私が、エリオットの妻にされていたら――
The Sky of Parts[06]
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この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
Web上での読みやすさ優先で、適当に改行などをいれたりしてあります。
『対話体小説』をやめた訳ではなく、アリスの心の中。一人称小説ではないです。
アリスの記憶か、思いか、妄想です。
【これは、天王寺アリスが、心の中で、三文芝居以下と思って作った物語であり、随筆である。なお、この項は、激しいフィクションから始まり、人体の限界と人智を超えた行動ができるか検証してみようとしたが、アホ過ぎて、結局、思いついた事や体験した出来事を、長々と羅列しただけである】
「緊張しているのかい?
アリス。僕の妻になって、初めの『仕事』だから――。
頭を抱えて苦しそうだ。僕の膝に、その身をうずめるといい。心憂い感情が込められて、美しさが増しているその顔を、ゆっくり指でなぞってもいいかい?
拒否なんてあり得ない。だって君は、僕の妻。不承諾なんて選択肢はないはずだ。
おや、ここまで来ておいて、すすり泣くなんて……じゃあ、元気になるように、教えてあげよう。
今日の『仕事』、君のよく知る……ははっ。顔を見てみれば分かるはずだ!
ああ。
麗しい嗚咽を聞かせてくれる。僕の退屈な心を満たして埋めてくれる、伽相手は、やはりアリスしかいない。
『仕事』を始めよう――さあ、君も腕を振り上げて……くくっ。身体をよじらせて、いまさら拒否しようなんて……。
君の身体がどこにも逃げられないように、僕の左手を貸してあげよう。
右手は、ほら、君と僕が繋がっていると実感できるだろ!
いよいよ、僕への愛を、永遠のものだと誓う時だっ。
大丈夫。
今の君の心が崩壊したとしても――そこには、新しい世界が形成される事が約束されている。エリオット・ジールゲンの伴侶としてのアリスがね!
じゃあ、いくよ……えっ……何っ!
アリスっ! 『私が地獄まで付き合ってやる! だから共に朽ち果てろ!』って……うわわわあああ」
消えるべきは、冤罪の咎人ではない。
罪を負い、本当に罰を受けるべきは、誰か? 答えは出さずとも分かっている――。
エリオット・ジールゲンをまんまと欺いた、天王寺アリスは、消えゆく最期の意識で、そんな事を考えていた……。
……ダメだ。ダメだ。ダメじゃないか!
何だこれは!
発想と、もたらす結果は悪くないとしても、遂行する為の途中過程があまりにも練り込まれていない。
エリオットの歪曲しきった世界観イデオロギーが、最高限度を軽く凌駕した上で込められている台詞の創作は、満点の出来だと思う。
そして、私自身の命を使うことは、別に構わないと考えている。
しかし、どうやって、エリオットと私の身体を移動させる?
どんなものに飛び込むんだ?
弾丸であるとしたら、詳しくはないが、軽く時速一千キロ以上だったか。
あれ?
マグナムは、音速超えていたんだっけ?
ライフルだとその数倍。
抵抗によって、だんだん減速するので、えっと、距離がこれぐらいだと……って、それなりに軍人らしい体格を持つエリオットにも負けない肉体を持っていたとしても、散るのが私とヤツになるように飛び込むとしたら、人間の能力を軽く超えているのではないか!
ここは、まずは超常能力を得る為の方法を研究して、テレポーテーションでも体得しないと――って、なぜそのようなアイデアでもなければ、ひらめきでもないところに辿り着く!
焦るな! 焦りすぎだ! 天王寺アリス。落ち着け!
物語としても不十分だ。私たちは、最初どこにいる設定なんだ?
『君のよく知る……顔を見てみれば分かる』と考えたわりに、それを開示する部分を描写し忘れている。
そもそも、なぜ私が、すでにエリオットの妻になっている!
ふざけるな、私の想像力……って、ああ、そうか。
すべてを投げ打つような、大きな賭けをしたのだったな……。
だから、いろいろ思考を巡らせているし、こんな追い込まれ過ぎた考えが頭をよぎるのだった――。
『ルイーナをアイドルにする件、どうなっているのかね?
アリス。
君に対して、下輩であるという概念は持ち込まず、対等な共同運営の考えが、双方に成り立っている前提は約束しよう。
だけど、だからこそ、仕損じるなんて事は――あり得てもらっては困る。
僕は、いわゆるスポンサーになったのだと思っていて、軍としても全面バックアップするつもりだ。それだけの体制をこちらも整えるんだ。
優秀な君の事だから抜かりはないと思うが、万が一にも失敗した時の、保障というか、担保のようなものをしめしてもらいたいと思っている』
『……皿洗いして、働いて返す』
『ふふ。アリス。
目線も、話題もそらさないでくれ。この期に及んで、おためごかしはよしてくれないか。
お忙しいところ、わざわざ君にはお訪ね頂いたんだから。
僕が伝えたい事は、だいたい想像がついていると思うが――結果が振るわなかった場合、もちろんこの作戦の提案者であるアリス。君に、責任をとってもらうつもりだ。
皿洗い返済は許可できない。
最高に楽しい労働だ! とか、過去に力説してくれたのをおぼえているので、それは、これからも食洗器に任せておけばいい。
いや、何、ペナルティを負わせたい訳ではないんだ』
『どこまで遠回しにするつもりだ! はっきり言ったらどうだ?』
『分かった、ズバリ言おう。
僕の妻になって、仕事を手伝ってほしい。あと、これでルイーナの顔は、世間に知られる事になる。母として、あの子が立派な軍人になれるように、先導してやってくれないか。
成果があがらなかったら、出資打ち切りって事で、失職だろ? 秀でた人材の引き抜きをしたいのでね』
『まあ。そう言われるとは思っていた。いいだろうっ。もとより覚悟の上での提案だ!
タケに対する態度を改めろという、不条理極まりない注文以外だったら、約束してやろう!
そして、約束しろ!
私の作戦の方が、軍の支持率を上昇させるに至ったら、エリオット。お前の方が仕事を辞めろ!』
『いいだろう! 約束しよう。
軍を放棄しろという訳ではなく、お仕事……ね。
求心力維持の為にやっている事だから、代替が用意できて、しかもそれが優れているというのなら――続ける意味がない。
……ところで。
ねえ、アリス。新婚旅行は、どこへ行きたいか、決めておいてくれ。
楽しみじゃないか。
こんな僕に飼われているような生活は、もう嫌なんだろ?
タワー『スカイ・オブ・パーツ』の外へ出してあげよう。アリス・ジールゲンとして、その足で久々に大地を踏みしめるといい。
ご希望通り、ルイーナを外へ出す許可も与える。
もちろん、二人の子ルイーナ・ジールゲンとして――心配する必要はない。君の書類不備は、僕がどうにかしておこう。
アリス、今回は本気だ。どんな手段でも使うつもりさ。肝に銘じておいてくれ。
ね?』
エリオットのヤツめ。バカにしおって……と、言いたいところだが、その時は終始、あの男の瞳が悪魔のもののように見えた。
珍しくマントをつけていない軍服姿だった。最初から私を威圧する目的で呼びつけたのだろう。
昼間だというのに、執務室のカーテンを閉め切っていた。
無駄に大きいL字窓のすべてが、重みある色の幕で覆われ、陰気で、鬱陶しい空間に成り下がっていた。
エリオットの青い瞳に映る、私の姿は、まるでその中に縛りつけられているようだった。それは妄信であり、鵜呑みにしてはいけない、ただの白昼夢。
だが、ゾッとしたのも事実。
何か得体のしれないものに、背後から攻撃された気がした。串刺しにされ、供物として捧げられる……エリオットの思想の中での私は、そのように描かれているのではないか?
たしかに、ここから逃げ出す事もできず、手をこまねいている状態だ。さらにルイーナを連れ出すなど不可能。
エリオットが普段、私とルイーナに、マイホームパパ気取りな態度を見せるのは、結局は、私たち母子を飼い殺すつもりでいるから。
ああ。
たしかにエリオットの作るチーズカツサンドはおいしいよ。こっちで世界一になれたんじゃないって思うぐらいにおいしいよ。
材料がそもそも最高級クラスなんだろうけど、パン粉を絡める動きがすでに食欲をそそる。
飾り程度に添えてあるはずのレタスの形が、どれもメニュー写真に採用してもいいぐらいに整っている。
細長い、サンドイッチ用の包丁を使っているとはいえ、よくもそんなに旨そうだと万人が言いそうなカットの仕方ができるな!
なぜだ、なぜ、チーズが崩れない!
神業だっ。
その盛り付け方で、ネットに写真をアップしないのは勿体ない……って!
いかん、いかん!
なんで、ヤツの手に堕ちて、『飼い殺されるって最高っ』、みたいな思想になってるんだっ!
いや、でも、バレてる。
大学時代の差し入れも、チーズカツサンドだけは、絶対に受け取っていた事を把握されて、私攻略のデータに登録されている。
『毒』入りだって気づいていても、二回に一回は口にしてしまう……。
エリオットが、今夜は必ず私をしょっぴくぞ、という表情をしてる時は、チーズカツサンドが食卓に置かれている。
間違いの日だって……お土産に持ってきてくれて、良かったら明日の朝もごちそうさせてって……。
妊娠中も、赤ちゃん生まれたら、一緒にサンドイッチ屋さんやろう、って言って励ましてくれたじゃないか。
なのにルイーナを産んだら、悪党まっしぐらな表情で、出産させてしまえばこっちのものだ! さて、独裁者の妻子として、どうやって扱ってやろうか、などとタケと話していたではないか……完全に騙されているじゃないか、私。
天王寺アリスって人物はさ、すごい作戦とか作れちゃうんだけど、根はダメな子なんだよ。自分でも知ってるんだ――。
『僕は知っている。君はね、ここは、なんて心地よい日常生活だ……って環境に弱いんだ!
もちろんタダで居座らせはしない。二人きりの業務には参加してもらうが、また日常が来ると、戦争中だと忘れてしまう。
そんなに、軍人になるのは嫌?
嫌なんだろうね。
寝言で、今度はクリーニング屋の娘に生まれ変わって、一生返却用ビニール袋をかぶせて過ごしていくぞ、と叫ぶぐらいに。後続した寝言の内容からして、確実に工業機械に転生している!
それは許す事ができない。
『Automatic Operation』ではなく、『Military Operation』。つまり、軍人思考になってもらおうか。
君が、知略を全開に使って、本気になれば、僕の軍すらも倒せるかもしれないのに。
倒したいんだろ? この僕を。
だが、それも許可できない。僕に協力する以外のルートは、すべて排除させてもらう』
だから! 何度も言うようだが、私は、軍人になるつもりはない。
正直、戦争なんてものは、頭の中から排除して生きていきたい。私の考えの中に、戦略などという言葉すら持ち込むな。
日々すぐに戦争の事など忘れられるように、努力しているのに……って、そこ、大きく付け込まれているじゃないか!
ダメだ。だめだ。駄目だ!
平和ボケ万歳願望の心の根の声に負けて、のらりくらりしていてはダメだっ。
天王寺アリス。お前は、最高の軍師だと、今までの人生で何度言ってもらったと思っているんだ!
自称『僕は、君よりも君の事を知っている』虐政独裁者の『最大の敵・天王寺アリスを封じ、あわよくば味方に引き入れて、権力をより確固たるものにしたい』作戦に、まんまと絡まれている場合じゃない。
居心地が悪いくせに、生暖かい……そんな日常牢獄に囚われている場合じゃない。
これは、戦争だ!
征野に降り立つんだ、天王寺アリス。
我が頭脳が生み出す戦略をすべて放てっ。
そして、憎悪の対象である圧制者エリオット・ジールゲンを打倒する。
……違う。
軍務を大きくなしたはずの亡き父は言った。戦争で、戦争は終わらないと。
それは母も一緒の考えであり、私も同じ。
自ら言うと、自惚れていると思われるかもしれないが、私には、たしかに戦を先導するような力があるのかもしれない。
戦争を戦争で終わらせようとしているエリオットが、確実に異常に私に引き寄せられてくるのは、秘められた至高の蜜のようなものに群がりたいかららしい。
なんなのだ。
自分でも知らないぞと思うが、きっと先天的に持ちあわせてしまった何かなのだろう。
私は、父が軍を辞めると言ってくれる前から、戦争は嫌いだった。
無意識に、敵と戦う方法が思いついてしまう事が嫌だった。だから、父が民間人になると言ってくれた時、どうにか、普通に日常を過ごせる人間になれないだろうか――そう考えたものだ。
今も、本当はそうしたい。
そうだな。
私一人なら、世界を救えない事は無念だとしても、エリオットの下、一生を終えても最悪であったとは思わなかったかもしれない。
それは、ただ押し込めらているならという意味。
ルイーナがいなくても、塔の上に閉じ込められるというのは、絶望してもいいぐらいに、ここから逃げ出せない状態になる。
翼が生えた特殊人種だったとして、窓から外でも大丈夫とかじゃない限り、上層フロアから地上まで、一体何度の戦闘が繰り広げられるというのだ。
大人しく捕まっているから、最悪に不運な結果を言い渡されず、見逃してもらっている。
策もないのに、無謀な逃亡を試みて、失敗すれば、捕虜として常並みの管理に切り替えられていただろう。
しかし、座敷牢で、縁続きの客人対応の間に、なんとか計略に繋げられそうな材料が見つかって良かった。
エリオットの振る舞いを見る限り、タイムリミットは近かったはず。
エリオットは、私を完全に手に入れたという実感を得たいので、『仕事』に立ち会わせたいと前からしつこく言ってくる。
物騒な話を押しつけてくる。
確実に、社会的にも、精神的にも引き返せないようなところへ、私を堕としたいらしい。いや、ヤツが残忍冷酷な独裁者であるという事実があるので、人並な条件を提示してくるとは思えないが。
そして、私の立ち位置がそこなら、その影響はルイーナにも及ぶという事。
亡き父母の孫でもあるルイーナが、二人の遺志を引き継ぐ事がかなわず、暴君に仕立てあげられてしまうかもしれない。
いや、あの子はたぶん軍人には向かないと思う。
とても軍を統率する立場にはなれない。それは、エリオットも気づいているはず。
あれ?
そういえば、飲めと言われている条件に、私が、ルイーナを立派な軍人に育てるっていうのが入っていたぞっ。
つまり、あれか。
ヤツには、ルイーナを一人前の士に、育てあげる自信がないと……おのれ、私に押しつけようとしているな! 私としては認知破棄を希望するが、父親として失格じゃないか!
世界どころか家庭内でも廃棄ブツめっ!
もう養育費はいらん! 上等だ!
シングルマザー舐めるなっ。私は、ルイーナを品性備えた人間として育成する事を、全力で誓うぞ。
誕生日会にピッタリな、数字ロウソクを一本一本ケースに詰める、そんな内職でほそぼそと生計を立てるような、生活が待っていたとしても――このロウソクが使われるのは、どんな幸せあふれるパーティーなんだろうと、ほのぼの気分満載で、心の底が常に温かい人生を手にする!
しかし、現状をなんとかしないと、ロウソクの火ではなく、取り返しのつかないものを吹き消す手伝いをさせられるのだった。
……心の中とはいえ、それはちょっと不謹慎な発想だぞ!
ふと、そんな風にネガティブな思いが、突然わきあがってしまうほど、考えが詰まっているのなら、一度落ち着けっ。