番外編 妖精国に行きました⑤
「ダーマ、久しぶりね」
「フィーナ様……本当にフィーナ様なのですか?」
「フフ、何よダーマ。そんなにカチコチして、可笑しいわね。正真正銘フィーナよ」
フィーナがくすくすと笑う。
確かにロボットみたいな動きになっているダーマは見ていて面白い。
そんなことを思っていると、フィーナがこちらに向かって歩いてきた。
「一応聞いておくけど、あなたがコリン君で間違いないわね?」
「は、はい! 間違いないです!」
ちなみに俺もダーマのことは笑えません、心臓が口から飛び出そうです。
なのでついぎこちない返事をしてしまう。
「さっきの発言だけど……ダーマだけじゃなくて私にも向けられた言葉って認識でいいのよね?」
「は、はい! 相違ないです!」
あれは育ての親と生みの親、どちらにも向けた言葉だ。
ダーマは、俺がどうお願いしてもきっと首を縦には振らないだろう。
だから俺の作戦は、ここにフィーナを呼び出して許可をもらうというものだった。
「だけど、私が来ていなかったらどうするつもりだったの? 私が来る確証なんて無いわよね?」
「完全に賭けでした。でもこの状況を見ていてくれたのなら、きっと来てくれると思っていました」
そもそもフィーナがもう神に成っているかも分からない。
この状況を見ていてくれているかも分からない。
分の悪い賭けだったが、天は俺に味方してくれたようだ。
「そう、なら賭けはあなたの勝ちね。いいわ、娘をよろしく頼むわね」
「ありがとうございます!」
よっしゃああああああああああああああああああああ!
「フィーナ様?! 駄目です! こんな甲斐性なしに……」
「ダーマ」
フィーナに少し棘のある声色で呼ばれたダーマは、飼い犬のように大人しくなる。
「私が居なくなった後、あなたがあの子を大切に育ててくれたことに関してはとても感謝しています。でもいくらなんでも子煩悩がすぎるわよ、その調子じゃいつまで経ってもあの子に貰い手が出来ないじゃないの」
「で、ですが! 彼奴はただの穀潰しですぞ!」
「それならいい案があるわ」
いい案?
首を傾げる俺とダーマに対し、フィーナはとんでもないことを言い放った。
「コリン君。あなた、この国の次期国王になりなさい」
「「え?」」
俺もダーマも一瞬何を言われたのか分からなかった。
コクオウ?
黒王?
……国王?!
「ええええええええええええええええ?!」
「ままま、待ってくださいフィーナ様! 彼奴はそもそもエルフではありません!」
「別に国王がエルフじゃなくちゃダメなんてルール、私は作ってないわ。王妃がエルフならなおさら問題はありません。それにダーマ、あなたには後継ぎがいないじゃない。あなたもいい年だし、丁度いいでしょう?」
「う、それはそうですが……」
ダーマが痛いところを衝かれ、押し黙る。
「そういう事で、どうかしらコリン君?」
フィーナが上目遣いで聞いてくる。
ついさっきまでこの俺が国王なんてできるわけがない! と思っていたのだが……。
上目遣い可愛いなあ……。
エルフの国の王になれば毎日エルフに囲まれて暮らせるのか。
最高かもしれん。
「謹んで承ります」
俺って単純だなあ……。
「良かった。あなたのような優秀な人間がエルフィーナを治めてくれるのなら安心だわ」
「優秀? 自分がですか?」
褒めてもらえるのは嬉しいが、なぜこの人はこんなに自分を買ってくれているのだろう。
俺について知っていることなんて『カミナリ』に打たれていることと、無職ニートであることだけだろうに。
「イシスちゃんから話は聞いていたけど、『カミナリ』に打たれて飛ばされた世界で、魔王を倒しちゃうような人間が優秀じゃない訳ないじゃない。私なんて新環境に慣れず、すぐにポックリ逝っちゃったわ」
俺は少しサポートしただけでほとんど倒したのはオベイですけどね。
なるほど、たしかフィーナは蘇生魔法のエキスパート。
イシスは昔、自分が生と死を司る女神とか言ってた気がする。
同じ仕事仲間とかで、おおかた俺に対する愚痴でも聞かされていたのだろう。
「頭もキレるようだし……。あら、神界規定を破って来ちゃったからそろそろ帰らないと。コリン君、死んだら神界でお茶でもしましょ」
「長生きするつもりなのでずいぶん待たせるかもしれないですよ」
これからもっと楽しくなりそうだからね。
たっぷりと人生を謳歌していくつもりだ。
「それじゃあね、二人共。今日は久々《ひさびさ》にすっごく楽しかったわ」
「待ってくださいフィーナ様!」
帰ろうとしたフィーナをダーマが呼び止める。
「私も、必ずいつかお会いしに行きます!」
「そう、楽しみにしてるわ。でもすぐには来ちゃだめよ?」
「ええ、あの子に会えなくなるのは嫌ですし。……まだしばらくは後釜に帝王学や腹芸を叩き込むという勤めもありますから。なあに、寿命で死ぬ時に転生魔法でも使えばきっと会いに行けるでしょう。最悪コリンに何とかしてもらいます」
「え?! 俺がですか?!」
なんて無茶を吹っ掛けるんだこの人は。
だが、無理ですと答えられるような雰囲気ではなかった。
……これからもこの人には振り回されそうだ。
オベイに転生魔法をかけてもらって、俺が時間ごと魔法の発動を停止させて、ダーマの寿命が尽きる時に解除させるとか。
でも「仕方がないので転生させました」とか言ったら、ゼウス様に大目玉を食らいそうだ……。
なんて適当に考えながら、少しの間二人の微笑ましい談笑を聞いていた。
「じゃあそろそろ本当に帰るわ。二人共、仲良くね?」
「わ、分かりました……」
ダーマが不服そうに答える。
……今までのお礼に、少しだけやり返してやろう。
「ええ、フィーナ様に誓って絶対に言い争いなどはしません。めちゃくちゃ仲良くします」
「な、貴様?!」
「フフフ、私もちゃんと神界から見てるからね」
これならこの先も大丈夫そうだ。
「フィーナ様」
「呼び捨てでいいわよ。どうせもうすぐ同格になるでしょ、私達」
「じゃあフィーナさん。最後に一つだけ質問してもいいですか?」
「いいけど、本当に今すぐにでも帰らないとだから出来るだけ手短にね!」
フィーナは俺達に背中を向けると何かを短く唱えた。
彼女の体が淡く光りだす。
「どうして神界規定を破ってまで来てくれたんですか?」
「だって私があそこで現れたら……」
フィーナはクルリとこちらに振り向くと。
「すっごく面白そうだって思ったからよ!」
屈託のない笑顔でそう言った。
◆
「てなことがあってだな。無事OKを貰ってきた」
「エルフは面白いことに目がないとは言ったが……まさかそれを利用して神を呼び出すとは……」
俺の話を聞いたオベイは、何故か顔を引き攣らせていた。
「忘れていたけど、そういえばコリンって結構すごい奴だったな」
フィグナルも酷いこと言ってくる。
「……」
いつもはやさしい声をかけてくれるライドルも、なぜか俺の顔を見たまま何故か冷や汗をかいていた。
「まあそれはともかく、お前がエルフィーナの国王になるとはな。もちろんヴァレッタとは仲良くしてくれるんだよな?」
「それはもちろんだ。というかお前たちと敵対するとか、怖くてできねえよ」
オベイより先にアレシアに睨み殺されそうだ。
「亜人の国で国王になるんだ。いくら世界を救った勇者といえど、亜人の中には即位したお前を心良く思わないやつもいるだろう。まあお前ならきっと大丈夫さ」
「なんかフィーナさんにもそれっぽいこと言われたけどさ。俺のどこにそんな信頼できる要素があるんだ? もしかして、褒めておけばなんでもしてくれる好い鴨だとでも思われてるのか?」
「「「……」」」
「あいつ、もしかして鈍感系キャラとか目指してます? それとも、そんなことないよって言われることで自己肯定感満たそうとしてるとか……」
「いえ、多分ですが本気で疑問に思われているかと……」
「そもそも時を止められることをに対して、微塵も凄いなどと思っていないような奴だぞ。そんな化け物が常人と同じ価値基準な分けないだろう」
なんか三人が俺を除け者にしてこそこそと話し始めた。
「お、おい。なんだよ急に。どうしたんだよ」
「……お前が化け物だって話をしてたんだよ」
「なんだよ藪から棒に」
鴨よりも例えが酷いじゃないか。
「まあとりあえずそれは置いといてだ。ヴァレッタに帰ったらコリンの就職祝いをしないとな」
「就職するのはまだまだ先だけどな」
さて、これから忙しくなるぞ!
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『この数か月後、エルフィーナに即位した新たな王は。
「エルフは俺のいた世界では憧れの存在でした! 命に代えてでも守ります!」
戴冠式の後に民衆に向かってそう熱弁し。
エルフを誘拐、密売する輩を、持ちうる知恵を絞りつくし、本気で殲滅した。
ヴァレッタという大国とも友好条約を結び、他の国との外交も上手くいき。
亜人と人の関係も以前よりとても良好なものとなった。
多くの人に感謝され、尊敬され、救世主と持て囃されたその男は。
時にはやらかして大恥を掻いたり、悲しい出来事に涙したりしながらも。
その命尽きるまで全力で人生を謳歌したのであった』
おしまい
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暇な時に各キャラの過去エピソードでも書こうかなって思っています。
でも今はこの作品の続編、『ノンフィクションは甘くない』の更新をそろそろしたいので書くのは結構後になるかも?




