月、鎖す世界
The Sky of Parts[22]
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この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
Web上での読みやすさ優先で、適当に改行などをいれたりしてあります。
『……タケ……ウチ……イチロウ……?
あ……あ……ああ。
あああああああああああ。
……アリスっ!
アリス、アリスっ!
ア、アリスぅうううううう! アリス、アリスっ。
なぜ、なぜ、なぜ、なぜっ、なぜ!
なぜだぁあああああ!
なぜ、撃ったんだぁああっ!
アリス……アリス……返事をしてくれっ!
僕の問いに、答えろっ!
アリスっ!
答えるんだぁああああ!
これは、エリオット・ジールゲンからの命令だっ!
――いや、すまない……答えてくれ……返事をしてくれ……アリス……』
* * * * *
「やあ。
自転車に二人乗りで、彼女と仲良く学校からお帰りですか? Luna」
「タケ……いや、竹内イチロウ! 何しに来たんだ!」
「しつこく、はびこりやがって、整髪料のにおい振りまくスーツにネクタイ野郎っ!
整髪料の種類を変えたぐらいで、いい気になるなよっ」
「ふふ。
Lunaは、相変わらずだね。
護ろうとして、前に出ようとしたけど、彼女の方が俊敏で、すっかり護られるポジションに陥って、少し気おくれしたように、もじもじした表情を浮かべて、次の行動に困るあたりが、とても君らしい。
自転車を、素早く手放して、引き締まった表情をしたまでは、良かったがね。
後が、まったく続かなかった。
彼女みたいに、自転車を蹴って飛び上がって、前に出るぐらいのアクションができるようになっていたら――『この一年で何があったんだい?』と質問したかったが、私の――竹内イチロウの知っている通りの君のままだったようだ。
まあ。
とりあえず、お久しぶりです。
……ああっと。
Lunaも、そして、ボディーガード気取りのエルリーン・インヴァリッドさんも、そこまで警戒する必要はないです。Lunaを、誘拐していこうとか、そんな気はありませんから」
「信じられるかっ。
整髪料のにおい振りまくスーツにネクタイ野郎のいう事なんて、絶対に嘘だ」
「タケ。
じゃあ、何しに来たんだ?
……お前、母上たちの行方を……知っているのか?」
「うんうん。
Lunaは、素直ないい子だ。
きっと、直接会ったら、そういう質問をしてきて、私をすぐには追い返さないと思っていた。
……おいおい、顔をしかめるなよ!
この竹内イチロウとは、母上さまの胎内にいる頃からの長い付き合いじゃないか。
安心してほしい。
今日は、本当にLuna。君を無理やり連れて行こうとか、そういうつもりで来た訳じゃない。
軍からも、君には、『主君ルイーナ様』として御迎えしたいと、幾度となくお願いさせてもらっているが、誰に行かせても、よい結果を持って帰ってこない。
頼むよ。
たまには、『断固、拒否します』以外の報告が、私に届くようにしてほしいな。
ワンパターン過ぎる」
「整髪料のにおい振りまくスーツにネクタイ野郎に告ぐ。
今すぐ、帰れ。
あたしが、ボディーガード気取って、言葉対応で止まってる間になっ」
「やれやれ。
あまり、ふざけていると、Luna。君の彼女さんから、痛烈な蹴りが、また飛んできそうだ。
ふふ。
なかなか事がうまく運ばないから、私が、交渉しに直接来たんですよ。
Luna。
へぇ……。
やっぱり、御両親の行方って、気になってる?
そうだよね。
いくら、神の歌い手といえど、宿る身体は十二歳の少年だ。誕生日が近いのか、もうすぐ十三になるのだったかな。
まあ、今はどうでもいい話だね。
雑談がしたい訳じゃない。
私は、もちろん、御二人がどうしているか、知っています」
「……タケ」
「知りたいかい?
ああ、でも、Luna。
思わず無言のまま身体を前のめりにして、私に近づいて来ない方がいい。
そういう態度を、彼女さんに気づかれると、殴られるよ。
――ああ……もうゴチンされてるね。
君が、ゴチンされたのは、どうにも回避できない運命だったと思って、この竹内イチロウを恨まないでくれ……。
さて、本題だ。
条件提示してもいいかな?
神の歌い手であり、いずれの主君に対しては、無礼な態度だと思われるかもしれないが――軍に戻ってきてほしい。
Luna。
そうしてくれたら、あの日、タワー『スカイ・オブ・パーツ』を離れてから御両親と、何があったのか、すべて伝えるよ。
君が、主になってくれて、命令されたら、私は、黙っている訳にはいかないからね。
どうだい?」
「お前、やっぱり!
結局は、うまいこと言って、ルイを連れ去る気満々じゃないかっ!
整髪料のにおい振りまくスーツにネクタイ野郎は、本当に最低なヤツだっ。
で、今度こそ、あの変な薬で、自分の都合の良いようにルイを操る気だろう!」
「いやいや。
勘違いしないでもらいたい。
あんな薬は、二度と、Lunaには使う気を起こしたりはしないよ。
私が、主として手に入れたいのは、今の『ルイーナ様』さ。
神話の詩を読みあげる、神の使いとしてのね。
そうでなければ、まったく意味がない。
――実の事を言って、この竹内イチロウも、『スカイ・オブ・パーツ』から世界に響き渡った、あの歌声。あの神通力を受け取って、自分の主は、『ルイーナ様』しかいないと本気で思ったんだ。
歌を、生で聴く事がかなったのは、恐れ多いと思うぐらいにね。
だから今のまま、『ルイーナ様』の方から、軍に戻ってきてもらって、支配者として君臨してもらうしかないと考えている」
「……えっ。
タケ。
あの薬は、もう使う気がないんだ……そうなんだ」
「ん?
なんだ、ルイ。
何か、確実に、含みのあるような言い方してるぞ……あれ? 顔が、残念って感じになってるぞっ!
ははーん。
ルイ、お前。
さっき、あんなに、演説ばりにカッコいい事を言っていたけど、内心のどこかでは、『周りのプッシュに負けて、どうせいつかは世界の支配者サマってやつになってしまうのなら、あの時に、あの薬に負けておけば良かった。あーあ、またあの薬とか使ってもらえたら楽なのに』って、思ってるだろう!
はいっ。
目撃しました!
素直に、ぎくっとしてくれて、ありがとう!
本当にルイは、分かりやすい!」
「本当かい? Luna!
主になってくれる宣言をしてくれて、どうにもあの薬をまた使ってくれと、御命令を頂ければ、状況にもよるが、竹内イチロウとしても前向きに検討してみるが?」
「いやいやいやいやいや!
いりません!
いりません! っていうか、断固、拒否します!
って、言わないと、この場で、エルリーンによって、存在すら危うくされるから……ゴ、ゴチンされた……痛い」
* * * * *
『ルイーナ様に、あの日――。
御命令頂いたから従ったまでです!
仰る通り。
さすがです。
その真っ白の部分が――後から振り返る機会があったらと、日記程度に残しておきました。
それにしても、天王寺アリスは悪い女ですね。
あはははははっ!
やはり、真っ先に消すべきだと、あなたの思想コピーでもあるシステム『sagacity』が言っていた訳だと思いませんか!
竹内イチロウからも、再三、忠告してやったじゃないですかっ!
女一人、今みたいに、倒れているところ、引き金を引くだけで、簡単に処分できただろ!』
* * * * *
「まったく!
整髪料のにおい振りまくスーツにネクタイ野郎が、本当にしつこかった!
条件提示が、天井知らずの高待遇でも勝ち目がないと思うと、逆に、『では、自由度が高く、学生のLunaでも気軽に、軍のトップになってもらえるようにしよう』とか言ってくるとは思わなかったっ」
『まあまあ。
竹内イチロウの案をまずは、聞いてくれ。
週二~三回……いや、学生なので週末のみでOK。
『スカイ・オブ・パーツ』の主になってくれるのは、週末や学校の休暇期間だけで、しかも、一日四時間でいいんだ。
交通費は、全額支給。
先ほど提示した時間、もちろん、移動時間を含めてという事で構わない!
朝食は、今いる反乱組織の基地で済ませられるように、必ず時間調整するよ!
昼食の調整は、難しいかもしれないが……帰宅が遅くなる事はないと保証する。晩御飯よりもずっと前だ。
宿題などがあっても、十分に対応できると思う。
シフトの相談は、融通が利くと考えてもらっていい』
「って……。
軍のトップになってくれって条件が、ハンバーガー屋のバイト募集要項だろコレってツッコミ入れたくなるぞ!
だいたい、うちの基地と『スカイ・オブ・パーツ』の位置関係からして、ヘリ通勤だとしても、昼休憩一時間含むの条件なら、実働一時間ちょっとだろ!
着替え時間とかだって、手待ち時間だって発生するだろっ。
廊下掃除だって、モップ出したり、バケツに水入れたり、準備にそれなりに時間かかるんだからさ。
デマカセ信じ込まされて、いざ始めてみたら、『今日も残業。いつになったら、お家に帰れるんだろう? ぐすん……』って、絶対にブラックだ!
軍の試作機ヘリだと、あたしが乗ったやつの倍の速度が出るって、この前ダノンが話してたけどっ」
「……エルリーン、怒っている割に、タケがおごってくれたパフェをおいしそうに食べていたよね。
ジュースもおかわりしてた。
きっと、オレ、今、ジト目になってる自信も自覚もある……じと!」
「ぎくっ……あはは。
だってね……パフェなんて、誕生日が来てやっと十五になる、貧乏なあたしじゃ……前に食べたのは、いつだったかなって……あ、きっと、『スカイ・オブ・パーツ』に捕まっていた時だ!
そ、それぐらい……食べられないんだよっ。
庶民には、高嶺の花っ!
だから、ね?」
「へぇ~エルリーン。
じと!」
「……っていうか、ルイの必殺技『断固、拒否します』を繰り出し続けて、撃退できて良かったなぁ!
ほ、本当に、ルイが連れていかれてしまうんじゃないかって、心配したんだ。護り切れて、良かった。
あれ?
何?
その表情? 呆れ? 軽蔑?
そんな感じだよね……。
好きなものおごってあげるって言われて、あたしの方が、整髪料のにおい振りまくスーツにネクタイ野郎についていくって言い出したのを、まだ怒ってるわけ?」
「本当に、護り切れて、良かったね!
今頃、オレは、『懐かしいですか? はい、これ、VRゴーグル』って言われながら、タケに引っ立てられて、『スカイ・オブ・パーツ』逆戻りの刑で、エルリーンとは離れ離れになっていたかもね!
じと!」
「ほ、本当に申し訳ありませんでした……班長のあたしの方が、謝っておきます。
お許しを、副班長さま……ってか、ごめん!」
「今度やったら、遅刻しそうな時に、自転車の後ろに乗せてあげないからね!
それと、飴とか食べさせられたりして、誘拐されないでね!
エルリーンの方がっ」
「はいはい……もちろんです。
ルイ副班長。
一人でウロウロする時は、気をつけます。
明らかに人為的に着ぶくれて、体型かわってる上に、トレンチコート羽織ってるとか。
さらに、マスクに黒グラサンに深くかぶれる帽子でいろいろ隠してる……そんな、怪しさ満点なヤツが、『おいしいもの食べさせてやるから、抵抗せずについて来い』って言って近づいてきても、絶対についていかないようにします。
本当、ごめん!
ルイく~ん! もう、許してっ」
* * * * *
『ごは……はぁはぁ……ありがとう、エリオット……。
ごめん、せっかくおいしい食事を作ってもらったけど、栄養になる前に……ごめん』
『いや、いいんだ。
天王寺先輩が、僕の作ったものを口にしてくれただけで、嬉しいから。
――それ、僕が片付けておくから、横になって休んで。
新しいマタニティパジャマは、気に入ってくれた?
ずっと寝たきりで、そういうものをプレゼントするとか、食事の世話とか、そんな事しかできないから、着てくれて嬉しいよ』
『うん。ありがとう。
ピンク色の生地だし、あしらわれた白いふんわりレースも可愛い。
軍人目指せとか言われていた頃の私なら、頂き物でも着ようか迷うデザインだと思う。
今は、こういうのもいいかなって。
妊娠しているからかな?
天王寺アリスという人間が、こんな風になるなんて……自分でも思わなかった。
本の読みすぎかもしれないけど、きっと私の事だから、臨月になっても、最前線にでもいるんじゃないかって、子供の頃は、そんな思い込みすらしてたな。
母は、よく私を産んでくれたわ……今、もしも会えたら、きっと、そんな意味を込めた言葉を何度もかけてしまうと思う。
こんな体調じゃ、戦争どころじゃない。
あ。
でも、ここは軍の施設なんだっけ?
エリオット。
学生の頃から優秀だったから、いきなり出世してたのね。
私のほぼ入院生活に対応の部屋を用意できるなんて――自分の部屋は、他にあるみたいだし』
『うん。
そうだね。
僕は、それなりに、ここでは偉いよ。
それなりにね――。
別の話をしてもいいかい?
体調が悪そうで、聞きそびれてしまっていたんだが、大学では、『天王寺先輩』と呼ぶように、それ以外は絶対に認めない。
君に言われてから、ずっと、そう呼んでいる。
だが、僕にとっては、やはり『アリス姉さん』なんだ。
それは変わっていない。
しかも、君のおなかには、僕の子供が宿っているじゃないか。
……できれば、呼び捨てで、君を呼びたいと考えている』
『うーん……エリオット、ごめん。
私の事は、ずっと『天王寺先輩』でよろしくお願いします。
いずれは、離れてしまうつもりなので、そうしてほしいな――』
『プロポーズの返事は、今日もNOって事かい。
せめて、同居してほしいという話も、あり得ないと?』
『うん。
エリオット、ごめんね』
『とりあえず、これ、片付けてくる。
ゆっくり、休んでいて。
横になったまま、動かない方がいい。
どこかへ行けるような、体調じゃないはずだから――。
じゃあ。
僕は、部屋から出ていく。また後で。
……ふん。
強情だな。
最前線に出てこられるぐらいに体調が良い時でも、僕の手からは逃げられるはずがないのに。
出世というか、ここは、僕をトップとする軍の施設なんだっ!
万が一、君が、逃亡をはかったりしたら、この軍事施設にいる全兵士が、君を取り押さえるだろう。
――ああ。
それにしても、腹の中の我が子は、どれほど天子を気取るつもりなのかね。
悪阻が酷いのは、母親のアリス姉さんの拒絶反応だと、お前は言い張るのか?
いや、違うだろうっ。
お前が、拒んでいるだけだ!
毒でも盛られると思っているのか?
生まれる前だというのに、すでに敵だらけなのかっ。
どれだけの悪行の報いを背負っていると言うんだ?
くくっ。
生まれ落ちたらすぐに、権勢を振るうつもりか?
今みたいに、宿る母の胎内で、暴政を敷いているように!
教えてほしいな。
どうやったら、そんなに上手に、アリス姉さんを虐げて、すべてを従わせられるんだ?
しかも、アリス姉さんは、僕ではなく、お前と人生を共にしたいの一点張り。
父親の僕の不興を買って、討ち取られるとでも思っているのか?
だから、この父が与えたものを排斥し続けている!
そして、僕からすべてを奪うつもりか?
はは。
やってみせろよっ!
お前が、父である僕を超える世界の『支配者』となれると言うのなら――このエリオット・ジールゲンは、もうこの世にはいらない!』




