作戦会議を開く幼馴染枠
一葉深雪と戦う。二番目の幼馴染枠ヒロイン、二階堂奏は力強くそう宣言した。
その決意を聞いて、目元を強く服の袖で拭った俺と三津島クロエは顔を見合わせて微笑みあった。
「そうだよ二階堂さん、その意気! 二階堂さんは八百原の幼馴染なんだもん、一葉さんにだって負けないよ!」
「そうだそうだ、二階堂奏! お前のその母性で八百原那由太を包みこんでやるんだ! そうすりゃ八百原だってちゃんとお前のことを一人の女の子なんだって意識してくれるよ!!」
俺たちが口々に励ますと、えへへ、と二階堂奏が目尻を下げ、照れくさそうに笑った。
「よーし、そうと決まれば、具体的な計画に移るべきよね。零宮、八百原も流石に少しは二階堂さんの気持ちには気づいてるのよね?」
「うーん、ちょっと待て、今思い出すから……。……うん、多分そうだな。八百原はもう二階堂が八百原を単なる幼馴染だと思ってないことには――流石に気づいてるはずだな」
俺は数秒の間に原作である『シュレディンガーの恋』の展開をざっと思い出してからそう答えた。
物語も後半に差し掛かっていたのであろう原作でも、それでもいまだに八百原那由太は二階堂奏に対して意地悪く煮えきらない思いを抱えていた、と思う。
「けれど、急がないとヤバそうだぞ。八百原那由太の気持ちはもう一葉深雪に傾いてる。こう言っちゃ気の毒なんだけど、この間、クロエが正式にフラれたのがその証拠だ」
そう、俺が「俺」としての前世の記憶を思い出した時、八百原那由太はハッキリと「一葉が好きだ」と発言していたのだ。
うんうん、と三津島クロエも頷いた。
「そうそう、私もそれ言われた。このままだともう一葉さんと八百原がくっつくのは時間の問題だと思う。その前になにかアクション起こして八百原を踏みとどまらせないと」
「そうだな、俺もそう思う。なにせ二階堂はまだ八百原に正式には自分の気持ちを伝えてないからな。なんとかして急いで風穴を開けないといけないぞ」
「ホラ零宮、なんかアイディアないの? ショボくてもアカシックレコードの超能力持ってるんでしょ? その超能力でホラ、パパッと解決してよ」
「そういわれてもなぁ、俺のこの能力はそんな凄いもんじゃないから……うーん、クロエ、そっちこそなんか八百原の心を揺さぶる方法とか思いつかないのか?」
「そんなものが思いつけてたら二階堂さんよりも早く実行に移してたわよ」
「ふむ、それもそうかぁ。だから必死におっぱい押しつけて色仕掛けするしかなかったんだしな、お前。ハァ、所詮は賑やかしのためのおっぱい要員の意見じゃ力不足か……」
「アッ、流石に酷い! なんてこというのよ零宮!! ヒロインとして私の魅力はおっぱいしかないって言いたいわけ!?」
「わわっ、叩くな叩くな! わっ、悪かったって! 今のはついつい……!」
「キーッ! つまり本音ってこと!? このグラドルクイーンを賑やかし要員扱いするなんて!! 今のは失言よ! そうよね二階堂さん!?」
と、そこで三津島クロエが二階堂奏に話を振ると。
二階堂奏は、完全に圧倒された表情で俺たちを見ていた。
「あの、クロエちゃん。短い間に随分と零宮君と仲良くなったんだね……私、全然ついていけてないんだけど……」
「え? あ、うん。毎日零宮にここでフラれた愚痴を聞いてもらってたら自然に、さ。今はもう以心伝心よ。そうよね零宮?」
「あ、うん、そうだな。自分からいうのもナンだけど、今の俺たちってめっちゃ仲がいいんだよな」
そこで俺と三津島クロエは自然に寄り添って肩を組み合い、真顔で二階堂奏を見た。
二階堂奏は素っ頓狂な表情を浮かべて驚いた。
「す、凄い……! 私となー君よりも呼吸が合ってる!! ふたりとも、どうしてそんなに短期間で仲良くなれたの!?」
「まぁ、そりゃアレだよ、戦友として色々と一緒に困難な状況を経験して乗り越えてきたからであって……」
一緒に色々と。その一言に、俺の脳裏に思い浮かぶ光景があった。
そうだ、原作時間にして約一年前の夏の日、彼女たちが高校一年生の夏。
二階堂奏は幼馴染である八百原那由太の背中の上で、一緒に花火を見た。
そして二階堂奏は、幼い日に交わした約束の記憶を八百原に問おうとして――。
そして、もう間もなく七月になろうとしている、この原作時間。
とどめに、全国屈指の名門校である私立青藍学園の伝統である、夏の一大イベント、そして読者にとっては大サービスとなる水着イベント――。
これだ。
俺はくわっと目を見開いた。
そうだ、二階堂奏には、ツンデレ毒舌枠ヒロインの一葉深雪にはない絶対的なアドバンテージが、既にあるじゃないか。
「そ、そうだ……! いいこと思いついたぞ!!」
握り拳を握り、突如として気炎を吐いた俺に、三津島クロエも二階堂奏も、えっと声を上げた。
「そうだそうだ、簡単なことじゃないか! 二階堂、二階堂は一年前の夏、臨海学校の花火の時、八百原に小さい頃の結婚の約束を覚えてるか訊いたんだよな!?」
俺の言葉に、生来おっとりした性格である二階堂奏が、少し気圧されたようになった後、うん、と頷いた。
「それだ、それ! 夏休み前の臨海学校で、また八百原に訊けばいいんだよ! それでいつ私をお嫁さんにしてくれるの、って! 一年間待ったんだからそろそろ答えを聞かせてよ、ってさ!!」
俺の言葉に、あっ! と二階堂奏が目を見開いた。
おおっ、と三津島クロエも目を輝かせた。
「ぜっ、零宮、それよそれ! 流石じゃないの! それなら八百原も答えをはぐらかせないし、二階堂さんが本気なんだって一気に意識させられる! 一挙両得だよ!!」
三津島クロエが補足してそういうと、うんうんっ! と二階堂奏も乗り気の表情で頷いた。
「そ、そうか……! 私、なー君のお嫁さんになる約束をしたんだ! 深雪ちゃんだってそこまでの約束はしてないんだもんね! それならなー君も私をちゃんと女の子として見てくれるかも!!」
そうだ、幼馴染枠ヒロインというものは、往々にしてこのテの約束を主人公と交わしているものであり、それは幼馴染枠に特権的に与えられている圧倒的なアドバンテージなのだ。
それに、幼馴染枠のヒロインがラブコメにおいて負けやすいのは認める他ない前提だけれど、 俺というラブコメのヒロインレースに絡まないモブの協力があるならば、まだ結果はわからない。
少なくとも、今は一葉深雪が勝ちヒロインになる可能性が高いヒロインレースを、二階堂奏が選ばれる可能性がある状態にまで持ち直させることぐらいは――出来るかもしれない。
幼馴染枠ヒロインは負ける――そんなラブコメ漫画世界の常識を覆す、前代未聞のジャイアントキリングを己の手で達成できるかもしれない興奮に俺が震えると、にまっ、と三津島クロエが微笑んだ。
「いやー、やっぱり零宮に相談してよかったでしょ、二階堂さん。身を退こうとしてる二階堂さんを叱っただけじゃなく、こんなアイディアまで出してくれるんだから」
「うん、うんっ! 零宮君は凄い、凄いよ! なんでそんなに私たちのことが理解できてるのかなぁ! 私、一気に頑張れそうな気がしてきたよ!」
「そうそう、零宮にはこの通り不思議な力があるのよ。アカシックレコードだけじゃなく、なんていうか、私たちの運命を変えてくれるような力がさ」
運命を変える。その言葉を聞いて、俺は「はっ――?」と三津島クロエを見た。
「何を驚いてんのよ、零宮。アンタがいなかったら私、こんなにも早く立ち直れなかったよ? そうじゃなきゃ今こうして二階堂さんの相談なんか乗れるわけがなかったし。アンタがアツく説教してくれなかったら、二階堂さんもここで八百原を諦めてたんだしね。ホンット、アンタは凄い男よ」
そう言われても――俺は素直に喜べなかった。
「そ、そうかな……あはは……」と苦笑した俺を、三津島クロエが不思議そうに見た。
「え、どうしたの零宮? なんか嫌だった?」
「い、いや、そうじゃないんだけど……なんというか、こんなことしていいのかな、って思って」
俺はぼそぼそとそのときの語った。
「なんか俺、別に八百原とか二階堂と親友ってわけでもないのに、一方的にアレコレ吹き込んで、勝手に行動して……俺、なんかお前らの仲を掻き回してるだけじゃないのかな、ってさ」
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