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小鳥の眼前鬼一口

The Sky of Parts[10]

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。


Web上での読みやすさ優先で、適当に改行などをいれたりしてあります。


「ダノン、気づいてるか?」


「ああ……ジーンさん。

 ちゃんとしつけておいてよ」


「はあ……なんで、座席の下に、こんなに邪魔で、女の子でも隠れていそうな荷物があるのかね。

 もう月夜の大空なのにな」



* * * * *



「ああ。ルイーナ、来てくれたのか――自分の足で」


「……あ……あ……あ……の」


「どうした?

 父上は、ここにいる。お前を、世界で一番愛している、この僕が。

 ルイーナ、なぜ、そんなにもけがれたものでも見たような――落ち着きを失った顔をしているんだい?

 母上も、ここにいる」


「……あ……だ、だって……は、ははう……え。

 母上……が……っ!」


「ああっ。ルイーナ。お前も思うかい――。

 今の母上……熟して見る者を惑乱わくらんさせるようなあでやかさを持ち、そして、まだ粗削あらけずりであるかのような可憐な魅力があるだろう?

 父上には、分かるよ。

 お前が、半狂乱になり、思考を止めてしまうのが――美しすぎる母上に、心酔したくなる気持ちをいだくルイーナの事を、父上は、理解してあげられる。

 そうだ!

 父上は、母上を愛しているからっ」


「……だ、だった……ら……だったら、どうして……母上を、そんな……風に……あ……あ…っ。

 タ、タケ……っ!」


「ああ。申し訳ありません、ルイーナ様。

 後ずさりし過ぎて、このままでは、御父上の執務室を出て行ってしまわれるのではないかと、心配になりましたので――。

 どうされました?

 手を伸ばして、ルイーナ様の身体をお支えしただけではありませんか……この竹内イチロウの顔を見て、どうしてそのように――取り乱しておられるのですか?

 私は、赤子の頃から、一緒にいたではありませんか。

 なのに、今のあなた様が、私を見る目は、まるで人でないものでも見たよう。顔色を変えられて、身震いが表情にまで伝わっているように感じます。

 ……母上さまの事ですか?

 あの方は――アリス様は、ご自分で望まれて、あの一本柱と渾然一如こんぜんいちにょとなっておられるのです。

 息も絶え絶え、ぐったりされているのは、閣下の不興を買い、処罰を受けられたからです」


「どうして……どうして、父上……どうして……どうして、母上をっ」


「このエリオット・ジールゲンと『sagacity』に、まやかしを見せたから。

 あんなのインチキ。イカサマだ。

 どうして、天王寺アリスという女は、正気ではない、狂人じみた、それでいて、計算され切った緻密で、的確な戦略で……この僕に向かってくるのか。

 ……怖いよ……。

 今度こそ、アリスの存在を、途切れさせて、これから先がなかった事にしたい。心根こころねが言い聞かせてくる声に、耳を貸してしまうところだった……。

 ああっ。

 良かった!

 僕には、まだ、愛しいルイーナがいた……さあ、こっちにおいで。

 父の下へ――」


「……い……い……つく…作り話……じゃ、なかった……の」


「閣下。

 ルイーナ様、へたり込んでしまわれました。竹内イチロウが、両肩をお支えしていますが――本当に動く事ができないようです」


「仕方がないね……ルイーナは、まだちっちゃいから……父親の僕がいないと、生きてはいけない。何を仕出しでかすか――分からない。

 ずっと、父上がついていてあげないといけない。

 そう。

 ずっと、ね。

 ……どうした、ルイーナ?

 可愛いお前の顔がしっかり見たくて、父上の方から、そばに来てやったのに……お返事は、いつでもじゃなくて良いが、必ず笑顔で見上げてほしいと、小さい頃からお願いしてるじゃないか……。

 どうしてかな?

 まるで、生きている者をあざむだまし、魂を盗み出すような亡霊に、父上が見えるのかい?

 ――あはは!

 そんな事はないっ。

 父上は、たしかに在る身なのだからっ。

 形のない妖異よういな存在なのは――ルイーナ、お前の方。

 これ以上、害をなさないように、あそこの柱に封じて戒めてある……あの奸曲かんきょくな女の血を引いてしまったから……そんな力を持ってしまったのかい?

 可哀そうに」


「どう……して……父上……母上を……助けてあげて……苦しそう……」


「ルイーナ様、お優しいですね。母上さまのご心配をされるなんて。

 ふふ。

 ――でも、この竹内イチロウなどが申し上げると、無礼だと斬り捨てられるかもしれませんが……ご自分の身を、心配された方がいいですよ?

 作り話ではありません。

 このような事様ことざまを目の前にするのは、生まれて初めてではないかと思いますので、念の為、申し上げておきます。

 大丈夫です。

 この私が、ルイーナ様のお身体を、押さえつけさせて頂きますので――閣下の意のままになりますように。

 心頭しんとう煩慮はんりょなさらず……御身おんみも、御心おこころも、御父上にお委ね下さい」


「父上……!」


「ルイーナ。父上のお願いを、一つ聞いてもらえるかい?

 母上の願いでもあるんだ。

 どこまで責められても……アリスが『ルイーナから歌を奪わないで』と哀訴あいそしてきたのでね。

 ははっ。

 この父上が手にしているもの。

 あのチューブ。母上の身体に繋がる点滴に……この目の前の小瓶の中身を垂らすだけでいい。

 ああっ。

 ルイーナを……我が子だけは、助けてくれと、裁きを受けながらも、訴えるアリス!

 そのさま自体が、すでに端麗たんれいで、見目みめよい! それなのに、なんと苛酷で、逃げられない。無慈悲漂う在り場所にしかいられないっ。

 そんな、彼女の姿に心打たれ、僕は、少しばかりの情けを持とうと思った。

 あんなに美しいアリスに出会えるなんて……今までになく、うるわしかった。また、彼女を愛してしまったから!」


「な……何を言っているの……?

 ……ち、父上……っ」


「アリスを戦いのない世界に――連れて行ってやろうと思うんだ。

 そして、彼女の願いを一つだけ、聞いてやる事にした。

 ……ルイーナから、声を奪う事は、大きな条件をつけてだが、今回は見送ってやろうと――」


「……こ、こえを奪う……って……母上を……どうする気……?」


「この小瓶の中身は、タケが作った薬。

 ほんの少しだが、想いを操作する事ができる。アリスが望むアリス。そんな彼女にしてやろうと思う。

 くくっ……。

 本当に、戦争なんてしたくないと言うのなら、そうなればいい。

 してやろう。

 そう、この世界の支配者、エリオット・ジールゲンの許可が得られたんだ。

 ――そして、見せてもらおう。

 彼女が、どんな己を望んでいるのか。

 あははははっ!

 ルイーナ。

 意味など分からなくていい!

 この薬を母上に与える――お前は、ただ、それだけの役。

 褒美は、お前から声を奪わない。

 『sagacity』の不倶戴天ふぐたいてん怨敵おんてきである……お前の歌声には、手を出さない。

 ルイーナが、父上を愛してくれている間はな」


「さーが……してぃ……?」


「お前は、何も知らなくていい。

 はは……。

 悔しいんだ。

 これでは、アリスの勝ち逃げではないか。

 僕に従う事をせず、ただ消えて……逃げおおせる気だ!

 あんな作戦を実行されたら、最大の敵として、処分させてもらうしかない……いくら、愛しいアリスといえどもな。

 ……ふふ。

 だから、彼女が逝く為の、その引き金は、彼女が最も苦痛に感じる相手に引かせる事にした。

 ルイーナ、お前だよ。

 お前の手が、引き金を引くんだっ!

 あはは!

 だが、僕は、アリスの事が好きだ。

 憐れみも授けようと思う。

 ルイーナが、その手で、今のアリスを終わらせてくれたら――彼女の最期の願いになる、ルイーナの歌声を護ってほしいという要望は、聞き入れてやろうと思う。

 父上の為に、そして、母上の為に……やってくれるね? ルイーナ」


「……これ……あれって、本当に……」


「どうした、ルイーナ?

 目を大きく見開いて……冷や汗をだいぶかいてしまったようだな。風邪を引くといけない。早く済ませて、着替えた方がいい。

 すぐに終わるよ。

 そうしたら、ずっと母上と一緒にいられる。ずっと、ずっと。

 ……危なかったんだ。

 新月の夜に、悪い奴らに、お前がさらわれるところだった」


「……新月?」


「おや。

 さっきに比べると、少し落ち着いてきてくれた。さすがは、このエリオット・ジールゲンの子。

 ルイーナ。

 僕は、これからも、お前を愛していきたいんだ。

 お前からも、愛されたいんだ。

 今のアリスは、失われてしまうが、新しい母上を一緒に迎えよう。

 ――この父と共に。

 ほら。

 ルイーナ、窓の外をご覧。

 月は、出ている。新月は、まだまだ先。時間切れ前に、アリスの計画を阻止できた」


「……母上……父上は……。

 父上。

 あの……少しだけ考えてもいいかな……オレ、必ず答えを出すから……決断させてほしい」


「……おや? 驚いたよっ。

 ルイーナ!

 こんな状況で、そんな引き締まった、凜とした顔ができるのだな。

 ――お得意の演技か?

 泣き喚いて、それだけの子供であると思っていたのに。

 だから、箱に入れて、鍵をかけておくだけにしようと考えていたが、もしも、ルイーナ。お前が、本当に父の味方になってくれると言うのなら――もう少し、待遇は考えてもいい。

 アリスの代わりになってくれるのなら。

 分かった。

 少しだけなら、考える時間をやろう」



* * * * *



「ルイーナ様。

 お部屋に戻す訳にはいきませんので、こちらに入ってお考え下さい。

 この竹内イチロウが、申し上げておきます。ここからは、絶対に逃げられません。

 ふふ。

 ここは、軍で実際に使用している拘束用の部屋になりますので――。

 窓は、もちろんありません。

 広さや天井の高さは、中の者が、徐々に不安を感じていくように調整してあります。

 気分が落ち込むように設計された明かりしか用意されておりません。

 分かりましたか?

 なので、早めに決断される事を、いちおう、おすすめしておきます。

 あと、これ、通信機です。

 諸事情で、ルイーナ様を収容する以上、監視カメラが使えませんので――御父上のところへ戻る、お心積もりができましたら、それで呼んで下さい。

 竹内イチロウが、お迎えに参ります」


「……タケは、悪いヤツなの……?」


「さあ。

 そんな質問にお答えして、意味があるのか。そもそも悪というものが、何なのか分かりません。

 ですが、ルイーナ様。

 私は、敵という者がいるとは、思っております。

 ……似てるんですよ。

 あなたが、さっき御父上を言い丸めた方法が……あの女に……あなたの母上さまに。

 ルイーナ様。

 まさかとは思いますが……なにか、天王寺アリスから吹き込まれていませんよね?

 あのような御父上は、知見ちけんした事も、見聞けんぶんした事もないはずなのに――お身体を震わせながらも、途中から、毅然きぜんと立ち向かわれた。

 どういう事なのか。

 まるで今日のこんな出来事があると、知っていたかのように――」


「タケ……それなら、オレは、母上を助け出せたはずだ」


「ふーん。

 まあ、いい。

 ルイーナ様。どうせ、あなたは逃げられない。

 赤子の時からそうであったように、閣下の思うがままに、操られて生きていくしかない。

 ……あれ。

 やっぱり、おかしいなぁ?

 知っていたんじゃないか! 母親に、何か教え込まれているんだろっ」


「タケ。

 そうだったとしても……オレには、なすすべがないんだろ……」


「どうやって、あの監視下で教育したか知らんが……やはり、恐ろしい女だ。天王寺アリス。

 VRゴーグルとか抜かしたアレも、空中回廊で、『どうせ帰りもつけていくから預かっておく』とか、都合のいい事を言いやがって。まさか、対空ノイズ研究の電子機器として、詐取行為さしゅこういだったとはっ!

 ふん。

 閣下は、あの女の不明朗ふめいろうな行いに、御心おこころを痛めて……いささか冷静さを失っておられる。そして、あなたが関わると、どうにも情が出てしまう。

 ふ。

 それは、ご縁を考えると、仕方がない事なのかもしれないが――私には、それがない。

 ルイーナ様、言っておきます。

 あなたが、閣下の御子おこではなく、天王寺アリスの息が掛かった者として向かってくるのであれば……あなたも、私の敵だ。

 閣下の御心おこころが乱れておられる時に、いさめさせて頂いたり、正しい方向にみちびかせて頂くのも、この竹内イチロウの使命だという腹積もりです。

 どんな手段が必要だとしても――。

 お忘れなきよう。

 ただ、ルイーナ様が幼き頃からおそばにいたという、義理の繋がりは感じます。

 どうか、閣下によいお返事をなさって下さる事を願っております。

 では、閉めます」


「……カメラ……ないって……。

 悪い父上と、悪いタケ……オレ、閉じ込められた……。

 ……母上。

 本当に、あの通りになってる……じゃあ、これから、オレがやるべき事は――」


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