だってどうでも良かったから
どこまでも無関心
モルディルダ伯爵家は長い歴史を持つ家だ。
建国当初から王家に仕えていると言われる程度には長く続いている。
正確には建国されてから三年後くらいにできたらしい家なのだが、まぁそこら辺は誤差だろう。
長い歴史を持ち、王家に忠誠を誓い、王家を支えてきた、王家にとってなくてはならない存在でもある。
本来ならば侯爵の位を与えられていても問題はない、どころか臣籍降下した王族の血が入ってもおかしくはないくらいなのだが、しかしとある事情によってこの家は伯爵の地位であり続けていた。
権力を持ちすぎるのもよろしくない、というのが表向きの理由だ。
貴族たちによる派閥でも、モルディルダは過去から現在に至るまで中立を保ち続けている。
そんな伯爵家の次期女伯爵となるべきパルフェットには、義理の妹がいた。
名をフェイミィというようだが、パルフェットは初対面から今に至るまでこれっぽっちも彼女に興味がない。
どのみち自分の立場を脅かすような存在ではないので。
この家の当主は母親で、父は婿入り。モルディルダの正当な血筋ではない。
なので、その父がどこぞで作った子にこの家の後継者になる権利などあるはずもない。
パルフェットの母であるルドミーナはさぞ怒り心頭かと思いきや、種馬がよそでばら撒いた種を一つ回収してきた、くらいの認識だった。
フェイミィを連れてきた理由を聞けば、囲っていた愛人が死んで彼女の身内は自分だけになったから、だそうだ。
そのまま囲ってそちらで面倒を見ればいいのに、何故連れてきたのだろうか。
所詮種馬の思考など人間には理解できないのかもしれない。
パルフェットは実の父親をこの時畜生認定した。
あくまでも内心で。
口に出したら、自分も畜生の血を引く生き物になってしまうので、流石にそれはちょっと……と躊躇ったのだ。
父親の事は人の形をした別の生物だと思っている事は否定しない。
多分だけど、とパルフェットは思う。
多分この父は悪い人ではないのだ。
ただちょっと、貴族には向いていないだけで。
婿入りしたという自覚があるのかないのかさっぱりな部分もあるけれど、恐らく、きっと、彼はちょっと羽振りのいい商人とか、そういう平民の家に生まれていれば良かったのかもしれない。
ちなみにフェイミィがモルディルダ家にやってきたのは、彼女が十四歳の時だ。
今から二年前の話である。
父親は貴族の家の生まれだけれど、単なる種馬として、家を継ぐ子を産むのに必要といった程度でこの家に既にパルフェットがいる以上、彼の役目はほぼ終わったと言ってもいい。
仮に離縁したとして生家に返品したとして、向こうもまさか愛人に産ませた娘とセットで送り付けられても困るだろうな、と思う程度にはパルフェットもルドミーナもわかってはいるのだ。
大体、若くて健康な男性、という条件で婿を探すだけなら他にもたくさんいたけれど、モルディルダ家は少々特殊なので、その他にも条件があった。それに該当する相手の中から、とりあえず顔が好み、という理由でルドミーナが選んだのが父である。
二年前にフェイミィを連れてきた時点で父と娘を別の家に追いやろうかとも考えたけれど、聞けば愛人宅は愛人が死んだ時点で処分してしまったというし、新たな家を用意するのも面倒だったのでそのままにしている。
どう足掻いてもフェイミィはこの家の跡継ぎになる事もなければ、父の血を引いていても貴族令嬢としてやっていけるはずもない。
大体離縁されたらこの男、実家からも今更戻ってこられても……と厄介者扱いだろうし、そうなれば父も平民落ちになるのが目に見えている。そうでなくとも父の生家は既に代替わりしているので、本当に今更戻ってこられたとして、居場所などほぼ無いと言ってもいい。
あちらの当主は今、父の兄にあたる人になっているが、控えめに言って相性が悪すぎるのだ。
父は少々……大らかな部分があるのでやや神経質な兄とは昔からソリが合わなかったと周囲からも言われている。
返品されても向こうも拒否するだろうな、とはパルフェットだってわかる。多分、その可能性を考えていないのはどこまでも楽観的な父くらいだろう。
「うぅ……フェイミィ……どうしてこんな……」
ずずっ、と鼻をすすって泣く父を見ても、パルフェットは特に何も思わなかった。
ちなみに本日、フェイミィの葬式を行っている。
彼女がこの家に来てから今日に至るまでの期間、二年。
案外長持ちしたほうね、とパルフェットは思っていた。
なお、フェイミィの棺は父の生家が所有する墓に埋葬される事もなく、またモルディルダ家の血筋でもないために教会が管理している平民たちの共同墓地へ埋葬される事になっている。
父の実家も愛人に産ませた娘をこっちで弔ってくれとか言われても困るだろうし、というか普通に拒否していたし、父の娘といっても実際ほぼ平民だったのでむしろ妥当な扱いでもあった。
劣悪な環境で暮らしている平民なら、埋葬される事もなく野ざらし、なんてこともあると言われているくらいだ。死体を棺に入れて埋葬しているのだから、むしろ手厚い。
葬式といっても、フェイミィの友人――そもそもいるかもわからない――を呼ぶ事などなかったし、家族といえば父だけだ。
とりあえず義理でパルフェットとルドミーナも居合わせてはいるが、何の感慨もない。
悲しいとか清々したとか、そういう感情は一切ないのである。
なので、悲しみに涙する夫を見てもルドミーナの表情は白けたものだったし、父が泣いている姿を見てもパルフェットの心はこれっぽっちも揺れなかった。
見送る者がほとんどいない葬式はあっさりと終わった。いっそ事務的と言ってもいいくらいに。
悲しみに暮れまっすぐ屋敷へ戻ると言った父を置いて、ルドミーナとパルフェットは馬車で街中の、貴族専用のカフェへとやって来た。普段はあまりこちらへやって来る事もないので、折角来たのだ。これくらいの楽しみはあってもいいだろう。
平民たちのカフェと違い、こちらはほぼ個室のようになっているので、周囲の目を気にする事もなくお茶やお菓子、軽食などが堪能できるし、人目を避けての会話も気兼ねする事なくできる。
「正直、一年で終わると思っていたのです」
「まぁ、二年はもった方よね」
運ばれてきたミルクティーに口元を緩ませつつも、パルフェットはそんな風に言った。
ルドミーナもきっとパルフェットと同じ心境だっただろう。
自分の立場というものを果たして理解していたのだろうか。
フェイミィは見た目は愛らしい娘だった。
実際父が連れて帰ってきた時も「愛らしいだろう?」なんてへにゃっと笑いながら言っていたくらいだ。
愛らしい娘を、何故わざわざモルディルダ家に連れてきてしまったのか。愛する女性――愛人である――が死んで悲しくて、彼女の存在を思い起こさせるため家を処分したとか言っていたが、悲しかろうとなんだろうと、そのまま愛人宅で愛人の娘の面倒を見ていれば、父曰くの可愛い可愛いフェイミィはまだ生きていたはずなのに。
お姉さま、そのアクセサリー素敵ですね。ちょっとだけ貸してくださいませんか?
そんな風に言ってフェイミィはよくモルディルダ家に保管されていた装飾品を身につけていた。
貸してと言いつつ返す気がなさそうではあったけれど、どのみち茶会や夜会といったものに連れて行く事もなかったので、屋敷の中でなら好きにさせておこうと思って放置していた。
愛人の家で生活していた時は自由に外に出入りできたかもしれないが、モルディルダ家に来てからはそれもできなくなったとはいえ、元々家の中で閉じこもって生活していたからだろうか。着飾って外に、というような事は言いださなかった。
まぁどのみち、パーティーに行きたいなんて言ったところで、マナーも何も教わっていない平民が参加できるはずもないので、家の中ではしゃぐくらいならと放置していたわけだ。
もしかしたら、もう少し月日が経過したのならそういう風に言いだしたかもしれないけれど、どちらにしても愛人の娘とかいうほぼ平民の願いをルドミーナやパルフェットが叶えてやる義理はない。
「あの人の血を引いているからなのかしら。でも、それが良くない方向にいっちゃったわね」
「ですよねぇ……見た目だけは綺麗ですもの、我が家に保管されてる装飾品。
全部呪われてますけど」
「そうなのよ……感覚の鋭い者なら不穏な気配を感じ取るとか、そうでなくとも取り付いてる悪霊が見えたりするんだけど、一切見えてなかったみたいだものね。
あのネックレスつけてるあの子、見た?」
「えぇ、あまりにも平然としていたから、思わず二度見してしまいましたわ。
あのネックレスに取り憑いた悪霊に首凄い勢いで絞められてたのに平然としているのですもの。
苦しくないのかしら……? と思わず慄いてしまいましたわ」
「普通の人が身につけたなら、その時点で息苦しさを感じたりして、外すのが遅れたら死ぬ事もある物ですのに半日つけっぱなしだったとか、よく生きてるなぁ、と」
「もしかしたら呪いが効かない体質なのかしら、とも思ったのだけれど」
「もしそうだったら素晴らしい逸材でしたのにね」
「でも、そうじゃなかった」
「えぇ、割と早い段階で判明しましたわね。単純に鈍いだけだと」
「このままだと呪いか悪霊のどちらかで死ぬなとは思っていたけれど、それとなく呪いの品から遠ざけようと思っても、勝手に自分から近づいていくのですもの。
また呪われてる品がどれもこれも見た目だけは一級品だから、あの子も目ざとく見つけるのよね……」
「身につけるのを禁止しようにも、見えないし感じ取れないのであれば信じやしないでしょうし。
つけてみていいですか? なんて聞かれた時には自己責任だと思ってお好きにしたら? としか言えませんわよ」
「むしろ平民があんな装飾品を身につける機会なんてないのだから、見るだけにしておけば良かったのに……」
「わたくしたちがわざわざ言う義理はありませんわ。
大体、家に連れてきたのはお父様です。説明する義務はあの人にありますわ。
わたくしたちは彼女の事を何とも思っていませんもの。
それこそ、死のうと生きようと」
「そうよね、こっちから連れてくるように言ったのならこちらで説明する必要もあったかもしれないけれど、ある日突然こちらの許可もなく連れてきて、今日からここに住まわせてやってくれ、でしたものね。
愛人だって作っていいと許可した覚えもないからあの娘にかかった費用は全部あの人の個人資産から引きましたけど」
「大体、わたくしたちが面倒を見る義務はありませんよね。
使用人として、とかであればまだしも。面倒見てやってくれ、でしたもの。
まさかモルディルダの娘として、なんてあり得ないしじゃあペットとして、なのかしら。
それにしたってわたくしたち手ずから世話をしてやる必要なんてありませんわ。使用人がいますもの」
パルフェットはそもそもペットが欲しいなんて思った事もないので、勝手に連れてこられて世話を投げられたところで使用人に言いつけるだけで終わる。それはルドミーナも同様だろう。
モルディルダ家の血を遡ると、建国した王を支えた魔女が祖である。
権力者には良くも悪くも様々な思いが向けられて、代替わりをすればかつての志も消える事だってある。
そうでなくとも、それらを押しのけ自分が王に……という欲望を持つ者もいる。
そういったところから、邪魔者を排除するべく様々な方法が用いられてきた。
呪いの品の出所は、そういったところからだ。
直接殺した事が明るみに出れば、王族殺しの大罪人。けれどバレなければ王が死んだ混乱に乗じて自分がその地位を……などという妄想を抱く者は残念な事に一定数存在した。
王にならずとも、例えば恋焦がれた女性を手に入れるために、だとか。
邪魔なあいつを蹴落としたい、だとか。
しかし直接自分の手を下すのも、人を使うにも問題がある。
そう考えた者たちの行きついた先が、呪いの品だった。
元々呪われていなかった物であっても、所有者の無念がこもった結果呪われてしまった、なんて物もある。
モルディルダ家はそういった品を回収し、長い年月をかけて浄化するのが役目である。
正直な話、普通の神経をしていたらとてもじゃないがやっていけない。
禍々しい雰囲気は日常だし、屋敷の中は呪いの品がこれでもかと存在している。
ついでに、持ち主の無念怨念たっぷりなせいで、成仏できないかつての所有者が悪霊となって品の周囲を漂っている。
見える人からするととんだゴーストハウスである。
そんななので、モルディルダ家で働く使用人は並みのメンタルでは三日ともたない。
目の前を悪霊が通り過ぎようが平然と業務をこなせる程度の精神力が必須である。
見える場合は、であるが。
見えないにしても、感覚が鋭い者は常に何らかの気配を感じるし、夜眠りについた時に屋敷の中の悪霊たちが気まぐれに見せてくる悪夢にうなされて……なんて事も残念ながら日常茶飯事なので。
見えないだけでなく、悪霊の怨嗟の声も聞こえず、ついでにそういった気配も察知できない者でなければモルディルダ家でやっていく事はとてもじゃないができやしない。
何も感じ取れないからといっても、危機管理能力がなければやはり危ないので。
そういった危険を回避できる者でなければ早死にするだけだ。
魔女を祖としているので、モルディルダ家の当主は代々女である事が多い。というか、ほぼ女しか生まれないのだ。なので婿を取る必要があり、その婿には悪霊が突然目の前に現れても眉一つ動かさず動揺しない強靭な精神を持つ者か、または何も感じ取れずとも自然と危険を回避するタイプの者が必要とされる。
下手に繊細な者がやってきても、やれ誰もいないはずの部屋から人の声が聞こえるだの、眠りにつけば必ず悪夢で魘されるだので精神をすり減らし、早々に憔悴するので。
憔悴するだけならまだしも、精神を病んで発狂されても困る。
モルディルダ家に必要なのはあくまでも次代を生むための種であるとはいえ、狂人や廃人となられてしまった男の面倒をずっと見るのも余計な仕事が増えるだけ。
だからといってそうなった時点で処分していては、あの家に婿に入ると早死にするという噂が流れる事になるかもしれない。そんな噂が長年続けば、いずれ婿にくる相手もいなくなってしまう。
モルディルダが伯爵の地位にあり続けるのは、下手に爵位がこれ以上上がってしまうと結婚相手が限られてくるのを避けるためというのもあった。
そうでなくとも、呪いの品というのは大量に出回ったりはしないけれど、それでも減る事はなくても増える事はあるので。
モルディルダ家が管理し少しずつ浄化しているというのに、その家が途絶えては呪いの品が大放出されて王家や他の貴族の家などでも呪いの被害がそこかしこで……なんて事になってしまうかもしれない。
それは流石に避けたかった。
父は一切そういった呪いの気配も雰囲気も感じ取れず、また悪霊といったものも見えないようだし、家の中の呪いの品々にも興味がなく、なんとなく危険そうな場面をふわっと回避する程度には危機回避能力もあったからこそ、こうして今も生きながらえている。
祖である魔女が残した浄化の秘儀は、血を受け継いだ者にしか行えない。
だからこそルドミーナやパルフェットはあの家にいても呪いの影響を受ける事もなく、悪霊に関しても徐々に力を弱めて最終的に消滅させられるけれど。
父はそうではないので、場合によっては悪霊数体とかち合って知らない間に死にかける、なんてことだって有り得たのだ。
けれどもそれらを見事に回避していた。それは、一種の才能と言えたのかもしれない。
傍から見れば無神経だとか、大雑把なだけにしか見えないのかもしれないけれど。
フェイミィはそんな父の性質を受け継いだのだろうな、とは思うけれど。
だがしかし、危険を回避する能力は足りなかった。
結果として死んだ。それだけだ。
一応モルディルダ家の役割について、父は知らないわけじゃない。
けれども、話を聞いていても自分にその呪いの禍々しい雰囲気を感じる事もできなければ、悪霊といった存在が見えるでもない。
一切それらの存在を感知できないのであれば、与太話だと思ってしまっても仕方がないかもしれなかった。
フェイミィもまたそういった気配など感じる事がなかったからこそ。
ああして呪いの品を身につけていた。危機感を持つ事もなく。
もしちょっとでも不穏な気配を感じ取る事ができていたならば。
もしあれらの存在が見えていたのであれば。
絶対に、大量に呪いの品を身につけたりはしなかったはずだ。
一つだけならまだギリギリ大丈夫な物もあったけれど、複数身につけたものだから相乗効果があってもおかしくはなかったとパルフェットは思っている。
だが、感知できないものを忠告したところで、果たして彼女は素直に受け止め聞き入れただろうか。
平民の自覚があったかも疑わしい彼女は、パルフェットと自分は同じ立場だと思い込んでいたようにもパルフェットには思えた。
外でそんな態度だったなら相応の罰を与えたけれど、家の中だから許したに過ぎない。
許した、というか面倒だから放置した、が正しいのだが。
「あの娘の魂が取り込まれて呪いが強化される可能性もあったけれど、どうやらそれはなかったみたいだったから、そこだけは良かったのかしら」
「えぇ、むしろ彼女に呪いの力が使われた事で消耗したのか、いくつかの品の呪いの力は弱体化していましたわ。そう考えると、あの娘の存在は無駄ではなかったのかもしれません」
「ふふ、それもそうね」
にこやかに微笑むルドミーナとパルフェットにとって、フェイミィの命なんてその程度の価値でしかなかった。
次回短編予告
転生先で、転生ヒロインさんに退場してもらうべくそこはかとない行動にでたモブの話。
次回 原作を知らぬモブですが
原作の内容なんて知らなくても相手が転生者なら方法はそれなりにある。
現代人に限るけど。
投稿はそのうち。