黒と白
家々が群れをなし、森や草原、丘を隔てて点在する。
その疎らな人里からもさらに離れた、一本道が長く延びる野原の奥に大きな森が繁っている。
その深い緑に覆われ、巨大な鉄の門が聳える。
そこには大きな円錐型の槍を構えた門兵らしき2人の男が、厳めしい顔をしてじっと立ち尽くしていた。
門をくぐった先には、赤い煉瓦で精密に積み上げられた古い要塞があった。
周囲を同じ材質の煉瓦の壁に囲われ、その重厚な存在感を醸し出している。
門から正面にある要塞の扉の横には、古びた木製の看板が掲げられている。
「軍 西支部」
黒いローブを靡かせ、彼がここへやって来たのはすでに太陽が真上に登り始めた頃だった。
彼は足早に長く無機質な廊下を抜け、途中「第六部隊」と標榜のあるドアを勢いよく開けた。
「おお、遅くなっちまったな」
部屋の中央に置かれたデスクに向かい合わせに座っていた3人の若者が、一瞬作業を止めて声のする方を見た。
「遅すぎー!もうお昼だよー!」
右奥にいた少女がその大きな目を見開き、眉を吊り上げた。
前髪を上にピンで留め、茶色い髪を肩まで下ろした十代中頃の少女だった。
まだあどけない顔を崩して口を尖らす。
「わりーわりー、昨日借りた映画見てたら寝るの遅くなっちまってよ。『死霊の残飯』、面白かったぞ」
呑気な口調で言いながら彼は入り口に最も近い自分の席に腰を下ろす。
「また古い作品ですねえ、そんなもの見てちゃんと眠れましたか?」
先の少女の正面に座る赤毛の少年が優しげな顔で言う。
少女よりはやや年上に見え、とても穏やか表情をしている。
口調もゆったりと落ち着いていた。
「あたりめえだろ、俺に怖いものなんかねーんだよ」
黒衣の男は腕と足を組み、鼻を鳴らした。
すると、それまで少女の左隣で黙々と作業をしていたもうひとりの若者がぽつりと呟いた。
「…昨日の戦で迷子になって狼狽えていたのはどこのどいつだ?」
「な、なんだと緋色!」
緋色と呼ばれた少女がおもむろに顔を上げる。
精悍な顔立ち、くっきりした二重瞼に整った鼻、先の少年よりもさらに年上とおぼしき美女。
ベージュ色のレイヤーが多く入った細い髪を胸元に垂らし、彼女はそれを邪魔臭そうに背中の方へ回した。
抑揚のない口調で彼女は続ける。
「…今更ながら思うが、お前が部隊長で大丈夫なのか?」
「んだとコラァッ!!」
男は無骨な拳を机に叩きつけて彼女に噛みつく。
「何言ってやがる!現に今までこれで何の問題もなくやってきたじゃねえか!」「いや、問題はあったでしょー」
右手を動かしながら茶髪の少女が突っ込みを入れた。
「実際、隼ちゃんひとりだけ地方に左遷されてたじゃーん。一昨年だったっけ?海護ちゃん」
「ああ、そうでしたね。あのときは大変でしたね、人智さん」
海護と呼ばれた赤毛の少年が懐かしそうに頷く。
人智という名の少女も同調する。
「おいそこ!俺のダークな過去を勝手に回想するんじゃねえ!もうあれは俺の心の押し入れに葬り去った闇なんだよ」
男は牙を剥き出しにして2人を指差す。
「……何がダークな過去だ。お前のせいでどれだけ迷惑被ったと思っているんだ?むしろこちらにとってダークな過去であろうが、隼」
緋色がその暗く濃い瞳に怒りをたぎらせ、左斜め前の男をじっと見る。
隼と呼ばれた男は視線を宙に送りながらその場を仕切り直すように手を叩いた。
「とにかく!午後の仕事も頑張れよお前ら」
「隼ちゃんもでしょ」
「しっかりして下さいね」「午後ぐらいは仕事しろよ」
次々とブーイングが部屋の中を飛び交った。
「あ」
まだ部下からの不平不満が止まぬうち、隼がふいに声を上げた。
「どしたの隼ちゃん」
人智が不思議そうに彼を見る。
「そーいや俺、今日ばばあから呼び出しくらってたんだ…危うく忘れるとこだった」
「えー、そうなの」
「昨日の失態の説教ではないのか」
人智が残念そうに言って、緋色は冷静に言い捨てた。
「よくわかんねーけど、なんか俺に知らせたいことがあるとか……まあともかく行ってくるからよ、魔人のデータ分析と戦略図書いといてくれ」
隼が椅子から立ち上がる。
「はいはい、行ってらっしゃい」
背を向け部屋を出ていく彼に、人智が適当に手を降った。