不機嫌なお色気枠
存在感のない陰キャぼっちモブの俺が、クラスのリア充一軍男子複数人にもみくちゃにされてから、約数時間後。
俺はいつものように、とぼとぼと校舎裏の階段に向けて歩いていた。
足取りはずっしりと重く、それ以上に両肩が重かった。三津島クロエのとある部分ぐらいには。
朝の三津島クロエの爆弾発言により、クラスでは俺と三津島クロエが交際している、いやそれどころか、とっくに一線を越えているというのがさも事実のように認定され、その後の授業は殺気の籠もった視線と、チッという舌打ちの嵐で、物凄く針の筵だった。
だが一方の三津島クロエはというと、その後は滅多になくツンとしたまま無言を貫き、根掘り葉掘り委細を聞き出したくてたまらないだろうクラスの女子たちも手出しができないまま、昼休みに入ってしまった。
昼休みに入るなり、三津島クロエは持ってきていた二袋の弁当袋を手に取り、素早く教室を出ていったので、おそらくいつもの場所にいるのだろう。
けれど――俺は、一方の俺は、どんな顔をして昼休みを過ごすべきなのか。
朝は急に三津島クロエと触れ合うことがしんどくなり、見捨てられたと絶望した後には、その事実をまるっと覆すかのような爆弾発言。
一体、あの人は何がやりたいんだ?
いやそれ以上に、俺、どうしちゃったんだ――?
考えても考えてもわからず、わからずじまいのまま、俺は校舎裏の階段に続く最後の角を曲がった。
曲がった先に、三津島クロエが座っていた。
長い脚を放り出し、頬杖をついて、ツンと顎を上げ、景色を眺めている。
なんと声をかけようか迷ってから、俺はしどろもどろに挨拶した。
「あっ、あの、すみません、今日もご一緒して構わないですかね……?」
俺がおっかなびっくり声を掛けると、三津島クロエが景色から視線を逸らさないまま、右手の人差し指で、自分の隣の地面を指差した。ここに来い、という意味らしい。
よかった、とりあえず隣には置いてもらえる……莫大に安堵しながら、俺は小走りに三津島クロエに駆け寄り、三津島クロエが腰かけた階段の数段下の階段に、びくびくと腰を落ち着けた。
途端に、三津島クロエの眼が光った。
「……何やってんの?」
「えっ」
「隣に座れ、って言ったでしょ? なんで今日は遠慮してちょっと下に座んのよ」
「えっ、えっ」
「何をもたもたしてんのよ。いいからここ! 隣に! 座れ!!」
物凄く不機嫌な声で大声を出され、俺は猛烈にビクッとした。
慌てて三津島クロエが腰かけた段に座り直すと、ハァ、と三津島クロエがため息を吐き、ずいっと自分の尻をにじって俺に密着してきた。
「……何?」
「何って何が?」
「な、なんでくっついてくるの……?」
「くっついちゃいけないの? 戦友でしょ?」
「だっ、だって、朝は俺のこと捨ててスタスタ歩いて行っちゃったし……! おっ、俺のこと、怒ってるんじゃないのか? てっきり俺、あんまり変なこと言ったからお前に見捨てられたのかと……!」
「何を馬鹿なことくっちゃべってんのよ。アンタ馬鹿なの?」
ちょっと憤ったような声で、三津島クロエが俺の言葉を遮った。
「今更私がアンタのこと嫌いになるわけない、ないないないない有り得ない。もうベロチューもしたし乳も揉ませたし、一緒に花火見る約束までした。そんな相手のことを何で嫌いになるの。いつアンタのこと押し倒してブチ犯してやろうかって毎日思ってるし大学生になったら速攻同棲してやろうと思ってるしプロポーズの場所は素敵な夜景が見える夜のレストランがいいなと思ってるしアンタとの間に子どもは男の子二人女の子三人で合計五人ぐらいほしいと思ってる。……それってアンタのことが好きってことにならないの?」
「おっ、おう……。そ、そんなに重く思い詰めてくれてんのか。そ、それは、好き、ってこと、でしょうね……」
「でしょ? 何も変わってない。私はアンタのことが好きよ」
重い――もうそんな未来まで想像してくれてるのか。
俺が今更ながらに三津島クロエというお色気枠ヒロインの想像力の豊かさに戦慄していると、三津島クロエが俺の肩にもたれかかってきて、うわっと俺は身を固くした。
「……あ、あの、クロエ?」
「何?」
「な、なんか、やっぱりいつもと雰囲気違くないですか? な、なんかこう、いつもより湿り気が多い気が……!」
「違っちゃったのはアンタよ。アンタ、私が近くにいると心臓がしんどくなるんでしょ? 今は?」
そう問われて、俺はバクバクと破裂しそうに拍動を強めている自分の心臓の音に、そこでようやく気がついた。
ああ、やっぱり、なんか変だ。今まではこの人が近くにいると眠くなるような安堵を覚えていたのに、今は真逆で、ただこの人が視界に入るだけ、この人の香りがするだけで、心臓が言うことを聞かなくなる。
前世では、心臓がこんな状態になったらさぁ大変。片手の指じゃ足りない数の医者と看護師によって取り囲まれ、注射と点滴が繰り返され、あっという間に集中治療室行き。
今現在、リアルに肉体が死にかけているのだという事実を補強するかのように、指先は冷たくなり、頭がぼーっとして血圧が下がって、白く濁った視界の中にかなりクリアに三途の川が見るのだ。
生前のトラウマを思い出して震え、「す、すまん、やっぱり無理……」としどろもどろに言って顔を背けると、三津島クロエがじーっと俺の顔を見つめた。
「ふん、やっぱり勘違いじゃない、か」
「か、勘違いって何……? これって何の病気なのかお前、知ってるのか……?」
「そんなこと私の口からいえるわけないじゃん。……それで、零宮」
「な、何?」
俺がようやくという感じで顔を上げると、三津島クロエが両腕を広げ、何故かむすっとむすくれた表情で俺を睨んだ。
「はい、毎日の日課。愛情の確認のハグしよ?」
「……お前、今の俺の状態をわかってて言ってくれてんのか、それ」
俺はちょっと憤ったような気持ちで抗議した。
「俺、マジで心臓だけはトラウマなんだよ……お前、三途の川とか見たことないだろ? 俺は何回もあるよ。心臓の調子が悪いとめちゃめちゃハッキリ見えるんだぞ、あの川。今の俺のこの状態でお前とハグなんかしたらせっかく転生したのにまた死んじゃうって……」
「ハグしないと私が死んじゃうっていったら?」
「それは……! その、嫌だけど。お前は俺より後に死んでほしいけどさ。でも、俺が先に死んじゃったらそれはそれでお前も嫌だろ?」
俺がぼそぼそと言うと、両腕を降ろした三津島クロエがパッと立ち上がり、俺の背後に回った。
ん? 何をする気だ……? と俺が目で追っていると、俺の背後に回った三津島クロエがぺたりと床に座り、背後から俺にそっと抱き着いてきた。
「おっ、おい……!」
「私の顔が見えないならナンボかマシでしょ? いいから黙って愛情を感じとけって」
そう言って、三津島クロエは俺のみぞおちの辺りで両手を結んで、ひしと俺を抱き締め、俺に身体を密着させてきた。
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