第5章 エルフの店を堪能しました
「あら、お兄さん達、また来たの? ゆっくりしていってね」
宿を出た後、どこに行こうか迷った結果、いつの間にかこの店の前に立っていた。
この店には人を無意識に引き寄せる何かがあるに違いない。
「お姉さん、オススメのウイスキーをストレートで」
俺は練習しておいたセリフを言い、キメ顔をしながらバーテンダーの服を着たエルフのお姉さんに注文する。
よし、決まったな。
「コリン、一応言っておくがカッコ良くないぞ」
ジト目で指摘してくるオベイ。
遠くにいた他の客が鼻で俺を笑ったのが見え、俺は恥ずかしくなり思わず下を向いた。
「それにしてもお前ホントこの店好きだよな。今日帰るつもりだったが、もう一日泊まっていくか?」
「欲を言えば毎日通いたい。というかこの店に住みたい」
「それは流石に迷惑だろ」
せっかくエルフに出会えたのだ。
できるだけ堪能しておきたい。
カウンターにいたお姉さんが、注文した飲み物を渡すついでに話しかけてきた。
「あら、お客さん達外から来たの? 昨日話した感じ、そっちのお兄さんはヴァレッタの事詳しかったから、ヴァレッタの人だと思っていたのだけれど」
おっと、素面の状態で美人なエルフのお姉さんと話したらまたボロが出るかもしれない。
俺はとりあえず渡されたウイスキーを一口飲んだ。
「……よくヴァレッタには来るからな」
「そうなのね。あら、君、大丈夫?」
「え、あ、はひ? なんれ?」
なんか話しかけられた気がするが、頭がフラフラしてうまく聞き取れない。
ストレートは流石にキツかったか……。
一口飲んだだけで体の感覚が鈍くなり、目の前の景色が歪んでいく。
あ、ヤバいこれ、意識が保てない……。
◇
「飲めないくせに注文するなよ……」
「あらあら。まだお客さんもそんなにいないし、寝かせておきましょうか」
「酔っ払ったこいつを運ぶのも面倒臭いしな。助かるよ」
「ふふふ、この子は常連さんになってくれそうだし、優しくしないとね」
「商魂たくましいことで。多分優しくしなくてもこいつは来るぞ」
あっという間に潰れたコリンを見て、俺は懐かしさを覚える。
俺も最初は弱かったっけ。
辛い事を忘れるためにやけ酒しまくった結果、いつのまにか耐性が出来てしまった。
「そういえば、あなた達は何目的でヴァレッタに来たの?」
「俺は野暮用があってな。コイツはエルフに会いたいって理由で付いてきた」
「あらあら、それは嬉しい理由ね。私も話に参加していいかしら? 少し聞きたいことがあるの」
声のした方をを向くと、白いネグリジェをきたエルフが、毛布を持ってこっちに歩いてきた。
そして寝ているコリンに持っていた毛布を掛けた後、俺の隣に座ってきた。
なんだ急に思ったが、断る理由もない。
「……ああ、なんだ聞きたい事って」
「やっぱりあなたの顔、見たことあるのよね。どこかで私と会ったことない?」
「どうしたのセラフィ、ナンパの常套句みたいなこと言い出して。お客様に手を出すのは営業時間終わってからにしなさい。そういう決まりでしょ」
随分緩い決まりだな。
そういえば長命種は普通の人間より寿命が長い分、色々と温柔になりがちだとは聞いた事がある。
「違うわよ。ただ、五十年ほど昔にあなたによく似ている人を見たことがあってね。あなたのお父さんかお爺さんがヴァレッタ出身だったりしない?」
「さあな。俺は物心ついた頃には孤児だった。だから親族の顔は誰一人覚えていない」
「あら……それは悪い事を聞いたわね。忘れてちょうだい」
セラフィはそう言うと、少しバツが悪そうにしながら他の客の方へ向かって行った。
「ごめんなさいね。あの子も悪気はなかったはずよ、許してあげてちょうだい」
「そんなに気にしてないさ。それに、俺くらいの歳で孤児なんて、珍しくないだろう?」
「……そうね」
ガーナピットとの争いで国中に大きな被害が出た。
その時に孤児になった子供は少なくない。
「ねえあなた、ちょっと聞いてもいい?」
「なんだ?」
「勘違いだったら悪いんだけど、あなた、嘘ついてない?」
「ついてない。と言っても信じないだろう? このままじゃ水掛論になる」
このエルフの目は、俺が嘘をついていると確信している。
まさかこの女……。
「お姉さん、あんた幾つだ?」
「あら、レディに年を聞くのは失礼じゃ無くて? まあいいけどね。一五〇〇は超えてるわ。後お姉さんじゃ無くて、私のことはリリィって呼んでちょうだい」
「リリィさん。あんた、ハイエルフか」
ハイエルフは通常のエルフよりもさらに長命で、エルフの国の貴族や王族に多い。
長い間、地位を羨まれ、すり寄ってくる人間の嘘や造り笑顔を見てきた彼女に、嘘やごまかしは効かないだろう。
「すまないが、なぜ嘘をついてるかは言えない。だが、決して悪いことを企んでいるとかでは無いから安心してくれ」
「ねえ、あなた。もしかして……」
「うーん、あれ? 俺寝てた?」
リリィが何か言いかけた所で、カッコつけ寝坊助の目が覚めた様だ。
「あら、目が覚めた様ね。ウイスキーは飲めなさそうだし、何か別の飲み物にする?」
「それじゃあウーロンハイで……」
何があったのか思い出したのか、再び恥ずかしそうに下を向くコリン。
コイツ、頭はいいと思っていたのだが、勘違いだったのかもしれない。
それにしてもリリィの奴、おそらく気付いているな。
それなら……。
◇
「で、俺が寝ている間に何話してたんだ?」
「カッコつけておいて、すぐに撃沈したどっかの馬鹿を笑ってた」
「そ、そんな事ないですよ、ただの世間話です!」
あぁ、やってしまった。
今日の出来事は事あるごとにフラッシュバックしそうだ。
また、つまらぬ黒歴史を作ってしまった……。
そんな思い悩む俺を他所に、オベイがバーテンダーのエルフに話しかける。
「リリィさん、後でお時間をいただきたいのだが」
「ええ、お店が閉まってからでもいいなら」
あれ?
なんか俺が寝ている間に二人が仲良くなっている様な気がする。
ちゃっかり名前で呼んでるし。
コイツ、この店のエルフには興味がないみたいな雰囲気を漂わせておいて、本当は興味津々だったに違いない。
むっつりスケベというやつだ。
「……熟女好きのくせに」
「おい、変な事を言うな」
「あら、つまり私は彼のお眼鏡に叶ったってことかしら?」
それだとお姉さんが熟女だって事になるんですが。
「えっと……」
「オベイと呼んでくれ」
「あ、俺はコリンで」
「分かったわ。オベイ君は熟女が好きなの?」
「別にそういうわけじゃない。俺が惚れている女が少し年増なだけだ」
「へえ! 誰なの?」
「この国の王太后らしいです」
「お前ペラペラと喋りやがって、酔っ払い過ぎだ!」
エルフと仲良さそうなオベイに嫉妬心を煽られた俺は、酔っ払っていたのもありブレーキがぶっ壊れていた。
止められない止まらない止められない。
「何だお前、一途に愛せないのか? そんな奴に女は靡かないぞぉ!」
「そうね。浮気はダメよ」
「リリィさんも乗っからないでくれ! あぁもう! お前はもう一回寝ていろ!」
「うるせえ! 俺もエルフのお姉さんとお店が閉まった後もイチャイチャしたいんだよ! お前ばっかりずるいぞ!」
「酔いが覚めた後、今の自分の言動を思い出して悶絶しても知らないぞ。そもそもお前が思っている様な目的で誘ったわけじゃない!」
「うるせえ! 俺もイチャイチャしたい!」
「だめだコイツ、早く何とかしないと……」
「なんか面白そうな話してるわね」
声をかけられ振り向くと、白いネグリジェ姿のエルフが興味津々な顔でこちらを見ていた。
「え! あれいやそのですね!」
突然別の美人エルフに話しかけられ、耐性の無い俺は言葉に詰まる。
酒で酔っていても結局こうなるのか、我ながら情けない。
「彼の好きな人がこの国の王太后だって話をしていたのよ」
「へえ! 王族に恋をするなんてロマンあるわね。せっかくだし手紙とかで気持ちを伝えてみたら? 未亡人だしワンチャンあるかもよ? 当たって砕けてみようよ!」
いや砕けちゃダメだろ。
だが、オベイが砕ける所を見てみたい。
俺はオベイの肩にそっと手を置き、促す。
「よし、砕けよう」
「砕けたらダメだろ! そもそもそんなことをする資格、俺にはない」
「あら、いくら相手が王族だからって、思いを伝えるのに資格なんていらないでしょ。そんなイケメンなのに、恋愛事に謙虚なのねえ」
そう言いながら、ネグリジェを着たエルフはオベイの隣に座り、リリィにお酒を注文する。
そして、右手で髪先を指でクルクルと回し、左手でオベイの背中をバシバシと叩きながら。
「若いんだからもっとズバズバ攻めなさいな。遠慮なんてしてたらいつかきっと後悔するわよ」
「セラフィ、アンタは少し遠慮をしなさい。オベイ君困ってるでしょ」
リリィはセラフィを注意すると、話題を変えるために俺に話を振ってきた。
「コリン君は気になる人とかいないのかしら?」
「……っ! お、お姉さんの事が気になります!」
「あら嬉しい」
心臓をバクバク鳴らしながら割と攻めた回答をしたはずなのに、笑って流される。
「やめておけ。女性の扱いに慣れていないお前じゃあこの店のエルフには歯が立たないぞ」
オベイが嘲笑するかの様に俺の肩に手を置いて煽ってくる。
そしてさらに畳み掛ける様に。
「こいつ、昨日の真夜中に一人で決めポーズとセリフの練習をしていたんですよ。痛過ぎて見てられませんでしたね」
さっきの仕返しと言わんばかりに、この店全体に聞こえる様に大きな声で俺の痴態を言いふらす。
他の客のみならず、エルフの店員達までもが俺の方へ視線を向けてきた。
「や、やめろー! 俺の負けでいいから!」
「ふん。歩く黒歴史製造機が恥の掻かせあいで勝てるわけないだろ」
「何だその不名誉な呼び方は! そんな事ない!」
俺は机にてのひらをバンバン叩きつけ抗議する。
そんな俺を、オベイは鼻で笑うと。
「こいつ、初めて会った時、道に座り込んで花占いをしていたんだ。その内容がな……」
「やめろっていってんだろ! 俺が悪かったから!」
その後も今までの異世界生活でやらかしたエピソードをバラされ、最初は面白そうに聞いていた皆がドン引きし始めた所で俺が見事な土下座を披露し、恥暴露大会(ほぼ一方的)は終わりを迎えた。
◆
「もうあの店行けねえよ……」
店の外に出た俺は、その場で膝から崩れ落ちた。
「どうせ明日にはコロっと忘れてまた行きたいって言ってるよ」
「俺の知能は鶏並かよ」
俺を送り出す時の店員達の引き攣った笑顔が頭をチラつく。
これ絶対定期的にフィードバックして悶え苦しむ奴だ。
そんな俺を苦しめた原因の男は、横で眠そうにあくびを噛み殺しながら。
「どうする、まだ行きたい所はあるか?」
「いや、もういいや。宿に帰って今日の記憶が無くなるまで寝たい……」
ケモミミはまた今度来た時に拝むとしよう。
帰るために立ちあがろうとしたところで、自分の足が思う様に動かないことに気がつく。
「あれ? イテテテテ。足が動かないんだが」
「……筋肉痛だな。多分この店に行くまではテンション上がってて気付かなかったんだろう」
「え、待って。これ本当にヤバい、歩けない」
立ちあがろうと力を込めるたびに足の筋肉が悲鳴を上げる。
「……この店で少し休ませてもらうか」
「待ってくれこれ以上恥をかかせないでくれ」
結局、オベイに肩を貸してもらいながら宿まで戻った。
◇
結局次の日もコリンに半ば強引に誘われてエルフの店に行った。
あいつの頭は鶏並み、いや、それ以下かもしれない。
バカなのか天才なのか分からないな。
◆
「だめだ! 全然上手くいかねえ!」
ヴァレッタから帰ってきて三ヶ月ほどたったある日。
地面でのそのそ動いているザリガニを見て、俺は絶望していた。
あれから俺は魔力が貯まるたびに魔法を発動していたのだが、水を出そうとしても石ころが出たり、ショボい生物を召喚したりと、何も進歩していなかった。
「魔力も全く増えないし、術式も全然使いこなせていない。もう魔法を使うのは諦めて、気分転換に農業でもしたらどうだ?」
「せっかく魔法がある世界に来たのに畑耕して過ごすなんて、そんな勿体無い事するわけないだろ! 俺は絶対に諦めないからな!」
とはいったものの、術式を構築するコツが全く掴めない。
「以前言っていた指向性エネルギー砲とやらを作ってみたらどうだ? 弱い魔物程度なら倒せると思うぞ」
そんなものを使ったらほとんどの魔物は木っ端微塵になると思うのだが。
そもそもこの世界にある素材で作れるか怪しい。
それに。
「俺は魔法で戦いたいんだよ、地球の兵器なんて使ったら世界観台無しじゃないか」
「そんなのにこだわっていたら、いざという時に自分の身を守れないぞ」
呆れて溜息を吐きながら、構造式と睨めっこをするオベイ。
俺が化学反応式という存在を教えた日から、自分の分かる範囲で教えているのだが一向に進歩しない。
「お前は俺とは逆で、こういうの苦手だよな」
元素記号を覚えたり日本語を習得するのはすぐだったのに、何で構造式などの仕組みは未だに理解できないのだろうか。
「暗記をするのは得意なんだが、計算をしようとするとなんか記号や数字が頭の中で踊り出して何がなんだか分からなくなるんだよ」
「なるほどわからん」
術式の組み立てと同じ様にはいかないらしい。
オベイは、貧乏ゆすりをしながら持っていた紙をゴミ箱に投げ捨て、頭を抱えて唸る。
それはまるで点数が伸び悩む受験生の様な、哀愁漂う姿だった。
「別にそんなの理解しなくても、この世界では生きていけるだろ」
「解析の効率が良くなるから覚えたいんだが、諦めも肝心だな」
覚悟を決めてビリビリと紙を破きながら、スッキリした様子のオベイ。
……俺も諦めれば幾許か気分が楽になるのだろうか。
いや、それでも俺は諦めないけどね!
「さーて、続きを取り組むとするか」
「またか? 一日の半分くらい、解析に費やしてないか?」
「これからはもっと費やせるぞ」
「お前、ヴァレッタから帰ってきてからやけに気合い入っているよな。もしかしてあのエルフのお姉さんと夜に会った時に何かあったのか? 術式十個完璧に解析できたら結婚してあげるわとか言われたのか?!」
「そんなわけないだろアホか」
「じゃあ会って何してたんだよ! 次の日店行った時なんか二人の距離感縮まってた感じしたし!」
もう十回以上同じ質問をしているのだが、オベイは一向に話してくれる気配がない。
ただ、早朝に帰ってきたオベイは眠そうに目を擦りながらも、何かつっかえが取れた様な、爽やかな顔をしていたのを覚えている。
「気のせいだ。そんなくだらない事聞いてる暇があるなら手伝ってくれ。またあの店連れてってやるから」
「任せろ」
その日解析できた術式の数は、またもや最高記録を叩き出したそうだ。