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月の階  作者: 茶野
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 毎年四の月リリエラには支部対抗の魔法大会が開かれる。日頃の研鑽の成果を披露し合うのが目的だというが、去年のアジェスは出る気分になれず当日観戦すらしなかった。一昨年まではリディル支部の魔法使いとして参加していた。それも遠く昔のことのように思える。

「アジェスも出るよな」

 アジェスが任務から帰ってくると、彼の部屋の前でシセルが待ち伏せしていた。

「来年はイスタニア支部の魔法使いとしては参加できねえかもしれねえから、一緒に戦えるのは今回が最後だと思うぜ」

 自分が上級魔法使いになるから、と言っているようだ。どうでもいいよ、とアジェスが言うとシセルはにやりと笑った。

「オルファス・リドルが見にくるのに?」

「おい、シセル」

 何かを知っているような顔つきである。

「だって、アジェスが好きにしろって言うから。俺、リディルまで行ってきたんだぜ」

「まさか」

「もちろん会ってきた。それで」

 シセルは部屋の扉を思いきり開けた。シセルの部屋ではない、アジェスの部屋である。人の部屋を勝手に開けて、シセルは得意げに笑う。

「アジェスに話があるんだってさ!」

 それだけ言うと、脱兎のごとく走り去ってしまった。思わず視線でそれを見送るアジェスの頭に、何かが直撃した。頭に当たって床に落ちたのは、アジェスが使っている枕である。

「え?」

 振り向くと今度は本が飛んできた。顔面に当たる寸前でなんとか受け止める。

「お、おい。なんでこんなところにいるんだよ、フォルミカ」

「『結婚おめでとう』? あなた本当に馬鹿ね! 馬鹿よ、馬鹿!」

 アジェスの部屋の中で、フォルミカが吠えた。

「もう待ちきれないわ! わたしは、あなたが中級魔法使いだろうと上級だろうとなんでもいいのよ! そんなこと全然気にしないのに、あなたは見栄張ってばかりでわたしの言うことになんて耳を貸してくれない。いいかげんにして! わたしに告白くらいさせてよ」

 怒っている姿はどことなく父親を感じさせる。ぼうっとそんなことを考えているとまた何かが飛んできた。ぐしゃぐしゃに丸めた紙だった。

「わたしはあなたが好きなのよ! 魔法使いの位なんて関係なく、あなたが好きだから結婚したいの」

 フォルミカは涙を流しながら怒っていた。もう二十歳をすぎたというのに、子どものようだった。なにがいちばんおかしいかといえば、怒りながら愛を告白しているところなのだが。

「だ、だって、フォルミカはその、カロンと結婚するんだろ」

 しどろもどろになりながらアジェスはなんとか問いを口にした。

「あなたはなんとも思わないの? わたしがカロンと結婚するって言ったら。悲しいとか悔しいとかふざけるなとか思うことはないの? おめでとう、じゃなくて」

 アジェスが何も言えないでいると、フォルミカに抱きしめられる。

「そんなのうそ。カロンに頼んで協力してもらっただけなの。こうしたらアジェスが本気になってくれるかって思って。でもむだだったわ。ほら、今この状況でさえわたしを抱きしめ返してくれない」

 そう言われて硬直している自分に気づく。

「まだ、俺には」

「ええ、まだ約束を果たせないから無理だって? 知っているわ、もうそんなこと。どうしてわたしの周りの男のひとってこうめんどくさいのかしら――もちろんカロンは別だけどね。あなた、ほんとうにお父さんにそっくりなのよ! もういいわ、はっきりそれがわかってすっきりしたわよ。わたしはもう待つしかないんだって。わたしの気持ちが伝えられただけでよかったわ。いい、アジェス?」

「……はい」

「わたしはあなたが満足するまで待つけれど、できれば早くわたしを迎えにきて。そのうちおばあちゃんになっちゃうわよ。わたしはいいけど、あなたは嫌でしょう? よぼよぼの花嫁なんて」

 フォルミカが体をはなす。

「お父さん、本当はもう怒っていないのよ。謝る機会を逃しちゃっただけで、意地はってるだけで。あなたのこと、嫌いなわけじゃないのよ。あなたが十二賢人の間で評判になっているの、いちばん嬉しく思っているのはお父さんなんだから。いつも『アジェスのくせに』とか言いながらすごく喜んでいるんだもの、笑っちゃうわ」

 じゃあね、と彼女は去っていった。シセルに送ってもらうのだろうか。

 アジェスはしばらくの間呆然と突っ立っていた。

 先ほどのものがはじめての抱擁だったと気がつき、急に恥ずかしさと愛おしさが込み上げてきた。次にフォルミカに愛されているという安堵が、そして師匠との決着へ踏み出す勇気がやってくる。

 迷いなくイスタニア支部長ダグラスのもとへ向かう。

「大会の個人戦に出たいんです」

 ダグラスがうなずいた。

「個人戦にはカロンも出るそうだが、それでも?」

「もちろん」

「なんとあのオルファスも出るらしいが」

 動揺がないとは言いきれなかった。魔法大会に十二賢人が出ることは珍しいことではない。じゅうぶんにありうることだ。

「師匠にも勝つつもりです」

 たかが魔法大会に熱くなっている自分がおかしかった。

 単純で、頑固で、見栄っ張り。そんなことくらい自分でもわかっている。アジェスは自分を曲げるつもりはなかった。きっとそれは相手も同じ。ならば。


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