独裁支配の歌、世界を制す純粋
The Sky of Parts[16]
■■■■■■■■■■■■■■■
この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
Web上での読みやすさ優先で、適当に改行などをいれたりしてあります。
※ほぼ同時アップロードですが、16話は長文なので、中途半端なところで2つに分割します。
「はぁあああああ?
た、たしかにあたしは、班長だけど……お掃除・皿洗い班だぞ?
……せ、世界を支配するとかとは、まったく関係ないんじゃないか」
「ルイーナにとってのエルリーン・インヴァリッドという存在。
この人のそばで、自分は、小さい人間だと思い込んでいたい!
ああ。
そういえば。
君たちの組織に利用されて、ルイーナは歌わされていたそうだね。
ふふ。
歌声に惹かれて、兵がいつも以上に、集まったりしてはいなかったかね?」
「そ、それは、あのルイの綺麗な歌声に、みんな引き寄せられて……」
「Lunaとして、軍主催イベントで歌うルイーナのそばに、僕は、常にいた。
軍の連中もだが、民間人も、目の色が変わるんだ。
あの子が歌うとな。
まるで、独裁演説でも聞かされ、心を奪われているかのように――。
聴き終わり拍手する頃には、想い捻じ曲げられた様を見せる者が大勢いた。
驚いたさ。
このエリオット・ジールゲンが演説するよりも、Lunaの歌声を聴かせた方が、軍の支持率が上昇するんだ!
僕ではなく、皆、Lunaの方を向いているんだっ!
はは。
実の息子でなかったら、Lunaという存在に恐れを感じ、斬り捨てていたかもしれんっ」
「あんたがやってる悪逆政治なんて、好きなやついるもんかっ!
軍の奴らを、良く言ってやる義理はないけどさ、あんたって、軍の奴らからも嫌われモンなんじゃないかい!
力で抑えつけてるから、誰も逆らえないだけで。
ルイは、誰かを抑えたいなんて考えてない。
戦争だって嫌いだ!
そんなルイの純粋な心が込められた歌に、みんなが感動してるんだよ。
支配者になんて、ルイはなりたいと思ってない!」
「違うっ!
ルイーナは、巧みに群集心理を操り、付和雷同させ、多くの人間を手駒とできる事に気づいている!
あはははっは。
あの子は、父親の僕と同じ気質を持っているんだっ。
分かる。
ああっ。
ルイーナっ。
この父には、分かるぞ!
誰かに、止めてほしいんだろっ!」
「考えてないよ!
ルイは、他人を支配したいなんて、思ってもいない!
あんたに脅されて、そんな考えになりかけたら……あたしが、本気でぶん殴ってでも止めてやるっ!」
「『せき止め』だった両親を、僕は、失った。
次に、幼い僕の『せき止め』になるはずだった、アリス姉さんとも引き離された!
止められるはずがないっ。
支配者になれると、気づいてしまったらな!
僕は、心根からあふれる声に、すべてを委ねただけだ――」
「止まれなかったから、独裁者になりましたって事かよっ!
言い訳するなって。
あんたのせいで、どれだけの命が失われたと思っているんだい。
ってかさ、一人の思いだけで喋るなって!
あたしと会話する気があるのかっ」
「ああっ。
アリス!
君と共にある事で、僕は、肯定されるんだ。
アリスは、僕と同じ気質を持っている人間だから。
そう!
血に刻まれた才っ。
分かっているよ!
戦争を忘れたいなどという――アリスの玩弄の慰み夢は、『せき止め』と等価っ。
夢を見て、幻に溺れる事で、現を忘れようとしているだけだ!
あははははっ、お嬢さん。
『せき止め』がなければ、天王寺アリスという人間は、世界を制圧するような存在になっていたかもしれないとは思わないか!」
「なるわけないだろ!
軍師殿は、たしかにすごい戦術を作れる人だよ。
だけど、普段のお喋りだっていっぱいしてくれた。
あの人は戦争は嫌いだし、誰かを抑えつけるなんて真似は、絶対にしたくないって思ってるっ」
「あははは!
アリスにも、僕の妻として、必ず、多くの人間を支配する喜びを与えてやろうと思っている」
「あんたの独り善がりだから、やめろって!
軍師殿を、これ以上巻き込むなっ」
「ルイーナは、父親の僕と同じなんだ!
――同じ気質を、お嬢さん。君の中に感じている。
君にすがりつく為に、ルイーナは、成るたけ弱い自分を作ろうとしている!
本当じゃない自分を演じているっ。
我慢している。
偽っている!
『せき止め』として、君を手に入れようと必死なんだ」
「はあ……。
面倒くさい。
本当にさ、あんたの言ってる事って、回りくどくてよく分からないけどさ。
他人と一緒にいると、必要とされているって思う事もあるだろうし、護ったりもしたくなる。
自分のせいにしたくなくて、弱いところ出してしまう事もあるだろうし、本人にしか分からない夢みたいなものに、真剣になる事もあるだろうし。
あのさ。
特別おかしいって思わないんだけど?
軍師殿が、夢見てるとか。
ルイが、自分を抑えているとか。
だってさ。
そもそも、そばにいる誰かの為に、何かしてやりたいから、自分なんて我慢して当然じゃないのかい?
ええっと……うまく言えるかな。
ようは、自分じゃない自分を演じるっていうか――それをやめたら、単なるワガママな奴だよ。
ありゃ?
ルイが、一人きりなら、頑張っていたって事か?
うーん。
そりゃ、あたしが甘やかしすぎたんだな。
反省して、今後はちょっと突き放してみるか。でも、たった独りにすると、やり方間違えるのか。
……難しいな。
今すぐ、どうしてやろうって考えは出てこないな。
とりあえず、あんたが、自己中な考えの押しつけ野郎だって事は、再認識したよ。
しかし、あんたが言うと、他人なんて、すべて道具にでも見えてるように聞こえる」
「僕の事は、どう思ってもらっても構わない。
さっきも言ったが、僕の判断基準は、身元ではない。
煽動を行える、つまり、特異なレベルに達したカリスマ性を持っているかだ。
お嬢さんが、整髪料のにおい振りまくスーツにネクタイ野郎と呼ぶ、竹内イチロウもまた、同属性の人間だ。
だから、ずっとそばに置いている。
僕やアリスが近くにいるせいで、影を潜める形をとっているが、十二分な域に達している。
――あれも、僕にとって、相当に危険な存在だ。
竹内イチロウが、『せき止め』として欲しがっているのは、僕が生み出す権力だからだ。
ははは。
面白いんだっ。
権力維持の為なら、竹内イチロウは何だってする!
一緒にクーデターを起こした連中を、次から次へと消していってくれたっ。
僕に、報告する事なく。
暗々のうちにな!
巨大な権力を維持していく事で、自分の行いは正当なものだった――竹内イチロウは、そうやって、己が存在してもいいのだと、肯定している。
僕は、隙あらば寝首をかこうと考えている奴しか、そばには置きたくないんだ。
アリスに、早く元に戻ってほしい。
僕を倒したいと、心から願ってくれているアリスになっ。
ルイーナ。
お前でもいい。
この父を倒す存在になってくれ――」
「ど、どういう事だよ?
さっきからさ、意味が分からないって! もう話すのやめるぞ」
「おいおい。
僕に銃口を向けられながら、なんとか歩ける程度のお嬢さんが、話をやめるとは――どうやるつもりか聞かせてほしい。
目を塞がれていても、僕が放つ気配から、拳銃を向けられているのは、お嬢さんには伝わっているだろ?
ルイーナは、もうすぐ僕のところへ帰ってくるだろう。
大切に思うお嬢さんを助ける為と、自分を偽って、弱い自分を作りあげて、理屈をこねながら、あざとい釈明を振りかざして、この父の胸に飛び込んでくる。
本当は行使したくて、ルイーナは、たえられずに、胸が張り裂けそうなんだ……人々を御する力を使いたい!
ああ。
僕の『息子』は、やっと、その身に流れる血の疼きに逆らわずに、素直な自分で生きられるようになるっ!
まあ、もう少し主体性をもって、ここに辿り着いて欲しかったが――親の欲目だ」
「そんな風に、ルイがならないようにする!
あんたなんかの方向を、ルイが見ないように――世界のみんなの本当の想いの方向を見るように、あたしがしてやるっ」
「やはり、お嬢さんは、ルイーナが必要とする存在だ。
ありがとう。
母親のアリスでは、これはできなかった。
ルイーナにとって、アリスは、自分から護りたい存在。
だが、お嬢さん。
君は、ルイーナにとって、自分を護ってくれる存在なんだ。
本当に感謝するよ!
お嬢さん。
礼を受け取ってほしい。君も、解放してあげよう」
「はぁ?
もうさぁ……まったく分かんないぞ。
……別に、あたしがルイを護ってやる分には構わない。だけどな、ルイは、絶対にあんたの手には渡さない!」
「そうやって、君に護られていると思うから――ルイーナは、安心して、僕の『息子』になれる。
後ろめたい気持ちを、お嬢さんがすべて受け止めてくれるから。
お嬢さん。
君は、ルイーナと結ばれるべきだ。
護ってやりたいと思う、ルイーナのそばにいれば、君は、本当の自分になれる。
なあ。
まだ誰も、討ち取った事がないんだろ?
ふふ。
ある時、気づいたはずだ!
誰か一人でも、討ち取れば、自分が止められなくなると!
……ああ。
悪いね。
君が、唾を飲み込み、喉をならす音、はっきり聞かせてもらった」
「だったら……なんだって言うんだ!
当たり前だろうっ。
それが、どれだけ怖い事か、分かっているんだっ!
軍の奴ら、敵だって言っても、家族がいるかもしれない!
討ち取ったのが、離れ離れになったっていう、仲間の身内かもしれないっ。
あたしは、みんなを護る為の力はほしいけど、あんたみたいに、人の命を奪って平気だって思うようになんてならない!」
「エルリーン・インヴァリッドという人物は、支配者側に回れる素質を持っている。
女の子に生まれたから?
血筋だって、有り触れている……そんな、恣意的な解釈に圧迫されて生きてきたんだろっ。
やめろよっ。
そんなのは!
このエリオット・ジールゲンが道を与えてやる。
だから、そこを進んで行く事だけを考えればいい!
ルイーナは、本当に目をさました君を待っている。
父親の為なんかよりも、君の為に、生まれ持った力を使いたがっているっ。
こんな血を引いてしまったのだから、仕方がないという諦めよりも、愛する君が望むのだから、仕方がないという言い訳の方が、自分にとっての『せき止め』になるからだっ」
「勝手にルイの気持ちを作るなって言ってるだろっ。
あたしには、好き勝手に言えばいいさ!
念を押して言ってやるっ。
ルイに、いろいろ押しつけるなってっ」
「ルイーナは、君にとって最高の『影』となる存在だ。
エルリーン・インヴァリッド!
眩い『光』を浴びる事を、恐れる必要はない。
心配はいらない。
ルイーナは、必ず君と、手を取りあい、想いをあわせてくるっ。
二人は、天から与えられた、己が能力を包み隠さず、最大限に活かして生きていく事だけを考えればいいんだっ!
そうして、いつか二人で、このエリオット・ジールゲンを倒したいと思うがいい!
前代の支配者を討ち滅ぼす。
それは、神話の常。
エルリーン・インヴァリッドとルイーナ・ジールゲンが、紡ぐ物語を見せてほしいっ。
さあ、お前たちの創造――新世界を降臨させるんだっ」
「……もう、なんかさ……聞いてて疲れてきた……はぁ。
あんたさ、こういうのいつも、誰にでも言って聞かせてる訳?
なんだっけ?
いつでもクリップ何とかしてて、ペースト? で、出力……ってやつか?
……はぁ。
あんたなんかに言われなくても、ルイとは、これからも仲良くやってくよ。
あたしの仲間の一人だって、決めたんだ。
戦争のない世の中を望む、大切な仲間。
ルイが、あんたの方に尻尾振って白旗をあげないように、あたしは努力の真っ最中なんだ。
『もう無理だろコレ諦めろ』みたいな、根拠もない情報を、面倒なぐらい回りくどい言い方でぶっこんでくるなって。
だから、嫌われモンなんだ!」
「ふふふ。
あははははっ!
僕は、必ず、君に絶大な力を握らせてやるつもりだ。
倒したいんだろ。
このエリオット・ジールゲンを。
与えてやろうと言っているんだ――僕を倒す、術をな」
「いらないよっ!
あたしは、もう班長として絶対的権力者なんだ!
皿洗いやお掃除、キノコとかの食料確保。
畑を耕す方法だって、チビどもに教えてやらないといけない。
ルイが――副班長が来てくれて、少しは楽になるかと思ったけど、あいつは屋根を打ちつけるのが、いまだに下手だ。
大工道具持って修理なんていうのは、結局は、あたしが出て行ってやってる。
でも、あたしが手が離せない間、ルイは、副班長としてチビどもを見ててくれてる。
もちろん、とても助かってる。
それに、歌を聴かせるなんていうのは、あたしじゃできないから、ルイにはルイの役割がある。
男女逆っこじゃないかって、笑うヤツもいるし、あたし自身もルイをからかってやる。
だけど、そうだよ。
あいつは――ルイは、母ちゃんを助けたいという気持ちに関しては、真に強く持ってるなって思った。
『母上の騎士になりたい』。
それぐらいに護ってあげたいとか言っていたのを聞いた時、思わず、ルイもこんな男らしい顔ができるんだなって。
今は、あんな風になってしまった軍師殿――母ちゃんを見て、ちょっと迷ってるだけ。
だから、あたしは、ルイが本当の気持ちを取り戻せるように、叱咤激励ってやつを続けていくつもりさ。
邪魔するなっ。
黙ってろって!
いかにも、感謝を要求してきそうな態度のヤツを、そいつが用意した方法で倒す。
まっぴらごめんだよっ。
あたしは、あたしのやり方で、エリオット・ジールゲンを一発殴るって決めてるんだ!」
「はい。合格。
やはりお嬢さんには、ルイーナと共に、僕の後継者になってもらうしかない。
僕は、必ず、君を手に入れる決意を固めさせてもらった。
拒否権はない。
――道具なんだ。
お嬢さんも、ルイーナもな。
僕が、描いた未来の舞台に立つんだ。
それが、君たち二人の慶福となるだろう。
あははは!
それにしても、愉快だなっ。
このエリオット・ジールゲンには、天与の超能力――信仰を集めるほどの絶対的な支配力があるだろ。無論のこと、自負している。
それは、お嬢さんを含めて、この地上において、異論がある者はいないと考えさせてもらう。
僕に煽られて、ここまで自分の意見が貫ける人間など、そうはいない。僕が知る限り、四人目だ」
「四人目とか――あんたの変な認定とか、あたしは、いらないよっ!」
「困ったな。
四人もいるのに、まだ誰も、僕を倒せていないんだ。
ふふ。
竹内イチロウは、いまだに僕を出し抜くほどの術を見つけられていない。
アリスは、たった一人なら僕を倒せていただろう。
彼女は、我が子であるルイーナを助ける為に、自らを生け贄にしてしまった。
ルイーナは、初めて僕の正体を見た時に、母親を護りたいという気持ちを剥き出しにしてきた。だが、あれの性向なのか、誰かと手を取りあわないと、その様は見せない。
母親の存在を失って、今は、手が打てなくなっている。
まあ、お嬢さんがパートナー役になってくれれば、ルイーナは、僕を倒そうと向かってきてくれるはずだ。
そうして、四人目であるエルリーン・インヴァリッド!
君が、僕を倒してくれると、期待させてもらうっ」
「VRゴーグルあるから見えないけど……あたしに、キモイ視線とか送ってるんじゃないぞ!
お断りだって言ってるだろ!
気に入ったから、自分の手元に置きたいって話だろ……うわっ絶対にアホだろ!
ルイや軍師殿だって、いろいろお断りだって。
整髪料のにおい振りまくスーツにネクタイ野郎と二人で、仲良くやってろよっ……ってか、ヤツすらも、敵だって思ってるって事か。
……はぁ。
あんたってさ、仲間とか、本当に、心許せる人間って欲しいって思わない訳?
味方にしたいのが、全員強敵がいいって……よく分からないけど、そう言いたいの?」
「正解だ」
「はぁあああ?
本当にバカだな……無理無理!
絶対に、あんたとは、考え方あわない。もっと、誰かと協力して生きてく事、ずっと年下のあたしが、おすすめしておくよ」
「僕よりも、ずっと年下のお嬢さんが、難しい話に付き合ってくれた事に感謝しておこう。
ここからは、すべてが甘ったるいぐらいの考えに戻ってもらっていい。
さあ。
さきほど言っておいた、手作りケーキでも食べていってくれ。
気づいたと思うが、扉の中に入ってもらった。
この室内では、お嬢さんを戒めたりはしないつもりだ。
さて、VRゴーグルを外して、最初に何が見えるかな――」
「エルリーン!」
「……あっ。軍師殿……」
「手錠も外してやろう。
これで、腕も自由だ。
僕も、部屋を出ていく。
音声は、聞かせてもらうが――カメラ映像は停止しておく。
天王寺アリスと二人、女同士の会話でもしながら、ケーキと紅茶を楽しめるように、少しは配慮しておく。
ふふ。
心配りをしたのが、僕であるというのを、どういう形で受け止めてもらえるかだがな。
母さん。
お嬢さんを席に案内してあげて」
「YES、エリオット!
ほら、エルリーンこっちこっち。
座って座って!
どれ食べる?
ショートケーキ?
チーズケーキ?
ベリーのタルト……ああ、もう全部食べちゃいなさい!
今、お茶を注ぐわねっ。
エルリーンの大好きなアールグレイティー用意しておいたから。
とりあえず、惜しみなく高級品にしておいたけど、口に合うといいな。
ベルガモットの柑橘系の香りがとても良くって、茶葉のにおいだけでも楽しめるぐらいよ」
「では、母さん。
お嬢さんの洗脳、よろしく。
母さんは、天王寺アリスだから、お嬢さんを口説き落とせるはず。
僕が欲しいものは、全部くれると言う母さんの事を、信じているからね」
「はあ?
ちょ、ちょっと待て! おまえ……」
「YES、エリオット!
普通の娘なら、お夕食までに、一緒に『YES、エリオット!』って言わせるような、結実を届けられるんだけど、私の知るエルリーンだと、もうちょっと時間がかかるかも。
エルリーンは、そこが可愛いのよ!
あら。エリオットも、うんうん頷いてくれるの!
うんうん。
とりあえず、バンバン揺さぶりをかけるわね!
そうよ!
母さんは、天王寺アリスちゃんなの!
可愛い子供のエリオットにお願いされたら、なんでもやってあげなくちゃ!
任せておいて頂戴」
「ちょ……軍師殿!
そ、その幼児みたいな無邪気な表情……あたしが、ここに連れて来られるまでに育てた緊張感を、ぶち壊すような笑顔やめてほしいな……。
そいつに操られて、おかしくなっちゃってるのは分かってる。
でもさぁ。
すごく、対応に困る!」
「ああ、お嬢さん。端末の画面を見てご覧。
音量も上げてあげよう。
Lunaの一生懸命な様子……素晴らしい!
熱気を帯びた生コンサートだっ。
意気込みが違う!
おや?
この歌詞は、聴いた事がないものではないかな?
歌いながら詩を編んでいるという事か!
良質なデータを捧げてくれているようだ。
はは。
激しく乗り気だ。
やる気満載だ。
こんなにも歌声データを献じてくれるなんて――このまま崩落の一途をたどり、断とうと必死になっていた、父親の僕への情を思い出してくれるんじゃないか。
慕わしく切ない歌声で、僕を呼びつけようとするのも……くくっ。
時間の問題という事だ!
『エルリーン。オレの伸ばした手をつかんでほしい……エリオット・ジールゲンを、父と尊み、敬愛の念を抱いて、一緒に生きていこう』。
そう言いながら、お嬢さんを丸め込んでくるはず。
ははは。
待ち遠しいねっ」
「おまっ……。
ってか、ルイ! 歌うのやめろってっ!」
「エルリーン、そんなに焦った顔したからって、席から立っちゃダメよ。
座っていて。
ふふ。
私、一度やってみたかったの。
事情聴取ごっこ。
こうやって肘をテーブルについて、無駄なぐらいに偉そうな態度で、顎を手で支えて、『まあ、ケーキでも食っていけ』って、そんな感じのやつよね?
ライト……卓上にライトを用意しておくのを忘れていたわ!
か、花瓶じゃ代用できないわよね。
あらあら。
でも、今日はお天気もいいし、窓の外からたくさんお日様が入ってるから、まあ、いいわ。
こういう時に、日照権が絶対約束された、遮るもののない超高層階っていいわね。
窓も、とても大きいし!」
「軍師殿。
事情聴取って……おかしくない!
こういうのなんて言ったらいいか分からないけど……たぶん間違ってない!」
「ごっこよ!
でもね、『あたしがやりました』って言わせてあげるわ。
しょっぴく前に、必ず言わせてね。
『何時何分、エルリーン確保!』って。
絶対に、心の中の断崖絶壁に追い込んでやるわっ!
ほら、エリオットも、とても笑顔よ!
母さん、頑張っちゃうわねっ。
あ、ちょっと待ってね!
紅茶をカップに注いでくるから。
大丈夫よ。
ケーキにも、紅茶にも、『毒』なんて入ってないから。
そんなのツマラナイわ。
実力で、えいって押し倒してこそ意味があるの!」
「お嬢さん、さっき心配してくれたが――僕の味方は、たしかに強敵ばかりだが、協力関係は成り立っているんだ。
互いに狡猾な信頼は、持ちあっているから大丈夫。
では、頑張って。
ふふふ。
そんな状態に見えても、中身は天王寺アリスだ。
あはは!
お嬢さんを、しっかり洗脳してもらえるように、『子供』の僕が、『母さん』のアリスを躾けておいた。
――君を、陥落させるのに、最適なように仕立ててあるから。
よろしく」
「YES、エリオットっ!
エルリーンの心を手に入れる任務、必ず成功させるわっ。
私の可愛い子供、エリオットの前に、エルリーンを献上するの!
ふふふふ。
拳銃で脅されるよりも、私に、こ~んな風に喋りかけられる方が、エルリーンも動揺するでしょ!
わははっははは、って、やつなのよ!」
「あはは……ちょ、調子狂わせないで……軍師殿。
こ、これなら、戦いモードで来てほしかった!
長々とエリオット・ジールゲンの演説トーク聞かされていた方が、よっぽどマシだったっ。
あたしは、軍師殿とは戦いたくないけど……こ、これじゃあ、つかみどころがなさすぎる!」
「うふふふ。
こ~んな、天王寺アリスちゃんに絡まれたら、エルリーンは逃げられませんっ!
エルリーンを堕とす為に、カスタマイズされた、私には勝てないわよ。
拳銃ダメ、マンツーマン独裁演説ダメで、効果がないなら、すべてが甘ったるいぐらいで、堕としてやるのよ!」
「うんうん。
母さん、すっかり正気を失った感じになっているね。
僕の従順な道具として仕上がってくれていて嬉しいよ。
お嬢さん。
分かっているな。
君の陥落は、Lunaの陥落と等しい!
両方に、揺さぶりをかけるのは、至極当然だろ?
――恐怖心を煽ったり、力で抑えつけたり、そんな戦略だけが、すべてじゃないんだ。
手段など、選ぶつもりはない。
くくっ」
「エリオットは、母親の私を、正しく躾けてくれる、とても優しい子なの。
だから、エルリーンを捧げてあげたいのよ。
『あたしは、エリオット・ジールゲン閣下の道具です~』って、言わせてあげるわっ!
私も、さっき、このお部屋に来た時に、ちゃ~んと『母さんは、エリオットの道具です~、もっと支配して下さい』って、言ったのよ」
「『母さん』の拳銃は、僕が預かって、鍵付きクローゼットに収納しておいた。
この前みたいな心配はないと、考えてくれという意味だ。
ああ。
そうだ。
整髪料のにおい振りまくスーツにネクタイ野郎も、お嬢さんなんて大嫌いらしいが、彼が固執する、絶大な権力維持に、お嬢さんが利用できるとは気づいている。
途中で、ルイーナが媚びへつらってきたら、ここに連れてきてあげよう。
みんなで、楽しくおいしいものでも食べながら生きていこうじゃないか。
ね?」
『Earl Grey』とは、フレーバーティーの種類です。
ミカン科の常緑高木樹『ベルガモット』で着香した茶が、アールグレイティーと呼ばれるものです。柑橘系の香りが印象的。
ベルガモットで香りつけたものすべてが、アールグレイとなるので、茶葉は何でもOK。
セイロン、中国茶、ダージリン、そして緑茶のアールグレイティーなどもあります。緑茶版は、紅茶専門店よりは、先進的な緑茶専門店にでも足を運んだ方が、手に入る確率が高いです。




