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第3幕 術式を解析します

「おーい。そろそろ飯にしようぜ」


 そう言いながら、オベイはどこからか狩ってきた巨大な猪の魔物をゆっくりと肩から下ろす。


「飯食い終わったら、今日も色々教えてくれ」


「へいへい」


 異世界に来て数か月。

 オベイは地球の科学に対し興味津々で、すきあらば色々聞いてくる。

 代わりに俺は魔法について色々教えてもらっていたのだが……。


 俺は魔力が致命的なまでに少ないらしい。

 異世界に来たばかりの頃、手のひらから少量の水を出しただけで立ち眩みを起こしていたが、あれは魔力欠乏症というものだそうだ。

 いわゆる貧血の魔力版。

 つまり俺の体は魔法を打つのに適していない、才能が皆無という事だ。

 

「魔法で魔物を討伐とか、憧れてたんだけどなあ……」


「なんだコリン、まだそんなこと言っているのか」


 うじうじしている俺に対し、オベイは大きくため息を吐くと。


「そんなに魔法が好きなら、俺の術式解析を手伝え」


「なんだそれ」


 何故だろう、その言葉の響き、ワクワクする。

 厨二心がくすぐられるワードだ。


「まあ、聡明そうめいさならお前は俺にも劣らないから大丈夫だろう。完璧な映像記憶能力、分野を問わず膨大な量の知識。記憶を失う前のお前が一体何をしていたのか、非常に気になるな」


「それは俺も知りたい。てか、お前ってホント自己評価高いよな」


「客観的に見て、己が常人より優れていることを理解しているだけだ」


 ここまで自信家だともはや尊敬できる。

 それはともかく、記憶喪失のせいで自分に関する記憶や情報が何一つ思い出せないので、客観的な目線から見た自分など何一つ分からないが、オベイから見ると自分はなかなか優れているらしい。


 どうせ暇だし術席解析というものに興味もある。

 手伝ってみるか。

 そういえばなんで自分が異世界好きだということは覚えていたのだろう。

 イシスのあの時の反応を見るに、色々と訳ありらしい。


 ◆


「まず、術式というのが何かについてだが」


 飯を食い終わった俺は、オベイの作業室で説明を受けていた。


「簡単に言うと魔法を言語化したものだ。人間のイメージが魔力をかいして術式化され、世界の法則に介入し、改竄かいざんするというのが魔法の本質だ」


 つまり俺が昔発動した水魔法は、魔力を使って大気を水に書き換えたという事か。


「つまり言語解析ってことか。解析をするメリットはなんだ?」


「炎の魔法を打つ時に炎を思い浮かべるよりも、その術式を思い浮かべた方が消費魔力がはるかに少なくなる」


「つまり、魔力の少ない俺でも大魔法が打てるようになるってことか?」


「理論上、消費魔力がゼロの状態で魔法が打ち放題になる」


 何それ最高じゃないか!

 それなら魔力量がカスな俺でも魔法が打てる、俄然がぜんやる気が出てきたぞ。


「その顔はもうやる気満々って感じだな。それじゃあ早速取り掛かるとしよう」


 オベイが二枚の紙を渡してくる。

 俺がその紙に目を通すと、そこには見たこともない、文字と呼べるのかすら怪しい何かがびっしりと書かれていた。


「それは片方が土を飛ばす魔法の術式、もう片方が火を飛ばす魔法の術式だ。それの解析を頼む」


「わかった」


 とりあえず、二つの魔法の術式を照らし合わせて、同じ部分を見つけよう。

 その部分が『飛ばす』という意味なのだろう。


 そう思い、数分の間探していたのだが。


「なあ、同じ文字すら出てこないんだが、どういうことだ?」


「人の言葉では同じ表現だとしても、術式でそうなるとは限らないからな」


「おいちょっと待て、それって……」


 つまり。

 術式を一つ解析すること自体が、未知の言語を一つ解読することに等しいということ。


 これは骨が折れそうだな……。

 だがパズルのようで少し楽しそうだ。

 俺は、作業に本格的に取り組もうと意気込み、袖をまくった。


 ◆


「なるほど、これも大体分かったぞ」


「期待はしていたがまさかここまでとは……。お前、やっぱりすごいな……」


 一時間で三つほど解析した俺に対し、鳩が豆鉄砲を食ったような表情をするオベイ。


「長年解析し続けている俺よりも早いぞ」


「いやこれ、化学反応式にちょっと似ているんだよ」


 化学反応式というワードを聞いたオベイが首を傾げる。


「なんだそれは? またカガクに関する事柄か」


「反応機構……って言っても分からないか。物質の変化を表現するための図表のことだよ」


「カガクハンノウ……それについて詳しく教えてくれないか?」


「うーん、どの部分から説明しようか……そもそもここでいうカガクは科学じゃなくて化学のことで……」


 ◆


「なるほど、奥が深いな」


「さすがに魔法に頼りっきりの世界とはいえ、少しはそっち方面も進んでいると思ったんだけどな」


 どの世界でも未知への探求心に溢れた人間は必ず現れるはずだ。

 地球の科学だって、そういう人達が長い時の中で一歩一歩発展させてきたのだ。


 だから意外だと、俺は軽い気持ちで問いかけてみた。

 だが、オベイはそれに対し、重々しい口調で答える。


「そんな余裕はないんだよ、この世界には」


 色々思うことがあるのか、悲しみと憎しみが入り混じったような、複雑な表情をするオベイ。


「前に話したことがあるヴァレッタ王国の話だが、世界有数の大国であるヴァレッタですらかなり危機的な状況にある。何故だか分かるか?」


「魔族による侵攻か?」


 この世界に来てすぐの頃、オベイに教えてもらった魔族という存在。

 知性の高い人型の魔物で、他の魔物を操ることができ、会話も可能らしい。

 この世界は、魔物を率いる魔族と人族が種族の存亡をかけ争っているとのこと。

 イシスも、この世界は魔物のせいで人類の存続が危ぶまれているとか言ってたっけ。


 だが、オベイは首を横に振り否定する。


「魔物も確かに脅威だが、一番の原因はそいつらじゃない」

  

 自然災害が原因だとしたら、このような怨念がこもった表情にはならないだろう。

 だとしたら、この世界に来たばかりで知識が浅い俺でも察しが付く。

 さっきの表情から見て、こいつは過去にそいつらによって大事な何かを失った様だ。


 どの世界でも、人間がいる限りその天敵は消えない。

 その正体は。


「人間か?」


 俺の問いに、オベイは静かに頷いた。


「十年以上前、ヴァレッタは隣国のガーナピットに侵略された。何とか追い返したヴァレッタだったが、損害はかなりのものになった。そんな状態を見逃さなかった魔族達は、即座にヴァレッタを襲撃。結果、ヴァレッタは領地の三割を魔族に奪われた」


「人間達で争っている場合じゃないだろ。なんで一致団結しないんだ?」


「ガーナピットの王が、ヴァレッタの巨万の富と広い領地に目がくらみ、属国にしようとしたんだ」


 欲に負け、大悪手を指す。

 どの世界にも愚王ぐおうはいるんだな。


「もちろんヴァレッタ側も他国のそういった陰謀いんぼうに対する警戒をおこたっていたわけではない。だがまさか、戦力が十倍近く違うガーナピットが単体で攻めてくるとは夢にも思っていなかった。そして、ヴァレッタ王国が苦戦した原因の一つは……一人の子供が発動した魔法だ」


 オベイの声のトーンが急激に下がり、俺は思わず息を呑む。


「……そんなに強い子供だったのか?」


「いや、違う。魔力量が平均より少し多かっただけの子供だ。ただ、生まれた時から調教され、感情を失い、ただの自爆人形になった哀れな子供だがな」


 話していくうちに、オベイの表情がどんどん険しくなっていく。

 まるで親の仇を思い出しているような、そんな憎しみに満ちた表情。

 それは子供を自爆人形にした者への厭悪えんおの表れか、はたまた別の何かに対してか。


「命を媒介ばいかいとした自爆魔法。それによってヴァレッタ王国の兵士の半数が死んだ」


「半数?!」


 単純に計算すれば、その子供が二人いれば最悪世界有数の大国の兵力が消滅するということだ。

 それに、地球と比べ人口が少ないこの世界とはいえ、大国の兵の半分といったら数千、数万はくだらないだろう。

 数十万かもしれない。

 それを、たった一人の子供が殺したのか。

 

戴冠式たいかんしきに兵力が城に集まるのを見計らって、調教された十人の子供達が送り込まれた。九人は魔法発動前に抹殺したが、子供を手に掛けることを躊躇ちゅうちょした兵士が一人殺し損ね、自爆魔法は発動してしまった」


 オベイは大きなため息をつきながら、椅子に倒れ込む様にように座る。

 そして虚ろな目をしながら、何かを願うように悲壮感溢れる声でささめいた。


「子供一人の力で国同士の勢力図が傾きかねない。もし俺が異世界に転生できるのなら、魔法の存在が無い世界に行きたいものだ」


 この世界では子供ですら簡単に人を殺せる。

 日本より、遥かに死と隣り合わせな世界。


 少し考えれば分かる事だった。

 いや、分かってはいたが目を背けていた。

 魔法がある世界は憧れの対象で、空想上の異種族がいて、魔物の脅威などはあれど、なんだかんだ楽しい場所だとそう思いたかったのだ。


 だが、ノンフィクションは甘くない。


「すまん、少し取り乱した。お前の前で話すことじゃなかったな」


「いや、大丈夫だ。こっちこそ、辛い話をさせて悪かった」


「俺が勝手に話しただけだ、気にするな」

 

 一緒に住んでいて、薄々違和感は感じていた。

 こんな大森林の奥地で一人で住んでいたのだ。

 何かしらの事情がありそうだなとは思っていたが……、あまり深く追求するのはやめておこう。


「なあ、一つだけ質問してもいいか?」


「ああ」


「オベイは魔法が嫌いなのか?」


 俺の質問に、オベイは少し考え込むように目をつぶった。

 そして、急に吹っ切れたように高笑いをすると。


「大好きさ。そうじゃなければ術式解析こんなことなんて続けていられるか。不思議だよな。魔法には計り知れないほどの憎しみがあるはずなのに、その魅力から目が離せない。もはや呪いだ」


 呪いか、言い得て妙だな。

 オベイは何故術式解析なんてしているのだろう。

 魔法を効率よく発動するという目的もあるだろうが、それ以外の目的もありそうだ。

 術式の解析をしたことで、俺の中で一つの仮説が生まれた。

 もしもこの仮説が正しければ……。


「……とりあえず作業を再開するか!」


「ああ、そうだな」

 

 ……あまり憶測おくそくで物を言うのはやめておこう。


 今の俺を、あの神達は見ているのだろうか。

 もし見ているとしたら、憧れていた異世界の酷い現実に言葉を失った俺を見て、楽しんでいるかもしれない。

 ずっと森の中でひっそりと生活している俺に、飽き飽きしているかもしれない。


 考えたら腹が立ってきた。

 ええい、何か楽しいことを考えよう。

 そうだ、オベイにずっと聞きたいことがあったんだ。

 俺が異世界に来たら絶対に会ってみたいと思っていた、地球では神話にしか出てこない空想上の存在。


「なあ、エルフってどこに行けば会えるかな」


 そんな俺の急な発言に、オベイは一瞬きょとんとした顔をすると。


「エルフか。ヴァレッタに行けば普通に街中を歩いているぞ。俺もちょうどヴァレッタに用事があるし、明日にでも行ってみるか?」


「おう、そうさせてもらうよ」


 嫌な事ばかり考えていても仕方がない。


 俺はこの世界に降り立ったのだ。

 たとえ理想と違う現実に打ちのめされようと、魔法の才がなかろうと、その事実は変わらない。

 ならばせっかくの第二の人生を全力で謳歌おうかしようではないか。


 まずはエルフでも見て癒されに行こう。

 やばい、楽しみで今日は寝られないかもしれない。

 

 ちなみに、この日の術式解析の進み具合は、今まででダントツだったそうだ。

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― 新着の感想 ―
オベイさん、かなり親切ですね。 彼とは良いパートナーになれそう。 そして異世界と云えばエルフ。 これは外せないですよね。
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