神秘に触れる幼馴染枠
「えっ!? にっ、二階堂奏――!? なんでここに!?」
俺が仰天してその名を呼ぶと、ん? と二階堂奏が不思議そうな顔をした。
「あれ? クロエちゃん、私って零宮君に自己紹介したことあったっけ? 多分会話するのも初めてだと思うんだけどなー」
うーん、と、この人が考え事をするときの癖である、顎に人指し指を乗せて上を向くポーズを見せた。
俺が困惑しつつも歩み寄って階段に腰掛けると、三津島クロエが口を開いた。
「ね? 言った通りでしょ、二階堂さん。なんでか知らないけれど零宮は私たちと八百原のこと、全部知ってるのよ。私も最初は驚いたんだけど、これが凄いの」
「えーっ、私たちのことを全部知ってるって? なんで? クロエちゃんはともかく、零宮君と私は初対面でしょ?」
「そうそう、そうなんだけど違うの。例えば二階堂さん、一年前に臨海学校に行ったとき、夜に森の中で迷子になったことあったじゃない?」
「うんうん、あったよ」
「あの時って二階堂さん、迷子になった二階堂さんを探しに来た八百原と一緒に、森の中で二人きりで花火を見たんでしょ?」
三津島クロエがそう言った瞬間、二階堂奏が目を見開いた。
「えーっ!? なんでクロエちゃんがそのことを知ってるの!? そのことを知ってるのはなー君と私だけのはずなのに!」
「零宮がそう言ったのよ。私も零宮の口からそうと聞くまで知らなかったの。ね? そうなんだよね零宮?」
急に話を振られて、俺はどう答えようか迷った後――結局、頷くことにした。
「う、うん……知ってる。その、二階堂はその時、森の中で転んで足を捻挫して動けなくなってたんだよな? それで、探しに来た八百原那由太の背中におんぶされた瞬間、花火が始まったんだ」
俺が説明すると、丸くなった二階堂奏の目が更に見開かれていく。
「その時の二階堂、小さい頃に八百原と一緒に見に行った花火大会の事を思い出した。そしてその小さい頃の花火大会の時に、八百原が将来、二階堂をお嫁さんにするって約束してくれたことを今も覚えてるか訊こうとした。訊こうとしたけど、その言葉は花火の音でかき消されて訊けなかった……そうだったんじゃないか?」
「わーっ、嘘、なんで!? なんでそんなことまで知ってるの、零宮君! なー君ですらそれを訊いたことは知らないはずなのに!!」
このおっとりした人がこの人なりに驚き、口元を手で覆った。
「ちなみに言うと、八百原はその約束を覚えてるぞ。約束も覚えてたし、実はそのとき、約束を覚えてるか訊いた二階堂の声もちゃんと聞こえてたんだ。本人は恥ずかしがって聞こえないフリをしたけどな」
俺が多少サービスのつもりで読者しか知り得ない情報を伝えると、二階堂奏は頬を桜色に染め、下を向いてしまった。
「そ、そうなんだ……! なー君、あの時のちゃんと約束を覚えててくれたんだ……! えへ、えへへ……」
そう言って、二階堂奏は照れたように笑った。
その照れたような笑みはまさにこのラブコメ漫画『シュレディンガーの恋』の幼馴染枠ヒロインである二階堂奏の微笑みそのもので、俺は感動してしまった。
マイペースで、おっとりとしていて、だがその反面、抜群に女子力が高く、優しい。
なによりもこの、近くにいると思わず眠くなってしまうかのような、同世代の女子高生とは思えないほどの母性の振り撒き方……。
ママーッ! と叫んで二階堂奏に飛びつきたくなる衝動を、俺は多少頑張って抑えなければならなかった。
笑ってから――二階堂奏が急に何かを思い出したかのように、一転してその表情が寂しそうなものになった。
ん? 何だこの表情? と俺が戸惑うと、三津島クロエが二階堂奏の背中を擦り、その顔を覗き込んだ。
「大丈夫だって、今のでわかったでしょ? 二階堂さんがどんなこと悩んでても、全てを知ってる零宮なら解決してくれるから。なんてったって零宮はアカシックレコードの能力者なんだからさ!」
なんだかとんでもない響きの単語が三津島クロエの口から飛び出して、俺は驚いて三津島クロエを見た。
「え? 何? 今なんて言った? あ、アカシックレコード……?」
「うん、アカシックレコード。零宮はその能力者なんだよね?」
「ええっ? そっ、そうなの?」
「あ、なんだ、自分の能力について知らないんだ? すっごい能力なのよ、それ!!」
突如として、三津島クロエの目がキラキラと輝き、俺にぐいっと顔を近づけてきた。
ちなみに、ぐいっと顔を近づけてきた際、三津島クロエの制服の胸元のボタンがミチッと悲鳴を上げた。
うおっ、と呻いて仰け反ると、三津島クロエの目は更に輝きを増した。
「アカシックレコードっていうのは凄い能力なんだよ!? 要するにこの大宇宙の全ての歴史・知識・真実が記録され蓄積されている知識の集合体がこの世のどこかに存在するの! 零宮、アンタはその知識の集合体に自由にアクセスして、私たちのことだけじゃない、この世界のあらゆる歴史・知識・真実に自由に閲覧できる超能力を持ってるわけ!!」
突如として饒舌に解説を始めた三津島クロエを、俺だけでなく二階堂奏も圧倒されたように見つめていた。
「これって凄い能力なんだよ!? まさに究極の超能力なの! その気になれば何にでもなれる!! 何しろこの大宇宙のあらゆる真理を閲覧できるわけだからね! 零宮はその能力を持ってるからこそ、八百原と私たちがやってきたあらゆることを観測して知ってる、そうなんでしょ!?」
碧眼を爛々と輝かせ、鼻息を荒くして興奮した口調で説明されて、俺はあることを頭の片隅に思い出していた。
あ、そうだ、そういえばそんな設定あったな。三津島クロエの超常現象マニア設定。
そう、この三津島クロエというお色気枠ヒロインは、オカルト好きな北欧出身の母親の影響もあり、UFOだのUMAだの超能力だの、そういった方面への造詣が深い、という設定があったことを忘れていた。
なるほど、特段問い詰めたこともなかったけれど、この人は俺のことをそんな風に解釈して理解していたんだな。道理で俺がすべてを知っていることを不審がらないわけだ。
今更納得した俺は曖昧に頷いた。
「あ、ああ~……そういうことかぁ。アカシックレコード、ねぇ……まぁ、当たらずとも遠からず、なのか?」
「うおーっ! やっぱりそういうことなんだ!! すっごいじゃないの零宮!!」
「けれど、俺のこれはそんなにだいそれたもんじゃないぞ。せいぜいわかることはお前たちと八百原那由太の周辺、しかも過去のことだけで未来はわからないし、それも過去一年分に起こったことぐらいがわかる程度なんだよな」
「えっ、えぇ……? 何よそれ。アカシックレコードなのに随分と能力が限定的じゃない? 私たちのことだけって……そんなんあるの?」
「俺に聞かれたってわかるもんか。わかるからわかるとしかいえないんだよ」
「大昔に二階堂さんと八百原が結婚の約束をしたことは知ってるのに?」
「う……! と、とにかく、わかることはわかる、わからないことはわからない、そういう風に納得してもらうしかないんだよ」
実は君たちはラブコメ漫画の登場キャラクターで、単に俺は読者だったから色々と知ってるんです、なんて説明できるわけがなかったし、今や俺自身がキャラクターの一人に転生してしまっている。
まぁでも、三津島クロエが俺の原作知識をそのように解釈して納得してくれているのは好都合だ。
「まぁ、なんか私の予想よりも限定的みたいだけど……とにかくわかったでしょ二階堂さん。だからほら、遠慮せずに相談しなよ。零宮ならきっと役に立ってくれるって言ったじゃん」
「う、うん……! な、なんだか零宮君は頼もしい超能力者ってことはわかったよ、クロエちゃん……!」
相談。三津島クロエの言葉に、俺は首を傾げた。
どうやら二階堂奏は八百原那由太を通じて友人同士である三津島クロエに何らかの相談を持ちかけ、三津島クロエが俺を紹介した、という流れであるらしい。
押しも押されもせぬ大人気ラブコメ漫画のヒロインの一人であるこの人ともあろう人が、所詮はモブでしかない陰キャの俺に何の相談を持ちかけるというのだろう。
俺が困惑していると、二階堂奏が俺を見た。
「あのね、零宮君。実は相談があるの。クロエちゃんに相談したら、それならきっと零宮君は凄い能力を持ってるからきっと頼りになってくれるっていうから相談したいんだけど……聞いてくれる?」
「あっ、あぁ……聞くぐらいはするよ」
俺が頷くと、ハァ、と二階堂奏は重くため息をつき、話し始めた。
「私となー君が幼馴染同士だっていうのは、零宮君もそのアコースティックレコードっていう超能力で知ってるよね?」
「う、うん。アカシックレコードな」
「そうそう、アクロバティックレコードで、知ってる? 私が幼馴染であるなー君のことが、その、ずっと前から好きなのも?」
「う、うん、申し訳ないんだけど知ってるよ」
「それなら話が早いんだけど……」
きゅっ、と、二階堂奏は膝の上で両手を握り締め、意を決したように語った。
「実はね、私、なー君のことを……なー君が好きって気持ちを諦めて、その、なんていうのかな、身を退こうと思ってるの」
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