出産直後の軍事施設での過去
The Sky of Parts[04]
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この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
Web上での読みやすさ優先で、適当に改行などをいれたりしてあります。
『アリス……そんな話をよくしてくれた!
嬉しいわ。それほど、私を信頼してくれていたなんて』
『ごめんなさい。
ずっと黙っていて……でも、これ以上、黙っているのは、まるでミューリーを裏切っているようで……』
『貴女でなくてもよ。簡単には、そんな事は口にはできないわ。
泣くのはやめて。
それを聞いて、私が怒ったり、アリスをここから追い出したり、酷い事すると思った?
ふふ、ありがとう。
私が傷つかないかを、心配してくれたのね。
大丈夫よ。
本人の前ではこんな事を、言うつもりはないけど――貴女と一緒に助け出したリリンだって……そうね、たしかにアリス。貴女は、セキュリティエリアのさらに奥、おそらく軍の高官でも出入りを制限されるような場所で発見された。
実は、謝るのは私の方。
アリスが、子供を残してきたというのは、みんなが知っている。
私個人としては、そんな事をしたくなかったけど、アリスが産んだというのは、誰の子であるか、という話にはなったの。
ごめんなさいね。
アリスを、そんな辛そうな顔にさせてしまって。
でも、貴女の故郷は、すでに軍によって壊滅させられていて、アリス自身が書類上はいないと分かった。
……とても、驚いた顔してるわね。
アリスは、やはり知らなかったのね。
故郷の無念は、知っていると聞いていたし、きっと伝えてもいい事だと思ったけど、私としてはとても複雑で、どうにも言い出せなかった。
良い言い方ではないと思うけど、世間ではいない人間とした上で、軍が極秘エリアで確保していた事実が確認された段階で、貴女は潔白なの。
だから、不実に感じる事は、一つもないわ。
これからも堂々と、アリスは、胸を張って生きて。後ろめたい事があるわけじゃない。
あと時期的に、軍の施設に閉じ込められた時に、すでにアリスは妊娠していたはず。自分たちの都合でどうにでもできる妊婦をさらったの。いかに軍が非道な行為を行っているかが証明された。
結局は、そういう話になったわ』
『ミューリー……。
でも、私は、自分が捕らえられていると認識していなかった。
情けない話。
故郷を滅ぼされたのだって、知らずに、妊娠して体調が悪いと思い込んでいた。
寝床から起きあがれもしなくて、頭などまるで回らなかった。
少し体調が良くなって、帰宅を希望すると、また体調が悪くなって、それの繰り返し。
あの子を連れて逃げようとしたのは、それが、『毒』を盛られていた事による作用であったと知ってしまったから。
出産後、しばらくは、何もされていなかったのだと思う。
妊娠中は、ほとんど寝込んでばかりだったから、部屋の外から鍵をかける必要がなかったのね。
それが幸いだった。
ふらっと歩き出てみれば、軍の戦況報告と今後、私とあの子をどうやって閉じ込めておくかという相談話と出会う結果。
立ち聞きしてしまったのは、その場で見つかってしまった。
赤ん坊のために、十分な風通しが必要だと、見え透いた嘘で、部屋の扉を閉められないようにした。あの子は、まだ目も見えない頃だったけど、その日のうちに、二人で逃げ出した』
『そうよ。あの日、アリスが、私たちに初めて協力してくれたじゃない!
今でも感謝してる。
貴女が、セキュリティエリア全土の電源系統を麻痺させてくれたから、私たちは侵入できた。リリンを救えたのも、アリスが私たちの為に、内部から戦ってくれたから。
どうやって、やったの? アリスの英雄談は一度聞いてみたかった。
ぜひ聞かせて。
そうだ、お酒飲みましょう。ウイスキー好きでしょ!
昔の嫌な事なんて、忘れて、今を楽しんで。
アリスは、世界にとって必要な人なのよ。だから、自信のない顔をやめてちょうだい』
『ありがとう、ミューリー。
どうやったって……腰ぎんちゃくみたいな軍医の男がいたの。
面識はなかったけど、大学の軍医学部の後輩だと言っていたわ。在学中に、一緒にクーデターを企てたみたい。
ずっと世話になってると思っていたけど……こいつが『毒』を盛っていた張本人!
脈を取ったりしながら、今日は体調が良いようですね、などと言っていたのがサインだったと、体調が良ければ気づけたかも。
――『毒』を盛るサイン。
私とあの子を押し込めておく為の協力者。
騙されていたと気づいて、急いであの子のいる部屋に戻った時に、扉に鍵をかけようとして近づいてきたのもコイツだった。
いろいろ考えても、きっと最低な男だとしか結論づけできなかったから、容赦はいらないと思った。
だから、私が寝静まったと思って、部屋にやってきた時に、ぎゃふんと言わせてやった!』
『聞いているだけでもムカつく男ね!
早く続きを聞かせて! どうやって、ぎゃふんと言わせてやったの?』
『状況から考えて、私たちのいた部屋には、監視カメラがあると思ったわ。
電気を消したって無駄! 絶対に暗視対応。
それを逆手にとって、まずは慌てて逃げる準備をする様子を見せつけたわ。
できるだけ、一人じゃ何もできない女を演じてやった。
あの子の世話の回数が多かった時期なのも本当だけど、準備が何度も中断して――子供を連れて逃げるなんて無理なのに憐れな女だ、そう思わせたら勝ち!』
『いやだー。楽しすぎる! もっと飲もう! で、続き続き!』
『食事に何か入れられては大変なので、今日は何も食べたくないって言っておくのも大事。
で、いつもの就寝時間を少し過ぎたぐらいに、電気を消して、あの子を抱っこ帯に入れて、まずは部屋の中をウロウロする。暗視カメラで、どんどん見ると良いわ!
もう一杯飲んでいい?
ここで大切なのが、さりげなく、身体に毛布をかぶる事。あとは、何度も扉から顔を出して、廊下を確認するの。
ただし、部屋から出てはダメ。
廊下に出たところで、どこへ行くんですか? はい、おしまい。廊下は、静まり返って、無人。絶対に罠。
今度は、賢い私を見せたの。
罠に気づいて、どうしようかと迷う。
きっと、監視モニタに向かって、懸命な判断だ、とかって偉そうに独り言ほざいていたんじゃないかしら。
部屋から出ずに、最後は、扉を閉じられないように、自分が扉の前で座り込む。
毛布にくるまって、座り込む姿って、弱々しく見えるから。
いつの間にか眠ってしまったと思わせたら、案の定、軍医の男が来たわ。
私の身体を、ほんの少し押し込んで、扉を閉めて鍵をかける、簡単な仕事のつもりでね。
部屋の奥ではなく、扉のところに私がいたので、飛び起きて、万が一にも廊下側に逃げられないように、ご丁寧にも拳銃を手にしてきてくれた。すぐに脅せるようにね。
そこも計算済。
私のために武器を持ってきてくれてありがとうって、今でも感謝してる』
『アリス。ここまで聞いてる段階でも、今でも相当恨まれてない?
戦場で出会う機会があったら、気をつけてね』
『うーん。
確定で恨まれてるかな。
チラッと薄目あけて見たら、ものすごく悪役ヅラでニヤニヤしてて、私を部屋に押し込もうと手を伸ばしてきた。
隙を見て、拳銃を奪ってやったっ。
逆に、急に手を伸ばして、毛布を軍医の手に絡めてやって!
お前がどこの馬の骨ともわからないが、こっちは両親軍人で、しかも父親は将軍のサラブレッドだぞ。鼻をへし折られる覚悟があるヤツでなければ、この天王寺アリスに手を出そうとするなんぞ百年早い!
もう一杯! おかわり!
あの軍医。あいつは、軍以外で働いても、絶対にシングルマザーなんぞの苦労は分からないような発言をする! 絶対に』
『それは、私も捨てておけないわ。
別れた旦那は、本当に最低な男だったのよ! お金持っていなくなったの!
しかも、結婚前に私が貯めたお金!』
『なんだとっ!
そいつが、また金を貸せとか! 意味の分からない理由で、よりを戻そうとして来たら……ミューリー、すぐに相談しろ。
この天王寺アリスが、そいつを撃退する最高の作戦を書いてやるぞ。
軍医のヤツ、この女、自分の立場が分かっているのか、とほざいた。
予定通りだ。
分かっているから、私は自分の頭部に拳銃をつきつけた!
最高の人質が我が身であると、知っているからこその作戦。
自分の赤ん坊の前で死ぬ気か、と言われたが、ああいう男は、そういう時に限って、女に母親という概念を押しつけてくるものなんだな。
通信機を捨てさせて、軍医に電源のマスタールームまで案内させた。
監視カメラが作動中なのは分かっていたので、時間との勝負だと思ったが、手を打たれる前に、電源を落とす事に成功した。
幸運だったのは、ちょうどミューリーたちがその夜に、軍の施設に突入を試みようとしてくれていた事』
『ああ。明らかに施設内が混乱し始めたので、すぐに突入の指示をした。
リリンを助け出し、そしてセキュリティエリアから逃げ出そうとしているアリスに出会った。
あの時、アリスを押さえつけていたのが、その話の軍医かい?』
『そうだ……。
不覚にも、あの子を途中でさらわれてしまい、私自身も身動きが取れなくされていたところへ、あの軍医がやってきた。
今、ここで言えないような、不適切発言をしながら、私を大人しくさせる為の鎮静剤注射を持って、軍医に近づいてこられた時は……さすがに逃げきれないと思った。
でも、ミューリーたちが駆けつけてくれたおかげで、私は、軍の施設の外へ出る事ができた』
『軍医は逃がしてしまったけど、たしかに、聞き捨てならないような失言の連発をしていたわね。あの男は。
アリス。
赤ちゃんは、怖い思いをしていなかった? 大丈夫かしら』
『うん。
あの子なりに……何か分かって、私に手を貸してくれていたのかもしれない。軍医と大声でやりとりしていても、なぜかスヤスヤ眠っていてくれた。
でも、あの子の身体がギリギリ通れるダクトを使って、軍用ロボットの拘束テープだったと思う。
巻かれて連れ去られて……引き離されていく時に、大きく泣き出して……その泣き声すらも、どんどん遠くにいってしまって……。
私の身体ではダクトは通れないけど、テープで片手を引っ張られた状態にされてしまった。
わざと私に聞かせる目的だったんだろうけど、泣くあの子を優しくなだめる……恐ろしい声が、スピーカーを通して聞こえてきて……』
『もういい、アリス……ありがとう。それ以上は、やめよう。
私もね。
ダノンを産んだ時はね、元旦那を愛していたよ。おなかに宿ったと知った時も、妊娠中も、ずっとね。
アリス、一緒よ』
『ミューリー』
『今は、元旦那と、二度と顔をあわせる気がしないだけ。
女だって舐められないように、いつも軍服っぽいの着てるんだけど、なんで、青色なのかって話したっけ?
元旦那がね、青が嫌いだったのよ!
結婚式に青いドレスを着たかったんだけど、嫌って言われたの!
どうせ別れるんだったら、好きなドレス着たかったわ、って思ったから、この色にしたの。
これ。
いちおう扱えるんだけど、レイピアなんて実践向けじゃない。これはね、元旦那が金をせびり取りにきたら、突いてやるつもりで持ってるの。
ふふ。
でも、さっき言った通り。私と旦那が、ちゃんと愛しあっていた時に、ダノンはやってきてくれて生まれたの。
だから、ね。
アリス! 良かったのよ。二人が確かに愛しあっていた時に、息子さんはきてくれて、おなかで育って、生まれたんでしょ!』
『……うん。
きっと、そうだと思う。
最初から最後まで……騙され続けてしまったけど、向けられていたのは、歪んだ愛情だったのかもしれないけど、私の方は、たしかに愛していた。
エリオット・ジールゲンを――あっ!』
『――ダノンだわ……いつから聞いていたのかしら……』
『ミューリー……』
『アリス。心配そうな顔しないで。
私の方から言っておく。
――最後のところ、聞かれてしまったっぽいけど、ダノンならきっと分かってくれるわ。
この反乱組織のリーダー、私、ミューリー・イレンズの自慢の息子ですもの!』