煙幕 ~『小鳥の数え上げ歌』~【過去】Prison
The Sky of Parts[21]
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この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
Web上での読みやすさ優先で、適当に改行などをいれたりしてあります。
「ジーンさん。二人は、どうしてる?」
「よく寝てるよ。
基地に帰って来るまでは、緊張した様子だったが。
それが一気にほどけたのか、二人で一つの寝所で、手を握りあったまま寝てしまっているんだ。
まったく。
とんでもない事だ。
はあ……ダノン。
おれは、死んだ兄貴に、この事態をなんて言えばいいんだ!」
「すまない。
ジーンさん。
それは、今すぐ俺なんかが簡単に回答できる問題じゃないようだ。
……柱に縛りつけられたまま歌い続けるルイと、その身体にしがみつくエルリーンを発見した時は、本当に驚いた。
それとなく話を聞く限り、とても危険な状況だったようだ。
かなりやばそうな点滴は、エルリーンの手によって、すでに外されていたが、子供たち二人はよく乗り切ったものだ。
軍師殿――ルイの母、天王寺アリスさんが、正気を取り戻し、二人を励ましてくれたと聞いた。
しかし、その彼女も、結局はまた、エリオット・ジールゲンに連れ去られて行方不明だ」
「思い出しただけでも胸糞が悪いっ!
ダノンも、今でも思うだろっ!
汚いにもほどがある!
軍師殿を……自分にとっても懇意であるはずの……女性の身体を、脱出用に用意していたヘリからぶら下げるなんて……っ。
ダノンが受け取っていた、軍師殿が、四年前に用意していた動画で、彼女の姿は、多くの人が知る事になった直後だ。
エリオット・ジールゲンを討ち取る絶好の機会だったのに、一翼を担った彼女を、誰も撃つ事はできなかった!」
「ああ。
ジーンさん、それに関しては、俺も悔しさ、そして卑劣な行為に怒りを感じている!
……だが、彼女を、天王寺アリスさんを傷つけないと分かっていたから……そうしたんだろう。
いくら月明かりない暗夜だったとはいえ、どうやったら目撃情報もないまま、行方をくらますなどできるのか。
ヘリが、墜落した形跡もない。
エリオット・ジールゲンが、自らの頭脳を駆使して、的確で正確な割り出しを続け、逃亡計画をその場で組み立てたのだろう。
巨大な軍の維持管理を容易にする為に、システム『sagacity』を構築したが、いざとなったら、己の頭脳だけで、何かを成す事ができる。
やはり、そういった恐ろしい男だという事だ。
取り逃がしてしまった上に、『sagacity』本体がある区画が、おそらく奴の手によって完全封鎖されてしまっていて手が出せなくなっていた。
天王寺アリスさんが差し込んだプログラムの時間切れがきて、ルイの歌声が及ばなくなり、『sagacity』の機能が回復した後に、その指示に従う軍の残党どもが防衛にまわってしまうとはな。
主がいなくなったのに、嫌な状況だ」
「その恐ろしい男の息子と……うちのエルリーンが。
はぁ……。
あの男に言われるがままじゃなかったのかよっ!
それとも、閉鎖空間で、たった二人で支えあって過ごしていたからか!
もう助かったんだ!
だったら、早く元の考えに戻って、お互い別の道を……いや、あの様子は、若い二人が、何かを始めてすぐの目をしているとしか思えない。
はぁ……。
ダノン。
叔父のおれは、頭が痛いし、胸が締めつけられるぐらいに苦しい」
「うまい言葉がかけてやれずにすまない。ジーンさん」
「ダノン。
戦局の話をすると、同時に、エルリーンの父親代わりとして、これからどうしていったらいいんだ……そちらが脳みそを占拠して、思考がぐるぐる巡って止まらなくなる。
はぁ……。
まあ、ルイは、軍師殿の息子でもあるからな。
そうなんだよな。
軍師殿が、エリオット・ジールゲンを倒したいと思う気持ちは本物だった。
四年前に、おれらと一緒に行う予定だった作戦で使うプログラムを……それとは別に、予期発動セットしてあるとは――。
チャンスは一度きり。
どうして、あの日時が最適だと判断したかも、息子のルイが、世界にとって必要になっているかも、未知を見つめながらの事だったはず。
しかも、タワー『スカイ・オブ・パーツ』での幽閉環境下で、もう一つ二つ、いや、それ以上の切り札を用意する必要があったのに。
――天王寺アリス。
言えるのは、やっぱりあの人は天才というか、もうすでに、神業レベルをやってのけたって事だよな」
「そうだな。
四年前に、こちらが決行日として提示したのが、やはり、行動しやすい月明かりのない暗夜の日だったので、単にそういう理由で発動日時を決めて仕掛けたのかもしれないが、それにしてもだな。
俺だけは、四年前にこのプログラムの存在と、発動する日時は聞いていた。
あと、どうでもいいメッセージ……」
「ダノン、他にも何か、軍師殿から預かっているのか?」
「いや、その話は、今はしたくない。
ジーンさん、すまない。
『どんなメッセージだ?』という疑問を表情で伝えてくれても、答えられない。
口を滑らせた俺が悪かった。
俺と軍師殿だけが、知っていればいい事なんだ。
それに、『過去の天王寺アリスという人物のメッセージ』であったかもしれないしな」
「気にはなるが、どうにも、話すつもりはないって事だろ。
ダノン」
「ああ。
……ジーンさん、話を変えさせてもらっていいか?
軍師殿が、エリオット・ジールゲンの操り人形のように話しかけてきた時の動画。
急いで保管してくれた者がいて良かった。
後で見直してみて、いや、その場でも若干の違和感を感じたが、エリオット・ジールゲンにも見られていると思ったので、こちらも下手な反応はできなかった。
あれは、子供だった俺と軍師殿の二人だけの話の内容だ。
ただ、奴にも監視カメラを通して聞かれていたからな。
俺を見下し、貶める為に、エリオット・ジールゲンが、彼女に言うように命じた台詞かとも思ったが、録画を見直せば見直すほど、この時に話しかけて来ているのは、正気の天王寺アリスという人だと思えるようになっていった。
――ほんの少し出てくる事ができた、操られていない彼女だ」
「ダノンが、それに気づく事を含めて、軍師殿からしたら大きな賭けであり、重要な作戦の一つだったんだろう」
「ああ、ジーンさん。
その通りだと思う。
エリオット・ジールゲンを、自分の子供だと思い込まされているのを逆手にとって、『我が子』を、人々が光明を見いだせるような存在――つまり、ルイを世界を照らす『希望』にしたいと訴えてきた。
いろいろな意味で、あの人は、ただ黙って横に立っているだけじゃなかった。
天王寺アリスさん。
今、どこにいるのか。
どこに連れ去られてしまったか分からないが、あの人の為にも、そしてルイの為にも助け出してやりたい」
「ダノン。
ただ、実のところ……どう思う?
本当に、ルイは、人々にとっての『希望』となるような存在なのか。
軍師殿――天王寺アリスさんの息子であると同時に、あの子供は、エリオット・ジールゲンの血も引いている」
「ルイ。
Luna。
ルイーナか。
どれなんだ。
アイドルであったLunaなのか、ルイーナ・ジールゲンなのか、天王寺ルイーナなのか――そのどれでも、いや、どれでなくても、彼自身が、父親のそれか、それ以上の影響力を持つ存在になってしまった。
タワー『スカイ・オブ・パーツ』の襲撃中であったので、直接は見ていないが、流れ出た歌声を聴き、人々が、称え崇めていたと聞く。
これから、どうしていくかだな……。
エルリーンと二人で眠る顔は、ただの子供だが、あの歌は――人間から正気を奪うようなものだ。
さて、どうするんだ。
ルイーナは、いったい何を望む。
人々の想いを、捻じ曲げられるような、ようは『独裁』を行える力を得てしまった。
あの子供は、それを、どう使うつもりなんだ。
ひょっとしたら、すでに、俺たちは、ルイーナによって歪められた世界にいるのかもしれんが――」
* * * * *
【―これは、小鳥が心―】
小鳥は、神をなだめる為に、捧げられる。
小鳥は、〔ただ〕宿る。
そうして、〔つがい〕のもとに生まれ落ちる。
小鳥の世界は、人〔みっつ〕。
小鳥を見つめるは、目〔よっつ〕。
小鳥は、〔いつつ〕緒の簾で隠され、鳥籠の中。
然れども、小鳥には、〔むっつ〕目の力。
〔ななつ〕、真なる力に、小鳥は羽を伸ばす。
〔やっつ〕、末広がりの幸運を、小鳥は得る。
〔ここのつ〕、さあ、覆れ!
力、逆さになる時!
終わり、果て、それが、すべて!
小鳥は、悪魔を屠る為に、歌いあげる!
【―これは、小鳥が心―】
父上に、すべてを差し出すしかなかった。
オレには、何も許されていなかった。
オレは、ただ、父上の子として宿っただけ。
母上との間に、生まれ落ちただけ。
そうして、母上を苦しめる道具となるだけ。
幼いオレの世界には、父上とタケしかいなかった。
赤子のオレを優しく抱きしめてくれていた、母上は、どこへ?
世界でオレの姿が見えているのは、父上とタケしかいなかった。
おとぎ話で見た事ある、五つ緒の簾をかけた牛車。
貴い扱いだと、世迷い言。
オレは、担ぎ上げられたまま。
自らでは、大地に立つ自由もない。
そうして、どこかへ連れて行かれる。
自らでは、行く先を思い定める自由もない。
でもね、父上。
オレにも、あったんだ。
父上が持つような、五感を超えた感覚が――。
神は、七日目、天地万有を創り終えていたという。
それは、六の後。
月は、七日目、半分満ちるという。
それは、六の後!
廃墟! 混沌! 破壊!
月は、半分が真の姿!
廃墟! 混沌! 破壊!
七日目闇夜に浮かばぬ残りは、番う事なく、失せていけ!
それは、母上からの縁。
月の光は、裾広がる如くに地上に降り注ぎ、恵みとなる。
それは、母上からの縁。
『八』は、行く先よろしい、末広がりの意。
オレにも、あったんだ。
父上が持つような、五感を超えた感覚が――。
手向かう力が、あったんだ。
抗う力が、あったんだ!
仇なす力が、あったんだ!
あべこべ! あべこべ! あべこべ!
さあ、逆さになる時は、今――。
父上の『6』つ目の力。
オレの『6』つ目の力。
さあ、逆さになる時!
十数え! オレに、終わりは、来なかった。
十数え! オレに、果ては、来なかった。
十数え! オレは、すべてを手に入れた!
そうして、オレは、悪魔に終焉を与えてやった!
そうして、オレは、悪魔を結びに追いやった!
そうして、オレが、世界のすべてを手に入れた!
……あは……あはは……あはははははははは!
父上。
世界を手にするのは、オレの方だったみたい……っ!
あはは……あはははははははは!
* * * * *
『閣下。
可愛らしいと申しましょうか、そういったものを用意されたのですね。
ちょうど、天王寺アリスさんの診察が終わったところです。
まあ、悪阻なんて、医者がどうにかして、どうなるものでもありませんがね。
今日は、脱水症状も起こしていなかったので、点滴などの処置もしておりません。
逃げ出せる状態とは思えないので、薬などでの足止めもしておりません。
いろいろ申し上げましたが、適度に会話をするのに、ちょうど良い体調かと思います。
あまり、元気になられてしまうと、もう存在しない自宅に帰りたいと言うかもしれませんが――腹の御子の為にも、彼女に、閣下のお作りになられる、栄養になりそうな食事を振る舞うというのは如何でしょうか?
上官であるエリオット・ジールゲン閣下に対し、この竹内イチロウが、差し出がましい事を申しております。お許し下さい』
『いや。
タケ、ご苦労。
僕が不在の間、身重の天王寺先輩を任せられるのはお前しかいない。
書類上いない彼女の存命を知っているのは、僕とお前だけなのだから――。
ん。
可愛らしい?
これがかっ!
ピンクの生地に、白いふんわりレースをたくさんあしらった、なんとも、見目麗しい拘束衣だろ?
マタニティパジャマ。
人生で一番の幸福感を感じる、心穏やかで健やかに過ごせる時に、ゆったりした気分で着る――まあ、そういう触れ込みだ。
ふふ。
心身弱っているところ付け込まれ、世界の制圧者であるエリオット・ジールゲンの策略にまんまと嵌まり、捕らえられ、もう数ヵ月幽閉生活を送っている。
座敷牢の寝所から動く事すらかなわず。
故郷は居ぬ間に滅ぼされ、その上、自らも世間でいえばこの世にすらいない人間にされている。
これほど、苦しめられ、虐げられ、惨く扱われているのに、何も知らずに、僕からの贈り物を受け取る時には、感謝の言葉を口にするんだ。
ああ。
たしかに、可愛らしいね!
くくっ。
残酷な現実に気づくのがいつか――その折には、今とは違った可愛らしさを楽しませてもらおう』
『直接、お顔を拝見しているので、認識が薄くなりがちでしたが、天王寺アリスさんは、所在なき人間でしたね』
『まあな。
書類の上で鬼籍の人間としたのは、天王寺先輩に、僕の妻となる以外の道がないと分からせてやる為だったのだが――あそこまで体調が悪い日々が続くと、彼女と腹の子に配慮して、御披露目は見送るしかない。
最初こそ、帰宅を望むたびに、タケの薬で足止めしたが、悪阻による体調悪化で、寝所でほぼ過ごす事になるとはな。
こちらから、何かを強制して拘禁している訳でもないのに、天王寺先輩は、逃げ出す気配すら見せない。
水分をとるのも一人では困難なぐらい。
部屋の扉に外から鍵をかけている訳でもないのに、一度もそこから出ていけていない。
――素晴らしい。
それを、腹の中の僕の子が、果たしてくれているとはな!』
『悪阻は、あまり原因がわかっていない症状です。
母体の動きを制限して、胎児が、自分の身を守るのだという説を聞いた事があります。
宿る依り代に、思うがままにされるのではなく、御子の方が、母である天王寺アリスさんを、思うがままに操っているのかもしれませんね』
『そう、その通りだ!
ふふ。
たった一人では、まだ生命を維持する事すらできない腹の子が、天王寺先輩の身を、僕に捧げてくれている。
――父親である僕の想いを受け取るようにな。
どれほどの独裁政治を行える支配者として成長してくれるのか、今から楽しみだ。
しかも、父はエリオット・ジールゲンで、母は天王寺アリスだろ。
天王寺先輩の腹に手を置いて、つい考えてしまう。まだ見ぬ我が子の将来の姿を――』
『天王寺アリスさんの事は、噂話や閣下にお伺いする程度、そして、診察対象の患者としてしか存じませんが、彼女に宿るのが、閣下の御子であるとは、もちろん了知しております。
御子には、いずれ、私の方がお仕えする立場だと理解して、すでに敬わせて頂いております』
『天王寺先輩、いや、天王寺アリスだって、本当の彼女を知れば、タケが望むような絶対的な権力を生み出し続ける存在だと気づくはず。
まあ、深く考えずに、僕について来い。
竹内イチロウが、竹内イチロウである理由や意義がほしいんだろ?
そして、ためらう事など何もなく、すべての力を解き放てる世界を与えてやる。
この僕が、そんな現の創造主になってやろう。
黙って、エリオット・ジールゲンが描く『物語』を構成する一つとなっていれば良いんだ。
天王寺アリスにも、そして生まれてくる我が子にも、誰にも――己にすらも戒められる事なく……すべてを果たさせる!』
『6』という数字は、『みっつ並ぶと悪魔の象徴』、『不完全』などと呼ばれる事もあります。
しかし、『6』は、完全数(perfect number)の最初の数字であり、神による天地創造(世界の創造)も6日間で、7日目に完成宣言なのです。
『7』という数字は、日本では縁起が良い数字としてのイメージが強いと思います。
『7』が一つの区切りとなる、七進法で一番馴染みがあるのが、『曜日』の考えかと。
仏教では、来世に向け、『7』日ごとに、生まれ変わり(転生)への段階を踏むという考え方があります。
普段なんとなく使っている数字ですが、関連するエピソードを調べてみると、なかなかに面白いものです。
日本では嫌厭されがちの『4』ですが、筆者個人は、『4』を選ぶと、なぜか良い事に恵まれがちです。
ちなみに、『ruina』がゼロ。




