宙と星
吐く息が白く、指先がかじかむ、先は長い
だけど、遅々として進まない行列に退屈している暇はない
空を仰ぎ見れば地球の丸さを実感できる天然のプラネタリウム
空気が怖いほど澄んでいて、その大迫力に吞まれそうになる
空とはこんなにも丸いものだったのか
空とはこんなにも黒いものだったのか
空とはこんなにも怖いものだったのか
空とはこんなにも静かなものだったのか
空とはこんなにも騒がしいものだったのか
星とはこんなにも大きいものだったのか
星とはこんなにも明るいものだったのか
星とはこんなにも瞬きするものだったのか
星とはこんなにも数多存在するものだったのか
星とはこんなにも流れるものだったのか
次から次へと尽きぬ疑問に私の中の常識が一つ、また一つと覆されていく
空とは…
星とは……
そして、不意に気付く
ああ、これが宇宙なのだ、と
私は今、地球の大気圏近くに立っている
そしてまた一つ、星が流れた
しゅうん、しゅうんと長い光の尾をなびかせながら、
小さい星も、大きい星も次から次へと、ひっきりなしに落ちていく
「凄い」
唯々驚嘆する、その一言に尽きる
他の登山客たちからも、さざめくような歓声の声が上がる
いや、もしかしたら聞こえていたのは私自身の声だったのかもしれない
興奮のあまり、気付けば私の口も間抜けなまでに開いていたから
その頭の中では、もっと真面目に勉強をしておけば良かった、もっと星座の形を知っていれば、もっと楽しめたに違いないのに、惜しい事をした、そんな事を益体も無く考えている
そして、そんな風に思う自分自身にもまた戸惑いを隠せない
だけど、瞬き一つするのを惜しみ、その光景に見惚れていたら、何だかもうそんな難しい話はどうでも良くなって
「綺麗だ」
想いは極限まで単純化し、それ以外の装飾は、言葉は不必要で、無意味だとさえ感じる
真実は今、私の目の前にあるではないか
それだけが全てで、真実で
それ以上でも、以下でもない
私は唯々その美しさに見惚れ、見入り、圧倒されるのみ
それは限りなく“無”に近い心境だった
そして、今見ているこの光景を私は生涯、決して忘れないだろう
と、そう固く心に誓った
夫々がそれぞれの想いを胸に、または誓いを立てて、
時に漆黒に輝く星々を眺めながら、頂上を目指し、長蛇の列は少しずつ、ゆっくりと、前へ前へと進んで行った
私の人生観がちょっと変わった時のこと
《創作エピソード》
舞台は夏の富士山。
富士登山は幾つかコースがあるらしいのですが、私の場合は最もポピュラーな行き方だったそうです(と連れて行ってくれた人が言っていました)
五合目までは車で、七合目で前泊し、山荘を出たのは夜中の二時、三時頃。眠いわ、寒いわでもう大変…でも、眠気の方は寒さのせいで直ぐに覚めるのですけど。
それに最初は前方に続く長蛇の列を見てげんなりしましたが、あれは足が遅い人が居て渋滞を引き起こしている訳では無く、高山病を懸念しての速度だったのですね。
(そう言えば連れの一人も七合目でストップしていました)
だけど、どちらが良いか悪いかは時の運というもので、頂上では見られなかった美しい日の出が七合目ではきちんと拝めたそうですよ。(;一一)
いや、これは私の日頃の行いが悪いせいか。…という会話が頂上についた登山者たちの間では頻りに交わされ、その度に何人かが顔を見合わせては苦笑し…という図が太陽が昇り切るまで延々と続きましたとさ。
まあ、そういう時もありますよ(笑)
富士登山、人生の節目にお勧めです。