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負けません

女性用の狩り着を着て、指揮棒ほどの長さの本黒壇の魔法杖を手にしたアプフェルが道から出てきた。普段目にする制服と違って体にフィットした動きやすそうな服。胸は決して大きい方ではないけれど腰が引き締まっているので対比として胸のふくらみが強調され、さらに体にフィットした服のおかげで引き締まった脚や腰のくびれが制服と比べてより際立っている。

普段下ろしているブロンドの髪を後ろでまとめてポニーテールにしている。

アプフェルはこうして見ても、やっぱり一輪の深紅のバラのように綺麗だ。孤高なのに孤独ではなく、澄ましていても嫌味ではない。

普段あんな態度を取られているというのに、僕は金色の髪をしたバラに見惚れてしまう。

「何って、僕は趣味の山登りに……」

「そうですの」

 アプフェルは僕の言葉を不機嫌そうな態度で聞き流す。やっぱり嫌われてるんだな。

「私はキルシェ・ケルナ―と申します。家で使うベリーを摘みに一人で…… 偶然そこでラッテ様と一緒になって」

 キルシェはアプフェルと話すのは初めてだ。

 目の前の女子が侯爵令嬢ということまでは知らないだろうけど、高貴の者のみが放つオーラに圧倒されているのか店で見かけるようなはきはきとした感じがない。

 だがアプフェルはキルシェに対しては僕に向けるような高圧的な態度ではなかった。

「そう。もしかして、お邪魔だったかしら?」

上品に口元に手を当てて笑いながら、からかうように言う。

「そんなことないです。たまたま一緒になっただけで」

僕は即座に否定する。恋人でもない男子とそんな風に見られたら迷惑だろう。僕はあくまで虫よけなのだから、女子にまで恋仲のように見られる必要はないはず。

 僕はキルシェに気を使ったつもりだったけれど、当のキルシェはさらに不機嫌になった感じさえある。なにが良くなかったんだろう?

「そう。でもレディーが一人で山に入るのは感心しないわ。なにが起こるかわかりませんもの。綺麗だし、お気をつけなさい」

「あ、ありがとうございます」

 まるで手のかかる妹に接するような態度に、キルシェは恐縮と困惑を同時に顔に浮かべていた。

「ところで、ラッテ。あなたはなぜこの山へ?本日我が家が狩りをすることは、うちの使用人が各貴族の家に通達しておいたはずなのですけど。招待を受けていない方以外は、入山禁止にしておいたはず。山の入り口に見張りがいたはずですわよ」

「そんなのは来てないけど…… それに、山の入り口っていっても僕は人が普段入らない道から入ることも多いから」

「あ、私もです。ベリーが生息している場所は人があまり通らないところが多いので」

 僕たちの返答を聞いて、アプフェルは溜息をついた。

「地元民でしか知らない道もありますのね…… その点に関しては使用人に指導しておきます。それに男爵風情の家にわざわざ通達しなかった、ということですのね」

「そんな言い方、ないと思います」

 キルシェが食ってかかった。

「それは使用人さんのミスじゃないですか。そのせいで私とラッテ様は危ない目に会ったんですよ」

「……せい?」

 キルシェはアプフェルに一睨みされて縮みあがる。

 アプフェルはイェーガ―家の令嬢であり、彼女がその気になれば僕やキルシェを闇に葬ることすらできるだろう。

 だが彼女の返答は、僕の予想を斜め上に飛び越えていた。

「確かに、通達が届かなかったこと、入山規制の不手際でレディーに迷惑をかけたのはわたくしの家の使用人の責任ですわね。使用人の不手際は主人のしつけの責任、ともお父様に言われています。使用人の不手際、このアプフェル・フォン・イェーガ―が代わって謝罪いたします」

 アプフェルは軽く頭を下げるだけの形式だったが、謝罪した。

「イェーガ―って、あの侯爵家ですか?」

 キルシェはアプフェルの家名を知って泡を食ったように驚いている。

 というか、アプフェルが平民に対して頭を下げるなんて……

「ラッテ。あなた、わたくしが平民に頭を下げていることに驚いていますわね?」

 心を見透かされた気がして、肝が冷えた。

「わたくし、なれなれしく寄ってくる殿方には容赦いたしませんけど。うちの者が無礼を働いたレディーに対して頭を下げるくらいの度量は持ち合わせているつもりですわよ。あまりイェーガ―家を嘗めないでいただきたいものね」

「お詫びにこれを……」

 キルシェは肩かけの鞄から布にくるまれた小さめのパイを一つ、取り出した。

「私の家で作ったパイです。イェーガ―家のお嬢様のお口に合うかどうかは分かりませんが、お納めください」

 アプフェルはキルシェのパイを見て少しだけ驚いたような顔をしていたが、すぐに笑顔で受け取った。

「有り難くいただいておきますわ。ではわたくし、狩りの続きがありますし、勢子やお父様を待たせていますので。ごきげんよう、ラッテ、キルシェ・ケルナ―」

 キルシェはアプフェルが立ち去って行った方を見ながら、呟いた。

「怖い方だと思っていましたけど…… あんな面もあるんですね」

「うん。僕もアプフェルがあんな風に振舞うの、はじめて見たよ。学園じゃツンと澄ましてるところしか見ないから」

「きっと、自分に言い寄って来たり、ごまをすって来たりする男子ばかりで辟易してるんでしょう。ラッテ様もアプフェル様を見た時、見惚れてましたよね?」

「そ、そんなことないよ」

 否定はしたけれど、自覚はあった。

「そんなことあります! 女子って男子のそう言う視線にすごく敏感なんです。ラッテ様はもっと自制して下さい」

 キルシェが最後に何か呟いたが、聞き取れなかった。

「……私、負けませんから」


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