『敵対』同居のアリスとエリオット
The Sky of Parts[03]
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
Web上での読みやすさ優先で、適当に改行などをいれたりしてあります。
「天王寺先輩。お目覚めかな?
バイタル関係からしか分からないけど……僕の声、聞こえているか?
脳波も、脈拍も、変化してるから、大丈夫そうだね。
――疑う行為自体が、恥知らずと罵られると分かっていたが、どうにも念の為、他の誰かと、何もなかったか――知りたかったんだ。
そちらは、問題なかったようで。
この振る舞いは、好きなだけ痛罵を浴びせてもらって構わない。
繰り返しだけど、聞こえているか?
しっかり録画として残しておいたんだが、音だけだと伝わるかな?
いや、さすがに僕が好きになるような君だから、それなりにモテたみたいで、僕のところから君をさらっていった反乱分子の連中を、二年前に半壊まで追い込んだ時に、捕らえた男の最期なんだが――タケに頼んで、息絶える直前に、『この世で一番好きな女性の名前を口にする』ように薬で仕向けた映像。
この男、知ってはいるんだ……声で分かるぐらいに。
バイタルが変化してる。
でも、良かった。
聞こえたと思っているけど、叫んだ女の名前は、『エルリーン』だった。君の名ではなかった。
『エルリーン』なんて女が誰だか知らないが。
ああ。
何度も聞こえたバーンという音は、録画の音声だから安心してほしい。
怖い?
気づいていると思うが、『こんな薬』使われている時に聞くと――。
大丈夫。
すぐそばで、タケが管理してる状態で使っているから。
ご存知だと思うけど、僕だって、今すぐ医者になれる程度の医療知識で良かったら持っている。
――竹内イチロウという男は、天王寺先輩から見たら人格に大きく問題があると思うが、医者としての腕は相当なものだから。
あと、うっかり君を消したい衝動には駆られるなって、再三言っておいた……聞こえている?」
* * * * *
「……うえ…はは……母上!」
「……ルイーナ……?」
「はい、ルイーナです。おはようございます。
こんなところで寝てしまったんですか? 父上と遅くまで、お話されていたんですか?」
「……エリオットっ!」
「そんな、引き締まった顔で、ハッとしてソファから飛びおりなくても、誰にも襲われたりしない。
――ここは、我が家のリビング。
朝食に用意した、香ばしいパンの焼ける匂い。おいしいコーヒーが作られていそうなのも、感じられるかな? サラダに添えるベーコンと目玉焼きは、もうすぐできる。
おはよう、天王寺先輩。
悪い奴にでも捕まって、ひどい目にあわされる――夢みたいなものでも見たのかい?」
「エリオット……お前……っ」
「父上!
母上は、悪いヤツらに捕まっていたんでしょ!
昨日のタケもだけど……どうして二人とも、母上を怖がらせるような事を言うのっ。
助けられて、ここに来て、もう安全だよって、どうして、もっとちゃんと言ってあげないの!」
「ルイーナ……」
「……ああ。そうだな。父上が悪かった。
すまない、ルイーナ。お前にも、母上にも謝っておくよ」
「あとで、タケにも謝らせてね!
タケ、最近ね、ボクがもう寝たと思って、『生意気なガキの世話は、本当に疲れる』って言ってたんだよ。
それは許すけど、母上を傷つけるような事は、ボクが許さない」
「……ぷっ。あははは。
なんだ、エリオット?
自分が一番の手遊び相手だと信じていたルイーナが、小さい身を挺して、私を護る騎士になってくれる様子が、それほどまでに遺憾に思えたのか?
情けないとは言わないでおいてやるが、息のかかった取り巻きどもに、今のその表情を見せられるのか?
エリオット、いまさら視線を少し下に向けても手遅れだ。
この天王寺アリスには知られてしまったからな。
大勢の前で演説しても、すべての人間が自分の方に眼差しを向ける――うぬぼれるほど当たり前と思っていた、矜持を傷つけられたのか?」
「いや。
肩の下まで、髪を伸ばしたいとか言うようなルイーナが、ずいぶんと男らしい態度をとれるのだなと。驚き、成長を喜ばしく思っているだけだ。
僕は、ずっと適度に短い髪型が気に入って生きてきたから……」
「やかんが沸騰する音で、どうせよく話が聞き取れない。
エリオット。
喋り続けるぐらいなら、流し台の前から、IHクッキングヒーターの前へ移動して、黄身がかたくなる前に、皿に盛る作業をしたらどうだ?
『いつでも処せられるんだぞ』と超ストレートな脅しをかけられて、『いいか。生かしてやってること自体に感謝しろ!』と思えと強要されるような、夢みたいなものを見て、正直少しばかり朝の目覚めが悪いが……こんなにも、ルイーナが想ってくれているのなら、まあ、食後に苦めのブラックコーヒーを一杯飲めれば、頭の中もスッキリしゃっきり。
ろくでもない連中の事など、思考の中から排除して、これからの時間を過ごしていけるのかなと思ったの。
――そこの白いポロシャツに、薄い橙色のスラックスに、エプロンつけてるヤツ。
エプロンのピンクうさちゃんアップリケは、ルイーナの趣味だと信じたい。
手を止めて、私を睨みつける暇があるなら、食パンにバターをたっぷり塗って持ってこい。
バター入りでも、マーガリンは認めない。
サラダにドレッシングをかけるなら、ノンオイルもいいが、チーズが入ってるやつがあるならそれがいい。
プチトマトがあるなら、見た目重視よりも、食べる時に面倒という理由でヘタを取ってから盛れ」
「……本当。
昨晩、タケが、『もうほんの少しだけ、注入量を増やしてもいいですか?』と、聞いてきた理由が、今なら分かってやれる……」
「そうしていたら、大きなL字型採光窓があって、二階層以上の吹き抜けで、天井高くて、あり得ないぐらいに開放的な空間を主張してくるような、ロングソファを置いても狭くも感じない、生活感が慎むどころか消滅しているような、この部屋でのこの朝がなくなっていた、というだけだ。
天王寺アリスという人間は、信心深い方ではないのでね。
消えた先で、後悔している自分を想像して、怖いとも考えていない。
部屋全体のデザインを崩さないように、色合いあわせて床に敷かれたカーペットに食べ物シミでも作ってしまおうか。そこのどっかり置かれて存在感あるダイニングテーブルをずらして、汚れた部分をテーブルクロスで隠したりしてみると、計算され過ぎた空間バランスが狂って、少しは違和感ができ、俗世の人間が落ち着ける部屋に近づくと思うが……食べ物をこぼすこと自体が、もったいない行為なのでやめておこう」
「うわー。
なんだか良く分からないけど……母上って面白い方なんですね!
戻ってきて下さって、これから一緒にいられるかと思うと、ボクは嬉しいな」
「うん。ずっと一緒にいるよ。ルイーナ。
三畳一間で、床で転がって、ひしめき合って寝るような、風呂とトイレも共同の家かもしれないし、スコップで手掘りしたような防空壕で、夜は明かりもない中、やっと食事にありつけるような生活かもしれないけど、母さんは、ずっとルイーナと一緒にいるからね」
「……朝食ができた。ルイーナも席につきなさい。
天王寺先輩は、生活スタイルに興味があるようだから、暇つぶしにそういうブログ記事でも書いてみたらどうだい?
『天王寺アリス』の名前で発表させるような事はできないが、嘆願文章でも一緒に添えてくれたら、喜んで道を用意してあげよう。
僕がね」
「いや。ブログはもういい。
必要ない。
ネットの向こうのやつが、実は小面憎い場合があると、当たり前のように危険視していたが、実体験を味わえたので、きっぱり引退する。
それより良いのか?
エリオット。
この無駄に大きな窓からのぞめる高層景――あれが、私がこのタワーを撮影していた、山だと思うが」
「別に、問題はない。こちら側の景色は、ね。
天王寺先輩。
一人の時に、時間を持て余して、じっくり観察されると、余計な感想を持たれて、厄介な事に繋がるとも考えられるが――僕か、ルイーナか、タケが立ち会っている時なら、許可しよう」
「エリオット。
『差し許す』って、言い方か?
他の方角――ブログの読者が、自分で撮影した写真を返信に添付してくれる事があったが……何も、行っていない時のただの街中写真の話だ。
だけど、私の推測が正しければ、『此岸とは思えないような、憫然な光景』を見せつけているのは……違う方向」
「とても難しい言葉を使うな……。
ルイーナの語彙力では到底理解不能だ。でも、僕には伝わったから安心するといい。
ちなみに、ルイーナの部屋からも、『違う方向』は見えない。
何も、行っていない時の民間人たちの写真撮影にまで、きっと目が届いていなかったのだと思う。
反省するよ。
『sagacity』の検閲対象にも加えておく。
天王寺先輩、ご報告ありがとう。
なんでもないと思える、君の撮っていた風景や小物の写真。危険なものがないか、もう一度すべてに目を通しておかなくてはな」
「え? この前、父上が見せてくれた綺麗な写真は、母上が撮ったんですか?
うわー。
そうなんだ。すごい!
他にもあるんですか! 見たい!」
「さあ?
最新の撮影データは、カメラごと没収されたから。
エリオットが返してくれれば、未公開画像をルイーナに独占で見せてあげられるけど?」
「許可できない。
アップロード・ツールとはいえ、通信機能のあるカメラは返せない。データは残してあるから、印刷物としてで良ければ、写真は渡そう」
「紙媒体が問題ないなら、果てしなく長くなりそうな休暇の潤い程度に、読書がしたい。
『拳銃の扱い方』なんて、本屋の店頭に置くのを真っ先に断られそうな、直線的に脳みそに刺さりそうなタイトルの書籍のオーダーはしない。
せっかくなら、ルイーナにおススメしてやりたいと思う本はある。そういった注文はつけたい」
「わあ。母上は、本がお好きなんですか?
ボク、父上がお仕事でいない時は、一人で本読んでるぐらいしかなくて……最近、ちょっとツマラナイなと思ってましたけど、母上がおススメしてくれるなら、すごく読んでみたい」
「分かった。言ってくれれば、内容確認の上だけど、書籍の購入は差し許そう。
――それよりも、天王寺先輩。
自分は、使いもしないのに、ソースの瓶を僕の手の届かないところに移動させておくのは、やめてくれないか?
僕が、しっかり黄身に火を通した時以外は、目玉焼きにソースをかけないと食べられないのは、知ってくれていると思っているが……」
「エリオットとは、敵対しているから。ずっと、昔から。長い間」
「父上と母上は、仲が悪いんですか?」
「そうではないの、ルイーナ。
大丈夫。
母さんとエリオットは、『敵対』しているだけ。
だから、もしかしたら、ルイーナが思い描いていた、親の像は崩してしまうかもしれない。
エリオットがどう考えているかは、分からないけど――母さんは、ルイーナがそばにいてくれるなら、この状況を楽しいと考えようと思う。
一緒に楽しいと、考えてくれる?」
「天王寺先輩。
僕は、普通に、何事の問題もないような家庭像を、君も心の底から描いてくれて、それが実現されるように、希望していて、これからも仕向けていくつもりだ」
「きっと、ボク良く分かってないけど。
たしかに、ちょっと父上と母上は、おかしい……って言ったら怒られてしまうかな?
でも、なんだかワクワクしてきたから、楽しいと考えます!
『敵対』してるって、どういう意味か、さっぱりですけど、ソースの瓶は父上に返してあげて下さい」
「ルイーナにお願いされては、返してやるしかないな。
エリオットの白いポロシャツが、瓶の扱い方を誤って、ソースで汚れた図を想像しながらなら、返してやろうっ」
「母上、面白い!」
「……ルイーナがいても、自分のペースがとれるように、先手を打ってくるとは。
大学で学ぶ、兵学の基礎授業のマニュアル通りのやり方だ」
「ソース瓶をそばに置いておくと、うっかり倒してしまって、この無駄なぐらいにヒラヒラついている白い開襟シャツが、いつか汚れるんじゃないかと、嫌々していた。
だから、厄介モノを『敵対』相手に押しつけられて、モヤモヤが消えた。
溜飲が下がったような気分すら感じる。
……しかし、こんなシャツに、丈の長い紺のスカート。
さっき目覚めたら、勝手に着せられていた服だが――。
ルイーナも、私と同じようなシャツに、サスペンダー吊りの濃紺の半ズボン……エリオット。お前の格好も合わせて、まるで授業参観帰りの親子」
「授業参観?」
「ルイーナは、学校には行ったことないのね……いつか、必ず行かせてあげるから。
そこ!
目玉焼きにソースをかけ終わったヤツ!
フォークを持つ手が完全に止まっているぞ!
――エリオット。
『あの日』が、授業参観の帰り道だったからか? 私と父が、お前に初めて会った日。
……いや、すまない。
過去のお前にだが、謝っておく。私は、たとえ敵相手であれ、体面を汚す行為は好まない」
「お気づかいありがとう。
特に気にしてない。
服装ぐらいしかおぼえていない人たちの事だ――。
天王寺先輩。
親切な君に言うのは失礼なのかもしれないが、僕は、敵相手であれば……特に、敵に対して、それが大きな効果になると判断すれば、そういった手段をとる事をためらうつもりはない。
……朝食を食べ終わったら、僕は、仕事があるので、この部屋から出ていく。
昼食までには戻れないから、そこの皿にのっている作り置きを、ルイーナと二人で食べてくれ。
それは、割れない皿だが、電子レンジには対応している。適当に温めなおして――陶器の皿は、割れるとケガをさせてしまったりできてしまうぐらいに危険なんだ。
ルイーナを、ここに一人にしてしまう事が多くて。
まだ子供だから、調理器具の収納棚もすべてロックできるようにしてある。
お茶が飲める程度に、湯を沸かせるポットは置いておくが、全量かぶっても致命傷にはならないぐらいの量しか用意できない。でも、取り扱いには注意して。
あと、万が一の怪力で、ソファを持ちあげてぶつけても、窓ガラスは割れない。当たり前過ぎる注意事項だ。
夕食は、仕事中に思いついたものを僕が作る。
学生の頃、レポートの作成で缶詰状態の天王寺先輩に、何度も弁当を差し入れしたし、妊娠中もおいしいものをたくさん作ってあげただろ。
だから、期待して、僕の帰りを、ただ待っていてほしい」
「ブラックコーヒー飲んで、思い出が消えるぐらい、すっきり頭の中をリセットしておく」