叫び1~プロローグ~
悪魔に会ったことがある者はそうはいないだろう。
だが、悪魔に出会う可能性はこの世の人の全てが持っている。
旅行でも仕事でも初めて来た土地の交差点は気をつけたほうが良い。
だが、いつも見慣れて意識に入らなくなった街角も良くない。
無意識に立ち止まった瞬間に悪魔は囁きかけてくる。
だが、気をつけていれば問題ない。
約束事は簡単だ。
『問うてはいけない、答えてはいけない』
問えば必ず悪魔は答えるだろう。
問うた者にとって最も甘美な答えを示してくれる。
それは問うた者の思考を止めてしまう。
そして問うた者は迫害するだろう。
自分と違う者達を
答えれば
形を与えてしまうことになる。
答えたものを迫害する何かに
この約束事を聞いたのはいつだったか、
ある夏の昼下がりに赤い蛇が公園脇の道端を這いずっていた時の事
それこそ熱帯雨林にでも行かねば見れないような蛇の姿に驚くより前に感心してしまっていた。
誰か変わった趣味の人間が逃がしてしまったのか、
焼け付く道に、のたうつ蛇はもう半時もすれば干からびて死んでしまうだろう。
どんな毒を持つとも分からない蛇をいつもなら知らぬ顔をして通り過ぎただろう。
そもそも蛇自体が見てて気持ちの良い物ではない。
でも、その時はその時だけは真っ赤な蛇が美しいと感じてしまった。
無意識に足を止め、蛇ののたうつ姿に魅入られてしまった。
流石に素手では触れない。
誰かが、放置したらしい箒を逆さに持ち、柄をそっと蛇に近づけると
まるで気を使ってこちらを驚かさないようにしているかのごとく、ゆっくり箒の柄を伝ってくる。
箒の中ほどで止まり体全体を巻きつかせる蛇、想像してた以上の重量を感じ取りながら、
公園の中へと移動する。
その間蛇は微動だにしない。
程よい木陰を見つけたので箒を下ろすと地面に降り、気がついた瞬間には姿を消してしまう。
箒を適当に公園の端に放置して、自分はお気に入りのベンチに腰掛ける。
仕事の合間の休憩を一人公園のベンチで過ごすのが日課だからだ。
だがその日は見慣れぬ老人が、自分の座っているベンチに近づいてくる。
他にいくらでもベンチがあるのにあえてこちらを目指してくる。
まあ、仕方の無いことだろう。相手はどうやら盲目のようだ。
他にいくらでも座れるところはあるだろう?などと声をかけるのは流石に配慮に欠ける。
日頃から公共精神を多分に発揮するような性格ではないが、目の前にいる盲目の老人に席も譲れないほど落ちぶれてもいないつもりだ。
「いいよ、そのまま掛けていなさい。若いの」
そう言って、隣に座る老人。
正直なところ仕事合間の短い休憩は一人で何も考えずに過ごしたいのだが、なんとなく逆らえなかった。
自分の性格が良いと思ったことは無いが、なんとなく人の言うことに流されてしまうところは直した方がいいのかもしれない。
「性格に良いも悪いも無いのぉ。そもそもこの世の万物において良い物も悪い物も無い。ただ世界が創造されてそのままにあるだけじゃよ。
いつもの道端で、無意識に立ち止まる者は悪魔に魅入られやすい。
それが悪い事だとは思わぬがのぉ。
ただ、蛇を美しいと感じ助けるお主がそこいらの悪魔に誑かされるのはつまらないからのぉ。
ちょっとだけ助言をしてやろう」
そう言って老人は約束事を教えてくれた。