番外編 妖精国に行きました④
あれから丸一日、死ぬほど調べ、考えた。
やれることはやった。
明日はヴァレッタに帰る日、チャンスは今日しかない。
俺は覚悟を決め、一人でダーマに会いに行く。
城の門番に話を通し、ダーマのいる王座の間へと案内してもらう。
ダーマは俺を見るなり、不快そうな表情を隠そうともしない。
「なんだ貴様、懲りずにまた来たのか。私も暇ではない、さっさと帰りたまえ」
「耳寄りな話を持ってきました。少しだけお時間をいただけませんか?」
「耳寄りな話?」
妖精国に来た時に感じた違和感。
そして先日の発言から推察できる、ダーマの未練。
「『カミナリ』に撃たれた人間に、もう一度会いたくはないですか?」
それを聞いたダーマは一瞬目を大きく見開くが、すぐに平静を装う。
ダーマはフィーナというエルフにご執心だ。
この城が神殿のような形なのは、おそらくフィーナを祀っているのだろう。
自分の考察が合っていて嬉しそうではなかったのは、フィーナが遠くの地へ飛ばされたと知り、もう会えないと思い落胆していたからだ。
「談話室へ行くぞ、付いて来い。他の者は付いてくるな。私が出てくるまで、何人たりとも談話室に近づくことは許さん」
よし。
ここからが勝負だ。
◆
「会えるのか」
部屋に防音魔法を施し椅子に座ったダーマは、最初に短くそう言った。
「絶対にとは言い切れませんが、可能性ならあります」
「貴様、私と話をしたいが為に適当を言ってるのではないだろうな」
ダーマが鋭い眼光でギロリと睨んでくる。
適当言ってました! などと冗談でも言おうものなら、問答無用で八つ裂きにされそうだ。
「適当じゃないですよ、方法は二つあります。一つは陛下が『カミナリ』に打たれるという方法。もう一つは俺が頑張って何とかするという方法です」
「??? どういうことだ? ふざけているのか貴様?」
揶揄われていると思ったのか、ダーマが腰に下げた剣に手を伸ばそうとする。
「ち、違います! 実は……」
命の危機を感じた俺は、大慌てで『カミナリ』について説明した。
「……つまり、貴様やアシュランは死んだら神になるということか。そしてフィーナ様も……」
「そうです。なので、もし陛下も『カミナリ』に打たれれば、死後、神界で会えると思います」
「なるほど、だが簡単ではないだろう。星を破壊するほどの魔法を発動できる魔王ですら『カミナリ』は打たれなかったのだ」
「とすると、俺がなんとかするしかないってことですね……」
フィーナとダーマを合わせる。
方法としては、宇宙船を作ってひたすら宇宙を探し回ったり、死んだ後に神の力でなんとかしたり。
前者は論外だ。
この広い宇宙から人を一人見つけ出すなど無謀すぎる。
それに、そもそもフィーナはもう死んで神に成っている可能性もあるのだ。
後者の方はまだ希望が持てる。
だが、神界規定に阻まれたり、神の力がそこまで万能では無かったりなど、実行できない可能性は十二分にある。
そしてもう一つ、方法がある。
いくつかの条件が重ならないと無理だが、条件さえそろえばほぼ確実に二人を合わせることができる。
これに関してはほとんど運次第だが……やるしかないか。
「もちろん約束したからには全力を尽くします。ですが一つだけ条件を飲んでもらえないでしょうか」
「……娘との交際を認めろと?」
ダーマが眉を顰める。
「それを交渉材料にするつもりか。私が自分の欲のためなら娘を簡単に差し出すような腐れ外道だとでも思っていたのか? 何処までも人を苛立たせるのが上手い小童よ……!」
ダーマの殺気が俺の心を締め付ける。
だが、俺は覚悟を決めたのだ。
これくらいで怯んでいられない。
ここぞとばかりに捲し立てる。
「必ず娘さんを生涯幸せにしてみせます! 俺が死んだ後も神界から見守り続けますし、何か危険があったら時間を止めてでも、神界のルールなんて無視してでも助けに行きます! 死んでも役に立つ超お得物件ですよ!」
「……確かにそれは貴様にしかできない芸当、魅力的な提案であることは認めよう。だがそれは、貴様が本当に死後、神に成るという証明できればの話だ」
「それは……」
ごもっともな意見だ。
そして証明できる手段は、今の俺には何もない。
……胸騒ぎがする。
良かった。
どうやら俺の作戦は成功したようだ。
「貴様のした話はどれも夢物語のようなもの、鵜呑みにする方が難しかろうて……貴様、なぜ笑っている。まさか本当に証明できるとでも?」
「後ろを見てもらえれば、きっと信じてもらえると思います」
「後ろ?」
後ろを見たダーマは息を呑み、その場で固まる。
昨日、ダーマのことを調べていて驚いたことがあった。
齢三千を超えてなお、一度も妻を娶った記録が無いのだ。
育ての親は間違いなくダーマである。
では、生みの親は?
ダーマは震える声でゆっくりと、そこにいるはずのない存在に声をかける。
「……フィーナ……様?」
そこにはリリィによく似た、神々しい衣装に身を包んだ端麗な女性が静かに微笑んでいた。
◇
数時間ほど前。
神界にて。
人間界の様子を見ながら、首を傾げている女神がいた。
「どうしたんじゃイシス? たしか、少し前にアシュランにお願いされた運命操作をしていたのではないのか?」
「その最中だったのですが……、なんかコリンが怪しい行動をしているのが気になって」
「ふむ、どれどれ。……どうやら小規模な範囲の時を、頻繁に一瞬だけ止めているようじゃが……」
「はい、ゼウス様に注意されたのにまた時空間干渉をしているのも気になります。まるで私達に何かメッセージを送っているような……」
「確か奴の生まれ故郷の地球にはモールス信号というものがあったのう、えーと確か……思い出したわい。なになに? ……ふぃーなさまをつれてきて? フィーナと言えば……あのエルフか。たしかアシュランと同郷だったはずだが……」
「フィーナちゃんとは同じ仕事仲間です! ちょっと呼んできますね」
◆
「呼んできました!」
「ごきげんようゼウス様、何か御用ですか?」
「うむ、このコリンという人間が君をずっと呼んでいてのう」
ゼウスはコリンの様子をその場に映し出した。
「コリン? イシスちゃんがちょっと前に散々愚痴を吐いていた人間ですよね。確か彼も『カミナリ』の対象者だとか。でも面識はないはずです……あら? 彼のいる場所はエルフィーナ? それに向かっている場所は……もう少し見てみましょう」
◆
「あはははは! そういう事ね」
フィーナの笑い声が部屋中に響き渡る。
「イシスちゃん、ゼウス様。 私ちょっと行ってきます!」
「え、どこに? まさか人間界?!」
「管轄外の星に許可無く降りるのはご法度じゃぞ?」
「分かってます! 罰なら後で受けます!」
そう言うが早いか、フィーナは人間界へと降りて行った。
途中からそうなるであろうと察していたゼウスはやれやれと首を振ると。
「イシスよ。人間界管理局へ行って、今のフィーナの降臨は儂が許可したと報告してきてくれんかのう」
「……分かりました。今度フィーナちゃんにスイーツ奢ってもらおっと」
少し面倒くさそうな表情をしながら、イシスが部屋を出ていく。
一人部屋に残ったゼウスは、未だに映し出されているコリンを見ながら一言。
「この男を見ていると、退屈しないわい」
そう呟き、少し笑った。




