long for a familiar face
The Sky of Parts[35]
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この物語は、軍事好きな筆者が作った育児モノ。
【!】『対話体小説』の読みにくさを軽減させる為、独自の「改行ルール」、「句点ルール」を使っています。
【※】36章がラストです(今は35章)。バッドエンドにはなりませんので、ご安心ください(個人の好みはあると思いますが『ハッピーエンド』を用意しています)。
「ダノン、久しぶりだな。
あれ、前に会ったのは、いつだったかな? 三ヵ月前……あれ? 四ヵ月前……まあ、いいか。
ええっと、なんだったか? ふろっぐ? なんとか」
「ジーンさん。フロックコートだ。
俺には、グレー系が似合うと言われながら、エルリーンに押しつけられた……統治者としての俺の正装。たしかに、このデザインだと、青色は派手過ぎる。
……はあ。
服装規定的には、フロックコートは、昼間の装いなのだが……軍の関係の会食がある時は、夜でも着てこいとエルリーンに厳命された。向こうは、ハイスクールの紺色ブレザー制服でやって来るのだが。
ルイも、制服でやって来るが……マントを羽織らされている。
もちろん、エルリーンの命令だ。
先日、竹内イチロウと雑談をする機会があったのだが、ネクタイが少し曲がっているだけでも、上官にどやされるとの事だ――」
『うちは、軍隊だから規律が大切です。
ヒエラルキー。
ええ、でも、他の誰に聞いても、ネクタイは曲がっていないと言われる程度で、軍法会議送りぐらいの勢い……ね?
まったく、転職してやろうとか、クーデターでも起こしてやろうとか思うぐらいに……ね?
まあ、ヘビのおもちゃで絶対に脅してくる事がない上官なんで、竹内イチロウとしては、ありがたやと崇めていますけど!
――あ、分かっていると思うが、これ、建前だからな』
「エ、エルリーンのやつ……世界を動かしているような連中を全員アゴで使っているのか……。
ってか、さっき、エルリーンのやつに会いに行ってきたんだが、今日は、軍の関連施設にいるからって聞いて、どんな格好で行ったらいいか、音声通話で質問したんだ。
正装ってどんな感じだってな。
おれの質問の仕方が悪かったのかもしれんが――」
『ジーン叔父さんの正装なら、工場の作業着じゃないの? いつも着てるのでいい。あたしは、それでよいと思う』
「だから、本当に作業着で会いに行ったんだが……あのさ……軍の関連施設だぞ?
守衛さんも、受付の人も、執務室まで案内してくれる方々も、全員が軍人さんじゃないか! 向こうさんは、全員が重苦しい雰囲気を放つような格好してるんだっ。
工場の代表って言ったって、現場で働いているようなモンだから……ほら見ろよ。おれの作業着ズボン、白いペンキが派手についてるんだ!
エルリーンのやつに、こいつはちょっと恥ずかしい思いをしたぞ……と、素直に伝えたんだが――」
『そうかな?
あたし、昼の弁当食べてる時に、ケチャップ派手にこぼした事があって、その後、そのまま演説台に立った事あるよ。
権力構造とか、主従関係とか理解できてない、ツッコミ入れてくるヤツがいたら、軍法会議送りぐらいの気持ちでいいかなって思って。
演説が終わってから、うちの下っ端の竹内イチロウが、整髪料のにおい振りまきながら、『ケチャップ隠せるように、お前もマントを用意しておけ!』と、口悪く言ってきたけど』
「はあ……エルリーンのやつ、無駄に肝が据わっていて……。
後、あれだ。
途中で報告しにきた軍人さんがさ……エルリーンに敬礼していく訳だ。目の前でエルリーンが『閣下』と呼ばれていると、叔父のおれとしては、なんだか複雑だ。どうにも慣れる気がしない。
あのエルリーンがな。
……あっ。い、一番驚いたのは、ルイがやってきて――」
『ジーンさん、いらっしゃい!
エルリーン。
下の売店でチョコスティック買ってきたよ。欲しいのこれであってる?』
「おいおいおい!
結婚前提の彼氏だからって……エルリーンのやつ、神様に菓子の買い出しさせるなってっ!
変装させて行かせたって……伊達眼鏡かけているだけじゃないかっ! アレ、絶対に、バレてるって」
「ま。ルイは、あくまで平和の象徴であって、権力者ではないからな。
夫候補にして、世間の立場としては、エルリーンよりも上だが――ほのぼのと見させてもらっているよ。ただ俺にも、ルイをこき使うように言ってくるのは、やめてほしいが……エルリーンとルイは、あれでよいと思う。
今でも、エルリーンが班長で、ルイが副班長だそうだ。
神の歌声の持ち主にして、エリオット・ジールゲンの唯一の子であるルイーナが、エルリーンによって、いい意味で扱われている。
どちらかが盲目的に従っている訳でもないし、敵対もしていない。
統治を担当している俺が、資金管理をする形の現状の軍としては、真の主であるルイーナの頻繁な出入りがあれば、存在の面目を保てる。
ルイは、歌えば相変わらず神であり、演説台に立てば父親ばりにスピーチができる。
公では、天性のカリスマを発揮している反面、プライベートというか、エルリーンといる時は、遠目には彼女にこき使われる情けない彼氏。
本人いわく、どちらも演じている訳ではないそうだ。
どちらも、本当のルイなんだと」
「ガキが生まれたところで、おれは直接、都の演説に行けていないが、公共で流れている動画は毎度チェックしてる。
ルイの演説の後、エルリーンのやつも、ちゃんと敬礼して、そんな感じの態度とってるもんな。
ただ……隠し撮り映像っていうか、学校で、エルリーンに弁当のエビフライとられて涙目になっているルイの動画……そのギャップが、エルリーンにしても、ルイにしても、人気上昇に貢献しているらしいが……」
「俺も、楽屋裏で、些細な事でエルリーンにこっぴどく叱られている時の動画を、無断で流されている。
やはり、そのギャップみたいなものが大好評だ。
今や軍は、資金を握られ、俺に管理されている状態。そのトップのエルリーンが、プライベートでは、俺よりも権力者だというのが、妙な安心感を生んでいるらしい。
軍の奴ら、ルイはいいが、反乱組織の人間の俺には、もちろん不満を抱いている。俺が、エルリーンにこきおろされる動画が流出するたびに、軍の連中は、溜飲が下がるそうだ。
……再生数に対して、高評価され過ぎだ。
つけられているコメントは……精神衛生を保つ意味で、俺は、二度と見るべきではないと思った……検閲など行っていないが、コメントを書いているのは、絶対に軍の連中。
最近、エルリーンと会う時は、隠しカメラが100%あると疑っているぐらいだ。
――まあ、その程度の事で、軍の管理が円滑にできるのならよいのだけどな」
「そうだ、ダノン! この前の嵐の後は、とても助かった。
街の連中だけじゃ、山から流れてきた大量の木々を、どうにもできなくてな。作業の手を止め、うちの工場からも人を出したんだが……とても、捌けなかったよ。ダノンが、軍に応援要請を出してくれたので、なんとか片づける事ができた」
「ジーンさんたちが、工場で働いてくれているからさ。ドレッシングの売り上げの一部を、統治本部側にいただいているから、軍を動かす資金が賄えている。
実際に、軍の人間を動かすには、エルリーンの号令が必要だが、さっきも言った通り、資金管理はこちらが行っているからな。
そういえば、ジーンさん。
父親になった気分は、どうだい?」
「ああっ。
自分の子があんなに可愛いなんてな。産んでくれたかみさんには、一生頭が上がらない!
もう少し大きくなったら、都に連れてくるから、ダノンも顔を見てやってくれ!
エルリーンやルイも楽しみにしてくれているんだ!
ガキンチョ様、顔をずっと眺めていても飽きないし、泣いていても抱いてやってると親のこっちの方が妙に安心してくる! 本当に、可愛いんだわっ。
……それだけにな。
はあ。
置いていくなんてな。
愛しい我が子と言いながら、抱きしめてやりたい気持ちは分かる。
外が、本気で危険なら、家の中に隠しておかなければならない気持ちも分かるんだ。
誰かに奪われたら、怒りをあらわにして、取り戻したい気持ちも分かる。
世界の支配者にでもしなければ、命が護れないと思ったら、やり切ろうとする気持ちも分かる。
だがな……置いていく気持ちだけは、どうにも分かってやれん。
結局のところ、あと八センチで、エルリーンよりも身長が高くなる今でも、ルイの神通力は失われていないじゃないか。声だって、ほんの少し低くなったが、逆に神秘性が増しているっていうのが、世間の受け止め方だ。
なんで、早まった事をしたんだ……あの『未婚』夫婦ども」
「……あるいは、エリオット・ジールゲンが、新世界に存在しなかった事で、ルイの神通力だけで、なんとかなっているのかもしれん。
そう思わないと、あの日、十三歳の誕生日に、親がいなくなったのに、みんなの前では堪えていたルイの……舞台をおりてすぐに、嗚咽を漏らしたルイーナの様子を思い出すだけで、今でも辛く感じてくるよ」
「ああ、ダノン。
おれも、同じ想いだ……無事でピンピン、また近くに隠れていましたってオチはいつ来るんだろうな。
……エリオット・ジールゲンは、権力から遠い場所に追いやられる予定ではあったが、追放処分程度なら、ルイを認めない者がもっと大勢いたかもしれない。
統治者のダノンがいくら頑張っても、ルイを排除しようとする動きが抑えられなかったかもしれない」
「天王寺ルイーナが、戦争の火種そのものであるエリオット・ジールゲンを完全に否定する事は、たしかに重要だったのかもしれない。そう、重要だったんだ。
なあ、ジーンさん」
「実の子に否定されるのか……相手が、エリオット・ジールゲンだと分かっていても……ああ、親父になったおれは、こんなにも弱っちくなっちまったのかね……」
「ジーンさん。
エリオット・ジールゲンに、親を奪われた俺も、同じ事を思うよ。
親鳥の愛を、自由に得られる世界を創ったはずなのに、そこには、虚空しかなかった。小鳥が求めた、押さえつけるものなど何もない大空は――文字通りに『虚しい空』。
繋がれて、閉じ込められていたはずの鳥カゴ、タワー『スカイ・オブ・パーツ』に戻りたいと……涙を流しながら叫んでいた。
あの時のルイーナの想いは、俺が、親を失った時に抱いたものと同じ」
「エリオット・ジールゲンの子ではなく、ただのルイーナという子供の叫び。
ダノン、そう言いたいんだろ?」
「そう、ジーンさん。その通り。
ルイーナは、言っていた。
鳥カゴの中で、ずっと、ずっと、与えられたものを啄み、聴く者を喜ばせる為だけにさえずり、眺められているだけでよかったと。
それで、一生が終わってもよかったと。
小鳥の自分は、抱き寄せられて、温かみをもらえるなら、それでよかったと。
……誰がどう考えても、おかしい……いや、異様な環境なのだが――ルイーナは、鳥カゴの中に、手が届く幸せがあったと言っていたな。普通だと思っていた父親と母親がいてくれて、自分もただの子供だったと」
「うちのガキも、親のおれがドレッシング工場の代表やってるなんて、分かってもいねぇ。
ダノン。
ルイは、エリオット・ジールゲンの子じゃなくて、エルリーンを幸せにしてくれる存在になったんだ」
「ああ、ジーンさん。
ルイーナは、エルリーンと生きていく未来を選んでくれた。
幸せの詰まった鳥カゴの形が変わっただけなのだと――世界という、とても広い鳥カゴの中なら、もっと大きな幸せを見つけられるはずだと、小鳥は言ってくれた。
だが、口にしないだけで、今でも、親鳥が帰ってくるのを待っているんだろう。
戦災孤児をたくさん作ったのが、自分の父親だと理解しているが故に、俺にすら心の内を話してくれない。
俺だから言えないのか」
「ダノン。
そういえば、証拠が出てきたのか?
軍師殿――天王寺アリスさんが、戦災孤児院に寄付していたって話を、この前してくれたよな」
「そうか、その後、ジーンさんには話していなかったんだな。
名義が『A・T』なので、間違いないだろうという結論だ。
竹内イチロウとも話していたんだが、資金源はおそらく、軍師殿の旦那が軍からギャンブルで巻き上げた金。
エリオット・ジールゲンが、裏賭博を使って、軍内部のゴミ掃除をしつつ資金回収をして、事実上の妻である天王寺アリスさんを経由して、戦災孤児援助を行っていた……金の利用方法は、軍師殿の案かもしれん。
結果として、そういう使い方をしていたようだ」
「エリオット・ジールゲンの奴は、消せない過去を残しまくっていったんだが……結果として、奴が存在した事で生まれた息子のルイが、戦争を止めた。
もちろん、ルイ一人じゃない。
ダノンだって、うちのエルリーンだって、そして、世界の大勢の人々が望んだから、戦争は終わったんだ。
だけど、きっかけは、あいつらの家族ケンカっていうか……ああ、誰も書類上は繋がっていないのか……まあ、戦争のない時代っていうのがきてよかったって思ってるよ。
心の底からな。
さっきも言ったが、エリオット・ジールゲンの奴が残した戦争の傷が消える事はない。ただ、おれのガキは、タワー『スカイ・オブ・パーツ』とかって鳥カゴがなくても、戦争を知らずに生きていけるようになったんだ。
軍ってモンが、人を傷つける存在じゃなくなるなんてな」
「ああ。
このまま、繋げていこう。
鳥カゴなどなくても、戦争を知らずに暮らせる時代を。
そして、辿り着こう。
生きていれば、いつか到達できるという、その人にとっての、本当の幸せが詰まった場所に」
「ルイが、本当によかったという気持ちを持てる人生が送れるといいな。
鳥カゴがなくなっても、幸せに生きられたって。
それが、世界の人々を幸せにするって意味でも、ルイ自身の幸せの為にも、願いたい……って、おれなんかがエラそうに言ってるのかね――ダノンは、どう思う?」
「ジーンさん、自分をそんなに安く見たような言い方をしないでくれ。
俺も、ルイーナは、幸せになるべきだと思う。エリオット・ジールゲンと天王寺アリスの息子に生まれてしまったからこそな。
青い瞳を持つ、赤い髪の小鳥が、手の届く幸せをつかむ物語は、これから始まればいい。エルリーンや多くの人々と共にある、この世界の中で。
だが、親鳥が戻ってくる未来が、これから訪れるのだと願いたい。
あいつら書類上は、まだ健在なんだ。小鳥の前だけでいい……戻ってこいよ。バカ親ども」
* * * * *
『よかった、父上のご機嫌がなおって。
母上と二人で、かなり意地悪しちゃったから……そりゃ父上だってすねるはずだよ……思い起こすと、オレもやり過ぎていた。
……あはは。反省。
明日の夕食後も、ボードゲームかトランプで遊んでくれるって言ってたし――よーし!
ついでに、オレが、父上と母上を仲直りさせちゃおう。二人は明日も、オレをゲームで勝たせてくれるはずだから、始める前に、二人にはお願いしておこう!
『オレが勝ったら、今夜は、オレのベッドで三人で寝よう』って。
ふふーん。
父上と母上が『敵対』していても、可愛い息子のオレを負けさせたりはできないはずだ。あ~明日の夜が楽しみだな。
へへっ。
オレの目の前で、二人には手を取りあってもらおう。
で、これからも、ずっと、ずっと、オレのそばにいてくれるって、改めて約束させちゃおう。父上と母上がそばにいてくれれば、それだけでいいんだ。
いつか、三人で外に出て、どこかへ行ければ、それはそれで面白いのかもしれない――けど、二人と一緒にいられるのが、家の中だけだっていうのなら、オレはどこにも行きたくない。
二人でオレの手を握っていてくれればいいよ。オレは、ずっと、ずっと、そばにいるよ。
ね。
だから、父上と母上も、手を取りあって、空いている方の手は、二人ともオレの方に伸ばして。
行こうね。
三人が繋がる未来へ――』
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【※】
次回、35章のラストと36章前半を同日『2話分』投稿予定です。投稿前最終確認・36章を加える作業があるので、同時刻投稿ではないです。