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月の階  作者: 茶野
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「つまんねー」

 シセルが口をとがらせた。

「なんで一種目しか出られないんだよ」

 魔法大会にはいくつかの競技があり、その得点の合計によって優勝支部が決まる。優勝支部は冬に行われる《星の大祭》の開催地になるという特典があるが、シセルにはどうでもいい話のようだ。もちろんアジェスにも興味はない。

 ここで活躍して目立てば昇級の推薦につながると考える者もいるようだが、それもまたアジェスにもシセルにもさほど関係ない。

 シセルが文句を言っているのはルールのことだ。一つの競技に参加した者は別の競技に出られない。シセルはどうやらすべての競技に参加したかったらしい。毎年やっていることなのに知らないとは、シセルもまだまだ甘いところがある。とはいえ彼は参加した二対二の魔法戦で、初級魔法使いながら優勝をおさめた。

 ヴェルデも魔法芸術コンテストで一位に輝くなど、イスタニア支部はなかなかの活躍をしている。

 アジェスも個人魔法戦で順当に勝ち進み、ついにカロンとの戦いを迎えた。


 中級魔法使いアジェス・グラード対上級魔法使いカロン・クレヴァスといったら、多くの人間は上級魔法使いであるカロンに勝機があるとみるだろう。

「俺なら絶対勝てるな」

 シセルは戦ったこともないカロンをそう評価した。

「このルールなら絶対負けねえ」

 魔法使いは魔法による殺人を掟で禁じられている。そのせいか魔法による傷害をも忌み嫌う。魔法戦のルールはなるべく相手のからだを傷つけないように、かつ魔法の腕をじゅうぶんに披露できるように苦心されてきた。多くの場合、魔法戦では魔法で作りだした身代わりが使われる。この身代わりの中には石が埋めこまれることになっていて、相手の身代わりを破壊し石を手に入れることができれば勝ちだ。

「お前は知らないだろうが、造形魔法はカロンの得意技だ」

「そんなの関係ねえもん。アジェスにだって、そうだろ」

 アジェスのもっとも得意とする魔法は変化魔法。ものを作り出して操るのに長けたカロンと、ものの状態を変化させることが得意なアジェス。勝率は半々といったところか――いや、勝つしかない。

 組合本部に設けられた闘技場で試合は行われる。観客席から魔法使いたちがじっとこちらを見つめているのがわかる。この視線の中にオルファスのものはあるのだろうか。

 カロンと向かい合う。

 彼はあいかわらず野暮ったい恰好をしていた。それだけで勝てるような気がしてくる。いくら着ている服の色が違っても、杖の石の色が違っても、勝てるときは勝てる。

 上級魔法使いは中級魔法使いより使える魔法が増えるが、アジェスはそれを問題視していない。中級魔法使いのころは相棒としてずっと一緒に任務についていたからわかる。カロンの恐ろしさはもっと別のところにある。

 自身の身代わりとしてアジェスは鉄で膝ほどの高さの球体を、カロンは背丈ほどの土人形を作り出した。試合開始時の身代わりの大きさには制限があり、背丈をこすもの、膝より背の低いものは認められない。両者とも制限ぎりぎりの大きさだ。

 開始の合図とともに動いたのはアジェスである。土人形めがけて大量の水を浴びせかけた。その隙をついて自身の身代わりに結界を張る。

 カロンも黙って攻撃を受けているわけではない。水は土人形を溶かすどころか、かえってその体を頑強にさせた。

 やはり、やるつもりだ!

 カロンの身代わりがみるみるうちに大きくなって、二階建ての建物ほどになった。土をどこかから魔法で運び、同じく運んできた水と混ぜ合わせて体を作り上げる。カロンお得意の造形魔法だ。これにかけては上級魔法使いのなかでも頭一つ飛び出ていると言われるほどだ。土人形が拳を振り上げる。その手は金属をまとっている。カロンはさらに硬化魔法をかけたにちがいない。殴られたら結界もろともやられてしまう。

 それは、賭けだった。

 身代わりの防御のためではなく、カロンの身代わりに向かってアジェスは魔法を使った。

 どんなものも、目に見えないほど小さな原子の結びつきによって成り立っている。アジェスの狙いは原子と原子をつなぐ間にあった。どんな堅い鎧でも分裂は免れない――魔法で守られないかぎりは。

 アジェスの手のうちを知っているカロンは当然、その対策を施していた。魔法と魔法のぶつかり合いになる。カロンの土人形がアジェスの結界を破った。間に合え、とアジェスは歯を食いしばる。拮抗していた力の間にわずかな差が生まれた。

 重いものが落ちる、にぶい音がして地面が揺れた。

「……もう少し、長引くかと思っていた」

 カロンが言う。

「前はもっとちがった」

「守ってばかりじゃ勝てないからな」

 ようやくアジェスは笑うことができた。こなごなになったカロンの身代わりのなかから石を取り出す。

 かつて、同じように勝負をして負けたことがある。その原因は、カロンの繰り出す強い攻撃を防御することに気をとられすぎていたこと。きっとまた戦ったら、カロンは別の対策を練ってくるだろう。

 ともあれ、アジェスは勝ったのだ。

 固唾をのんで見守っていた魔法使いたちが騒ぎだす。アジェスはその中にオルファスの姿を探した。彼はどこかで弟子たちの戦いを見ていたはずだ。

「期待、している」

 カロンが握った拳を前に突き出してきた。

「おう」

 拳と拳がぶつかる。それは出会ったときからかわらない、約束の合図。


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