夫の正体
「本棚はそこね」
智春の部屋は、本棚とパソコン用の机が置いてあるだけのシンプルな部屋だ。
いくつか、まだ段ボールが片付けられていないのは私と同じ。
「本棚にしまうのは自分でやりたいよね」
本棚の前に段ボールを置く。
「アルバム?」
本棚の下には固そうな背表紙のものが立っている。
もうずいぶん昔に捨ててしまったけれど、これがアルバムなのは私にもわかる。
「芝浦中学……えっ。智春は芝浦だったの」
心臓が高鳴り、アルバムを捲る。
「いや……」
3年3組の集合写真を見て慌てて閉じてしまった。
全員の名前が並んでいる。
でも、智春みたいな顔の人はいなかった……はず。
「これは、何?」
小さなフォトブックが入っている。
私は、恐る恐る中身を見る。
【1日目は目を二重にする手術だ。その前に記念に残しておく】
「ふ……藤崎……一弥」
手が震えるのがわかる。
う、嘘でしょ?
中学時代の光景が脳裏によみがえる。
『きもっ』
『よくそんな顔で生きてられるよな』
『死ーーね、死ーーね』
『ねぇねぇ、何でそんな不細工なの?名前負けって言われなかった?親はどうしてそんな名前をつけちゃったのかな?』
『うわーー、酷いって、一弥』
『だって、本当のこと言わなくちゃわからないでしょ?誰も言わないんだから、優しさで』
『だから、酷いって。まあ、酷い顔だから仕方ねーーよな』
『ヤバーーイ。うけるーー』
『泣いちゃうんじゃない?』
『泣くとか不細工がよけいに不細工になっちゃうでしょ』
『ハハハ』
『アハハハ』
「やめてーー」
耳を塞いで目を開ける。
もう違うの。
私は、あのころと。
全員の名前が並んでいるページを見つめる。
私は私を捨てたの。
一重瞼に低い鼻は鼻の穴が丸見えで、そこから鼻毛がよく見えていたから最初はそのことを仲良くなった女の子に指摘された。
その処理をすることを覚えたら、次はゲジゲジの眉毛を理由にいじめられた。
そして、最後は顔面全てを否定された。
大きめの前歯のせいで、歯茎が盛り上がり歯が出ていたせいで唇がうまく閉じずに乾燥していたせいでよく出血していた。
出血した血を見た人達が、ほし菌がうつるから逃げろと騒ぎ立てる。
ほし菌ってのは、私の名字だった星村からとられたあだ名だ。
中学二年の頃に特にいじめが酷くなったのは……私と同じ名前のアイドルがテレビで有名になったからだった。
「でも、どうして?」
結婚式は家族や親戚を呼ぶだけのこじんまりしたものだったから気づかなかった。
でも、智春が彼らと会っている様子はなかった気がする。
いや、そもそも何で私達が出会ったの。
フォトブックの最後のページに入れてあった名刺を見て驚いた。
私は、智春の部屋を出てすぐに着替える。
化粧もせずに家を飛び出した。
クリニックが開くにはまだかなりの時間がある。
それでも、ベルを鳴らそう。
ビー
ビー
ビー
「はいはい、まだですよ。って、真理亜ちゃんかどうしたの?」
「少し話をさせてください」
「なに、なに」
神倉クリニックの院長である神倉俊哉は、毎朝8時にはクリニックに来ている。
「いいから入れてください」
「わかった、わかった」
神倉先生は、私をクリニックの中に入れてくれる。
クリニックの奥にあるカウンセリングルームは、ゆったりしたソファーが置いてある個室だ。
「どうしたの?真理亜ちゃん」
「聞きたいことがあるんです」
「聞きたいこと?」
神倉先生は、コーヒーを淹れると私の前に差し出した。
「先生は、久間智春を知っていましたよね?」
「久間智春?誰だっけ。たくさん、患者を見ているからね」
「とぼけないでください。先生が料理教室の無料体験チケットを私に渡したんじゃないですか」
「あーー、それで出会った真理亜ちゃんの運命の人」
「運命なんかじゃありません。先生が出会わしたんでしょ」
「何で、私がそんなことをするんだよ」
「だって、先生は中学時代から私を知っていたでしょ」
「真理亜ちゃんの中学時代の話と何が関係あるんだ」
神倉先生は、絶対に嘘をついている。
「久間智春の本名は藤崎一弥です」
「ふじさき……藤崎……。あーー、彼は私の患者だ」
「ほらやっぱり。私を中学時代にいじめていた相手だとわかっていたんでしょ」
「知らない」
「嘘よ!!」
「嘘じゃない。知るわけない。私が興味があるのは、顔だけだから」
「ふざけないで」
「真理亜ちゃん、そんなに怒ったら綺麗な顔に皺がつくじゃないか」
「先生は、私から何もかも奪ったのよ。名前も顔も過去も」
「いらないって言ったのは君だろ?それに君にはもう家族はいなかった」
高校に入学した年に両親は事故で他界した。
祖父母も早くに亡くなっていて、両親の2人共ひとりっ子だったこともあり私は16歳で天涯孤独になった。
中学3年の頃から、私を見つけていた神倉は両親の葬儀の場で話しかけてきたのだ。
神倉から提案されたのは、衣食住全てを提供するかわりに、顔を差し出すことだった。
容姿のコンプレックスから、私は神倉の提案にのってしまった。
「先生が私に智春を会わせたんでしょ?答えてよ」
「愛する人が出来て幸せじゃないか。別に処女でもなかったんだからいいじゃないか」
「ふざけないで!」
「ふざけていないよ、真理亜ちゃん」
「どうして私と智春を会わしたかの答えになっていない」
「会わしたって。私はチケットを渡しただけで。料理教室に行ったのは、真理亜ちゃんの意思だろ?それとも、私が久間という人物を料理教室に行かせた証拠でもあるのかな?」
「もういい」
神倉の勝ち誇った目を私は何度も見てきたから知っている。
今の話も嘘。
何でそうしたかはわからないけれど。
神倉は私と智春を会わせた。
クリニックから出た瞬間だった。
ーードンッ
「すみません」
男の人と肩がぶつかってこけそうになる。
「大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「あんた、神倉クリニックから出てきたのか?」
「えっ、急に何ですか」
私は急ぎ足で歩く。
男は私に歩幅を合わせてついてくる。
「神倉院長に整形してもらったのか?」
「何ですか、突然。警察ですか?」
「警察じゃない」
「だったら話すことはありません」
「妹が死んだんだ」
男の言葉に足を止めてしまう。
「院長に殺されたんですか?」
「神倉院長が殺したわけじゃない。だけど、あいつはその手助けをしたんだ」
「手助けをしたって。院長が殺人を手伝ったってことですか?」
「違う」
「じゃあ、いったい」
「トラウマを持ってきたんだ」
トラウマ……。
神倉院長は私にもトラウマを持ってきた。
それと……同じってこと?
「三原剛毅、前の名前は、西山勇二」
「西山勇二……」
「知り合いか?」
知り合いも何も。
中学時代、藤崎と共に私をいじめていた1人だ。
「そいつが何?」
「高校の頃、妹はいじめられていた。西山を筆頭に藤崎、三井、高尾。そいつらの彼女の真子、麻子、三奈」
「高校生になってもいじめをしていたのね」
「知ってるみたいな口ぶりだな」
「知ってるわ」
「知ってる?この7人を」
「ええ」
「話を聞かせてくれないか。頼む、この通りだ」
まさか、高校生になっても誰かをいじめているとは思わなかった。
私は男と話をすることにした。
藤崎だけじゃなく、西原まで名前を変えているなんておかしい。
どうなってるの?
私は、神倉先生に騙されていたってこと?




