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月の階  作者: 茶野
3/7

 そうは言っても、このままでいていいはずがない。覚悟を決めて、まずカロンのもとを訪れることにした。彼に会うのも一年ぶりである。

 久しぶりに会ったカロンは、一年前とさほど変わっていなかった。変わったのは、ぼさぼさの髪が長くなっていたのと、ローブの色。中級魔法使いをしめす黒ローブから、上級魔法使いの灰色のローブになっていた。

「何の用?」

 ぼそぼそとしゃべるカロンの言葉は聞き取りづらい。注意深く耳を傾けないと、何度も問い返すことになってしまう。

 なかなか本題に切り込めないでいると、カロンが口をひらいた。

「フォルミカと、結婚することになった」

「……知ってる。手紙がきた。どうしてそんなことになったんだ」

 カロンは肩をすくめた。

「さあ」

「さあ、じゃないだろ。結婚するのはお前なんだ」

「……まあ」

 煮え切らないカロンの態度は、これから結婚する男にしては妙である。まったく嬉しそうに見えない。相手に不満があるのか? いや、そのはずはない。

 カロンもまた師匠の娘に恋をしていたのだから。

 アジェスはいまだにおぼえている。あの塔の階に二人座って話した。夕暮れ時だった。もう十年近く前になる。

 ある日アジェスは、普段は無口なカロンがフォルミカに対してだけはみずから話しかけることに気がついた。アジェスは彼を呼び出して単刀直入に問うた。

 ――フォルミカのこと好きだろ?

 少し考えてから、カロンはうなずいた。俺もだ、とアジェスは言った。こいつだけには負けない、とそのときにアジェスは誓った。

 負けていないつもりだった。最初から魔法の腕は互角で、どちらかが勝つと次はもう一人が勝った。だが、フォルミカに関してはアジェスのほうが勝っていると思っていた。告白したのはアジェスが先で、カロンは想いすら伝えていない。それなのに、カロンがフォルミカと結婚する。逆転されていた。

「フォルミカは、きみに好きと言ったか」

 唐突にカロンが言った。

「きみのことを好きと言った覚えはない、とフォルミカは言っていた」

 アジェスははっとする。頭を思いきり殴られたようだった。


 ――上級魔法使いになったら、フォルミカに伝えたいことがある。

 今聞きたい、と彼女は言った。今のままじゃ言えない、とアジェスは答えた。

 ――わたしもアジェスに言いたいことがあるんだけど、あなたがそう言うなら待つわ。いつまででも待つ。


 そうだ、あれは告白などではなかったのだ。

 十八歳のアジェスはそれだけをよりどころにし、フォルミカも当然自分のことが好きだろうと思い込んでいた。そう考えると、数年後師匠と決別し、彼女のもとを離れなければならなくなったときの宣言は道化そのものだ。

 迎えに行く、など――。

「そ、それでいつ結婚するんだ」

 尋ねる声が震えた。

「今年の夏に師匠が十二賢人を辞める、そのあとだと思う」

「なんだって」思いもよらない情報だった。「師匠が、十二賢人を辞める?」

 十二賢人に任期はない。死ぬまでとはいかなくとも、現役魔法使いでいられるうちは辞めないのが普通だ。

「魔法使いも辞める、そうだ」

 カロンが言った。

「どうして、そんないきなり。身体が悪いわけじゃないだろ」

「うん、でも師匠の考えはよく、わからない」

 オルファス・リドルの後任の十二賢人がアジェスの昇進に賛成してくれるかもしれない。アジェスが上級魔法使いになれる可能性は高くなる。

 だが、そのときにはもう遅い。今なら、もしかしたら間に合うかもしれない。

 そのためには師と和解する必要があるが、アジェスは彼に頭を下げたくなかった。自分の非を認めたら、彼の非を是とせねばならなくなる。アジェスは自分の正義を守り抜きたかった。

 たとえ、師がアジェスのために怒っていたのだとしても。


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