Revolution
The Sky of Parts[26]
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
Web上での読みやすさ優先で、適当に改行などをいれたりしてあります。
※ほぼ同時アップロードですが、26章(話)前半は長文なので、中途半端なところで2つに分割します。
【※】難しい用語が並んでいる回ですが、こういう考えを使ってストーリーを組んでいるのか~へぇ程度に、軽めに受け取って頂けると、ありがたいです。
「そう。
それは、母さんが、本当に見た光景でもある。
燃えあがる家の前に、空っぽのじょうろを持った、男の子がいた。
余所行きの格好。
真っ白だったと思われる、上等なシャツは泥だらけ。
サスペンダーが片方外れてしまっていたけど、濃紺の半ズボンは落ちずにすんでいた。
土がついて、淡く汚らしい色で塗りつぶされているのは、本当は黒い靴。
靴下も、新品だったのかもしれない。元は、白だった。そう思わせる雰囲気を感じたのだけど。
どこかで転んで、擦りむいたのか、右膝から血を流していた。
男の子は、薄い橙色のスラックスに、白いポロシャツの男の人を知らないかと、私に怒鳴るように聞いてきた。
その人が、父親だと、涙を流しながら。
丈の長い紺のスカートをはいた人が、母親。
自分の胸をドンと叩きながら、こういうヒラヒラがついた白い開襟シャツを着ているのが、ぼくのお母さんだと言って、私の前で泣き崩れた」
「……母上が、タワー『スカイ・オブ・パーツ』に来た頃、二人が、そういう格好していたよね……リビングで過ごす時、よくそんな感じの服装をしていた」
「ルイーナ。
うん、そうね。
男の子は言ったの。
今日は、授業参観で、普通に家に帰ってきただけなのに、嫌な気配を感じると両親が言い出し、子供の自分だけを、庭の小さな地下室に押し込んだのだと。
騒がしくなくなるまで、絶対に地下室から出てくるなと、両親に言われて――それが、最後の会話だったらしいわ。
言われるがままに、待ち続けたけど、ついに堪えられなくなり、外へ出たら、焼け落ちていく自宅が目の前にあった。
じょうろは、庭に落ちていたもので、空っぽだと分かっていたけど、火をなんとか消せないかと……」
「母上。
その男の子は、黒髪に、青い瞳……」
「そう――あなたの父さん。
天王寺アリスとエリオット・ジールゲンが、初めて出会った日。
これが、私が罪を犯す事になった、すべての始まり」
「えっ。
だって、母上は……人助けをしただけじゃないか。
それだけじゃないかっ。
どうして……そんなに優しそうな表情なのに、寂しそうな目をするの……母上!」
「お互い子供だったし、私じゃなくても、うまく立ち回れなかったのかもしれない……だけど、『いつか自分も、親になったら、戦争の事を考えなくてよくなるのかな』と言っていた、彼の言葉の意味を、本当に理解してあげられたのは、つい、この前。
並ならぬ能力を持って生まれてしまった彼は、同じような私に、ただ分かってほしかった。
幼子のたわ言だと、私は、しっかりと受け止めていなかった。確かな理由をもって、彼は、私にそう告げていたのにね。
戦争を一緒に終わらせてくれるとしたら、私しかいないと思い込んで、私を求めたのだと。
でも、同じように幼かった私は、彼を突き放してしまった。
――私は、軍人になれと言われていたから。
彼から両親を奪った、戦争を起こす側の人間にいつかなるのだと、どこか思っていたわ。
この頃を境に、私は、軍人を目指すのが嫌になった。
ただの民間人であったのなら、小さな身体で、私にしがみついて別れを惜しんでくれた、あの青い瞳を、真っすぐに見てあげられたのかなって。
後の出来事は――残念ながら、歴史の教科書にも載るようなもの」
「……ごめん。
オレの受け止め方、そして、言葉が拙かったら、ごめん。
母上を手に入れる為だけに、独裁者になった……そして、親になったら、戦争は終わるのだと……そんな、子供のオレでもバカげていると思うような、おとぎ話を描いたの……?」
「そう。
あいつ、バカなの。
さっき、ダノンやジーンさんとも話していたけど、世界の誰もが、あいつを赦す必要はないわ。だから、最善の方法で、償ってもらわなくては」
「ルイ。
お母さんの話、俺以上に、君の方が理解できるところもあると思う。
というか、俺は理解するつもりはない。
だがな。
これ以上、武力で世界を抑えるのは、無理なんだ。
誰かが、火種を持ち出すかもしれない。
火種そのものを作り出す人間が、また目覚めるかもしれない。
――だから、ルイ。
いや、天王寺ルイーナに、お願いがある。
今の火種に、灰をかける事ができた君にしかできない。
君は、武力の側の人間じゃない。
そして、戦争の姿そのものと皆が思っている、エリオット・ジールゲンの息子だから。
ルイーナにしかできないんだ」
「ダノンさん、どうすればいいと言うの?
……また、歌えという事?」
「方法を、具体的にするなら、そういう事だ。
独裁政治は、君主制と違い、世襲による権力移譲が、概念としてそもそもおかしい。
クーデターにより旧体制の打破を成し遂げたのが、エリオット・ジールゲンの軍事政権。政治を執る推進力は、本人の天性のカリスマだけ。
俺は、認めたくないと断った上で、ルイに伝わりやすいように言う。
超能力――そう呼んでも過言ではない力を使い、人々を煽動し、ありもしない君主制を作り出す事で、事実上の世襲は可能だと考えたんだろう。
ルイとエルリーンを、同時に自分の後継者だと宣言しようとしたのは、民衆の支持を得たと見せかけた、専制政治もどきを目指した結果だ。
エリオット・ジールゲンは――君のお父さんは、ルイの命を護る為に、こうするより他に方法がなかった」
「ど……どうして!
だって、オレの心がいらないから消してやるとか、言っていたんだよっ!」
「難しい話じゃないんだ。
ただ――本当は、俺は、この話をしたくない。
ふざけた話だからだ。
そう思って、話しているという事で、聞いてくれ。
灰をかける役を頼む事になるルイの心には、できたら、わだかまりが残っていてほしくない。
ルイが、火種そのものを憎しんでいるようでは、風にでも吹かれたら、徐々に灰が流れて、どこかへいってしまうからな。
悪いが。
心の浅い部分まで、憎悪の感情が燃えあがっている俺が、伝えさせてもらう」
「うん……ダノンさん、教えて」
「弾圧行為や演説によって、心理操作を駆使し、自分にとって都合の良い俗衆を作り出し、息子に跡を継がせるなんていうのは、エリオット・ジールゲンという人間には容易かった――。
ただ、自分が、なんらかの理由でカリスマを発揮できなくなったと同時に、親子共々崩壊の一途をたどる事となる。
恐怖政治を行った者の血縁者だと言われながら引っ張り出され、ルイは、必ず斬り捨てられていたはずだ」
「……あっ!」
「……ルイ、大丈夫か?
びくっとして、身体が震えたようだが。
椅子に座って落ち着くか?
話をしている俺の顔がこわばっているはずだから、余計に怖い思いをさせたと思うが」
「ううん。大丈夫。
ダノンさんこそ、無理しないでね」
「ああ。
ありがとう、ルイ。
話の続きだ。
まさに物語のような奇跡の話だが、ルイ、君自身にも神の歌声という、超能力があった。
そうだな。
子供のルイにも分かるように、君がお父さんの後継者になってもらう為にも、少し話を整頓しよう。
まず、独裁者というのは、お父さんのイメージが強いと思うが、これは、恐怖政治を行う者という意味とはイコールではない。
そして、支配者という言葉に対しても、悪いイメージを抱かないでほしい」
「うん。分かった。
ダノンさん、そう思いながら、話を聞くよ。
いったい、どういう事なの?」
「ルイ。
今、言った通りだ。
独裁者とは、武力をもって、人々を従える者ではない。
過去にそのような政治を行った者が多いというだけで、本来は、庶民の代表が、統治を行うというのが独裁政治だ。
優秀で、的確に民衆を導ける独裁者がいたとしたら、それは、永世繁栄の幸福をもたらす事だって不可能ではないと、俺は考える。
……ルイのお父さんは、『sagacity』にこの役を演じさせて、君に受け継がせるつもりだったらしい」
「……えっと。
オレに、人々を虐げさせるような事を……やらせるつもりじゃなかった……ダノンさんは、そう言いたいの?
あの人が、そう考えていたって、受け止めていいの?」
「悪いが、俺は、それは完全に否定させてもらう。
いざという時に備え、武力を維持する為、ルイには、非道な『見せしめ』行為を、自発的に行うよう仕向けるつもりだった――だろ? 天王寺アリスさん」
「ええ。
そうでしょうね……母親である私が、ルイーナを説得したりするのを、期待していたんじゃないかしら――。
もしくは、ルイーナ自身が、それが、当たり前だと思い、疑問を抱かないようにする」
「――護ろうとしていたのは、オレの命だけって事だね」
「それを、どう受け止めて、どう解釈するかは、ルイに任せる。
俺が、ふざけていると言った訳は、分かってもらえたと思うが――。
嘲る気持ちが芽生え、エリオット・ジールゲンという火種を、世界から隠すべきだと考えてくれたのならでいい。
ルイ。
あの男を、父と認めた上で、息子の君が、否定していってほしい。
言論を封殺し、強圧的な手段で人々を抑えつけた、暴虐な政治を罪悪であったと認め、これからの世を統治するのは、世界のすべての人々であると宣言してほしい。
権力を所有したり、行使できるのは、エリオット・ジールゲンの血を受け継ぐ自分ではなく、民衆であるとする。
つまり、デモクラシー」
「デモクラシー。
民主制の事だっけ?
えっと、歴史の授業で習った気がするんだけど……みんなが望んだ事で、政治が成り立っていくって意味であってる?
オレが、曖昧に解釈していたらごめん」
「だいたいあっている。
今、世界を統べる地位におさまる事を望まれている人物は、Luna――そう、君なんだ。
そして、同時に、前政権の『悪』を否定する事ができる。
すぐには完全に消えない火種が、再び勢いづく事がないと、皆に安心を与える証。
ルイには、そういった存在になってほしい」
「証って……何をすればいいの?
そういえば、最初に、普通の子でいいとかも言われたし」
「ルイ。
実権のない支配者になるんだ。
戦争の恐怖から、みんなを護る為に。
それができるのは、世界で唯一、天王寺ルイーナしかいない。
エリオット・ジールゲンという人間を、いまだに信奉している者が大勢いるのは、君も知っての通りだ。
純粋に、Lunaを崇める者も多い。
だが、皆の総意の上で、世の中が回ってほしいと、人々は、心の底から願っているんだ。
前政権からの連続性根拠があり、父親から引き継ぐという形で、正当に確立できる。
君には、神の歌声という、民衆を惹きつける力が備わっている。
そうして、ルイ。君は、自身が権威を振るうのではなく、世界の人々に、それを譲りたいと考えてくれている。
違うか?」
「……うまく言えなかったら、ごめん。
ダノンさん。
オレに、世界の人々を護るような騎士――ナイトになれっていう事かな。
それであってる?」
「そんな感じだ。
――軍師殿。
これでいいのか? 貴女と、愛する旦那の意見は、息子にしっかりと伝わったと思うか?」
「あら?
私、独身よ?
だって、天王寺アリスですもの。これからも、ずっとね。
ダノンったら、ニンマリして――意地悪ね!
いいわ!
それぐらい、つむじ曲がりなところを見せてくれた方が、私も、心の重荷が少なくなったように感じる」
「俺は、息子に伝えてやった、お代を頂いただけだ。
貴女からの言葉も、聞きたい。
天王寺アリスという人間は、戦争の火種と、これからも一緒にいるつもりでいいな?」
「もちろん。
これからも、私は、火種に手を添えて、それを誰かが持ち出さないようにしていくわよ。
ずっとね。
でも、私の大切なルイーナが、ちゃんと灰をかけて、火種が燃えあがらないようにしてくれるから、熱さは感じないわ。
これが、私にできる罪滅ぼし。
いえ、私にしかできない贖罪の形――」
「ああ。
やり方を誤るような真似をしたら、火傷するのは、貴女だ。
エリオット・ジールゲンの血を繋いだ、咎人、天王寺アリスにして頂くのは、それでいいかと思う」
「ありがとう。
あら!
もう、ダノンったら!
小さい頃から、真剣に話しかけてくれた後は、絶対に目をそらすわね。
変わってない。
こんなに大きくなってくれて、ミューリーにも見てほしかった」
「俺と母さんの話をするぐらいなら、自分の息子に話しかけてやってくれ」
「はいはい。
ルイーナ、聞いた通り。
自分を抑えつけているのが、周りの環境だとしたら、それは忘れて良いわ。
――父さんを、受け入れてあげていいの。
後、心配しないで。
あなたから日常を奪うつもりはないわ」
「オレ、学校を辞めさせられて、また、タワー『スカイ・オブ・パーツ』あたりにでも住めって言われるとしか思えないんだけど。
どうするの?」
「予定が変わったらすまないと断った上で、しかも、俺もまだ構想中だが――。
ルイが、この基地に住みたいのなら、ずっと住めばいい。
ただ、新体制になった後は、反乱組織が必要なくなるので、そういう意味で、引っ越し先を考えてくれと言うかもしれない。
来年は、エルリーンと二人で、ハイスクール入学だ。
寮暮らしであるとか、そういった話題も出るだろう。
それぐらい自由にしてやれるように、俺やジーンさん、そして、お母さんの頑張りに期待しろ。
ルイは、ルイだ。
どこにでもいる、普通の子なんだ」
「……まだ、何をしなければならないか、感覚でしか分かっていない。
でも、世界を護る事しかできない支配者。
しかも、平凡な下支え人生で良いっていうなら、オレ、なってもいいよ!」
「ありがとう、ルイ。
今日、俺からの話はこれだけだ。
……部屋に戻って、二年ぶりに『父親』と再会してやったらどうだ。
重ねて言っておく。
俺は、許してなどいない。
『息子』から『父親』を奪っていたのが、俺だという事実が――これ以上、続くのが嫌なだけだ」
「あ……えっとさ。
その件は、ちょっと待ってもらってもいい?
オレだって、今さら、心の整理がつかなくて。
……そうだね。
たった一人の親だったから、きっと、情みたいなものは強く持っていたはずだよ。
たしかに、いろいろ知ってしまった。
でも、どうして、あんなに受け入れたくなくなってしまったんだろう。
独裁者なんてやってた……それとは、違う何かで、嫌いになってしまったんだと思う。考えてはみるよ――また、親として受け入れられるのか」
「ルイ。
ずっと黙っていた、おれなんかが、今さら何か言っちゃ気に食わねぇところがあるかもしれないが……はあ。
おれ自身が、父親になる予定があるからなんだろうな。
あんな奴、おれは、一生嫌いだと思うが、それは、他に置いておく。
言ってやれよ!
えっと、軍師殿が母上って事は、たぶん……ちちうえ……か?
相手が相手なだけに、自己投影してしまった自分が嫌になるがな。まだ顔も見てない、生まれてくる子供から、『ジーン・インヴァリッド』って、フルネーム呼び捨てしかされなかったら、たしかに悲しいかもしれん。
『ジーンさん』とか、そういう呼び方は、一つの形としてありなのかもな。
だけどな、『エリオット・ジールゲン』という呼び方自体が、敵に対して使うような意味になってやがる。
そういう意味で、悲しいと感じたのかもしれん。
ん?
ルイ。
どうした?
口をポカーンと開けて、ひどく驚いて」
「いや……えっと、オレとうちの父親の事よりも……ええええええええっ!
ジーンさんに、子供って、どういう事?」
子供の頃、教科書にあらわれた謎の文字『大正デモクラシー』。意味など分からずとも、単語として暗記が求められた『大正デモクラシー』。大人になってから、少し理解できた気がする『大正デモクラシー』。
しかし、意外と、何をもって『大正デモクラシー』とするかは、はっきりしていないそうです。
当時の流行語だったデモクラシーを、なんとなく使ってしまった説まである。
歴史の出来事とは、人々の心の変化が激しい時期に記録される、という事です。




