覚醒
「気持ち、悪い。」
____またこの夢か。
呆れてため息すら億劫になってきた。
もう何千回と繰り返された悪夢。
目頭を押さえ、薄いシーツのかかったベッドから抜け出す。
これは課せられた罪の重さか、一生忘れることも出来ない業の深さなのか。
忘れることができない、忘れてはならない。
咎人である自分自身を憂いてか、彼女は真っ青な顔で自嘲気味に笑った。
いつから続いているのかもわからぬ戦争。
それに終止符を打つ為、彼女は神に選ばれ、
「作り出された」
対人戦闘最終兵器として。
人の器に魔人の魂を宿らせる事で、彼女は人間の攻撃をほぼ無力化する事ができた。
いわばハイブリッドだ。
しかし、そもそも相反する2つの力を完全に1つにする事は出来ない。
案の定、彼女は人間の器に耐えうるだけの魔力を
「外から取り込まなければ」
ならなかった。
つまり、他の魔物を生贄としなければならなかったのだ。
その日から彼女の生活は一変した。
煌びやかなドレスの代わりに無骨な防具を
名声と羨望の眼差しの代わりに汚名と好奇、嫌悪の目線を
香水の代わりに返り血を、
賛美の代わりに罵声を浴びせられ、彼女は少しずつ狂っていった。
美しかった黒髪は色が抜け落ち真っ白になり、血色の良かった頬だけで無く全身から色が消え、まるで雪のように白くなった。
絶えず笑顔を湛えていた口元はきつく結ばれ、微笑むことも、声を発する事も無くなっていった。
そんな彼女からは同族からも忌み嫌われ、「ブラッディ・メアリ(血みどろ姫)」とさえ呼ばれる様になってしまったのだった。
初めは涙を流して行っていた生贄の儀式も、最後はなんの感情も抱かなくなった。
何千回聞いたとも知れない断末魔
漱がれる事のない同族殺しの汚名と罪悪感
敵を殺す為に味方を殺し、その力で敵を殺し、また味方を殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し…
殺して、殺して、また殺して…
彼女にとって、命とは最早記号であった。
それ以上でもそれ以下でもなく、そして自らにもそれ同様の価値しか見出して居なかった。
彼に、出会うまでは。
アンティーク調の柱時計は午前10時を指している。
気持ちの良い朝。
窓辺から鳥のさえずりが聞こえてくる。
そんな情景とは不釣り合いに、彼女の額には大粒の汗が浮かんでいた。
(風呂にでも入ろう)
大きくあくびをして、部屋に備え付けてあるシャワールームへと足を運ぶ。
ここは白ノ国中央区ウォール城のある一室。
最上階のフロアにひっそりと造られた城主の妃である彼女の寝室だ。
城主という割に部屋の造りはあまりに簡素で調度品も最小限であるこの部屋は、元々要人が寝泊まりするために造られた、所謂隠し部屋だった。今では人目を気にする彼女が愛用している。
…!
階下から近付く気配に気が付き、扉を睨みつける
「入るぞ」
「なんだ、ロダンか。」
157cmの彼女が見上げる男の名はロダン
5年前の大戦に置いて、人間側の「ジョーカー」として闘い、"厄災"を引き起こした張本人でもあった。
「私以外がいたらどうするつもりだったんだ。」
「気配でお前だけだと分かる。」
それに"こんなところ"に近づくのはお前だけだろう?皮肉っぽくそう言われると彼女は呆れたように肩を落とした。
「いい加減、こんな場所から移ったらどうだ?これではまるで俺がお前を幽閉しているようじゃないか。」
「こんな質のいい牢獄があってたまるか。…それより」
女は窓から外を眺めるたまま、少し据わった声で尋ねた。
「"あの部屋"はちゃんと手入れされているんだろうな?」
「ああ」
振り向きもせず一言で、しかし意思のこもった声で男が返すと、
それならいい、と彼女は視線を落とす。
「それはそうと、お前。毎度毎度そのような姿で出歩くな。」
哀れを含んだ声色に"ん?"と彼に背を向けていた彼女が首をかしげて半身だけ振り返り、彼を見あげた。
「年頃の女がバスタオル一枚で恥じらいというものを知れ、と言っているのだ。」
「年頃の女、ねぇ?」
彼女はもう一度彼に背を向け、
パサリとバスタオルを大きく開く。
細い四股が誘惑するように日の光に照らされ、
美しい体の輪郭が光り、神秘的な様相を呈した。