歔欷の詩【幼き鳥のすすり泣き】
The Sky of Parts[28]
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
【!】『対話体小説』の読みにくさを軽減させる為、独自の「改行ルール」、「句点ルール」を使っています。
『閣下。
謀反人、天王寺アリスの捜索再開の件――この竹内イチロウも、全身全霊を捧げさせていただきます。
反乱分子に加担した重罪人故、必ずや、エリオット・ジールゲン閣下の御前に、あの女の首を献上させ――』
『天王寺アリスは、生け捕りにして、僕の前に連れて来い』
『は……?
し、しかし、『sagacity』は、あの女を消せと言っていると……閣下自身が、仰っていたではありませんか!
ルイーナ様の母御だからですか?』
『喰らいたいそうだ。
……『sagacity』が、天王寺アリスの戦略を、もっともっと血肉にしたいと、騒ぎ立てるんだ。
だから、彼女を生かしたまま、このエリオット・ジールゲンの配下に組み込む事にした。
――数年ぶりに、会いたくなったんだ。
ルイーナを、僕の手から奪い去ろうとした、あの女にな。
僕のそばにいた時は、もう戦争なんて見たくもないと言っていたじゃないか。
なのに、反乱分子に、手を貸したりして――戦争の道具に、仕立ててやるつもりだ』
『――閣下。
ご心痛のほど、お察しします。
憚りながら、申し上げます。
お気持ち、理解いたしました。
では、エリオット・ジールゲン閣下の命により、兵役に服する事を義務付けられた、軍卒として――』
『いや。
天王寺アリスは、僕の正妻として迎え入れる』
『え……閣下?』
『今朝、ルイーナの赤い髪を、撫でてやっていたら、急に腹が立ってきた。
天王寺アリス。
最高の暮らしをさせてやろうと言っているのに。
この世界の支配者たるエリオット・ジールゲンの妻になる事を、差し許したにもかかわらず、逆賊に成り下がった。
ルイーナを、濫妨しようとしただけでは、飽き足らずな。
……穢してやりたくなった。
僕の横に立ち、共に、残虐な行為を行う伴侶。
俗世から疎まれる存在。
タケ。
あの女の使い方がそれならば、お前も、少しは溜飲が下がるのではないか?』
『仰るとおりでございます。
――ただ、そうなると、天王寺アリスには、恩赦を与える事になります。
そして、私邸内に、あの女を入れる事は、閣下の御身の危険につながりかねません。諫めさせていただく意味で、竹内イチロウが進言します。
閣下に反逆した罪。
やはり、命で償わせた方が良いかと……』
『では、一時間後に三人ほど、反逆者の命を奪ってやるか。
竹内イチロウ。
すぐに準備を進めろ』
『は……?
えっ……ぎょ、御意……』
『竹内イチロウ、見ろよ。
窓の外。
これは、僕が支配する世界――。
分かるだろ。
僕が、法であり、秩序であり、すべてにおいての事実なんだ。
書類上、存在しない彼女に罰を与えられるのは、このエリオット・ジールゲンのみ。
鉄槌を下してやりたい。
天王寺アリスの身も、心も、彼女が忌み嫌う戦争に、供してやろう。
これ以上の制裁はない。
――なあ。
君は、もう、僕の愛するアリス姉さんじゃない。『sagacity』に捧げられる、ただの供物だ。
ツールの一つにすぎない』
『……ぎょ、御意のとおりに』
『そうだ。
タケ、あの件――取り消しておいてくれるか』
『は?』
『ルイーナを、来年から学校に行かせるという件だ。
名も、身分も、伏せたままであったんだ。
取り消すなんて、簡単だろ。
さきほどの話で、伝わったと思うが――手続きの為に、用意しろと命じてあった、書類作りも必要ない。
あの子は、天王寺アリスを捕らえ、その後も使役する為の大切な道具。
余所にやるなどできる訳がない。
ルイーナは、ずっと、鳥カゴの掌中の珠。奥ゆかしく、そして、荒々しい一面を持っている。
……ああ。
タケ。
ルイーナの部屋の扉に、外から鍵をかけられるように、細工をしてくれ。
もう六歳だ。
羽ばたきたいと、檮昧をもって願う事があるかもしれない。後、キッチンの危険なものすべて、ルイーナが、手を触れられないようにしなくては――僕の正体に気づいて、自らを屠ろうなどと、企てるといけない。
どうした。
タケ?
おぞましいものでも見たような顔をして。
このエリオット・ジールゲンと居る事、恐ろしく感じるとでも言うのか?』
『い……いえ。
分かりました……エリオット・ジールゲン閣下の御心のままになるように、取り計らっておきます』
『生き血が流れる様子が、見たくなってきた。じわっとして、流れ……落ちていくんだ。じわっとな――。
楽しみだ。
僕の妻という枷をはめられ、腕を振り下ろす天王寺アリスを見るのが。
かたわらには、ルイーナもいる。
無垢な心が、じわじわと紅く染まり、己を見失っていく、青い瞳の小鳥。
エリオット・ジールゲンの眷属であるという、見えない檻に、あの二人を閉じ込めてやろう。
人でなしの悪魔と罵られながら、この僕の御先棒――道具として、生きていってもらおうじゃないか。
――タケ。
まだ、何か、意見でもあるのか?
僕が、このような態度をとる事、それほど驚いた顔をする必要もあるまい』
『……御意のとおりに。
閣下の御心のままになるように――御二人を、道具として献上いたします。この竹内イチロウも、全身全霊を捧げさせていただきます』
* * * * *
「はあ……今日、話し始めは、ちょっといい雰囲気だったんだけどな。彼女、どうしたら結婚をOKしてくれるのやら。
腹の子の為にも、おれたちは、結婚すべきだと思うんだが。
本当に、強情だよ。
まあ、思ってもみなかった、仕事を辞めたくない理由とか聞いちまったし、同じく思ってもみなかった、結婚をためらう理由を聞いてしまったが……。
おれも、この反乱組織が必要なくなるのを機に、就職先を見つけなくちゃな。しかし、戦争が一時停止中という、中途半端な状態もあっての就職難。
このままじゃ、掛け持ちフリーターでなんとかするしかない。
職が見つからないと、ある意味、ジーン・インヴァリッド、人生最大のピンチかもしれん。
終戦決定したら、都に引っ越せばなんとかなるのかね。
どこに住むにしても、家を、用意してやらないと。
子供が生まれるんだから、それに対応した間取りとかも……って!」
「ああ。
『後ろの人』か。
彼女の帰宅時間にあわせて、わざわざ訪問したにもかかわらず、振られたのか。
ざまあみろ」
「エリオット・ジールゲン……ま、また廊下掃除していたのか」
「なあ、『後ろの人』。聞いてもいいか?」
「な、なんだよ……視線を下に向けて。
エリオット・ジールゲン。
お前、冷静そうな振りをしているが、気落ちしてるだろ。
どちらかというと、お前が、そんなに落ち込んでる理由を、おれは知りたい」
「僕は、誰からも認められる仕事をしていたと思うか?
世界中の誰もが注目するような――誰に言っても恥じない、そんな男だったか?」
「は?
……えっと。
いろいろ、もろもろ、問題はあり過ぎたと思うが……独裁者エリオット・ジールゲンを知らないって奴は、赤子とかで気づいていない限り、いねぇんじゃないか?
後、ニュースとかまったく見てない、超仙人生活の奴とか。
世界の注目っていうか、いや、間違いなく注目の的だろ!
極悪な意味だがっ!」
「そうか。
僕の自宅は、タワー『スカイ・オブ・パーツ』の上層にあったのだが、どうだろうか?
風呂、トイレ共同のこの基地の方が、住宅環境が良いと思うかどうかという問いだ」
「す、住み慣れっていう意味で、おれは、この基地がいいと思うが、いろいろ、もろもろ、問題を除いて想像してみると、タワー『スカイ・オブ・パーツ』が自宅って、どうなんだろうな――。
か、勘違いするなよ!
うちのエルリーンの奴が、見晴らしがすごく良かったって、何度も言ってくるから……ちょっと、考えてみただけだ!」
「僕は、高学歴で、身長も高い方だ。
コンピュータは、クーデターを成功させ、世界の支配者になれるぐらいの『sagacity』システムを作れる程度なら扱える。
ヘリも船舶も操縦できるし、戦車も砲撃まで含めてOK。
表は広告が印刷されている紙に手書きで、しかも、意味不明なラクガキまみれの作戦書を渡されても、銃器とダイナマイトさえあれば、軍の施設に単独で乗り込んで、証拠も残さず任務をこなせる。白兵戦力は、それぐらいしかない。
後、人の心を揺さぶって、マインドコントロールというか、洗脳に近い事ができるぐらいの才能しかない」
「は?
いや、それって卑屈なのか、自慢してるのか、悩んでるのか。
……まあ、いいや。
実は、お前の変な作戦で、おれを取り込んで、うちのエルリーンに何かしようとかって、企んでるかもしれんからな。
じゃ、じゃあな……お前と、ざれるなんて御免だからな!」
「『後ろの人』。
できちゃった『未婚』の相手が、子供を背負って掛け持ちフリーターが夢だと言ってきたり、三畳一間で、床に転がって、ひしめき合って寝るような、風呂とトイレも共同の家に住みたいとか、スコップで手掘りしたような防空壕で、夜は明かりもない中、やっと食事にありつけるような生活を望んできても、止めない方がいいぞ」
「エ、エリオット・ジールゲン。
お前の言いたい事が、よく分からんが……いちおう、おぼえておく。
できちゃった『未婚』の相手って、軍師殿――天王寺アリスさんの事か?
そ、そういう意味で、おぼえておく」
* * * * *
【―これは、小鳥が心―】
待って……待って……行かないで。
大地に根を張る石巌。
地上に伸びる石巌。
石巌は、末に天上、月の楽天地へ至る。
違うよ。
これは、果ての姿。
結びを迎えた世界。
御花って、知ってる?
ぼくの世界には、存在しなくなった。
瓦礫となりて塵芥。
すべて崩れ落ちたから。
あとに残ったのは、がらくた石巌、土台だけ。
上を占め、咲いていたはずの住み処は、今や瓦礫となりて塵芥。
眸子が動かぬ番いにとっては、終の住み処。
見つめる光感じる眸子は、没意義の定火消し。
歔欷って、知ってる?
ぼくの世界には、存在している。
これが、常世に続くべき、人がたどり着く神域だと思うの?
偽りの楽天地を、なぜ描き続けるの?
違うよ。
これは、果ての姿。
結びを迎えた世界。
待って……待って……行かないで。
今回の詩は、『生の終焉』のイメージが非常に強いので、難しい言葉を並べました。
言葉の意味の説明をつけるのは、どうかな~と思ったのですが、読者様に辞書検索してもらうよりは良いだろうと考え、あとがきに書いておきます。
・石巌……岩。※この場合、建物そのもの。
・楽天地……楽園。
・塵芥……ちり。ごみ。
・眸子……瞳孔。※瞳孔の対光反射という事です。
・番い……二つで一組み。夫婦。
・没意義……意味がない事。
・定火消し……江戸の火消しの職名。
・歔欷……すすり泣く事。
『果て』、『結び』などは、他の回でも使っていますが、『終わり』を意味し、言葉でぼかしています。
『屠る』、『絶える』などは、そのままの意味ですが、一般的ではない言葉を選択する事で、ぼかしています。
こんな荒い物語のくせに、と思われるかもしれませんが、設定展開が必要な序盤はともかく、『生の終焉』を直接イメージさせる用語の使用を、なるべく控えています。
エリオットが使用する難しい単語は、流れで、一般的な意味を説明するかのような台詞を繋げている場面もありますが、フォローなしが多いですね……難しい単語自体が、対話を中心としたこの作品の雰囲気を作る演出ツールとなっています。ご理解いただけると、幸いです。




