アリスとエリオットの再会
The Sky of Parts[02]
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この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
Web上での読みやすさ優先で、適当に改行などをいれたりしてあります。
「おかえり、天王寺先輩。
後ろから急に抱きついたりして、驚かせてしまったかな?
顔色の悪かったところ、さらに血の気が引いてしまったようだ。
この指先で、君の身体に触れるのも久々で――髪伸びたね。忙しくて、不精で切ってないだけなんだろう……君らしい」
「……エリオット……ジールゲン」
「そうだよ。
久しぶりなのに――顔をあげて、見つめてくれないのかい?
うつむいてばかりだと、僕も、君の顔がよく見えない。
だが、いい。
可愛いルイーナの前では、強引なのはやめておく――それは、二人きりの時に。
ね?」
「父上」
「ルイーナ、一人にしてすまなかった。でも、大丈夫だっただろう。
親は、子供を置いていなくなったりはしないから――。
母上をお迎えする任務。無事に果たしてくれたようだな。
この手で、お前を育てた僕が言うのもなんだが、立派になった」
「エリオット……離せ……!」
「胸のあたりに少し手を置いただけじゃないか――天王寺先輩がいない間、ルイーナの頭を優しく撫でてきた、この手を。
……僕に直接会えて、ずいぶん元気が出てきた?
じゃあ、話ができそうって事でいいかね。
タケ!
もう遅い時間だ。ルイーナを部屋に送り届けてくれるか」
「えー。父上。
いい子にしてますから、ボク、もうちょっと母上と一緒にいたいです」
「だーめ。今日は寝なさい。
母上とは、また明日からもずっと一緒にいられる。
『親は、子供を置いていなくなったりはしない』と言っただろう?」
「エリオット……お前っ」
「僕に言いたい事があるなら、もうちょっと小声で願おう。
天王寺先輩。
今、ルイーナに何かを悟られるのは、君にとってもお得じゃないと思うがね」
「……は~い。
では、母上、お休みなさい。よい夜を。父上も」
「行っちゃったね。
悪かった。七年ぶりの再会だったのに、あの子の振ってくれる手に反応させてあげられなくて。
でも、それは僕も同じだ。
せっかくあの子を二人で見守れる、最初の夜だったのに、君が暴れて、押さえつけていないといけなかったから、おやすみの握手してやれなかった。
眠れないって不安がる日は、手を握ってほしいと言ってくるんだ。
ふふ。
すぐそばに感じられるからって――大好きな父上が」
「……返せ。
ルイーナを返せっ」
「これは可笑しな事を言う。
ルイーナは、僕の子でもあるんだよ? 返せは可笑しいんじゃないか!
……ちょっと、話に集中したいから、移動しよう。
ねえ。
天王寺先輩。
女性が軍人になるのは、やっぱり不利だと思わないか?
だいたいは、男の方が身長が高い。少し身体を引っ張り上げて、軽く足を蹴ってやるだけで、ゆっくりと壁際に追い込める。
天王寺先輩と僕じゃ、二十センチ程差があるから簡単だ。
はい。正面の壁に両手をついて、戦地で締めあげられたらこんなものだろ?
ふふふ。
散々、僕の軍をかき回しておいて、今さら『私は、写真撮影が趣味のブログを書いているような、民間人に成り下がりました』は道理にかなっていないんじゃないか」
「くっ……」
「男女の仲の話をされるよりも、こう言われた方が、天王寺先輩も納得がいくだろ?
知ってるよ。
大学の頃から、ずっとずっと見つめてきたんだから――ううん。
もっと前かな。
ルイーナがはいていた半ズボン、可愛かった?
赤ん坊の頃から、身に着けるものは、父親の僕が選んでやってる。
君が、妊娠中に男の子だったら、半ズボン可愛いかなって言っていたから、それはちゃんと意識してるんだ。
どうかな?
……でも、嬉しいな……。
きっと、それって、僕と天王寺先輩が初めて出会った時、僕が、今のルイーナぐらいだった時に、そういう格好していたからだろ?
戦争に両親を奪われて――自身もいつ消えるか分からないのに、ただ泣いているだけだった。
そんな僕を、君の御父上、天王寺将軍が助けてくれた。
同行していた君が、僕よりも少しお姉さんだった天王寺先輩が、優しく抱きしめてくれた。
あの日の事はずっと忘れていない。
……どうしたの、そんな顔して?
目をぎゅっとつぶって、後悔でもしてるのかい? 御父上と一緒に助けた僕が――君が思い描く、幻想のような綺麗ゴトの世界の怨敵になったから?
ねえ。
聡明な君の事だから、心のどこかでは、そんな夢物語は存在しないと、ちゃんと否定してくれていると思う。
そうだよ!
僕が消えゆく運命に飲まれていたとしても、きっと誰かが戦争を起こしていたはずだ!」
「……だったら、なぜ護る側に回らなかった!
戦などしなくても……心動かされるような風景を見る体験をしたり、ただの何でもない娯楽で、人々は満足し、統治はかなうはずなんだっ」
「それは、君の御父上が最後に進めてみえた、和平案の事を言いたいのかい?
うーん。
それか、せっかく一流ブロガーになったのに、筆を折らされた事を怒っているのか? それだったら、正式に僕の妻になってくれれば、また再開させてあげるよういが……」
「誰が、お前なんかのっ!」
「幼い僕がいなくなっていたら、ルイーナは生まれていなかった。
君が、失敗だったと、ひどいこと言って罵って回ってる『あの夜』がなかったら、ルイーナは存在しない!
それを理解しているから、怒れてくるんじゃないかっ。
君は、ずっと苛まれている。
矛盾という言葉の意味通りに、攻める心と、守る心がぶつかり合って、ただ壊れるだけ――意味がなかったんだと思わされる。いつまで経っても終わらない、負が断ち切れない想いのシーンが、常に天王寺先輩の頭の中では、再生され続けている。
……なあ。
もう少し、後ろから強く抱いていい?
この状況で、断れはしないと思うが――。
あと、顔をもう少し見せて。
僕の顔も見てくれるか。
黒髪から覗く、青い瞳に見つめられると、心が飲み込まれそうで……少し怖いかい?
天王寺先輩が、ご両親の件で、軍人嫌いなのは知っているから、ルイーナの前では、可能な限り軍服姿は見せないようにしてきた。
今日は、タケもいた手前、仕方がないが……なるべく軍服が隠れるよう、身体を包み込めるようなマントを羽織ったりして、いろいろ心がけているんだ。
僕と同じ色、可愛いあの子の青い瞳に映る姿には――」
「黙れっ! エリオットっ。
私は、私のやり方で、亡き父が望んだような世の中を――坦々《たんたん》たる時代を化現させる!
支配者として君臨すれば、戦争というものを己が力で操れる……そう思っているとでも言う気かっ。
エリオット!
お前の作った『sagacity』は、まさに主の思想そのもの。
戦争が続けば続くほど、戦いが激しければ激しいほど、よりよいデータを収集し、次の戦をしかける時の知略となる。システムの血肉にする為に、お前は、どれだけの人の命を奪う気だ!
反逆という冤罪で捕らえた者を、むごたらしいやり方で晒し……火種をまき散らす!
民間人たちの絆を割くような真似をして、自分に逆らう者を増やし……それを繰り返す……どうして。なぜだぁああ!」
「へえ。
さすがは、天王寺先輩。僕を倒す可能性がある唯一のお方。
すごい、すごい!
押さえつけてる君を解放して、思わず拍手したくなったよっ! よく分析してるっ。
くくっ。
『sagacity』の特性は極秘なのに――きっと、推測だけでそこに辿り着いたんだろ? 本当に、恐ろしい女だ!
君なら、たかがシステムと、本当に『sagacity』を見下しても許されると思う。
なぜ、という疑問に答える前に、言っておく。
天王寺先輩。
君は、今は動かせる兵隊がいない。
軍師なんて、頭でっかちで無力。
しかも、護身用の武器すら持っていない。そして、銃を持っている何人もの兵士を、丸腰で平然と跳ねのけられるような、強靭な肉体の持ち主でもない。
僕は、前線の兵士に比べれば運動不足は否めないが、肉弾戦がまったくできないほど弱くもない。
実弾入りの拳銃は、携帯しているから、両手をあげさせられている相手一人を討ち取るぐらいわけない――」
「だったら、そうすればいいだろう!」
「ふふ。そういう君の弱さ、大好き。
十字架を背負っている事は分かっていても、自分自身を屠る事ができない。
他力本願で何かしてもらいたいなんて――意外と女性らしい考え方だ。
僕の軍を壊滅に追い込めるような作戦を立てられる、最悪の人物の脆さを理解して、独り占めしているのが、ものすごく優越感に浸れて、至福を感じられるんだ。
だから生かしておく。
積み上げて、成り立ってきた個性をすべて無駄だったと思うぐらいに、君を否定してやりたい。折れ曲がるはずもない性情すら、僕から強いられる服従によって、打ち消され、やがて自身が在る事すらあやふやになっていく――なのに、自分は生きている!
そうやって、絶望させていくっ。
すごく手間暇がかかって、一見無駄そうだが、とても有意義な時間を僕に与えてくれるはず」
「……悪魔め」
「うん。そうだな。簡潔でいい表現だ。
天王寺先輩。
今夜は、たくさん話せて良かった。今からは、少し話せなくなるから――」
「え……」
「ああ、すまない。
少し痛かったかい? 背中は、それなりに注射針が刺さりにくいから。
大丈夫だ。
床まで一直線に、ずり落ちないように、ちゃんと身体は支えていてあげるから。
……しまった。
質問に答え忘れていたね。
でも、きっと天王寺先輩は、僕の回答を知っていたんだろうけど。聞いていたら無駄な押し問答になるだけだから、寝ている間に答えておく。
僕が支配者で良かったんだよ。
『sagacity』が完成すれば、人々が争う必要はなくなる。惧れの対象として、畏敬の念を持って、崇め奉られる――完璧な存在があれば、もう誰も、戦う理由がなくなる。
結果として、僕から両親を奪った戦争は終わり、君の御父上の悲願も叶う。
もう君が、嫌いな戦争の事なんて、考える必要もなくなる。
考え移ろいやすい人間ではいけない。
無機なシステムのような、形ないものが、人々の上に立つ必要がある。だから、僕で良かったんだ。僕にしかできない!
大好きな君と、その間に生まれたルイーナも護れる――」
sagacityは、「saga」と「city」に分かれず、これで一つの単語。賢明な判断が下せるとか、洞察力とか、先見の明とかの意を持ちます。