脱ぎ出すお色気枠
授業が終わり、放課後になった。
シケた帰宅部である俺がごそごそと帰る準備を始めていると、素早く帰り支度を終えた三津島クロエが俺の席に歩み寄ってきた。
「よっしゃ、放課後になったね。じゃあ零宮、昼間に言った件、お願いね?」
三津島クロエがにこやかに俺に話しかけた瞬間、クラスの視線が一気に俺たち二人に集中するのがわかった。
校内有数の有名人、特にその美貌とプロポーション故に、特に男子人気が高い三津島クロエが俺のような陰キャのモブにニコニコと話しかけているのである。
当然、クラスの男子たちが一斉にひそひそ話を始めた。
「なぁ、本当にあの二人って噂通りに付き合ってんのかな?」
「そりゃないだろ。だって相手は零宮だぜ? 今まで誰とも会話すらしてなかったヤツだろ」
「でも三津島のヤツ、すげぇ楽しそうだぞ。明らかに彼氏に向ける目と顔だろアレは」
「でもアイツ、この間C組の八百原に正式にフラれたらしいじゃん。もう次見つけたのか?」
「っていうかグラドルクイーンならもっとレベル高い男と付き合えよなぁ。なんであんな陰キャと……」
「チクショー、なんであんなヤツがあの乳を好き放題に出来るかなぁ……! 羨ましくて死にそうだ……!」
多数のクラスメイトの男子たちの声を聞いていると、もちろん居心地も悪かったけれど、それ以上にどうしようもなく優越感を感じてしまう。
どうだ羨ましいだろ? こんないい女が俺の戦友でいてくれるんだぜ……と、口角が緩むのがどうしても抑えきれない。
「おう、今行くからちょっと待ってな」
俺の方も三津島クロエに親しく応答すると、クラス中のひそひそ声がますます強まったような気がした。
俺は何だかフワフワとした気分のまま、帰宅準備を終えてスクールバッグを肩に担ぎ上げ、三津島クロエと一緒に教室を出た。
俺たちが肩を並べて廊下を歩いていると、すれ違う同窓の生徒たちが次々と俺たちを振り返った。
ただでさえ派手な容姿をしている三津島クロエが、まるで影そのものように存在感のない俺を隣に従えて歩いていると、これが目立つ。
なんだかどうにも落ち着かないなぁ……と思っていると、不意に、三津島クロエが俺の耳に口元を寄せて囁いてきた。
「なんか私たち、めっちゃ目立ってるね、零宮」
「そりゃなぁ、俺みたいな陰キャがお前みたいないい女と一緒に歩いてれば悪目立ちするよ」
「あっ、それは卑下しすぎじゃない? 私は零宮がいいの。他の誰かじゃ嫌だよ?」
「おっ、おう……なんか改めてストレートにそう言われると恥ずかしいな……」
「もう、この程度で照れないでよね。零宮は私の戦友なんだからさ」
にっ、と、三津島クロエが白い歯を覗かせて微笑んだ。
「それに、今からもっともっと照れるようなことを零宮に願いするんだからさ。この程度で照れてたら大変だよ?」
「うん? そりゃどういう意味だ?」
「秘密」
「っていうか俺たち、今はどこに向かってるんだ?」
「それも秘密」
その一言で一切を煙に巻いてしまったその時の三津島クロエの頬は、何故だか少し紅潮して見えた。
◆
校舎を突っ切り、今はあまり使われていない旧校舎棟へ入り、三津島クロエはある部屋の前で立ち止まった。
「よし、ここでいいかな」
俺が上を見上げると、『学校史編纂室』という、通常の学校ではまず有り得ないような名前の部屋である。
全国屈指の名門校である私立青藍学園は、明治期の開学からというもの、何人もの政治家や高級官僚、実業家や教育者を輩出しているという設定だ。
その栄えある学園の歴史を蓄積してきたのであろう部屋の扉は立派に古ぼけており、俺は目を丸くした。
「じゃあ、入ろうか」
三津島クロエが短くそう言い、俺に先んじて部屋に入った。
俺も続いて入室すると、編纂室の中には南方の古代遺跡のように書架が立ち並んでおり、床にまで所狭しと資料が山積みにされていた。
なるほど、これから三津島クロエにされる「お願い」とはこの資料の整理、というところか。
三番目のお色気枠ヒロインが何故に学校史なんぞに興味があるのかは知らないが、こりゃあなかなか大変そうだぞ、と俺は書架を見上げながら覚悟した。
「うおお、すげぇ、本の山だ……クロエ、ここで何すりゃいいんだ?」
俺が背後の三津島クロエに訊ねると、ガチャッ、と、編纂室の内鍵が掛けられる音が俺の耳に聞こえた。
「お前、教師の誰かに資料整理でも依頼されてんのか? それともこの本の山からなにか知りたい情報でもあるのか?」
俺の問いには答えない代わりに、ぷち、ぷち……と、なんだか妙な音が背後に発した。
俺は相変わらず、背後にいる三津島クロエを振り返らないままに問うた。
「あっ、まさかこの学園に秘められた七不思議を解明するための資料がほしい、とかか? お前ってそういやオカルトマニアっていう設定だったもんな。なんか過去に事件でもあって、それに巻き込まれて亡霊と化した生徒の氏素性が知りたいとか……」
しゅる、と、背後に衣擦れの音が発した。
「クロエ――?」
なんで何も答えないのだろう。俺が不思議に思って背後を振り返った、その瞬間。
俺が視界に入れた光景は――いくらなんでも理解が追いつかない光景だった。
「――よし、準備完了」
――なんと三津島クロエが、編纂室の中で制服の上半身を脱ぎ、薄い紫色のブラジャー姿になっていた。
これが一体、同学年の女子高生の身体であろうか、というぐらいの、豊かというよりはもはや一種の暴力と表現できる脂肪の膨らみが、俺のすぐ目の前で何の処置もなされないまま、豪快に放り出されているではないか。
なんでこうなったか、なんでこうなっているかはわからない、わからないなりに――。
大切な戦友のあられもない姿を見てしまったという事実に、瞬間的に狼狽した俺は、がたんっ、と一歩後退り、書架に背中をぶつけた。
「おっ、おおおおお……お前……!? いっ、一体何やってんだ!?」
「……だから言ったじゃん、零宮にしかできないお願いをするって。零宮も、何でもお願いを聞いてくれるって、言ったでしょ?」
三津島クロエは目を伏せ、うっすらと頬を紅色に染めたまま、ぼそぼそと呟いた。
「私、零宮が好きだから。……好きだから、私のお願いを聞いて、ね?」
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