだ帰ってこないし。
ダノンは、知ってるのかな?
ルイの様子もおかしかったし。
……あ!
ルイ!
なんか、廊下おかしくないか?
何か知っていたら、副班長として、班長のあたしにほうこくを……ルイ?
どうしたんだ?
うつむいたまま、黙り込んで――ん?
……えっ……ぎゃぁああああああああああああああああああああああああああぁあわああああっ!」
発熱に加え、目の充血が確認された場合、内科だけの受診を続けるのではなく、早めに眼科にもいきましょう。
小児科で、子供と同時受診を希望して、風邪薬の処方のみで済ませるのは、おすすめできません。
「眼球が充血するのは、目の病気なども疑われる」
この部分の初稿を書いたのは今年の六月なんです。これを読んでいる執筆者でもある読者さま、半年後の自らの体調不良の予言を、物語内に書かないよう、ご注意ください!




