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合わせ鏡

The Sky of Parts[27]

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。


Web上での読みやすさ優先で、適当に改行などをいれたりしてあります。


『――面倒な事を。

 情に満ちた、温もりあふれる態度――天王寺アリスですらも懐柔かいじゅうできたほどの演技をもう一度しろなどと、よく平然と言えたものだな。

 ふん。

 分かっている。

 我らが子であるルイーナに、世界を握らせる為。

 アリスは、またそのように言うんだろ?

 ははっ。

 いいだろう。

 マスターたる天王寺アリスからの命令だ。

 うやうやしい態度で、承ってやろう!

 ふふ。

 この『力』を試す、絶好の機会を与えてくれたつもりか?

 さすがは、アリス。

 あつらえ向きの作戦を立ててくれる。

 籠絡ろうらくなど容易たやすい相手だが、まあ、真剣にことに当たってやろう。

 お嬢さんを使って試してみたが――ああいった時に、便利な『力』だ。

 ルイーナさえどうにかすれば、エルリーン・インヴァリッドは、あっさり僕の手に堕ちる。

 あははははっ。

 冗談だから、安心してくれ。

 しかし、アリスは、どこまで世界を壊すつもりなんだ?

 ああ。

 天王寺アリスは、おのが計画を、冷然れいぜんたる面持おももちのまま貫ける『力』を持っているのだったな。

 最もリスクが低く、『敵対』相手に与える被害が最大になると判断したのなら、大切に思う子供たちを、平気で、このエリオット・ジールゲンの前に差し出すような真似ができる。

 うつつを、手に入れる道具として、利用してしまう。

 怖い、怖い!

 あはははははははっ。

 君の軍の『三十二等兵』として言っておいてやろう。

 ルイーナに、真の君――真の母親の姿を見せないように注意したまえ』



* * * * *



「はあ。

 今日も駄目だったか……軍の関連施設って言ったって、働いてるのは、食品工場なんだから気にしなくていいのに……うわっ!」


「廊下は、ワックスがけの直後で滑りやすいぞ。

 『後ろの人』。

 派手に転んで、尻餅までついてしまったな。

 くくっ。

 その重厚感漂う、お洒落な青色ベースのチェック柄スーツは、100%クリーニング行きだっ!」


「エ、エリオット・ジールゲン……お前、勝手に部屋から出て、基地内をウロウロするな!

 たしかに、部屋に鍵をかけていないが、それは、ルイや軍師殿も同じ部屋だからという事であって、お前は、いわゆる謹慎の身だろう!

 ……それとな、おれには、ジーン・インヴァリッドっていう名前があるんだ!

 『後ろの人』ってなんだっ!」


「ふん。

 僕に、気安く、名を呼ばれたくないんだろ?

 はは。

 これは、僕の優しさの形だ。

 ありがたく承ってもらおうかっ」


「くっ……この野郎……聞かせろ!」


「ほうっ。

 この僕に、何が聞きたいと言うんだ?」


「……なぜ、お前が、廊下掃除をしている?

 エリオット・ジールゲンが、廊下掃除してるなんて、おかしいだろっ!」


「ん?

 それは、適切ではない発言だと、僕は判断させてもらう。

 『後ろの人』。

 僕が、モップを手に、廊下掃除をしている事のどこが、突飛とっぴであると言うんだ。

 お前たちの組織では、すべての人間が、持ち回りで雑用をしているんだろ?

 責任者の人ですら、順番が回ってこれば、食堂の窓ガラス拭きを担当しているのではないのかね」


「責任者の人?

 ダノンの事か。

 た、たしかにそうだが……というか、なんで部屋の外に、お前がいるんだ!

 ……廊下掃除をするフリをして……何を企んでいやがる!

 何でこんな状況になっているのか、すべて白状しろっ。

 おれにも分かるように説明しろ!」


「やれやれ。

 聞いてくれるのが、僕の可愛い義理の娘であれば、すぐにでも答えてやりたくなる。

 うるわしい様子で、まくし立ててくれるんだ。

 うちの義理の娘は」


「うるさい!

 うちのエルリーンは、ルイにだったら任せる覚悟をしているが……お前なんかに、渡すもんかっ!

 どうせ、書類上は繋がらないんだっ!」


「ふん。

 心の狭い奴だ。

 『後ろの人』、そんな事では、我が子の母たる彼女と、いつまで経っても、書類上で繋がる事はかなわないぞ」


「うるさいっ!

 エリオット・ジールゲンっ! お前になんて、そんな事を言われる筋合いねえ!

 あんなに大きくなった長男がいるのに、書類上、完全独身なんだろっ!」


「長男を授かっておいたおかげで、あのようににも、にも富んだお嬢さんを、我が家に迎え入れる事ができる。

 我が家にな」


「ふざけるなぁあっ!

 おれが、この場で、兄貴の仇を討ってやる!」


「ふ。

 戦争再開の引き金をみずから引く覚悟があるというのなら――僕は、逃げたりしないさ。

 『後ろの人』。

 その手にした、彼女に受け取ってもらえず、みじめなさまを象徴するかのような、花束を使って、僕を討ち取るがいい」


「ジーン・インヴァリッドだっ!

 ちくしょー!

 世界全員を人質に取りつつ、おれのプライドをズタボロにしやがって……そういえば、部屋の前に見張りの奴がいただろっ。

 あいつは、どうした!

 軍にいた奴だったよな……どこ行ったんだ……ま、まさか」


「ああ。

 部屋の扉を開けたら、僕と目が合った瞬間に、敬礼してきたので、命じてやったんだ」


「なっ……!

 お、お前……エリオット・ジールゲンっ!

 やっぱり、大人しくするフリをして……この基地で、何をするつもりだ!」


「くくっ。

 教えてやろうか?

 見張りの者が、いかにも僕の命令を待っているさまを見せたので、下知げちしてやったんだ。

 ――手にしている掃除道具を、こちらに手渡したのち、僕の朝食の食器を、食堂に返して来いとな」


「……は?

 あ……あっと……は?

 えっと……?」


「アリスは、責任者の人に呼ばれて不在で、ルイーナも学校に行ってしまった。

 僕以外の誰もいない時に、食器や洗濯物の回収時間が来た場合、廊下に出しておけという、お前たち組織のルールに従ったまでだ」


「ああ。

 そういう事か……って、おかしいだろっ!

 おかしいっ!

 廊下に、勝手に出たり……見張りの奴を、追い払ったり……おれにも分かるように説明しろ!」


「ふう。

 僕の可愛い義理の娘が、質問してくれたのなら、お茶でも飲みながら、ゆっくりと説明してやりたいところだ。

 だが、まあいい。

 廊下が、きれいになって、今、僕は機嫌がいいんだ。

 特別に教えてやろう。

 『後ろの人』。

 少し考えてみろ。

 こういう時にこそ、おかしいという言葉を使うべきではないか?

 見張りの者は、この組織の一員となった人間。

 しかも、ルイーナに仕える為にやってきたはず。

 このエリオット・ジールゲンに、敬礼したとは、一体、どういう了見りょうけんだ――」


「あ……ああ……なるほど」


「僕が、この組織に移籍してきた、元部下を掌握し、アリスとルイーナを手の内におさめ、再び世界を制圧する事を、『後ろの人』が望むと言うのならば、かなえてやろう。

 可愛い義理の娘の類縁るいえんである故、遠慮はいらない。

 さあ。

 エリオット・ジールゲンが統べる世を復活させる権利をやろう」


「……って、ふざけるなっ!

 人権なんぞ踏み潰し、極悪非道の限りを尽くし、鬼畜な軍部圧政で人々を苦しめたくせに……おまえっ」


「及第点を少し下回っているな。まあ、落第とは言わないでおいてやろう。

 『後ろの人』。

 僕に話しかけられて、迎合げいごうしないだけの価値がある人間だと、自分を誇っていいぞ。

 だが、その程度で、書類上の独身を、果たして脱出できるのかね?」


「既成事実後に同居歴も長いのに、十数年経っても、配偶者の欄がからの奴にだけは言われたくねぇ!

 ……って、なんで、お前なんかに、おれが、価値づけされないといけないんだっ!」


「ふん。

 かなった説明をしてやるだけで、すぐに正論だと思い込む。

 習慣を作れば、当たり前だと従う。

 一人をYESと言わせれば、周りの人間も皆、YESと言う。

 なぜ、あんなにいとも容易たやすく、みずからの意見すらも否定してしまうのか。

 物事を理解する事も、問題解決する事も、他人にゆだねる方が楽だと思っている。

 おのれが果たすべき必要性との分離でもなく、ただ考えるのが面倒だという理由でだ。

 目の前にないもの――未経験の事態の場合、裏を読む事がまったくできない。

 見えていても、分析もできなければ、情報を処理する能力もない。

 ほんの少し、見る角度を変えるだけなのに、そもそも、そんな考えが根底にすらない。

 これが『法』だと用意してやれば、自己の主張など捨て、実に従順な態度をとる」


「な……何が、言いたいんだ?

 おれに、何を……。

 エリオット・ジールゲン……」


「ああ。僕の話に、少し流されてしまったようだな。

 くく。

 子供ができた事……おめでとう。

 だが、気をつけた方がいい。

 父親になるのなら、独裁者に話しかけられたぐらいで、ひるんではいられないだろ? 試してやったんだ。あはは。

 おやおや。

 『後ろの人』。

 すごく、不機嫌そうな顔をしている。

 どうしたんだ?

 廊下掃除をしている、現在無職の男の下らない雑談を聞かされただけじゃないか!」


「う……うるさい」


「まあ、これぐらいにしておいてやろう。

 『後ろの人』は、僕の可愛い義理の娘の縁者えんじゃ

 やり過ぎると、お嬢さんに蹴り飛ばされるかもしれんからな。暇つぶしに楽しむには、諸刃もろはつるぎだ。

 あはっはははは」


「お前に、エルリーンはやらねぇ!

 やるんだったら、ルイにだっ!」


「――彼女、軍属ぐんぞくですらない。

 民間企業からの派遣だ。

 うちの軍の扱いでは、そういう基準の人間のようだ。

 たしかに、あの食品工場で働いているが、あそこは、僕が半私的に作った工場。あんたの嫁候補は、完全な民間人だと思っていい」


「は? えっと……」


無残むざんにワックスまみれになった、その柄物スーツで身なりを整えて、彼女の出勤前、朝一番に会いに行って、結婚を断られたんだろ?

 僕よりも先に結婚しようとするからだ。

 くくっ。

 いい気味だ!

 まあ。

 今の件は、アリスからの伝言だが。

 僕がトップだった頃は、そういう扱いだ。調べてみたが、条件の変更は確認できなかった」


「ああ……分かった」


「ルイーナに関しては、Lunaとしてだが、軍属ぐんぞくの経歴がある。

 息子には、その過去を塗り替えるようなポジションについてもらうつもりだ。

 今後も、書類上の父親の欄は、空白」


「あっと……えっと……」


「ははっ。

 普段は、チノ・クロス生地の作業着の延長みたいな無地のシャツとズボンの上に、ニーパッドなんてつけて、サバイバルゲーム初心者みたいな格好してる、いかにも金の無さそうなあんたが、奮発ふんぱつして買ってきたような服装で身を固めていたんで、教えてやったんだ。

 たしかにチノ・クロスは、軍隊の制服にも使っているが、あんたのは、引き締まって見えない。

 だぼだぼした感じだ。

 おっと、失礼!

 軍人を辞めて、すっかり、暇つぶしにファッション雑誌を読みふけっている身なんでな!

 他人の着るものに、つい口を出してしまう。

 ――ああ。

 僕は、もう、軍人に戻る気はないとだけ言っておいてやる。

 ただし、天王寺アリス軍には所属し続ける」


「りょ、了解……」


「じゃあな、『後ろの人』。

 廊下掃除が終わったので、僕は、部屋に戻る。

 掃除道具の片づけは、あとで、戻ってきた見張りの者にでもやらせたらどうだ?

 雑用の間、僕のいる部屋を、専任で見張っている者がいなくなるような緩い管理で良いのならな。

 ふ。

 人間という『道具』の使い方が、なっていない。

 僕なら、『道具』をもっとうまく使うがな」


「お前……元が軍の人間だからって……『道具』とか言うな!

 今は、この基地で、おれらと一緒に寝泊まりしてる奴なんだっ」


「僕は、家族ですら『道具』としてしか見ていないんだ。

 ははっ。

 人でなしで鬼畜で極悪人のこのエリオット・ジールゲンの口から、そのような言葉が出るなど、至極当然じゃないか。

 ろんたないだろ。

 何を、いきり立っているんだ。

 あはっははははっ。

 ――ああ。

 まだ、アリスからの伝言があったのだった。

 あんたの嫁候補あてに。

 悪阻つわりがおさまってきていても、無理はしない方がいい。

 あと、派遣契約だが、長期で働いている。労使協定上、育児休業の取得も可能のはず。

 以上。

 全部伝えたぞ」


「え……。

 ああ……」


「勘違いするな。『後ろの人』。

 うちの義理の娘が、いとこが生まれると喜んでいるからだ。それだけだ」



* * * * *



『エリオット。

 いいなっ、これは命令だ。

 この天王寺アリスの計画を理解しているという言葉が真実ならば、分かるだろ。

 ジーンさん――ジーン・インヴァリッドという人物は、必ず説き伏せるべきだ。

 私は、手段を選ばない。

 だから、お前も、そのつもりでことに当たれ。

 人でなしの鬼畜な極悪人として、巧妙な手口てぐちを使い、いつわりを世俗に押しつけてきたお前に、できないなどと言わせる気はない。

 ダノン・イレンズの扱い方については、私に策がある。

 こちらは、どのような方法かは、エリオット、お前にも教えられない。

 ……ああ。

 飼いならすつもり……まあ、お前の言い方に対して、否定をするのはやめておこう。

 皆を、籠絡ろうらくさせようとしているのは、間違いないからな。

 そう受け止めているのなら、やれるだろ?

 この基地の内部に入り込むのは何の為だと、しつこく聞いてきたお前が、理解していないとは思えない。

 ルイーナを、真の世界の支配者にする為――エリオット・ジールゲンという男は、天王寺アリスにすべてを献じる『道具』となれ。

 もう一度、言う。

 これは命令だ!』


 『育児休業いくじきゅうぎょう』というのは、法律に基づきます。


 クーデターで誕生した独裁軍事政権の場合も、『法』のもとに統治を行う場合が多いです。


 軍属ぐんぞくという、軍隊用語についてあらためて。

 直接戦闘に参加しない、軍隊に所属する人たちの事です。軍事施設内の床屋さんとかでも、爆撃などの危険があるので、基本的には、軍属ぐんぞく採用なのですが、フィクション上の理由で、民間企業雇用という設定を使わせて頂きました。


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