彼女と彼のプロローグ
The Sky of Parts[01]
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この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
Web上での読みやすさ優先で、適当に改行などをいれたりしてあります。
「ここから見る、一本の塔は美しい。
――天王寺アリスのブログ記事には、そういう文言があった。僕の居である、タワー『スカイ・オブ・パーツ』の写真の横にな。
おぼえているか?
アリス。
今みたいに、草むらに腰をおろす僕の膝のあたりに、自分の頭を預けて、安らぐ様子でも思い浮かべながら、あれは書いたのかい。
ふふ。
結局アリスは、このエリオット・ジールゲンの手の中から逃げられていないじゃないか。
僕の勝ちだろ」
「勘違いしないで、エリオット。
あれは、あの子が――ルイーナが、タワー『スカイ・オブ・パーツ』に閉じ込められているという、複雑な想いを込めて書いたの。
私は、世界の支配者であり、軍事政権の独裁者エリオット・ジールゲンに、息子を連れ去られていたから。
――軍の本拠地であり、エリオットの居住でもあった、タワー『スカイ・オブ・パーツ』。
あなたを、必ず倒す。
そればかりを毎日考えていた。
ただ……あの時も、きっと――」
「おやおや、アリス。
そのまま黙らず、言葉を続けてくれよ。
深く愛していたから、僕を倒したかったと、素直に言えよ。口を噤む行為を続けるのなら、是認であると受け取らせてもらう。
ふ。
指先で、頬をゆっくり撫でられても、逃げ出したいなんて思っていない。
――むしろ、喜ばしく感じているんだろ?
僕は、子供の頃に見初めた君――アリス姉さんを、どんな手段を使ってでも、手に入れただけだ。
アリス姉さんを手に入れる為だけに、世界を巻き込む戦争を起こした僕だぞ。
はは。
逆らうなど、やめておいた方がいいのではないか!
僕の事を嫌うなどという感情を持つ事を、そもそも許すつもりはない」
「エリオット。
前髪が乱れるから、そんなに荒く髪を撫でるのはやめて。
嫌いだと思った事はないって、いつも言ってるでしょ。
子供の頃からの約束だから。
ただ、エリオットを愛しているかと言われたら、それは、いつ聞かれても一緒よ。
――常に曖昧」
「それは、僕を愛していると、認めたとさせてもらう。
独裁者の僕が、どう解釈しても勝手だ。
なあ。
穏やかな気持ちになれるんだろ?
僕の胸の中にいれば――アリス。君は、大嫌いな戦争を忘れられる。
ずっと、僕の手に堕ちていればいいじゃないか。
戦争に一番近い、名門軍人一家に生まれた、天王寺アリスは、戦争が嫌いだ。
僕だって、戦争は嫌いだ。
両親を奪ったから。
だが、アリスを与えてくれたのは、戦争だ。だから、君と一緒に、戦争について考えていきたい。そう思った僕の思考は、いたって正常だろ?」
「歪んでいるわ。
エリオットが作った、戦略思考システム『sagacity』のせいで、どれだけ多くの命が失われたと思うの?
あなたが、あのシステムを使い、クーデターを成功させたせいで、世界の人々は、恐怖政治を押しつけられる事になった。
これが、現の歩む道だと、あたかも正しいかのようにかかげられた根拠は、政治理念をもったイデオロギーなどではない。
今、私の目の前にいるエリオット、あなたの想いが、醜いまでに変形した――子供の悪戯以下のものに過ぎない。
認めたら?
私は、エリオットを愛している訳じゃない。嫌いじゃないからこそ、私がいなくなる――分かっているでしょ」
「ふん。
言ってくれるな、アリス。
今、地上にいられるのは、この僕が許しているからだと感謝してもらおう。
また塔の上にでも閉じ込められたいのか?
くくっ。
忘れてしまったのなら、思い出させてやろうか。
アリスが、何も知らずに僕に一夜、心を許したりするから――君の故郷は、滅んだ。
世界の支配者になっていた僕のところに、嬉しそうに子を宿したと伝えに来たりするから、捕らえられて、何も知らないまま座敷牢に閉じ込められ、妊婦生活を送る羽目になったんだ。
ルイーナを出産して、いよいよ僕の正妻として――悪政の独裁者の横に立つ女性として御披露目されると気づいて、逃げ出したりするから、僕は、君をさらった反乱分子の連中を始末したり、潜伏先の村を滅ぼしたりしただけじゃないか。
アリスの軽率な行動が、どれほど多くの命を奪ったと思っているんだ!」
「――私は、世界が為の人柱。
エリオットを、愛してなどいないの。
あなたに対して使う、『愛』という言葉は、他の誰かには使う事ができない。意味が歪曲しているから。
だから、愛してなどいない。
今も、この私を捕らえているつもりだと言うの?
……勘違いするな、エリオット!
私は、お前を見張る為に、そばにいるだけだっ。
お前を出し抜けるほどの戦略を立てられる、この私を飼いたいなどという、エリオット。お前の愚かさを利用しているまでだ!」
「そうかっ!
ならば、僕も、君の前で、独裁者エリオット・ジールゲンとしての顔を隠さなくていいから楽だっ。
くくっ。
困ったよ。
妊娠中に、僕の正体を知らないアリスが可愛く思えて。
日に日に腹が大きくなっていく君が、愛おしかった。
書類上は鬼籍とした上で、軍事施設の奥に閉じ込めていただけじゃないか。
僕の為以外には、生きられないようにしてやろうと考えて、何がおかしかったと言うんだ。
はは。
御両親を失った悲しみが癒えずに、僕に許可なく、大学を辞めて故郷に帰ったりするから――エリオット・ジールゲンという男は、政権を奪い、軍事で世界を制圧する事に成功してしまったんだ。
あの時、天王寺アリスという名の軍人を目指していた女性がいたとしたら、歴史は変わっていたのかもしれない。
君は、判断を誤ったんだよ。
だから、僕の勝ちだろ。
負けた君は、残りの人生を、大人しく僕に捧げるべきだったんだ。
おっと!
立ち上がって、逃げようとするなよ! 君が、僕のそばを離れたら、この山の麓に見える、あの街が一つなくなるかもしれないだろっ」
「私は、ここから動く気はない。
そうすれば、お前だって動けない。誰かの命を奪いになどいけないだろ?
なんだ。
何が言いたい?
姿が見えなくなったら――また、タケでも寄越して、私を連れ戻すとでも言いたいのか?
エリオット。
私の思い出に、また残酷な出来事を刻んでやると脅しているつもりなのか?」
「くくっ。よく分かっているじゃないか!
僕に、従っている振りこそしているが、中身は元々が天王寺アリスという女だ!
今、この時だって、僕は警戒している!
面白いじゃないか。
アリス。君みたいな女をそばに置いておくなんて!
世界を手に入れてしまえるような僕だ。
主に牙を剥く可能性のある危険な生き物を飼うぐらいしか、楽しみなんてないんだよ。覆されない権力を我が手にしているようで、酔いしれる行為だと思わないか!」
「そうしたら、私は、また軍人としての能力を使って、エリオットと『敵対』するしかなくなる。
やめておけ。
――私を愛しているという、お前の言葉が歪んでいないのならな」
「……ふん。
僕の扱い方が、よく分かっているじゃないか。
――アリス。
言葉づかいを元に戻してくれ。
軍人を目指していた頃、僕と『敵対』していた頃のアリスも、もちろんアリスの一つだと考えている。
だが、今は、ただのアリスでいてほしい」
「分かったわ。
――若干、懐かしくも感じるわ。
今となっては。
エリオットの正体を知って、逃げ出した後、潜伏先にタケが来た日の事。
スーツにネクタイ姿じゃないタケを見たのは、後にも先にも、あの時一回」
「タケ――竹内イチロウは、僕が、大学時代から側近状態だったんだ。
クーデターを成功させ、軍事政権を樹立した後は、あの姿ばかりでつまらなく感じていた。毎日、あの茶色の地毛が、前髪二つ分けになっている様子もな。
支給はしておいたが、軍医採用のタケが軍服を着ているのを、僕ですら見た事がない。
あの頃のアリスが、Tシャツにジーンズなんて姿だったじゃないか。肩下まで伸ばしている髪も、手入れなどしていない様子だった。
だから、思いついたんだ。
同じような格好をして、アリスを捕らえて、連行して来いと。
ラフな姿で、潜伏先の村を滅ぼす作戦の現場指揮官もこなせと命令してやったんだ。
なあ。
十分な階級を与えていたとはいえ、軍医を前線の指揮官にするなんて――僕の非道さを、改めて感じて、怖気て震えてくれないか?」
「……あの時、失われた冤罪の人々を想うなんて事をしないつもり?
エリオット。
必ずあなたを抑え続ける。それが――私の使命であり、形ある贖罪」
「仕方がないだろ。
あの村は、軍が管轄する監視カメラの設置を拒んでいたんだ。
そこに目を付けた、天王寺アリスと名乗る女軍師がいたな。
分かっただろ。
君が、潜伏しなくても、いずれあの村は滅んでいたという事さ。
少し順序が早まっただけだ。
アリスが負い目を感じる必要はない。
――そして、僕も、軍事政権のトップとして、背信をみせるような輩を許さなかっただけだ。
あはは。
戦争指導者として、裏切りに値する行為を続ける村を滅ぼして、何が悪い?
そして、軍を本気で転覆させるような作戦を、反乱分子の連中に提供しようとしていた女を取りおさえ、捕虜として連行して来いと下知しただけだ。
僕の考えのどこが間違っていると言うんだ?」
「――御伽噺として、言い聞かせてあげましょうか?
エリオットが描いたのが、いかに残酷な物語だったのかを分からせてあげるわ」
「いいだろう。
アリス、その話をする事を、このエリオット・ジールゲンが差し許そう。
――話をしている間、君は、僕のそばにいるしかないって事だろ?
だから、許してやろうと言っているんだ。
物語には、題名があるのか?
あらすじは、青い瞳を持つ、戦争で両親を失ったエリオット・ジールゲンという名で育った少年が、たった一人の愛する女性を手に入れる為に、世界を恐怖に陥れる物語」
「自惚れないで、エリオット。
これは、両親が軍人で、いつか戦争を指導する側の人間になれと言われて育てられた、赤い髪を持つ、天王寺アリスという名で育った少女が、たった一人の愛する息子――ルイーナの解放を心から願った物語。
エリオットとのいびつな関係を続けた上での、育児の記録だわ――」
* * * * *
―― The Sky of Parts ――
これは、人々が、戦争の象徴であるという、タワー『スカイ・オブ・パーツ』の物語。
だが、天王寺アリスとエリオット・ジールゲン。
彼女と彼の人生からしたら、息子のルイーナを育てる過程であり、単なる育児の一部分だったのかもしれない――。
天王寺 → 大阪市天王寺区・阿倍野区にまたがる、天王寺駅。
アリス → 英語・フランス語圏で一般的な女性の名前Alice。
エリオット → 一般的な英語圏の人名。
ジールゲン → zeal熱意、熱心、熱中、熱情+gene遺伝子。
『竹内イチロウ』=『竹内一浪』。