誘惑
「年頃…って言うのは…つまり…」
彼女はひた、ひた、と歩み寄る。
逆光に照らされた身体が次第に露わになり、白く光る肌はまだしっとりとした潤いを湛えていた。
男は目を見開くと慌てて視線を外し勢いよく反対側に振り向く
「お前…っ!!」
背中に温もりと共に柔らかなものを感じ、脇腹から胸部へと這う腕に鳥肌が立つ
心臓が飛び出そうになり、思考が停止する。
フフ、と笑うと、彼女は悪戯っぽく囁いた
「イロイロ、出来ちゃうって事よね…?溜まってるんじゃない…?そろそろ…」
さっきまで顰めていた顔を真っ赤にさせ、しどろもどろに返答にならない言葉を返す
「なっ、に…言って…!!さっさと、は、離れろっ!!」
するとメアリはあっさり手を離し、すっかり素の口調に戻って言った。
「何を焦ってるの?着がえろって言うからタオル脱いだんだけど、何期待してたわけ?あ、あと着替え忘れたから取ってきて」
(コイツ…忘れたんじゃなくて面倒だから持ってこなかっただけだろう…)
ロダンは内心悪態をつきながらドアの前に置いたカゴをを指差す。
中には女物の着替え一式が揃っていた。
あら、有能、と女はバスタオルをヒラヒラとさせた。
この女が着替えを取りに行かせるのはこれが初めてではない。それにー
「今日も、見たんだろ?」
メアリはカゴを漁る手を止め、振り返らずに言った
「どうしてそう思うの?」
ロダンは腕を組み、メアリを見下ろして少し心配そうに語った。
「昨晩からずっとうなされてた。それに、顔を見れば分かるさ。お前、今日鏡を見たか?」
余計なお世話よ、と吐き捨てる声に覇気は無く、彼女なりの無言の全肯定、という訳だった。
その時、ロダンが小さく呻き声を上げた
メアリはバッと振り返り尋ねる
「痛むの?」
「ああ、少しな」
捲られた彼の腕は黒く変色し、その黒い影は首筋まで覆っていた。
女は目を細め、少し睨むようにして言った
「だからもう少しこまめにしようって言ったんだ」
「いや、それは…」
「何よ」
「その…方法が…」
彼らはお互いの身体の不安定さ故、定期的に魔力をコントロールする為の儀式を行わなければならない。
男の中で大きくなり続ける魔力を、女が吸収して自らの糧とする。
そしてその際は、口を経由して魔力の移動を行う、即ち接吻と言うわけだ。
下着まで身につけた女はベッドに腰掛けると、にやけ笑いを浮かべながら言った
「いつも私から一方的にしてあげてるけど…」
目が合い、嫌な予感に男は目を逸らした。
案の定、
「今回はあんたからしてよ」
「は!?そんなこと…」
「出来ないの?いい年こいて自分の妻にキスすら出来ないわけ?ふぅん、そんなんで愛想尽かされたら如何するつもりなの?」
「いや、そんな…」
完全に主導権を握られた男はなす術もなくオロオロと視線を泳がせる。
そう、この男、一国の王子にして超のつくヘタレなのだ
そのヘタレに向かって、女はさらに畳み掛ける
「城中の男に片っ端からキスして魔力を奪ってこようかな、もう体がきついなぁ」
「いや、それは…」
「じゃあ早くしてよ」
はぁ…と深いため息をつき、ヨロヨロとベッドへ歩み寄る。
終始ニヤニヤしながら眺める女を少し睨んでから、顔の位置を合わせるためにしゃがみ込む。
…
…
…
「いくぞ?」
「いいよ?」
「…い、いくぞ?」
「早く」
静かに、ゆっくりと、近付いて行く。
時が止まったように感じる。
1秒が何時間にも思えてきて、周りの音が聞こえなくなる。
「んっ…」
そこからは、なるように。
男の首から肩、腕、最後は手の甲の部分まで黒い影が治ってゆく。
女の顔に生気が戻り、頬に赤みが差す。
「儀式」は、尚も続いた。
「は…はぁ…」
ロダンは、赤みが差すなどと言う次元ではなくまるで茹でダコのようになっていた。
「浴室…借りるぞ…」
フラフラと部屋を出て行く姿を見送ってからクスッと笑い、小さく呟く
「本当は触れるだけで充分なんだけど、少しくらいオマケがついてもいい、よね」
気が付けば昼を回っていた。