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②私たちという現象は

失敗だった。おれはそのままアリアをどっかに追い出すつもりだったが、名前を変更する際、マスター権限を使うにあたりマスター権限を取得してしまっていた。


「わかった。じゃあ俺がマスターでいいからどっか行ってくれ」

「『美少女』は一週間以上マスターの半径百メートルから離れられません」

誰かに売却するのはシステム上可能そうだったが人間を売るのは気色悪いし、無償で知り合いに譲渡するのも捨て犬拾ったのと訳が違うので、俺はこいつのマスターとなった。

ソファに座らせ、コーヒーを二杯入れてテーブルに置き、俺はダイニングチェアに座る。


「改めましてマスター。お名前をうかがっても」

「香坂有燈。有機体の有に、電燈の燈、火へんの方の燈でユウト。変な名前だろ。ハリアほどじゃないけどな」

「春と修羅」

「え?」

「私という現象は、仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です」

「どうしたんだよ急に」

「宮沢賢治の作品、「春と修羅」にそのような一節があるのです。それを思いだしました。とても、綺麗な名前だと私は思います」


父親は近代文学、特に宮沢賢治の研究をしてる学者だったことは知っていた。

名前の由来なんて聞いたことがなかったし、その機会は永久に失われたわけで、そのことを思うと心臓がヒリついた。俺はお父さんが死んで、お母さんが死んで悲しかった。


「あなたは(うた)で、私は独唱(アリア)なのですね。わたし、あなたの名前も、あなたがくれた名前も、なんだか大好きになりました」


アリアがそう言ってほほ笑んだ。

それだけで、有燈は春と修羅の有燈だということにした。

確かめる機会は過去に去ってしまったが、今このとき。

アリアが初めて見せた人間味は。アリアが俺の名前も俺がつけた名前も大好きだって笑ってることは。

そしてアリアが俺に向ける脳天が痺れるような真っ白な微笑みは、俺の名前が意味あるものだとするのに十分な煌めきを持っていた。


「タメ口にしない?居心地悪いからさ」


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