気の置けない関係
秋のために赤く色づいた広葉樹と、葉の色が変わらない針葉樹が混じり合って生え、少し顔をあげると深緑の葉を黄緑に染め上げる木漏れ日が目に優しく、木々のうろには栗鼠や小鳥が巣を作っているのが見える。
「ふう……」
僕は革製の背負い袋から革袋製の水筒を取りだして、口をつけた。秋口とはいえ長い山歩きで汗ばんだ体に、冷たい水が心地よく喉を潤していく。
僕は休日を利用してミュンヘン近くの山へ山登りに来ていた。山と言っても数時間もあれば往復できるような低い山だけれど、一人になりたいときや町の喧騒に飽きた時はよくこのヴァイスの山に登山している。
大きく息を吸うと、町中とは違った空気と魔力の源のマナが清々しく肺を満たしてくれる。マナの波長は土地ごとに特徴が微妙に違い、魔法によっては特定された場所でしか発動しないものや、逆にマナが無く魔法が全く発動しない土地もあるらしい。
この山は低山ということもありそれほど大きな変化はないが、集中したいときにはいい場所だと思う。
足元を軽く靴で掘ると、こげ茶色の湿った土が薄く積もった木の葉から見られた。この山の土はマナとの親和性が高いのか、僕が初めて土魔法を使えるようになったのもこのヴァイスの山だった。
同級生が次々と杖から魔法を発していくのを見ながら、何一つ魔法が使えなかった僕は周囲から見下されているような気分がして悔しくて仕方がなかった。町にいると周りの目が嫌だったし、家にいても親に申し訳なかったので、この山に入って悶々としていた。
やけくそ気味にこの山で杖を振ると、足元の土が不格好な形に盛り上がったのが僕が初めて魔法を使えた瞬間だった。
僕の脛くらいの高さまでしか盛り上がらず、すぐに形は崩れてしまったけど、初めて魔法という奇跡の力を自分が使えた感動は今でもはっきりと思いだせる。
僕は腰から、杖の材料として一般的な白樫製の魔法杖を抜いた。
魔法杖は各魔法使いによって材質も長さもまちまちだが、僕は白樫の木を材料にした短い片手剣程度の杖を使っている。これくらいなら腰に差しておけるので邪魔にならないし、いざというときは片手に持って剣代わりにも使える。
「アース・ゴーレム」
杖を一振りすると足元の土が盛り上がり、僕の腰くらいまでの高さになると塊から四本の手足が伸び、頭部が形成されてこげ茶色のゴーレムになった。
作成できるゴーレムのレベルとしてはまだまだランクが低い。
ゴーレムに命じて山道をふさぐ倒木をどかせる。ゴーレムは動きが鈍いが力は強いので、こうした力仕事にはうってつけなのだ。
三十分ほどゴーレムに道の掃除をさせた後、僕はなにかの視線を感じた。この山で人気を感じることなんてめったにない。
僕は油断なくゴーレムを後ろに置いて背後を守らせ、僕は前方の茂みに向けて魔法杖を向けた。
町はすぐそこだし物盗りということはないと思うが、猪か狼などの中型の獣の可能性もある。
だが警戒していた僕を出迎えたのは、低く太い男の声でも獣の唸りでもなく、高い女子の声だった。
「私ですよ、魔法はやめてくださいー」
道から外れた茂みから灌木をかき分けて現れたのは、キルシェだった。
「なんでこんな山の中に?」
僕は杖を向けてしまったお詫びにキルシェに水筒を手渡して、飲ませていた。
キルシェは普段店で見かける格好ではなく、長袖のブラウスに下は麻のズボンという山を歩きやすい格好で、肩かけの鞄と、背中には柳の木で編んだ大きな籠を背負っていた。
「パンに載せるベリーを取りに来たんですよ。クランベリーやラズベリーなど、甘く煮てパンに載せたりパイに使うこともありますし」
僕はあまり関心がなかったけど、そう言えば色々と色鮮やかなベリーを載せたパンが売られていた気がする。この山で採っていたのか。
確かにミュンヘンからは近いし、日帰りで採ってこられるから採取場としては最適だろう。
「普段は田舎から来る商人から買い付けるんですけど、今年はベリー系のパンの売れ行きが良く、足りなくなって……」
それでこの山に来たわけか。
さて、どうしよう。ここで別れてもいいけれど、ベリーにどんなものがあるのか興味がわいてきた。
「僕も一緒に行っても良い?」
「もちろんです。た・だ・し」
キルシェは右手の人差し指を立てた。
「持って帰るの手伝ってくださいね? 男の子でしょう?」
普段は貴族を恐れるような発言をするキルシェ。
だけど最下層とはいえ僕も貴族の一員なのに、僕に対してはこうして気安くというか、いたずらっぽく接してくれる。
でもそれがいらつくとか、そんなことはなかった。こんな風に気安く接してくれる同年代の子は学園内では僕の周りに存在しないから、こんな風に気の置けない関係が心地よかった。