母子は、独裁者が手の中か――
The Sky of Parts[08]
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この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
Web上での読みやすさ優先で、適当に改行などをいれたりしてあります。
「ルイーナ、歌って。
はい、この時計持って――撮るね。
……ありがとう。
今日もよく撮れてると思うわ。確認は、タケがスキャンデータを用意してくれてからだけど」
「母上が、そう言うなら大丈夫だよっ。
今までの写真……いつだって母上の撮ってくれたのは、最高のオレだと思うから!
あ。これ、時計返すね。
母上、好きだよね。
歌ってるオレと、この時計の組み合わせ。ファンにも大好評のショットみたいだけど。
あと、母上の部屋の窓際で撮るスタイル……あ。窓際以外は、資料が散乱していて撮影無理か……。
父上にお願いしたら、もうちょっと広い部屋を用意してもらえるんじゃないの? 今月も、プロデューサーATとLunaのおかげで、父上のグンのシジリツは上昇したらしいし。
オレの部屋、ここよりもずーと広いよ」
「……広くたって一緒だから。
『部屋』である事に変わりがないのなら、母さんは、狭い方がいいわ」
「母上?」
「もっと、広い部屋を用意しようか?
何度も言っているが、断っているのは、アリス。君だ」
「エリオットっ! なぜ、ここにっ」
「父上」
「ふふ。
アリス。そんなに大きく目を見開かなくてもいいじゃないか。
ついさっき、僕の作った夕食を、一緒に食べた仲だろ――家族じゃないか。
ルイーナが、君の部屋のドアを閉め忘れていたみたいだから、覗き込んだだけだ。
――強く抱き寄せられて、ルイーナが目を丸くしている。
怖い顔しないでくれ、アリス!
忘れ物を取りに来ただけさ。ここは僕の家でもあるからね。
僕が、軍服でここに来たので、驚いているのかな? 取り急ぐ程ではなかったのだが――思い出した時に、来た方が良いと思って。
そうだ!
マントを羽織ってくるのを忘れてしまったなっ」
「エリオット。
用が済んだのなら……早く帰れ」
「アリス、右の薬指……力が入っているよ。
あれかな?
明日、僕の元『仕事場』で、Luna……ルイーナのライブの予定だから、心配になってしまったのかな。
プロデューサーとしてか――母親としてかは……どちらだろうね?
いやだなっ。
今の僕は『無職』なんだから、そんな忌まわしさを込めた目でこちらを見ないでほしい!
あの場所でのライブ開催を希望したのは、プロデューサーATだったと記憶しているが?
僕は、それを了承して、明日は、Lunaの主君として、そして、ルイーナの父親として、立ち会ってくるだけじゃないかな。
ふふふ。
なあ、ルイーナ」
「え……あ。はい……父上」
「ルイーナ。
明日は、なるべく心の底から真っすぐで、そういう心持ちを大切にした方がいい。
男子の口が、いつも真誠である必要はないが、お前の誣言で、プロデューサーの方が失脚する可能性があるのは、念のため気に留めておいてくれ」
「えっと……父上。
はい……」
「エリオット!
これ以上、ルイーナに身がすくむ思いをさせるなっ」
「はいはい。
母子でお楽しみのところに、急に来て悪かった。
でも、僕だって、君たちと仲良くしたいと思ってもいいはずだよね?
『敵対』は、条約締結で終戦のはず。
君たち母子は、エリオット・ジールゲンの配下に加わったのではないのかね?
アリス。
そこは認識してくれていると思っているのだが――もう一度、念の為に言っておこうか。
軍は、集団でもあるから、示しがつかないなんて事があっては困る。
それは、ヒエラルキーであり、権力構造であり、主従関係となる。これがあってこそ、指揮が成り立ち、命令が伝達される。その為に階級が必要だと考える。
世の習いで言ったら、君たちは、僕にとって眷属――つまり家族であるのだが、どう扱われたいかね?
僕が統率する側であると考えて、問題はないかという意味だ。
もしも、それに不都合があるのであれば、ゆかりの者としての待遇にする事もできるので言ってほしい。
それだけだ」
「エリオット、早く出ていけ。ルイーナが……不安がっている」
「――了解。
ルイーナ、また明日な。
父上が、ちゃんと迎えに来るから、たじろぐ必要はない。
ふふ。
帰って来れるさ……いつも通りの――ままね」
「黙れっ。エリオット、もう行けっ!」
「明日の仕事は、僕ら三人で手掛けているものじゃないか。
アリス、怖い顔するなって。
そのうち、家族三人で『仕事』をする事もあるかもしれない!
……ね?」
「出ていけっ!」
「ルイーナに、軍服を着せたら似合うかを想像しただけじゃないか!
あははっ。
二人とも、おやすみ」
「……大丈夫? ルイーナ……震えているわね。
大丈夫よ……母さん、一緒にいるから……」
「……うん。オレも大丈夫……。
父上……怒ってるのかな……?」
「……そうね。きっとそう。
私たちが、意地悪し過ぎちゃったのかもね。
明日になったら許してくれるわ。ひどい事されたりしないから――安心して、今夜は寝なさい」
「うん……おやすみ、母上。
明日、父上に謝っておく」
「おやすみ。ルイーナ」
* * * * *
「閣下。
反論の余地がないように、通告されていましたね。
威光お示しの上で、戒告のみのご処置。閣下の寛大な御心に、お二人も、畏怖の念を抱きつつも、今後は、軍の一員としても、眷属としても、崇敬していくと――」
「どうかな。
アリス、仕事を始めたな」
「え」
「さっき僕が読んでいたもの。また書いてる。
『待ちわび過ぎた、私は、暦の中に埋もれていた。この気持ちの作られた時を確認し……』。
――安っぽいゴシップ記事程度の三文芝居の始まりだ。
『心ひとつだと思っていたが、私は、要するが少し早かったようだ』。
へぇ。
アリス。
今回は、僕とどういう関係を望む嘆願書を書いてくれるのだろう。
『私は、今は中にはない。それは物語で伝承された縁。私は、ないまま、詠みあげる』」
「閣下。
その天王寺アリスの文章は、意味があるのですか?
……竹内イチロウには、まったくをもって理解できません」
「まだ書いている途中みたいだから、確証はないが、他の作文の法則を参考にすると、今回は『私は』という部分がキー作りの基――冒頭は、キーの作成に使っている。
このキーを使って、本題を読むと、アリスが記録として残している対空ノイズのデータが浮かびあがって……本題を勝手に読むなよ!
あれはタケにも見せたくないっ。
僕だけ、いや、僕とアリスと『sagacity』のものだ!
いいなっ。
しかし、これらを解読する事自体が、罠である可能性がある。
できたらフィクションの夢物語ではなく、彼女の真意のこもった冀望のエッセイであってほしい。
ファイル数も多いし、読まれる可能性があると思っていたのだろう。ご丁寧にも『はじめにお読みください』というファイルが用意されている。
……ファイルの中身は――これは、アスキーアートというのだったかな?
形は、若干いびつだが、よくも、こんな顔文字だけを並べて、『これバレたらどうしよう』という文字を表示させたものだ……。
続くのが、僕に対するぼやきというか、完全に怨言だと思われる。はしたない文章の数々を、ネットスラングを並べて表現している。
気づかず見過ごすのも罠。
気づいてただ読むのも罠。
深読みするのも罠。
だが何もしないのも罠。
面倒だが、アリスからの挑戦状だと思って、彼女の上前を撥ねるようなやり方を考えついて、対処しなくてはいけなさそうだ。
実に、面白そうじゃないか」
「閣下。
コンピュータ自体が、一切操作されなくなりました。
大画面、監視モニタの映像に切り替えます。
……天王寺アリス……窓際に移動して……窓をあけに行ったのか。
コンピュータの操作に戻り……。
これは、ルイーナ様が子供の頃? 閣下の前で歌ってみえた時の録画を再生したようです。
……また窓際に移動か。
ベッドの上の書類を手に取って……自分がベッドに座り込む為に、邪魔だと思って書類を動かしただけか」
「おやおや。
うら悲しげな表情を見せてくれる。
アリスの独房からは、窓の外がはっきりと見えないようにしてあるが、今夜のきれいな月明かりが入り込んでいるせいかな。
胸間に秘めた負の想いが、ひしと伝わってくるようで――胸が締めつけられるような、アリスが心に伏せていそうな気持を分かちあいたくなる。
今すぐそばに呼びつけて、その記憶からか、あるいは予知からか、浮かびあがってきている苦痛を、僕がなじってやりたいものだ。
とても、美しいものを見せてもらったが……今日は、もう本題を書く、仕事はしてくれないつもりかな。
残念だ。いろいろな意味で」
* * * * *
「Lunaの今日のライブ映像を使ったプロモーションビデオ、もう配信されてるんだ。
……早めでありがたいけど、また、アレを聴く事になるのか……はぁ」
「エルリーン。
最近、ダノンとジーンさんと三人で、ずっとLunaのプロモ動画観てるわね。
何か気になるところがあるの?」
「……何って……ぐんし……いや、このLunaってヤツのおかげで、エリオット・ジールゲンの野郎の暴挙が止まってるじゃないか!
だから、何でかなって……ダノンとジーン叔父さんと調べてる。
手伝って、うまくいったら、あたしも一人前って事で、武器とか持たせてもらえるかなぁ……って。
リリンも……こいつ、Lunaが好きなんだろう!」
「うん。
でも、エルリーンは、やっぱり戦いたいのね……私たちと台所を手伝ったりは、嫌?」
「得意じゃないけど、嫌じゃないよ。
だけど、あたしは、父さんの仇エリオット・ジールゲンが許せない」
「そうね。
私も、エリオット・ジールゲンは、世界の敵だと思う……」
「あれだね……ノアの父ちゃんが言ってたやつ。
リリンは、そこが心が痛いって、板挟みになるって」
「うん。私は、人の命を平気で奪うエリオット・ジールゲンが憎い。
ただ、夫は……結婚はしていないけど、ノアの父は、軍の兵士になったのは、エリオット・ジールゲンが戦争を終わらせようと、本気で考えているからだ――と、言っていたの。
それには、戦争が必要なんだって……意味は、分からないわ。
だけど、あの人が言ったから、今でも気になるの」
「犠牲の上に成り立つなんて、あり得ない……ってダノンは言ってた。
でも、あたし、リリンが心苦しいのは分かってあげたい……意味は分かってあげられないけど、会った事もないけど、ノアの父ちゃんが言うならね」
「エルリーン、ありがとう。
でも、きっと、あの人も敵なのよ……私も、ノアも、ここにすっかり受け入れられていて、話しているのが、エルリーンだから、こんな本当の気持ちを言えるのかもしれないけど。
夫のように、自分からエリオット・ジールゲンのそばにいて、仕えたいと思う人もいるんだなって……でも、私には、優しかった。
そんなに長く一緒にいたわけじゃないし、彼を愛しているのが、軍の施設で過ごす、唯一の心の支えだったからかもしれないけど」
「いいじゃん。リリン、ノアの父ちゃんを好きでいなよ。
あたし、エリオット・ジールゲンは嫌いだけど、ノアの父ちゃんは、嫌いじゃない。
会った事もないけど、子供のノアも良い子だし、リリンの大事な人だっていうなら」
「……もしも、再会できたとしても、あの人が、私にまた、優しくしてくれるかは分からない。不安なの。
でも、会いたい。
Lunaの歌声を使った政策で――戦争以外で、戦争が終わってくれれば……今回のLunaライブは、ほら……元々は公開処刑を行っていた広場で開催されたみたいじゃない。
本当の事を言って、プロモ動画を見る前、少し怖かった。
だって、過去の凄惨な光景を知っているから。
でも、Lunaが歌ってくれるならって思って、意を決したの。
いつもよりも、きれいで、心のこもったLunaの歌声を聴く事ができたわ。
Luna自身も、弔いの気持ちを持っていたのかしら?
いつになく、真剣な表情をしていた。
そのLunaと、元は恐怖政治の象徴であった場所を見つめる、エリオット・ジールゲンの目が、いつも以上に険しく感じたけど……それが、平和への決意をしてくれているというのなら、私は、ちょっとそれを願いたくなったの」
「リリン。うん、そうだね。
たしかに、エリオット・ジールゲンを倒す未来はほしい。そして、もちろん、平和な未来はほしい。それは、あたしの願いでもあるよ!」
* * * * *
「ジーンさん。
これで、軍師殿――天王寺アリスさんからのメッセージはすべてだと思っていいようだ。
……俺が解読した内容が間違っていなければだけど」
「ダノン。
手配できるかだな。必ず手に入れてくれって、言われているもの」
「決して安いものではないが……このご時世、意外と需要がない。他の反乱組織との交渉を、俺がしてみる」
「ダノン。若いお前に任せてばかりで、すまんな。
……おれにも、お前のような人を導く力があればと思ってばかりだ。さすがは、ミューリーさんの息子だよ。
濃い金色の髪も、目じりが整っているのも……それだけじゃない、ミューリーさんは、女でありながら、皆の士気を高め、一緒に行動するだけで希望を与えてくれそうな、気迫に満ちた――お前の中身が、まさにそのミューリーさんだ。
まだ不精ひげすらも似合いそうもない、やっと二十になったばかりの、お前なのにな!」
「誉めてくれてありがとう。ジーンさん。
威厳つけようと思って、母さんと同じような青い軍服もどき着て、形見になってしまったレイピアを携帯してるけど、中身が追いついて来てるなら……嬉しい限りだ。
髪、もうちょっと切った方がいいかな?」
「いや、いいんじゃないか。
むかし、うちのエルリーンにも言われてた気がするが、ダノンは、ちょっと髪伸ばしてるぐらいの方が、お前の顔立ちなら、かえって大人びて見える」
「ジーンさんは、その短く保った黄色い髪が、いいと思う。
あんたの兄さん、エルリーンの父さんもだったけど、頼りになるカッコいい大人像は、ジーンさんたち兄弟なんだよ」
「……照れるじゃないか、ダノン。よし、せっかく軍師殿がくれた機会だ。
絶対に成功させよう。
しかし、少し気になるな……」
「ジーンさん。小鳥の事か……?
たしかに、軍師殿がプロデューサーATだとすると――まったく考えなかったわけじゃない。
だけど、今回のメッセージからすると、小鳥……つまりLunaが、軍師殿が軍の施設に残してきたという……年齢的にも一致する。
困ったものだ。
嫌な予感しかしない。青い瞳の小鳥か」
「しかし、そういう事だと……おれとダノンの二人でやるしかないな。
事情が事情だ。
それに、今回は、大人数で動けるものでもない。
いちおう聞いておく。
いいのか?
相当、エリオット・ジールゲンに睨まれる事になるぞ?
顔は隠すとしても、おそらく、おれらの組織だって事はバレる。
耳にタコができる程、『返却要請』を聞かされ、ご執心されるが――。
まあ、この話が――軍師殿の推測が本当なら、小鳥の扱いについては、独裁者と、そして隠れたもう一つの顔を持つ、エリオット・ジールゲンにとっては、火中の栗を拾うような……いや、非常に矛盾した物騒な問題になるだろうな。
そういう意味で、軍師殿には悪いが……返礼の機なのかもしれない」
「そうだな。
エリオット・ジールゲンに仇なしたいと思う俺たちに、これならば、引き受けてもらえるのではないか――そういう策が用意できたので、連絡してきたという事だ。
でなければ、あの人は『スカイ・オブ・パーツ』で人柱になって、償いを続けるつもりだったのかもな。
俺が、あらかじめ受け取っている賞味期限のある作戦が、小鳥がいれば、たしかに実現できるかもしれない。
……軍師殿がくれたチャンスだ。
世界で、できるのが俺らだけなら……。
考え方によっては、軍師殿が『お守り』をくれると言っている事になる。
小鳥を、どう使うかは、俺らに任せてくれるらしい……交渉や駆け引きに使ってもいいなんて――こんな暗号文からじゃ、書いてる人の表情は読み取れないが、身を切るような思いなんだろう……。
あの時、俺は、軍師殿のそんな気持ちを分かってやれなかった」
「ダノン。そんな辛い顔して、無理に喋らなくていい。
やろう。
難しい事は――小鳥がどうさえずるか、聞いてから考えよう」




