月、指す世界
The Sky of Parts[22]
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この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
Web上での読みやすさ優先で、適当に改行などをいれたりしてあります。
『ふーん。
この僕に、崖の上から飛び降りろって事か?
お前が、面白そうな事を考えているようだったので――期待させてもらっていたが。
わざわざ、時間を割いて、企みの全容を明らかにさせるまでもなかった。
なるほどな。
まだ幼い息子に、築きあげた全権威を奪われた上に、本拠地タワー『スカイ・オブ・パーツ』から追い払われて、悲観して、自ら……ね。
あはははははっ。
三文芝居もいいところだな!
捻りのきかぬ『物語』だっ。
いつぞや読みあげさせた作文の方が、よほど評価に値する!
さほどの出来ではなかったというやつだ。
ははっ。
まあ、結果が重要であって、逆に芝居自体は、わざとらしい方がいい。
――挙げ句の果ては、こうなったと知りたい連中は、僕に消えてほしいと願っている奴らばかりなんだろ?
なら、見え透いた演技をしてやった方が良いという事か?
どんなベタな台詞を吐きながら、僕に最期を迎えてほしいか……言ってみろっ!
望み通りにしてやるぞ、竹内イチロウ!』
* * * * *
「なにあれ? 進路票?
ルイ、お前さ、将来ハンバーガー屋さんになりたいわけ?」
「いや、あれは、母上が昔なりたいって言っていたんだ。
その頃は、タワー『スカイ・オブ・パーツ』の居住エリアに押し込められて暮らしていたから、実際のハンバーガー屋さんは、知らなかったけど。
あ、でも、ハンバーガーは知っていたよ。
最近、エルリーンとのデートとかで行く、お手伝いで貯めた少ない小遣いしかないから、二人で一個しか買えない、分けるとほんの少しずつしか残らないファーストフードで、しかも一番安いやつじゃなくて、とてつもなく豪華なやつを食べていたって話だけど。
……ああ。
子供の頃の食事の話はやめよう……どうにも、作っていた人物の顔が頭に思い浮かんできちゃうから」
「ルイに用意してもらってる弁当。
基地の食費管理の関係もあって、リリンたちが前日に作ってくれたものを詰めてる事が多いけど、たまに、ルイのオリジナルおかずが入ってるじゃないか。
あれが、すごくおいしくて、やっぱり、遺伝なのかなと思った」
「……え……えっと。
エルリーン……」
「ルイっ!
露骨に、『あいつの話はしないで』って感じの嫌な顔するなって!
状況として、話の引き合いに出しただけじゃないか!
いや、どうせ、『料理の才能あるよな』って単に言っても、今みたいに、『オレが嫌がってる事は、全面的に禁止』オーラ出すじゃないか!」
「ハンバーガーの話のせいで……あいつの顔を久々に思い出した直後だからだよ……きっと。たぶん」
「あのな!
班長のあたしだから、はっきりと言っとくぞっ。
そういう風に、無意識に他人の言動を封じようとするのが、ルイの悪いところだ!
そんなんだから、『あなたは、独裁者の跡取りになるべきです』みたいな奴らが、たくさん近づいてくるんだ!
心をもっと鍛えろよっ!
知ってるぞっ。
班長命令の腕立て伏せを、ここ三日ぐらいサボってるの!」
「ぎくっ」
「バレたからって、視線そらすなって!
副班長のくせに情けないっ。
……はぁ。
ルイなんかが、世界中の人々から崇拝されてる意味が、あたしには理解できないね。
あたしは、なんでも分かってるぞ。
すっかり紐で結うのが当たり前なぐらいに、実は邪魔なのに、絶対に髪を切らない理由。
あいつは、髪を伸ばす習慣がなかったからだ!
気にするなって!
ルイの髪の色は、母親の軍師殿と同じで赤髪。あいつは、黒髪だったじゃないか。
この前、街角でもらったカラーコンタクトレンズの広告。机の引き出しに入れて隠してないで、基地に帰ったら即ごみ箱行きにしろ。
たしかに、瞳の色は、あいつからもらったかもしれないけど、それだって、ルイは、赤髪で青い瞳だけど、あいつは、黒髪で青い瞳。
だから、全然違うって。
っていうか……ルイが髪伸ばしたままだと、彼女のあたしの方が、それより長く伸ばさないといけないから……肩の上まででもいいから切ってくれ!」
「ふ、副班長の特権とか、勝手に作ってもいいですか……?
エルリーン!
髪は、切らないよっ! 何度も言ってるけど、オレ、髪切らないよっ!」
「ルイく~ん。
『断固、拒否します』オーラをありがとう。
学校でも、基地でも、彼氏の方が、彼女っぽいって……冗談って分かっていても、あたしだって複雑なんだぞっ。
はあ……。
もう、その件は不問でいいっ。
あたしの顔が怒っているように見えているとしたら、心底呆れているだけだから気にするな!
あはは……。
まったく。
いつも言ってるし、タワー『スカイ・オブ・パーツ』で捕まってる時に、分かってもらえたと思ったんだけどな。
ルイは、ルイであって、ルイ以外の何モノでもないって。
冷静に考えてみろよ。
あたしだって、じいちゃんのじいちゃんのそのまたじいちゃんのじいちゃんぐらいまで、さかのぼったら、一人ぐらい『独裁者』ってのがいるかもしれない。
実は、歴史上のあの人物が、自分の祖先。そんな事、きっと当たり前のようにあるんだと思う。
ルイの場合、まだ一代上だから、気になるかもしれないけどさ、ルイはルイでいいんだって!
副班長。
はい、この班長の意見には――」
「断固、拒否しません!」
「よーし。よく言えた。
じゃあ、『あなたは、世界を統べる者になるべきです』って言いながら、近づいてくる奴がいたら、言い返してやるのは――」
「断固、拒否します!」
「うんうん。
それでいい。さすがは、ルイ副班長っ。
で、将来は、ハンバーガー屋とか経営したいわけ?
その……いちおう、あたしは、お前と……うん。
いつかは、結婚できたらなって思ってるから、ハンバーガー屋の女将さんは、悪くないなって思って。
そ、そういう意味で聞きたかっただけだ!
か、顔が赤くなってるとか、あたしの様子とか仕草とか、そういう事は言うなよっ。
うん。でも。
ルイ、絶対に料理作る才能ある。
味付けもいい!
だから、本気なら、あたしは今から繁盛店になるように、そういう心構えで、将来ハンバーガー屋になるつもりで、勉強していくぞっ」
「いや。雇われて働きたい。
経営とか、誰かを従えるとか嫌だ。
ずっと下っ端。
どれだけ新人が入ってきても、ずっと格下がいい。
ハンバーガー屋の『支配』なんてしたくない。
気づいたら、『独裁者』になってましたとか……嫌だ」
「ルイが、間違った表現してるとは言わない。
だけどさ、ハンバーガー屋の経営が、なんだか、壮大な物語みたいに聞こえてくるな」
「エルリーン。
実際に、なんでもだよ。
きっと壮大な『物語』なんだよ。生きていくって事は――」
「ルイが言うと、重い意味が込められていそうだな。
嫌な顔される覚悟で言うけどさ、軍事政権を樹立した『物語』と、それを打ち負かした『物語』との間に生まれた、ルイが言うとな」
「何もない、普通で、世間にまったく影響力なんて持っていない存在として生まれたかった――って、前は思っていたけど、最近ちょっと考え方が変わってきた。
エルリーンたちの基地で、普通の子供として生活して、しかも、学校にまで行くようになったからかもしれないけど。
……オレ、あんな父親を持ってしまったせいで、下支え人生に、憧れまくりだったけど、『ただの一本の柱』として生きていくのも、壮大な『物語』なんだろうなって」
「ん?
えっと、ルイ?
『柱』って、建物とか支えてるやつ?」
「そう。エルリーン。
『柱』は、ないと困るじゃないか。
一本でも抜けてなくなれば――建物は、すぐには倒れないかもしれないけど、他に残った柱たちは、少しずつ疲れていく。
そして、抜けた一本があれば、もっと長く耐えられたのに、堪えられなくなり、朽ちるのが早まる。
『ただの一本の柱』として、下支えするって、すごく大事な役割なんだ。
うん。
平凡だと思うような人生を送ったとしても、世間には影響を与えられるはず。
タワー『スカイ・オブ・パーツ』の事件以来、みんなが、オレに『世間に影響力ある地位におさまってほしい』とか言うようになったじゃないか。
はあ……。
オレは、今日だって、学校の廊下のモップ掛けしたんだ。
綺麗になった廊下を見て、心がリフレッシュした人だっているはずなんだから、それでいいじゃないか」
「まあ、そうだよな。
あたしは、ルイと喋ってるだけで、気晴らしになるし、あたしがニコニコしてると、ジーン叔父さんだってニコニコしてるし、ダノンだってニコニコするし――言われてみれば、それがルイの影響力。
ダノンなんて、タワー『スカイ・オブ・パーツ』襲撃の件で、注目集めてる訳だから、間接的には、世間に影響力ある地位だな――あたしのお喋り相手」
「エルリーン!
だよね!
オレが、一人だけ目立って、『支配者』ですっておかしいんだよ!
何かを繋げて、形にするのって大事なんだ。
組みあがってできているようには見えない、空ですら――太陽があり、雲があり、そして月がある。
雨が降っている事だってある。
どんなものだって、一つじゃできていないんだ!
生まれの事は……分かってる。
だけど、オレだって、世界の構成物の一つに過ぎないんだ。
絶対におかしいっ!
世界に『支配者』が必要だとかって考え自体がっ。
――たしかに、オレの歌には、他人の心を乱してしまう力があるみたいだ。
すごく怖いけど、怖いからこそ……理解してるつもり」
「あたしには、そんな力はないから、ルイの考えを100%分かってはあげられないけど、訴えたい事は、それなりには受け止めてるよ」
「ありがとう、エルリーン。
オレ、無意識に、他人を傅かせる事に喜びを感じたり、思い通りに動いてくれると嬉しく感じる事は……きっと、あったと思う。
Lunaとして、軍で歌っていた頃は、特に。
オレは、自分の歌を聴いて、みんなが楽しそうって……そんな事を素直に感じてしまっていた。
でも、あいつは――エリオット・ジールゲンは、たぶん気づいていたっ。
分かっていたんだ!
オレが、自分の跡を継げるような……独裁者になれる素質があるって!」
「落ち着けよ、ルイ。
気持ち、あたしは理解してるから、な?
冷静さを失いすぎると、正論言ってても、ルイの悪いところ、『無意識に他人の言動を封じようとする』になっちゃうだろ?」
「……あ。
そうだね、気をつけるよ。
ねえ。
エルリーン。
オレ、これからも、ずっと、お掃除・皿洗い班の副班長でいい?
なんか、何度も聞いてしまっているようだけど……それが、『支配者』になんてならなくてもいい、証みたいになってしまっていて」
「ルイ……。
分かった! じゃあ、ずっと、副班長でいろ!
そうしよう。
班長のあたしを、ずっと支えてくれればいいよ。
それに、あたしは別にハンバーガー屋の女将になりたい訳じゃないんだ。
自分の店を持てなんて、冗談だって!
料理の腕があれば、きっと光り輝く万年下っ端店員Aになれるはずじゃないか。
ふふーん。
それにな、自分らの店じゃなくても、同じ店で働けば、並んで接客だってできる!
お前がポテトを揚げてる横で、あたしが客の注文のドリンクを注いでる事だってできる!
だから、な!
ルイ副班長。
はい、このエルリーン班長の意見には――」
「断固、拒否しません!
……あはは。さすがは、エルリーン!」
「まあ、あれだ。
『ルイくん……ピアノだってプロ並みに弾けるし、二年飛び越し入学できるぐらいにお勉強だってできるし、もったいないわよ』っていう先生の意見には、『断固、拒否します』でいいと思う。
しかし、何度も言うけど、やっぱりルイって頭は良かったんだな。
まあ、世界の支配者気取りだった奴を出し抜ける頭脳の持ち主、軍師殿が母親だから。
おかげで、ルイの方が二歳下だったけど、同じクラスになれた」
「座学はね。
頭の回転だと、エルリーンには勝てないなって思う事がある……というか、今回もだけど、よくそんなにすぐに、返答を用意できるよね。
毎度、驚いて、そして毎度助けられています!
いつも、お世話になっておりますっ。班長」
「おだてても何もでないぞ。
あー……でも、ごめ~ん。
進路票って、将来の夢を書くもんじゃなかったんだよな。
あはは。
あたしが、まったくの勘違いしてて……巻き込んでしまって、本当にごめんよ!
行きたい学校名とか、就職先とか書くのが正解だったみたい……。
それを知らなかったから、あたしもさ、ルイと同じで、軍師殿が言ってたのを書いたんだよ。
『お花屋さん』。
軍師殿、とにかく軍人になれって育てられたから、でも、実は『お花屋さん』とかになりたかったって、本気で言ってたから」
「エルリーンたちの基地に来てから知ったけど、母上も、子供の頃にはいろいろあったみたいだね。
……というか、母上は、無事なんだろうか。
一緒に逃げたはずの、タケ――竹内イチロウは、『スカイ・オブ・パーツ』に戻ってきてるみたいだけど……母上は……そして、あいつは――」




