ぼっちを嘆く毒舌ツンデレ枠
ぼっち。
俺の一言に、はうっ――!? と一葉深雪が激烈に反応した。
「そうか、そういうことか。そのごく貴重な友達が急に陰キャのモブと仲良くなったから、まさか弱味でも握られて一緒にいるんじゃないかとクロエのことが心配になって、どうにもたまらなくなって俺のところに事実を問いただしに来たわけだ」
ううっ――!? と、一葉深雪がその薄い胸を押さえて苦しんだ。
「そりゃ大変な事態だよな、他人に取られたら大変、貴重な友達だもの。そこで思い詰めて、曲がりなりにも友達になったクロエと仲良くなった俺を敵情視察しに来たのか。……うーむ、美少女のくせになかなかしんどい陰キャムーヴするな、お前」
あああああッ!? と、一葉深雪が両手で顔を覆って悲鳴を上げ、ハァハァと苦しそうに息をした。
俺の言葉に本気で大ダメージを受けている様子の一葉深雪を見ていて、気の毒な⋯⋯と俺は顔をしかめた。
そう、この大ヒットラブコメ漫画『シュレディンガーの恋』とは、ひとえに一葉深雪が《《こういう性格》》であるからこそ始まる物語なのだ。
親の仕事の都合上、海外生活が長かった一葉深雪が数年ぶりに日本に帰国し、この名門私立高、私立青藍学園に編入するところからこの物語は始まる。
その飛び抜けて清楚可憐な容姿、高等部からの転入生でありながら学年一位の成績を維持し続ける優秀な頭脳、実家が旧華族の家柄で父親は実業家で代議士という恵まれたステータスを持ちながら、一葉深雪という美少女には友達はおろか、親しく口を利ける知人すらいない。
その理由は単純で、その凍てついた冬のように冴えた容姿以上に冴え渡る毒舌、そして安易に他人を側に寄せない峻厳な態度が、彼女とお近づきになろうとする全ての人間の手を無慈悲にはたき落としてしまうのだ。
だが如何にツンデレであろうと、一葉深雪だって年頃の女の子、本当は親しく出来る友達がほしい――。
そんな彼女の隠された孤独を見抜いた主人公・八百原那由太は、ひょんなことから知り合うこととなった彼女に献身的に寄り添い、閉ざされた彼女の心を開こうとする。
そんなひたむきで必死な八百原那由太の行動に、次第に一葉深雪も心を開いてゆき、とうとう恋心を抱く――というのが、この王道学園ラブコメ漫画『シュレディンガーの恋』の話の大筋なのだ。
つまり裏を返せば、この世界はひとえに一葉深雪がぼっちだからこそ成立する世界なのであり――。
主人公である八百原那由太と、彼を通じて知り合った二階堂奏、三津島クロエという他のヒロインが、彼女が曲がりなりにも親しく出来る人間の全てなのだ。
俺が物凄く哀れな生物を見る目で震えるアホ毛を見下ろしていると、うふ、うふふふ……と、服の袖で口元を拭った一葉深雪が不気味に笑った。
「うふふ、ふぅ……ぜっ、零宮君。あなたなかなかに辛辣なこと言ってくれるわね。流石に面と向かってぼっちって言われたのは初めての体験よ。ま、まぁ、言い方はともあれ、事実はその通りなのだけれど……」
一葉深雪は何十発と殴られた後のボクサーのような、窶れた表情と眼光で薄く笑った。
「そう、悔しいけど、あなたが今言った通りよ。最近の私は八百原君にフラれて落ち込んでいた三津島さんのことが心配で心配でたまらなくて、一時は夜も満足に睡眠が摂れない有り様だったの。不思議なものよね、いつもはあのはしたない乳を目の当たりにするだけで吐き気がしていたのに――」
「吐き気を催してたのか。知らなかったよ」
「でも、最近の三津島さんは八百原君にフラれたというのに、なんだか物凄く楽しそうで――いくらなんでもおかしいなとは思っていたのよ。フラれた時に八百原君になにか酷く傷つけられて、ただでさえ常日頃からあのデカパイに栄養を取られてスカスカになってた頭がとうとう馬鹿になっちゃったんじゃないかって私、三津島さんのことが心配で心配で……」
「ひでぇ言い方だなオイ。本当にクロエを友達だと思ってる人間の言い方か?」
「でも、今の話を聞いて少しは安心したわ。そう、三津島さん、あなたが側にいたからあんなに楽しそうだったのね――」
ハァ、と一葉深雪はため息を吐き、不意に遠い目をした。
「何百人と親しい人がいる人気者のあの子なのに、一緒にいて本当に楽しそうな笑顔を浮かべられる人はごく僅か……友情って本当にわからないわね。ましてや私のような惨めなぼっち女には到底理解が及ばないわ――」
そう、一葉深雪は感動したような愕然としたような、よくわからない面持ちで呟いた。
俺は、というと、一人勝手に怒ったり落ち込んだり感動したりしている一葉深雪を見ていて――ついつい、原作を読んでいた時から思っていたことを口にしていた。
「あのさ」
「何?」
「本格的に出会って数分で説教するのも余計なお世話だけど、お前だって本当は周囲と仲良くしたいんだろ? だったらもっともっと他人とフレンドリーにしたらいいだろ。お前ぐらいの人ならお近づきになりたい人なんてすぐ寄ってくるだろ?」
陰キャぼっちの俺はともかく、この人ならもっともっと心を開けば、側に寄ってくる人だって多いはずだ。
そんなふうに思いながらも俺が忠告すると、一葉深雪が急に表情を険しくして俺を睨んだ。
「本当に、余計なお世話の一言ね」
「一応、断ってから言ったぞ」
「あらそう、ならばお言葉を返すけど、あなたに私の何がわかるのよ。私だっていくらなんでも理由なくこんなに他人に冷たく接したりしない。理由があるからこそ私は孤高を貫いているの。どうして私がこんな風になったのかなんて、何も知らないあなたにわかるはずが――」
「一葉深雪。誕生日は11月17日、蠍座で血液型A型。身長は163センチ、体重48キログラム、スリーサイズは上から75・56・86のAカップ」
俺がつらつらと諳んじると、ぎょっ、と目を見開いた一葉深雪が表情を硬直させ、階段から腰を浮かせた。
「父親は大手建設会社・一葉建設の社長で県議会の代議士。母親は日本舞踊の講師。姉は国立大学の二年生。趣味・特技は日本舞踊とピアノとテニスで、好きなものは猫と甘い物、嫌いなものは虫と幽霊全般。最近の悩みはEカップの二階堂奏とIカップの三津島クロエと比較すると絶望的に貧乳であること。なおかつお前は中学生の頃から毎晩毎晩バストアップのために腕立て伏せ百回と豆乳一リットルを飲むことを日課にしていて……」
「ひっ……ヒィィィイイ―――――――――――――ッツ!!」
自分の詳細を知られていることへの恐怖よりも、己の恥ずかしい情報を口にされた羞恥心に、一葉深雪が激しく赤面し、髪を振り乱して立ち上がった。
「なっ――!? な、なんであなた、そんなことを知ってるの!? せっ、生年月日とか血液型はともかく、なんで腕立て伏せや豆乳のことまで……!?」
「クロエ曰く、アカシックレコード、っていう超能力らしいな。俺にはお前らの秘密や過去がちょっとだけわかる能力があるんだよ。これでもお前のことが何もわからないと思うのか?」
まぁ、実際はそんなもんなくて、ただただ原作知識があるってだけなんだけどな。
内心でへらへらと笑いながらも、すう、と、俺は息を吸った。
「なおかつお前が他人に対して冷淡に接するようになったのは、小学校の時、親友だと思っていた女の子が今までお前の上履きを隠していた犯人だと知ってしまったから……だろ?」
俺が断定的に口にすると、一葉深雪の表情が強く強く強張った後――その通りだ、というように、徐々に目が伏せられていった。
「……驚いた、あなたのそのアカシックレコードっていう超能力、そんなことまでわかるのね……」
「考えてみれば本当に失礼な能力なんだけどな。人の秘密が透け見えるんだから」
「それはそうかもだけれど……でも、小学生の時のそのことまで知られてるのは驚きだわ……」
そう、一葉深雪という女がここまで他人に冷淡な人間になったのは、その飛び抜けた容姿と能力、ステータス故に、今まで様々な人間のやっかみや嫉妬を買ってきたからなのであった。
特に小学生の頃のこの出来事は彼女に友達という存在を忌避させ、その単語を口にするのも躊躇わさせるほどのトラウマとなった出来事として、原作『シュレディンガーの恋』でも描写されていたのである。
「そして、お前が八百原那由太を好きになったきっかけは、この学園でも上履きを隠されてしまって困っていた時、アイツが泥だらけになって捨てられていたお前の上履きを見つけてきてくれたから……そうだよな?」
「続きが気になる」と思ったら
お気に入り登録、「★」での評価、
もしくはコメントにて
「( ゜∀゜)o彡°」
とコメントの投稿をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。




