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2月15日

 長時間起きているのがつらい。

 勿忘草にお水をやって、ちょっと起き上れる日には食堂へ行って、部屋へ戻ってすぐに、ベッドにもぐって寝る。

 食堂でも何か食べるってことはほとんどなくなって、みんながお話しているのを聞いているだけのことも多い。

 二月になってからは、日記も書いていない。お母さんが来てくれたら水やりとか全部任せて、窓際の勿忘草を眺めながらぼうっとしていたり、ずっと寝ている日もある。

 すぐに一日が過ぎていく。


 だけど、今日はこれだけ……どうしても、書き記しておきたいことがある。


 お母さんに作ってもらったバレンタインチョコレートを、食堂のみんなにあげて。

 そのあと生田くんと、二人でお話をする機会があった。

 生田くんはわたしの目をまっすぐに見て、まだどうしても、あなたのことが好きだと言った。何度想いを伝えても、あなたはこの申し出を断るつもりなのだろうけれど、それでもあきらめることなんて出来ないって。

 ずっと、考えてた。どうしたら、生田くんはわたしを好きじゃなくなってくれるのだろうって。

 いっそ、傷つけちゃえばよかったのかな。

 だけど、食堂でみんなでお話する時間が失われるのは、いや。生田くんと気まずくなって、口もきけなくなっちゃうなんて、考えるだけで胸が張り裂けそうなくらいつらい。

 わたしは、覚悟を決めた。

 やせた身体も、不健康にこけた頬も、頭皮のところどころにしか生えていない汚い髪も、手放せない点滴の管も、全部さらけ出したうえで、わたしは言った。

 わたしがここにいる理由、知っているよね? と。

 ここがどういう場所で、わたしがどうしてここに入居者の一人として……患者として、住んでいるのか。

 仮にわたしと付き合ったとしても、来月にはもう、わたしは死んじゃうかもしれない。わたしは、ここに来た時点でもう、助からない身体なんだから。

 その時、一番つらくなるのはあなただよ。

 それでも、と生田くんは言った。

 たとえもっと、あなたがこれ以上に変わり果てても。ここからいなくなって、骨だけになってしまっても。誰もが、わたしのことを忘れてしまっても。

 それでも僕は、僕一人だけでも、ずっとあなたを想いつづけます。誓います……って。

 あなたの笑顔を、あなたの声を、あなたがくれた言葉を、あなたが与えてくれた全てのことを。

 何があっても、ずっと、忘れない。

 そう言ってくれる、彼の言葉が、笑顔が、あたたかくて。うれしくて。流れる涙を、止めることがどうしても出来なくて。

 申し訳ないと思いながらも、生田くんの胸にすがりついて、わたしは声を上げて泣いた。

 生田くんはわたしが泣きやむまでずっと、わたしを優しい力でふわりと抱きしめてくれていた。


 ありがとう、生田くん。

 わたしと出会ってくれて。わたしを、好きだと言ってくれて。

 わたしは……忘れられたくなかった。自分という存在が、他の誰の記憶からも忘れ去られていくのが、ただ怖かった。

 お友達にとっても、近藤先生にとっても……もしかしたら、お母さんたち家族にとってさえも、わたしはもしかしたら忘れられてしまう存在なのかもしれない。そんなの、考えるだけで悲しいけど。

 でも、何があっても、君はわたしを忘れないと言ってくれた。

 たとえ、やさしい嘘だったとしても。

 それでもその瞬間に、わたしだけに向けられた言葉が、笑顔が、本当にうれしかったんだ。


 ……ここまで書くのに、三日かかっちゃった。

 もう、本当に疲れちゃったから、今日は寝ます。おやすみなさい。

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