プロローグ:記憶喪失
「んなっ……なにが……起きた?」
俺は身体中を走る激痛で目を覚ました。
痛みに耐え、身体を起こすと服はあちこち破れてるし至る所から出血していて頭部から流れる血が目に入る……。
「なんだ……なにがあったんだ?」
誰の返事もない。聞こえるのは水の流れる音だけだ。
目の前の川で手や顔についた血を洗い落とすと少し落ち着いた。
ようやく周りの状況を見る余裕ができたが、どうやらここはどこかの峡谷らしく、いくつもの岩肌が見える崖や大木が空を狭めていて薄暗い。
自分が倒れていた場所の後方には一際大きな崖が切り立っていた。
まさか……俺はあそこから落ちたのか?
「うわぁ、たっけぇ……よく生きてたな」
見上げると崖の上に動くいくつかの影が見えた。
人?魔族?魔獣?獣?遠すぎてよくわからない。
崖上に見えたのが魔獣や魔族なら追ってくる可能性がある、ただの獣ならわざわざ崖下まで追ってこないだろう。一番ありがたいのはアレが人間のパターンだが。
人間の敵という可能性は頭から消えている……。
……嘘だ。 落ちた時に岩か木に思い切りぶつけたのだろうという事が頭にできたコブから想像できる。
本当はここ何日かの記憶が消えている。全く思い出せない。
果たして俺はこんなところで何をしていたのやら。
「すみませーん!」と崖上の影に声をかけてみる。……返事はない。残念、人じゃなさそうだ。
それにしてもなんだここは……ただの峡谷にしては不気味な雰囲気が漂っているし。
「これじゃまるで魔王領だ」と呟くがそれはおかしい。
もし本当に魔王領だとしたらまだここへ挑むはずがないのに、なぜこんな所に?
とりあえず川を下ればどこかにつくだろうと歩き始めると立ちくらみがしたので座り込む……思った以上に出血が多すぎたかも知れないな……まったくこんな時、回復魔法やら移動魔法が使えればいいのに……。
川べりで休憩をしていると何やら森の方から急に人の気配がした。『移動魔法』特有の気配の現れ方だな。
「なぁ、アンタら!助けてくれ、どうやらそこの崖から落ちたみたいで怪我がひどいんだ。」
暗くて姿は、はっきりとは見えないが森の方へと声をかける。
その人たちはこちらへ近づかずに何か話してる。
「……ウソだろ?!マジで生きてんのかよ?!」
「はぁ?なんで死んでないのよ?つーかコイツ、なんで普通に話してるの?」
「やはり無理でしたか、化け物ですね……」
その声を聞いてわかった。コイツらは剣士のルーシー、女はアスモ、敬語の男はレヴィ……同じパーティメンバーだ。
「お前らだったか、よかった……誰かポーションか回復魔法をかけてくれ……」
「はぁ?何言ってんだコイツ?」
ルーシーはどこかバカにするような雰囲気だ。
確かに俺たちの仲は良くないが同じパーティの仲間になんだ、この露骨に嫌な態度は……?
「ねぇレヴィなんかおかしくない?」アスモがレヴィへと訊ねる。
「えぇ……まるで記憶が……」
「そうなんだよ!どこかに頭打ったみたいで記憶が――」
言い終わる前にアスモがこちらを指さし詠唱した。
「氷槍」
「は?っグハッッ……!」
尖った槍のような形をした氷の塊に腹部を貫かれたっ!完全に貫通してる!?
脳が激しすぎる痛みをシャットアウトし、ただ目の前が白くなり――。
――その衝撃的な痛みで記憶が戻る。
あぁ……そうだ。
思い出したよ。
お前らが俺を殺そうとしたんだ。
あぁ全部思い出した。
「ちょっ!いきなり何をするんですかアスモ?!」
「コイツは危険なんだから殺せる時に殺すべきでしょ!?」
「よくやったアスモ!いきなり土手っ腹にぶち込むなんて、お前は本当にいい女だ!」
「二人ともまだ油断しないでください!ヤツの化け物っぷりはアナタたちもよく知ってるでしょう。」
「うるせぇよレヴィ。お前はメンタルが雑魚すぎる。記憶もねぇヤツにビビるな。コイツはもう終わりだよ!」
「ねぇルーシー、首切り落として王様に献上するんじゃなかったっけ?」
「あぁそうだな!忘れてたよ。……今なら防御結界も切れてるだろうしオレ様のこの聖剣でトドメといくか!」
足音が近づいてくる。
「じゃあな、化けも――」
「――笑えるよ。」
「ルーシー!下がって!危険です!」
「ウソっ?なんでアレをくらって生きてるの?!」
「ちっ!?」ルーシーは間合いをとった。
――頭が冴える。
この程度の傷で死にそうだ、なんて思ったこともコイツらを仲間だと思っていたことも。
お前ら如きが俺を――
「『移動魔』――
「初級風魔法」
レヴィが詠唱し終わる前に3人全員を風属性の魔法で吹き飛ばし強制的に距離をあける。
「なっ!初級魔法でこの威力……」
「クソ!ヤツを回復させるな!畳みかけろ!」
「待って……背中がっ」アスモは着地に失敗したらしい。
この距離ならとりあえずの回復が間に合う。
「中級回復魔法」
腹部に開いた穴を治す。本当は全身の傷も治したかったが流石に今はこれが限界だな。
血を失いすぎたし……頭痛もする。
「ただの中級魔法で私のつけた傷が完治したっての?!」
「化け物め……」ルーシーはアスモを抱き起こしながらコチラを睨みつける。
「お前達が覚えさせた回復魔法が裏目に出たな。それとさ、ダメだよアスモ。本気で殺したいなら頭を狙うべきだった。ルーシーは退魔の剣以外も持ってくるべきだったな対魔特化のそれじゃ俺は傷つけられない。それとレヴィ――」
「……死ねよクソがっ!」勇者ルーシーは叫びながらコチラへ斬りかかってきた。
だが俺の張った結界に阻まれてコチラへ攻撃が届かない。なにもせず立ってるだけで剣は弾かれる。
「学べよ、ルーシー、俺たち七年以上も一緒にいたろ?」
まぁその内の半分は――
「うるせー!テメーみたいな炭鉱生まれのガキが勇者の末裔であるオレ様に偉そうな口をきくなっ!」
結界に弾かれる剣の音のほうがうるさい。あと俺はガキじゃない。
「『氷槍』!」
氷の槍がルーシーの影から飛んできた。アスモか。
「『初級火魔法』」と手を前に出し火属性魔法で氷の槍を無効化する。
「初級風魔法」もう一度バカなルーシーには遠くへ行ってもらう。
「うわぁああっ!」魔法によって生まれた風に押し負けてコロコロころがっていく。
「アスモ、お前はルーシーの恋人ってだけでここに居るんだから大人しくしてろよ。」
「死ねよ、ゲス野郎!」アスモが鬼の形相で吠える。
「待ってください!私たちは国王に言われたからやっただけで、嫌々だったんですよ!」レヴィはこの期に及んで命乞いを始めた。
「いやぁ事情はどうあれ行動の責任は取ろうぜ」
今更命乞いなんて言われてももう遅い。
「レヴィ無駄だよ!コイツはそういうやつじゃん!」
「そうだ!今ここで殺すしかないだろ!」
馬鹿2人はまだやる気が残ってるらしいなっ……。
「あ……っ!」頭が痛い……。
さっき何かにぶつけた影響なのか一瞬激しい痛みが走った。
その一瞬をレヴィは見逃してくれない。
「『忘却魔法』!」
「ぐっっ!?あぁぁー!」
くそっ!普段なら効かない精神干渉系の魔法が刺さる。
頭の怪我の影響かっ?!
「アスモ!アナタも掛けてください!」
「なんで忘却魔法?!コイツには効かないでしょ?!」
「普段ならそうでしょうけど、今は何らかのダメージを頭部に負ってる可能性があります!だから早く!」
「アスモ、やれ!」
「ルーシー……わかった!レヴィ、アンタに言われたからやるんじゃないんだからね!」
「「忘却魔法!」」
「ぐあああああああ!」
頭が割れる……裂ける……爆発する……砕ける死ぬ痛いツラいキツヤバいおかしくなるくるうたえたれない……
「マジ?効いてるっぽいんだけど!」
「やっぱり効きましたね!頭を時々押さえているから気になっていたんですが、どうやら正解だったみたいですね!」
「おい!このままでいけるのか?!このあとどうすんだ?!」
「わかりません!だからどこか遠くに飛ばします!」
「え?意味わかんないんだけど!ちゃんと説明してよ!」
「魔力切れが近いので説明する暇はありません!アスモ!あなたも合わせてください!」
「「『転移魔法』」」
「……おい!今この場で殺すべきだったろ!」
「そうよ!ルーシーの言うとおりよ!」
「……どうやってですか?ヤツは化け物ですよ?記憶を失っていたさっきが一番のチャンスでした。」
「じゃあ今また記憶を消したんだからチャンスだったろ!」
「そうよ!ルーシーの言うとおりよ!このビビリ!」
「……もし効いてなかったら?」
「あっ……」
「効いたフリでもしてたって言うのかっ?!」
「ありえないですか?ダメージそのものが入っていたとしても記憶を消せた確証がないんじゃ……」
「……あり得ると思う。痛がってはいたけど、あの眼は……」
「アスモ!お前までそんなこと言うのか!」
「ごめん、でも――」
「まあまあ、とにかく王都へ帰りましょう、次、会うときがあればちゃんとした剣を用意してくださいね。」
「ちっ!……わかったよ。」
「もう会いたくないんだけど……」
「えぇ同感ですね。願わくばどこかで野垂れ死ぬことを願いましょう」
――――――
「…………痛い。」
身体中を走る激痛で目を覚ます。
気がつくと地べたに寝転んでいた。
辺りを見ると、ここだけ多少、草木が少ない。
旧街道なのか数年は人の手が入ってなさそうだが、とにかくこの街道っぽい場所を進めばどこかに着くはずだ。
そう楽観的に考え歩き出すと、すぐに天気が崩れたので大きな木の下で雨宿りをする。
「……ねぇアナタ人間だよね?こんなところで何してるの?」
「…………え?」
どうやら先客がいたらしい。木の向こう側から声をかけられた。声からすると女の人……?
「あっ雨宿りです!えっと……そちらは?」
「雨宿りです!ふふっ」と、笑われた。
「雨宿りなのはわかるよ。聞きたいのは人間のアナタがなぜここに来たのかって事」と言って木の反対側の住人はコチラへ回ってきた。
声の主は思わず息をのむほど美しいお姉さ「って耳長っ?!」
ついその長い耳に驚いてしまう。
「あっ!その……ごめんなさい……。」
「あー……私エルフなんだけど、もしかして初めて見た?」
黙って頷く。
その長い耳を恥ずかしそうに触る、その姿はこの世界で最も素晴らしいものかもしれない。
ボクは自分が記憶を失っているということすら忘れて彼女の美しさに魅了されてしまった。
読んで頂きありがとうございます。
今度こそ十万字と多くの方に面白いと思って貰えるのを目指して頑張りますので応援いただけると嬉しいです。感想、レビュー、ブクマ、評価お願いします。