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【過去】つながる『二人』 ~ つながる『NaCl』

The Sky of Parts[19]

■■■■■■■■■■■■■■■

この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。


Web上での読みやすさ優先で、適当に改行などをいれたりしてあります。



【※】

ムーンライトノベルズのアクセス規約上問題ないお方で、ご興味ある方。アリスとエリオットの初めての夜のお話は、そちらに投稿してあります。『狂愛夫に、塔の上に』をキーワードに検索できると思います。


『えっと。

 ……あはは。

 私、何を言ってるんだろう。

 軍人思考を全部捨てるんだ! とか、したからって……『泊っていく?』とか、聞いちゃって……天王寺アリスっ!

 落ち着け!

 ねえ!

 エリオット。

 黙っちゃって……んっとね、はは。

 ごめんっ。

 ……そ、そんなに怒らないでよっ。

 真剣な顔されると……あ、はい。

 そうね。

 怒ってる訳じゃないわよね。

 うん。

 えっ?

 ちょっと音声通話していいかって?

 職場に?

 ええ、いいけど。

 ――『朝まで、全員待機』?

 電源OFFにしたから……って?

 そういえば、エリオットの職場は、やっぱり軍なの? ……あ、そうなんだ。

 ううん。

 素直に教えてくれてありがとう。

 ああ、大丈夫!

 なんで、黙っていたのとか言わない。

 私が、その事を聞かずに、ずっとお喋りに付き合ってもらっていただけだから。

 どうしてかな……軍人とは、今後一切関わらないって、絶対にそうしようと、決めていたのに。

 あれ?

 私、泣いてる……。

 どうしちゃったんだろう。

 エリオットに、『朝までいてもいいかな?』とか聞かれると。

 ……うん。

 いいよ。

 でも、ちょっと弱っている私に、何かするのはナシ。やめておきなさ……い。

 こら!

 ず、ずるい。

 エリオットぉお!

 うう……。

 堂々と、正面から抱きつかれたら……え……『力抜いてくれないか』なんて言わないで……本当にずるいな。

 ……うん。

 いいよ。

 『今日は、君を捕らえにきたはずなのに、こんな形で、取り押さえる事になるとは思わなかった……』って、手を握られたまま言われると、恥ずかしい。

 うん……あの……私の方からも、抱きついてもいい?

 ありがとう。

 最初に出会った時は、エリオット、あんなに小さかったのに、今は違うね。

 ちゃんと肩幅があるし、身長だって、私よりもずっと高い。

 もう、大人の男の人なんだ。

 え?

 あ。

 えっと。

 夜空の星を見あげた時に、知らなかった事を知ってるかって……その……手を取りあい、夜を共に……かな……あははは……はは……はは!

 はい。

 知ってる。

 今夜だけ、エリオット・ジールゲンをやめても良いか? って意味は、なんだか分かりにくいけど、エリオットが、エリオットならいいんじゃないかしら。

 そんな返事で良かったの?

 ――黙ったままだけど、さらに強く、抱きしめてくれたから、良かったみたいね。

 いいよ。

 その代わり、朝ごはんは、チーズカツサンドお願い! これからも、ずっと、食べたいな――』



* * * * *



「Luna、本当かね?

 本当に、僕に何を言われても、お嬢さんと誓った言葉以外を言わないつもりか?

 歌声のデータがほしい。

 今すぐに、歌ってくれるね?」


「断固、拒否します」


「おっしっ!

 ルイ、よく言った!

 さすがは、うちの副班長!

 しかも、ちゃんと気をつけのポーズで堂々と言えた!

 かかとくっつけて、ひざをピーンと伸ばせてる。あごは、もうちょっと引いてもいいかも。

 そう、発言中以外は口を閉じて、視線は前。

 胸を張るのも重要だ!

 手の指先がまっすぐなのも大事」


「エリオット・ジールゲン配下のLunaに言っておこう。

 基本的に、その姿勢は、目上に敬意を表す意味がある。

 僕が、上官であると、認めてくれているという事でいいかね?」


「断固、拒否します」


「言葉のやりとりとしては、若干おかしいけど……ルイ、そのまま、態度で圧倒してやれ!」


「Luna。お嬢さんの命が惜しくないのか?」


「今さら、あたしを消す気なんてないよ!

 言ってやれ!」


「断固、拒否します」


「ほう……」



* * * * *



「閣下。

 すべての準備が、整いましたっ」


「タケ、ご苦労。さて、ルイく~ん! 自分の立場が、分かっているのかね?」


「だ、断固、きょ、拒否します!」


「確実に、言葉の受け答えとしては、噛み合っていないが、まあいい。

 お父さんとしては、理解してくれたと思っている!

 ふふ。

 さあ! 話し合いを始めようかっ」


「おいっ。

 こら!

 牢から出せっ!

 あたしを人質にしろよっ! なんで、ルイ自身にそんな事するんだよっ」


「お嬢さん。

 これが、我が家の親子のコミュニケーションの形なんだ!

 君も嫁にきたら、こういう事もあるとおぼえておいてくれ。

 『おぼえておけるかっ』とか、お嬢さんが叫んでいる声は、僕の耳には聞こえない。

 さて、ルイーナ。

 ストレッチャーに縛りつけられた時点で、いろいろ察知し、お父さんの考えを飲み込んでくれていると思っている。

 ……なあ。

 さっき、タケが、ちょっとチクっとしますよと言っていただろ。

 点滴針で、繋がれたんじゃないか?

 今、お前の体内をかけめぐっているのは、人間の体液と浸透圧がほぼ等しい濃度の食塩水、生理食塩水――医学関係者通称、生食だ。

 血中のナトリウム基準値は、約135~148mEq/L。

 クロールは、約98~108mEq/Lだ。

 細かい事を考えずに、ナトリウム140mEq/L、クロール100mEq/Lが正常値と暗記しろとかいう資料もみかける。

 1リットルに、9gの塩化ナトリウムが溶解しているのが生理食塩水だろっ。

 つまり、ナトリウムも、クロールも、濃度が154mEq/Lなんだっ!

 ――おい!

 ルイーナぁあっ。

 お前が、おそらく知らないであろう知識を、いろいろと並べてやったんだっ!

 何か、リアクションしろっ。

 『は?』とか、口に出して言えんのか!」


「Lunaっ!

 この竹内イチロウからも教えてやろう。

 生理食塩水だけを投与していくと、特にクロールが過剰になってしまう。血中の重炭酸じゅうたんさんイオンが低下し、アシドーシスを引き起こす事すらある!

 くっ。

 何が、恐ろしい事なのか、伝わっていないようだな……余計に、ポカーンとした顔になって、黙ってしまうとは!

 とりあえず、医者の私が言っておいてやろう。

 ――専門知識もなく、輸液ゆえきを行うなっ!

 ほらっ。

 もっともらしい事を言ってやったんだ!

 言葉で、何か返せないのかっ!」


「ルイーナ。

 では、お父さんが、お前を安心させてやろう。

 生理食塩水は、怖いものではない。

 熱けいれんの治療には、生理食塩水が非常に有効だ。熱けいれんは、体力に自信があると思い込み、訓練過剰になり、汗を多量にかいたのに、水分のみを補給した場合に起こりやすい。

 塩分の補給を怠った結果だ。

 軍人は、意外と注意した方がいい。低ナトリウム血症を起こ――」


「お前ら、うるさいよっ!

 まったく意味の分からない用語ばかり並べるなっ!

 ルイ、これ以上、雑談を聞くのは――」


「断固、拒否します」


「くっ。

 ……使い方が、的確だ。

 だが、そんな事をしても、ルイーナ。

 この状況をどうにかできる訳ではあるまいっ。

 おや?

 冷静に反応したが、どうしたんだ?

 お前が、目を血走らせているように、お父さんには見える。

 どうして、そんなにも興奮しているんだ?

 くくっ。

 極度に緊張した表情のまま、自分の身体から伸びる点滴チューブを凝視ぎょうししているようだな。その意味を、お前の言葉で答えてくれるか?」


「だ……断固……拒否します」


「お前たち、ルイをどうする気だ! あたしも、牢から出せってっ!」


「見れば分かるだろう、お嬢さん。

 ほら、僕が手にする、この小瓶。

 これを点滴にポタっとしてやるつもりだ。

 はははっ。

 これが、タケが作った薬だよ。

 ポタっと。

 たった、それだけで、これからルイーナは、僕に、絶対の忠誠を誓って生きていく事になる。

 ――この意味は、お嬢さんも理解してもらいたい。

 できれば、その気丈きじょうに振る舞うさまが崩れ去り、怯える表情を見せてほしい。

 天王寺アリスの現状を見れば分かるだろ。

 『敵対』相手が、誰であったかなどすっかり忘れてしまい、逃げ出すどころか、言いつけを守って、僕の部屋で大人しくしている。

 ああ、あと言っておく。

 ルイーナは、どこまでいっても、このお父さんの『息子』なので、独裁者やればできる子なんだよ。

 ふふ。

 君だって、気づいているんだろう?

 最初の命令は、もちろん、お嬢さんを執念深く口説き落とすように言いつけるつもりだっ」


「うるさいなぁ!

 そんな脅し方して、あたしがビビると思ってるのかっ!

 それとさ。

 微妙に気に入ってるんじゃない!

 その『父親を呼ぶ一般的な呼称』っ」


「ふ。

 隠すつもりはないっ!

 この前、君たちの会話で隠語としてではあるが、ルイーナが『お父さん』という言葉を口にしているのを聞いて、それもありだなと素直に思っただけだろ。

 アリスを連れ戻せたら、即、僕の『息子』として世に出すつもりはあったんだ。

 正直、十歳まで、僕の正体を知られずに育てる事になるとは、さすがに想像していなかった。

 僕の子として、のちの事も考えて、幼いうちから『父上』と呼ぶようにしつけたが、よく考えたらそれはおおやけの場だけで十分。

 どうして家庭内では『お父さん』と呼ばせなかったのだろうと、目からうろこが落ちたぐらいだ!

 固定観念こていかんねんに近い、愚かしい考えにとらわれていたかもしれない。固執こしつするは、損でしかない。

 だから、ルイーナ。

 これから始まる新しい人生――エリオット・ジールゲンの『真の息子』として生きていく人生で、この父を呼ぶ時は、『お父さん』でいい」


「断固、拒否します」


「張り詰めた表情なのに、心の底から『言ってやったぞ!』と思っていそうな雰囲気を放つルイーナに、一つ言っておく。

 今から、そのフレーズ以外を口にしたら、即時、点滴にポタっ。

 お前は、お父さんの問いや責めに、本気でたえられるのかね?

 あはははっ。

 相互の親睦も兼ねて、今夜は、お父さんが手を繋いで、一緒に寝てやろう!」


「だ……だんこ、拒否します」


「ルイ! 頑張れ! お前なら頑張れる!

 副班長がやられると、班長のあたしまで、巻き込まれるんだぞっ!」


「そうだっ。

 そういう認識をしっかり持って、お父さんと会話していってもらいたい」


「だんこ……きょひします」


「ルイ……文章全体で考えると、そこで使っちゃダメだ」


「素直で実にいい。

 ルイーナ。

 僕の可愛い『息子』に戻り、そこのお嬢さんを、お前の婚約相手だと言って、お父さんに紹介してもらいたい」


「言え!

 考えずに言え、ルイ! 班長からのご命令だっ」


「だんこ……きょひ……します……」


「おや。

 どうした、ルイーナ?

 そんな残念そうに、涙まで流してっ。

 はは!

 もっと、自分の気持ちに正直になった方がいい!

 僕のもとに帰ってくるだけで、お嬢さんが手に入るんだ。

 しかも、お前は、このエリオット・ジールゲンの『息子』。

 遠慮する事などない。

 お嬢さんを、お前の好きにしていいんだぞ?

 独裁者の跡を継ぐ者として、お前を止める者など、この地上にはいないっ。

 くくっ。

 どうだ?

 ヘビのおもちゃ。

 お前が、タケを説得してくれれば、また買い与えてやろう。

 それでお嬢さんを――」


「断固、拒否します!」


「――Luna。

 誕生以前からの付き合いという義理もあるので、この竹内イチロウが一つ言っておこう。

 ベースラインの正確な取得は行わなかったが……心拍数、血圧、脳波のすべての振れ幅の大きさにおいて、これが嘘発見器にかけられているとすれば、一般的な基準に当てはめた結果、直前の発言はであると、私は判断する。

 ふん。

 英雄気取りか何かは知らないが、ずいぶん恐怖を払拭ふっしょくした顔ができたね。

 だがなっ。

 確実に君は、嘘をついているっ!

 小娘と馴れあうつもりはないが、ヘビ絡みの件の話を、少しでも持ち込みたいと言うのならば……Luna。君には、このフロアの至る所の天井からコンニャクを吊るしてもらうつもりだぁああ。

 ……よろしいのですね?

 閣下ぁあああ!」


「おのれ、竹内イチロウ!

 ルイーナ!

 僕のところへ戻ってきたら、まずはパン作りを手伝えっ。

 色つや共に、実物に引けを取らない『ヘビ』に似た形のものを用意する!

 この父と共に、お嬢さんとタケを、脅かす存在になれっ。

 ははは。

 一緒に手にしようじゃないかっ。

 他人を制圧するという快楽を。

 溺れようじゃないか。お嬢さんを従えて、愉悦ゆえつひたるがいいっ」


「……はい」


「こらっ!

 ルイっ。小声で言っても、牢の中のあたしのところまで聞こえてるぞ!」


「Lunaぁ!

 というか、閣下ぁああ! 言いましたよっ!

 定形外のフレーズ!

 とっとと、私の薬を点滴にポタっとやって下さいっ」


「だだだ……断固……きょ、ひします……!」



* * * * *



「ルイーナめ! 強情なヤツだ!

 今夜の食卓では、『今日もおいしいご飯を作ってくれて、ありがとう。お父さん』と言わせてやり、デザート代わりに、お嬢さんの意思をまったく無視した、承服しょうふくさせる一連の流れを見てみたかったのだが――最後まで、断固拒否を貫いたぞ、あの小僧っ。

 なぜだっ。

 戻ってこれば良いものを。

 流れる血に逆らって生きるなど不可能なんだ。

 僕の『息子』である事を否定しようとしている今の方が、不条理な状態であると、なぜ気づけない!

 慈しんでやろうとしてやったのに――父親の僕をないがしろにするとはな」


「閣下。

 ルイーナ様のご意思には関係なく、私の薬を使えば……よろしかったのではありませんか?」


「それでは、つまらん!

 反乱分子の動きが活発で、確認に追われてストレスがたまっていたので、反省させがてらルイーナをいたぶった挙句に、可愛い『息子』として取り戻そうとしたが……口惜くちおしい!

 ふん。

 ここ数日、アリスが寝てばかりで、話相手をしてくれない。

 僕の相手をさせている最中さいちゅうでさえ、眠ってしまう始末だ」


「そういえば。

 アリス様をお一人にしておいて、大丈夫なのでしょうか?」


「ああ。

 今は、僕の部屋で眠っているが、特に動きがない。

 アリスを一人にする時は、監視カメラを作動させ、モーションセンサーも使うようにしているが、寝返り以外は検知されていない。

 まったく。

 いい加減に、子供じみた真似をやめるように本気で説得したら、眠っている時間が増えてしまうとはな。

 最初に目をさました時のように、錯乱状態になる事こそないが、挙句には、うつつを嫌いになってしまったような事まで言っていた。

 まあ、アリス本人の言葉としては、ぬいぐるみを眺めながら、クレヨンで空に落書きできるような世界で過ごしたいという内容だったがな」


「閣下。

 ご心痛のほど、お察し致します」


「まったくだ!

 僕の手からは逃げられんと、そろそろ諦めてほしいものだ。

 母子で、揃いに揃ってな!

 ふんっ。

 『sagacity』の検閲がまともに使えないのは、実に不愉快だっ!

 それが、係累者けいるいしゃでもある、アリスとルイーナによって引き起こされたかと思うと。

 ……ふふ。

 このエリオット・ジールゲンに背くというのが、罪科ざいかに処される行為だという事を――畢生ひっせい悪行あくぎょうであったと認識させてやりたいじゃないかっ。

 精神のすべてまでも、僕に捧げると誓うと同時に、改悛かいしゅんの情をもってもらいたい!

 アリスの場合は、助命の為に仕方なくであったが、できればルイーナには、自らの意思で、僕の配下に戻ってもらいたいものだっ」


「ルイーナ様の歌声データは、どれほど集まったのですか?

 閣下。

 『sagacity』の検閲に支障がなくなる――無毒化できるプログラムを作るに至るには、あとどれぐらい歌声データが必要なのでしょうか?」


「現在収集したデータで、99.99%問題が解決する」


「99.99……っ!

 で、でしたら、なぜっ、プログラムを適用されないのですか!」


「99.99%なのだ。

 確実ではない。

 なあ、竹内イチロウ。

 うつろいやすい人であれば、それでいい。

 0.01%の不確かさ、0.01%の希望、0.01%の現実性を伴わない目途もくとは、霊魂じみた人の心であるから、制勝の価値をもたらす事もある。

 だがな。

 『sagacity』はシステムなのだ。

 だからこそ、確かで明らか――そう、根拠が判然はんぜんたる必要があるとは思わないか?

 おぼつかない部分が、僅かでもあってはならない。

 それは、いつか、狂いの幕あけとなる。

 ルイーナの歌声という、断じて許容できないはずであったイレギュラーにネジを外された、現状の二の舞を演ずるのは、御免だからな」


「わたくしは、閣下の御意向、そして、真意をりょうしたつもりでございます」


「……タケ。

 何か含むところがあるようだが、この場で、僕に言うつもりはなさそうだな」


「いえ。

 そのような事は……この竹内イチロウでは、閣下の御心おこころに届かぬところもございます。

 私では、到底及ばぬという事を、お伝えしたかっただけでございます」


「ふん。まあいい」


「閣下の御心おこころを騒がすもう一点。

 反乱分子の連中が、ヘリコプターを購入しているのではないかという、閣下の御推測ですが、確認致しました。

 確かに、いくつかの組織において、取得の形跡、もしくは取得を目指す動きをつかむ事ができました。

 ただ。

 いずれも、タワー『スカイ・オブ・パーツ』の対空ノイズに対処できるものではないようです。

 録音でも一定の効果のあるルイーナ様の歌声を危惧きぐし、『sagacity』検閲を犠牲にし、対空防御を通常展開している現状では、戦局が不利に傾くとは、わたくし、竹内イチロウごときでは想像ができません」


「タケ。報告、ご苦労。

 ふふふ。

 ……そうか。

 なあ。

 がねの棒を握るのが、誰か――見てみたいと思わないか?」


「閣下は、御心おこころ当たりがあるのですか?」


「僕は、いつも天王寺アリスの罠を待ちわびている。

 アリスが、何かを仕掛けてきてくれないか――そればかりを待ち望んでいる」


「……足もとに目を落とされていらっしゃいますね。

 閣下には、以前の『天王寺アリス』の亡霊のようなものが見えているのだと、失礼ながら申し上げさせて頂きます。

 アリス様は、すでにこの『スカイ・オブ・パーツ』上層に幽閉されてから四年ほどになります。

 しかも、今は、この竹内イチロウが作りました薬によって、閣下の傀儡かいらいであり、寵姫ちょうきになったのだと認識しております。

 そのアリス様が、このおよんで、まだ何かしでかすと仰るのですか?

 閣下が、それを強く望まれている事は、理解しておりますが。

 今とて……自分からは動かぬ人形のように、居室で、閣下の帰りをただ待っているだけだとお伺いしました」


「さあね。

 ただ、天王寺アリスは、それをやってのける女だ。

 強大な権力に興味がある訳じゃない。

 僕を倒したい一心いっしんで向かってきてくれる。

 そう。

 いつも、僕を出し抜く最高の戦略を、このエリオット・ジールゲンと『sagacity』に与えてくれる、うるわしい存在だ。

 ああ、アリス。

 いとおしいっ!

 僕にいろどられ、塗られる事なんてしていないんだろ?

 君が、本当の色を取り戻せないようにする為、僕から与えられた漆黒のドレスをまとっている気分は、どうなんだい?

 童女よりも無垢になってしまったと思わせるような君の瞳の奥に、たまに揺らぎが見えるんだ。

 アリス……ああっ……僕のアリスが、そこにいるんだって!」


「……閣下?」


「タケ。

 僕は、気は確かさ。

 行方を失ってしまったかと思って、心配をする必要はない。

 アリスの事を考えていると、僕は、この世に何一つ曲がる事なく存在していると感じられるんだ。

 そして、みつうつつを踏みしめる事ができる。

 待ってるんだ。

 僕を、滅ぼす存在を――」


「はい……」


「お前でもいいぞ、タケ。

 本当に、僕を、完全にめっせると……言うのならな」


「ご、御冗談を……御戯おたわむれが過ぎます……閣下」


「待っているんだ。

 そういうふざけた戯言ぎげんを……神話に変えてくれる、誰かを。

 タケ。

 僕の青い瞳を――見てみろよ。

 後世まで伝承されるような、叙事詩じょじしの英雄を、ことに演じるのは、いったい誰だ?」


「……わ、私には、分かりません。

 閣下……繰り返して申し訳ありませんが、御戯おたわむれが過ぎます!」


「たかが人間の僕だ。

 なんの力もないはずだが――あまり、長い時間、僕の瞳の中に映っているのは、めておいた方がいい。

 竹内イチロウ。

 もう、いい。今日は下がれ」



* * * * *



「ジーンさん、すまない。

 みんなに指示も出してもらうようにお願いしているところ、急に呼びつけたりして」


「どうした? ダノン。

 ……おれは、今、少し気分が悪くなってきている……。

 ダノン、そんな顔をしないでくれるか。

 おれに伝えなければいけない事態が、容易に受け止めてもらえないと……緊張した面持おももちで訴えないでくれっ」


「落ち着いてくれ。

 ジーンさん、続けていく話は別にして――良い知らせだ。エルリーンは、おそらく無事だ」


「ダノンっ。ほ、本当かっ!

 どうしてる!

 やはり、タワー『スカイ・オブ・パーツ』の上層に閉じ込められているのかっ」


「その可能性が高い。

 ルイと一緒に、エリオット・ジールゲンのそばで過ごしていると思う。

 ……ジーンさん。

 さすがに、エルリーンの育ての親だね。

 冷や汗を流しながら、つばを飲み込んで、喉をゴクリとならすぐらいに、緊張していると思うけど……伝えた方が良いと思ったので、聞いてくれ。

 椅子に座るかい?」


「ああ……ダノンも座ってくれ。

 テーブルにひじでもついて、あごを手で支えながら、話してくれないか?

 今さら、行儀など気にしなくていい。

 できたら、落ち着いた様子で、話を聞かせてくれ」


「分かった。

 俺の事を心配してくれて、ありがとう。

 ……何から話そうか。

 エルリーンは、おそらく無事だ。

 ――そういった表現にさせてもらう。

 ジーンさん。

 冷静に聞いてくれていて、助かるよ。

 眉をひそめたり、眼光鋭くしたりするのは、好きにしてくれ。

 あと、ジーンさんもひじでもついて、あごを支えてくれ。

 繰り返すようで、見通しの話だが、エルリーンの命が、これからもエリオット・ジールゲンによって保障されそうだ、と言えば、どう受け止めてくれる?」


「ダノン。

 ルイもそばにいると言ったな。

 さっき感じた嫌な予感が……くっ。

 ちょっと待ってくれ!

 少し下を向いて、落ち着くっ。

 ……すまない。

 やはり、ダノンの言葉で言ってくれないか」


「ああ。

 ルイ――いや、Lunaが、エリオット・ジールゲンの正統な血を引く子息しそくであるという話は、俺ら反乱組織の人間だけではなく、すでに軍の関係者の中でも十分に噂されている。

 彼が、隠し育てられた理由であり、原因でもあった、母親不在の問題が取り除けたので、いよいよ正式な形で世間に周知させる準備が、水面下で進んでいるようだ。

 エリオット・ジールゲンが、反乱組織に向けて広く配信した動画……エルリーンとルイが連れ去られた時に、俺らに見せつけてきた動画の後半部分を、ジーンさんも録画で見たと聞いている。

 軍師殿――天王寺アリスは、すでに正気を失っているように感じた。印象としてだが――。

 軍が、人間の人格の一部を書きかえる薬を使用しているというのは、有名な話だ。

 おそらく、天王寺アリスにも使用したと思われる。

 これが……エルリーンは、おそらく無事だという発言の根拠でもある。

 エルリーンがまったくの無事であるとしても、ルイの方がどうしているのか分かっていない。

 Lunaとしても、おおやけには姿を見せていない。

 ルイが、母親の天王寺アリスと同じような扱いを受けた上で、エルリーンのそばにいる。

 そういう事も、否定できない」


「ダノン……遠慮はいらない。

 続きを話してくれ」


「ああ。

 まず、天王寺アリスが、Lunaの母親として、エリオット・ジールゲンに従わされる姿を見る事になると思う。

 そして、おおやけに姿を現わさなくても、世間から求められる程に影響力のあるLunaを、自分の『息子』であるとして、連れ出てくる。

 ここで、ルイーナ・ジールゲンとなったルイと、手を取りあう役を……エルリーンにさせるつもりらしい」


「……エルリーンが、生きていてくれたのは、正直に嬉しい。

 だが……これじゃあ、最悪の事態の内容に変更があっただけだ……っ」


「ルイが、エルリーンの助命嘆願じょめいたんがんを行ってくれたのが実を結んだ――ここまでで、話をとどめておきたいが……。

 ジーンさん。

 これ以上、悪い話を聞かせたい訳じゃないが、続きがある。

 いくら、実の息子にせがまれたからと言って、戦闘要員ではないとしても、反乱組織に籍のあるエルリーンを、自分の息子の相手であると、理由もなく出したりする事はないだろう。

 だが、現実は、ルイとエルリーンの二人を、いずれの自分の跡継ぎであるとして、世に公表するつもりらしい。

 縁者えんじゃはルイだが、エリオット・ジールゲン軍の権威のようなものを、実際に受け継ぐのがエルリーンの方という話。

 世襲の成り立たない、独裁支配故に……ジーンさん、大丈夫か?」


「ああ……最後まで、聞くよ。

 ダノン。

 ひたいから流れる汗をぬぐわせてくれ……おれが思っていた以上に、ふざけた話だったのでねっ。

 反乱分子の力をぐ為の道具に……エルリーンが使われるって事だろ……!

 身分など差別せず、経歴も問わない……寛大なエリオット・ジールゲンを見せつける為の……そんな独り善がりに等しい画策かくさくの犠牲に、エルリーンがなるって事だろっ!

 くっ。

 うう……それなら、単にルイのそばに置かれる程度であってくれた方が……ちくしょー!

 ……助けてやる事もできずに、すまない、エルリーン……」


「こんな話をしたあとで、ジーンさんがどこまで、気を確かに聞いてくれるか分からないが――今、すすめている事。

 正直、どう受け止めている?

 信じて、貫いてもらえると思っていいのかな?

 もし、少しでも心が曇るのなら、ジーンさんの身の為にも、手を引いてほしい」


「ダノン。

 ……いや、大丈夫だ。

 逆に、もうあとがないって事だろう?

 これが、最後のチャンス。

 でなければ、エルリーンは……助け出す事ができたとしても、もう、取り戻す事はできないんだろっ。

 親代わりとして、おれは、やるしかないんだっ」


「分かった。本当にありがとう、ジーンさん」


 念の為ですが、フィクション性の高いラノベ内に書かれたような『血中の基準値』でございます。各病院、検査施設で『基準値』は、それぞれ違います。数か所調べて出した基準値でございます。


 輸液の単位など、医科いかを目指す方でなければ必要のない知識だと思いますが、molモルやmEq/Lの分かりやすい計算式がありましたので、いちおうURL書いておきます。

 https://www.otsukakj.jp/healthcare/iv/unit/

 ちなみに、mEq/Lは『ミリ・イクイバレント・パー・リットル』と読みます。Equivalent、当量や等価などという意味です。



 あと『気をつけ』は、各軍隊などによって、多少違う場合があります。

 自衛隊では、伸ばさずに握り拳です。



 ついでに、『ご心痛のほど、お察し~』などは、お悔み系と思われがちですが、心痛は、『心が痛む』『心をひどく悩ます』等の意味なので、他の機会にも使えます。

 ただし、ある程度の深い間柄の目上相手以外では、おすすめできません。


 くだけた言い方をすると、「お前の心の痛み、分かっているぜ!」となるので、そもそも親交浅い相手に使うと引かれる可能性が高いです。


 「ご心中、お察し~」も、上司や取引先相手でも大丈夫だと思いますが、お悔みのイメージが固定観念こていかんねんとなり、なかなかに理解してもらえない場合が多いかもしれません。

 相手が、仕事の大きなミスなどで、気落ちしているところに使っても、本来は良いはずなのですけどね。


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