第一話
僕は目の前の光景に胸が躍った。
幾多の白い雲が広い青空を悠々と泳ぎ、白い結晶の上に張った水面が鏡のようにそれを映し出す。数キロ先に見える水平線は空間の中に溶け込み、この空間がどこまでも続いているかのように錯覚させる。
ここはどこだろう? 知らない場所なのに居心地が良く、ずっとここに居たい。
「ねぇ、君の見る未来に私はいるのかな?」
優しく、透き通る声が背後から聞こえた。振り返ると、長く艶やかな黒髪を靡かせる少女が立っていた。
髪の間からチラチラと見える右耳についたピアスは太陽の光を吸収し、黄金色に輝く。
「@$%#¥@*。」
自分の口が動いているのがわかった。でも、何を言ったのか自分で分からなかった。
「そっか……。じゃあ、もう行くね」
だめだ! 行っちゃだめだ!
必死に言葉にしようとするが、口から出たのは言葉になる前の空気だけだった。
遠ざかる彼女の背中を追いかけても、追いつくことはできなかった。それどころかどんどん離れていく。
そして、彼女は水平線の向こうに消えてしまった。
『ジリリリリ、ジリリリリ——』
午前7時を知らせるアラームが鳴り渡る。
僕はすぐに起き上がることはせず、音源であるスマホを手探りで探す。
たしかこのへんに置いたんだけど……あれ? どこにいった……? ああ、もういいや。
諦めて起き上がると、”不思議な感情”に苛まれた。
僕はときどき、同じ夢を繰り返し見ることがある。
見ていたはずの夢は、いつの間に忘れてしまう。その代わりに、”身に覚えのない喪失感”を残してくれる。失ったものの形も、名前も思い出せない。ただ、失ったという感情だけが胸の底に沈んでいる。
きっと僕はこの世界で誰かを探している。核心はない。でも、そんな気がする。
喪失感という淡い感情に未練を感じながらベッドを降りる。
飲みかけのペットボトル、脱ぎ捨てられた服、型の古くなったデジカメ。
もう見慣れた自分の部屋なのに今日はどこか他人行儀に見えた。—— 一枚の写真を除いて。




