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アリスとエリオットと雛鳥 ~ 反乱組織の人々

The Sky of Parts[11]

■■■■■■■■■■■■■■■

この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。


Web上での読みやすさ優先で、適当に改行などをいれたりしてあります。


【天王寺アリスが、何かを書き始めようとしたが、その後、続きが書かれる事がなかった文章である】


 これは、戦争によって、父母を天にほうるしかなかった――父親からもらった青い瞳を持つ少年が、少し年上のお姉ちゃんに出会い、希望を持って生きていく事を願う、祈祷きとうの書。



* * * * *



『天王寺先輩? 何をしているのかね。

 それ、盛り塩ではなく、粉ミルク……だよね?』


『ん~。

 どうやったら、私のも出るのかなと思って。

 なかなかうまくいかないなぁって。

 だから、こうやって、成功を約束されている戦略のもとを眺めているの。

 さっき、哺乳瓶サマの講義も受けたんだけど……まあ、ルイーナは、ミルク飲んでくれるからいいのかもしれないけど。

 あ、エリオット。

 せっかく来てくれたけど、今さっき、ルイーナ寝てしまったわ』


『抱きあげて、あやしてやりたかった。

 だが、寝顔もすごく可愛いから、これはこれでいい。

 今日も、動画と写真を撮っておこう。

 ルイーナは、日ごとに違う姿をみせてくれる。思わず仕事中に、端末に記録されているルイーナのデータを見てしまった事があるぐらいだ――。

 天王寺先輩。

 ――ミルクをすり切る手が止まっている。

 というか、右の薬指に力が入りすぎて、すり切りスプーンが震えている。

 粉ミルクを見つめる目が、過剰なぐらいに真剣だ。

 夜中の授乳に向けて、先にミルクをすり切っておくだけで、それほどまでに、血気盛んな様子を見せなくてもいい。

 心が過敏になり過ぎだ。

 せっかく、すり切った粉が、半分以上、ミルク缶の中に戻っている。

 ルイーナが飲むミルクの濃さが変わってしまうと心配なので、できれば、ちゃんと計量できる心境の時に、すり切ってやってくれ。

 ……今夜の授乳分は、僕にすり切らせてほしい。

 天王寺先輩を信用していない訳ではないが、我が子が口にするものだと思うと、不安が止め処なく襲ってくるものだな。

 ほら。

 君は、妊娠中に体調がすごく悪かったから――本にも書いてあったじゃないか。初めての出産の場合、産む前からいろいろ知略をめぐらせておかないと、ミルク以外で育てようとしても、簡単にうまくいかない時もあると』


『そっかー。

 ちょっと自分でも諦めてきていた。

 ……まあ、無事に生まれてくれて、成長していってくれているからいいんだけど……ちょっと残念だわ』


『ミルクなら、父親の僕でも、ルイーナに与えてあげられる。

 それほど残念がる事じゃない』


『う~ん。

 一生で一回だけの自分の赤ちゃんを育てる経験だから、ちょっと、わがままな事を考えてしまうだけ』


『……やはり、出ていく気なのか?

 天王寺先輩。

 僕のもとから、その子を連れて――妊娠中からお願いしているし、ルイーナの愛くるしい顔を見てからも、ずっとお願いしているが、考え直してくれないか?

 この子の為にも、僕らは結婚すべきだっ!』


『エリオット、手袋出てる。

 ポケットから。

 ……お仕事終わって、そのままの足で来たのね。

 振り返っちゃったから、顔見えないけど、しまったって表情してそうね。

 うん。

 急いで来てくれるのは、もちろん加点しとく。エリオット。自分でも気づいていると思うけど、それじゃいかにも軍のお仕事してますじゃない?

 はい、減点です。

 ……ごめん。

 どうしても、この子に、軍人の父を持たせたくないの。

 戦争のそばに、ルイーナを寄せたくない』


『それは、理解してあげられない事はない。

 でも、思い止まってくれないか?

 天王寺先輩。

 君の恣意的しいてきな解釈による選択によって、僕とルイーナは、引き裂かれる事になる。

 もちろん、僕の気持ちも分かってほしい。

 身を切られる思いだ……。

 そして、まだ言葉を操る事すら――いや、生まれ落ちた世界がどういう場所なのかすら、その青い瞳で見てもいない、ルイーナから父親を奪うのかい?

 命を繋ぐ為のかてを与えたり、存在すら危ういぐらいのもろさを感じる、その小さな手を握り……温もりの意味を教えてやった……そんな僕を、君の主観的な考えだけで、軍務に携わっている者だからという理由だけで……追いやるというのかっ!』


『ごめん。

 私のわがままなのは分かってる。

 本当にごめん。

 振り返って、エリオットの顔を見てあげられなくて、ごめんね。

 怒ってるよね。

 声だけでも伝わってくるけど。

 ……軍人を辞めれないと、出産後も言われて……一緒にサンドイッチ屋さんになる話……ほんの少しだけ期待しちゃったんだよ』


『天王寺先輩。

 僕は、今すぐ軍人を辞める事はできない。

 ――だが、必ず戦争は終わるだろう。

 そのあとで、サンドイッチ屋を始めればいいじゃないか……だましたわけじゃない。

 まずは、戦争が終わらないと――だから、その手伝いを君にもしてほしい。

 愛しいルイーナの為に、僕も、早く戦争が終わってほしいと考えている!

 天王寺先輩……いや、アリス姉さんっ。

 子供の時の口約束ではなく、僕の妻になってほしい。

 僕のすぐそばで、ルイーナと一緒に、共鳴するように、出来事を同じように受け止め、受け入れ、理解し、認識し、想い通じていってくれ!

 必ず幸せにするから。

 知っているだろっ。僕は、天王寺アリスという女性を、心の底から愛しているんだ!』


『……ありがとう。でも、ごめん。

 エリオットの事は、嫌いじゃないよ。

 それに愛してもいる。

 だけど、どうしても、ダメなの……二人には申し訳ないと……どれだけ謝っても許してくれないと思うけど……。

 ごめん。

 天王寺アリスって人間は、どうしてもダメなの――』


『……分かった。

 でも、ここにいる間は、君とルイーナの心配を、最大限にさせてくれ。

 あとで、タケに診察に来させるから――お医者さんの言う事は、せめて素直に聞いてほしい。

 竹内イチロウはね、医者としての腕は確かだから……本当になんでもできる――。

 天王寺先輩。

 振り返ってくれないのか?

 ……僕の顔、見てもくれないんだ。

 いいのかい?

 優しい顔なんてしていないかもしれない。

 怒りもあらわに、君を懲らしめてやろうとしている……兇暴きょうぼうな表情をしているかもしれないのにっ』


『エリオットの顔を見て、決意が鈍っちゃうと嫌だから……どうぞ、お好きな顔して下さいっ。

 タケさん。

 妊娠中からお世話になってるから、ルイーナと二人で、今までのお礼をたっぷり言っておかないとね』


『天王寺先輩。

 最後に、一つ聞かせてほしい。

 振り返らなくてもいい。

 もしも――君とルイーナを陥れるような、太刀打ちできない強敵が、君らの前に立ちはだかったとしたら、天王寺先輩は、その捨てたという軍人としての才能を使ってでも、戦い抜くのか?

 どんな手段を使う事になったとしても。

 君の――天王寺アリスのあらん限りの能力で、迎え撃ち、問題が根絶されたと実感できるまで、手を止める事はないと……?』


『そうならない事を祈っているけど、この子は、必ず私が護りきるわ。

 その為に必要と言うのなら、私は、持ち得ているすべての力を開放するしかない。

 それが、ルイーナを護る為の戦いであるというなら――私は――天王寺アリスは、戦うしかない』


『分かった』



* * * * *



「ダノン。

 エリオット・ジールゲンのやつが、二ヵ月ぶりに、おおやけの場に姿を現したらしい。

 大切な小鳥を奪われ、落ち込んで、引きこもっていて――やつれているかと思っていたが、前と変わらず、優越意識の塊のような表情や態度を見せているそうだ。

 自分こそが選ばれた人間であるという趣旨の演説も、相変わらずの独裁者ぶり。

 ダノンも、軍公式発表の動画見るか?」


「いや。いい。

 それを見たジーンさんが、あざけり笑い、呆れ果て、そして、あの男にまた憎しみを感じているんだなって思えたから――俺は、やめておく」


「ああ。そうしておいた方が良い。

 特に気になるような発言はしていなかった。小鳥がらみも、それを庇護する立場の人の事も――何もなかった。

 ダノン。

 それよりもどう思う?

 今も、『sagacity』の検閲機能は、ダウンしてると思うか?

 この前の作戦で、ヘリを譲ってくれた組織経由で、他の反乱組織にも、事は伝わっているが、好機だと思って手を出したトコロは、全部潰されたらしい」


「俺なんかの見解だけど、おそらく以前同様の検閲はできていないと思う。

 Lunaの歌声データは、世の中に出回りすぎていて、いくら軍といえど根絶やしになんてできないさ。

 生の歌声よりは、効果がかなり劣化するみたいだが、録音や録画でも十分に有益だ。

 この二ヵ月で、現存確認されているLunaの歌声データが、『sagacity』システムのバグに変化しないように、付け焼き刃な対応をとっていた――おおやけにはできないので、開発者本人が時間を使って対応していたと考えた方がいい。

 同時に、エリオット・ジールゲン自ら、検閲を行い、反乱の鎮圧の指示にも当たっていた――それは、とても表に出てこれないような、多忙さだった。

 姿を見せたという事は、ある程度システムだけでも対応できる目途が立ったり、信頼ができ、加えて力量ある軍師を召し抱える事ができた……そんな感じだろう」


「ダノンの考えは、十分な説得力があると思う。

 把握不可能なLunaの歌声に、すべてを狂わされるのは、やはり恐れているわけか。

 それはそうだろうな……ずっとそばに置いて、誰にも知られる事なく育てていた、小鳥――Lunaが自分の手元にいないんだから。

 ……おおやけの発表ではないが、やはり軍の内部や民間人の間では、Lunaが略取りゃくしゅされたのではないかという噂になっているらしい。

 いくら『sagacity』の迎撃機能がマヒしていたとはいえ、『スカイ・オブ・パーツ』の上層から、おれらのヘリが飛び去ったのは、かなり目撃されている……直後から、Lunaが姿を現す軍事イベントが一切なくなった」


「Lunaの姿か。

 今は、この基地内に滞在しているはずだが、それでも姿を見ないぐらいだからな。

 ジーンさんは、最後にいつLuna……いや、ルイーナの姿を見た?」


「うーん。

 記憶にないぐらいだ……エルリーンのやつは、毎日しつこく顔を出してるみたいだが。

 ……悪い事を言ってしまったのは自分だからと、エルリーンは、責任を感じているらしい。

 叔父のおれとしては、不安だよ。

 新入りで、しかも年下なんで、いつも通りにエルリーンは、面倒見よくしてやろうとしているだけなんだろうが……ルイーナの存在と言うか、正体を考えると……正直、あまり寄りつかないでほしい」


「エルリーンは、ルイーナが、軍師殿の息子だと思い込んでいるから……いや、それは本当の事か。

 だから、どうにも、世話を焼こうとしてしまっているんだろうな。

 ……そうだな。

 俺だって、かなり心配している。

 エルリーンにとって、ルイーナは……。

 親代わりであり、叔父のジーンさんの心は、俺なんかよりもずっと複雑で、乱れているんだろうけど」


「まあな。

 だけどな、ダノン。

 ここだけの話……接したり、エルリーンのやつから話を聞く限り、ルイーナには、同情ってものも持ってきている。

 タワー『スカイ・オブ・パーツ』から連れ出す前は、実際に会ったら、兄貴の無念で頭がいっぱいになっちまって、ぶん殴ってしまうかも、とまで考えていたんだ。

 動画や軍の公式イベントに、Lunaとして出演するルイーナのそばには、常にエリオット・ジールゲンの姿があって、神から授かった清い心と澄んだ歌声を持っているなんて言われていてもな……いつかは、その奥ゆかしい印象のまま制圧者になるんだろうって。

 どこか、そういう疑心暗鬼に駆られる気持ちがあるって認識していた。

 なんだろうな。

 ……ダノンしかいない場だから、あえてそういう言葉を使わせてもらうが、憐れだなと思った。

 それなりに大事には扱われて、育てられてきたんだろうが、溺愛されて、わがまま仕立てにされた訳でもなく、おれらが一般的だと考えている愛情を注がれたのでもない。

 掌中しょうちゅうたまとしていたぶられていた……とでもいうか、そんな仕打ちを受けていたとしか思えない」


「俺も、だいたい、ジーンさんと同じような思いさ。

 エルリーンから聞いただけだけど、この基地に連れてきてすぐに、休ませるつもりで部屋にいるように言っておいたら――壁に向かって話しかけていたみたいだ。

 部屋の前を通りかかったエルリーンが、ドアをあけて、『何をしているんだ?』と聞いたら、トイレに行きたかったが、部屋にないみたいで、どうしたらいいか。きっと、監視カメラがあると思って、壁に話しかけていたって。

 トイレは、廊下の角を曲がったところだと教えておいたんだが。

 はあ……。

 部屋にいろと言われたら、大人しくしているのが当たり前だと思っていて、外から鍵がかかっているはずだから、そもそもドアノブに、手すら触れていなかったと言っていたそうだ。

 思ったよ、俺も。

 この子供は、悪政独裁者から重んじられるような存在ではなく、軍師殿――天王寺アリスさんが、エリオット・ジールゲンによって奪われ、捕らえられて、閉じ込められていると言っていた息子なんだなって。

 軍の発表する年齢がそのままなら、今は、十歳のはずだ。

 赤ん坊の頃から、閉じ込められたり、監視される事が当たり前だと思って生きてきてしまっている。

 ……想像を絶する環境から、助け出した子供なんだなって……。

 もちろん、俺だって恨み言の一つも口にしてやろうぐらいの意地の悪さはあったが、複雑だよ。

 今は、ルイーナに、かけてやる言葉がみつからない」


「……『スカイ・オブ・パーツ』脱出の直前に、エリオット・ジールゲンとは、何かあったらしいが……ずっと知らずにいた、あいつの正体が、受け止めきれなかったんだろうな……。

 エルリーンは、励ましたり、心配する気持ちからだったんだろうが、『お前大変だったな、もう大丈夫だぞ。あの人殺しのエリオット・ジールゲンから逃げれたんだから』と言ったらしい。

 その直後から結局二ヵ月、ルイーナは、ほぼ部屋にこもったきり。

 ルイーナも、それとなく嫌な予感を感じていたらしいが、『人殺しって……何?』と聞いてきたそうだ。エルリーンのやつが、素直に回答してしまったのがな……まあ、どこかで知られる事だったとは思うが。

 エルリーンのせいではないと、おれからも言っておいたが、エルリーンは、何か責任のようなものを感じてしまったらしい。

 それから毎日、食事は自分が運ぶと言うんだ。

 叔父のおれが何を言っても、ルイーナが部屋から出てくるまで、めるつもりはないって言い張るんだ」


「さっきも言ったが、エルリーンは、ルイーナが、軍師殿の息子だって知っているから、それとなく気にはかけてしまうんだろうな。

 もちろん、ルイーナ一人しか助け出せない想定はあったが。

 ……やはり、軍師殿が助け出せなかったのは、とても痛手だ。

 『sagacity』に、有効な攻撃をできるのはルイーナの方だが、それをどう活用していいかは、軍師殿の指示がないと難しいところだ。

 人間として尊重した上で、我々の味方をしてもらうという事がね」


「ダノン。

 軍師殿――天王寺アリスさんは、今どうしているのだろうか。

 ルイーナの話だと、直前にエリオット・ジールゲンから酷い仕打ちを受けて、瀕死の状態だったって言うじゃないか。

 おれらに作戦を与えて、ルイーナを逃がす手はずを整えていたのがバレて、制裁を加えられたとの事だが。

 ……ルイーナ自身も混乱していて、ハッキリした記憶じゃないらしいが、薬で、軍師殿の人格を消去するとか、そんな手伝いをしろと強要されかけたと言っていたな」


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