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番外編 妖精国に行きました③

 ダーマが壁に手を当てると、この部屋全体が一瞬、紫色に淡く光った。

 おそらく強化魔法を付与したのだろう。


「さあ、これで暴れても部屋の外に被害は出るまい。心置き無くかかって来るが良い」


「ま、待ってください、お義父とうさんを倒すなんて……」


「誰がお義父さんだ!」


 まずい、火に油を注いでしまった。


「貴様から来ないのなら私から行くぞ。二度と娘に関わらんよう、完膚かんぷなきまでに叩きのめしてやる!」


 彼女の家に挨拶に行って、相手の親と殴り合いになったなんて洒落しゃれにならん。

 なんとしてでも止めなくては。

 

 俺はさっきから傍観ぼうかんを決め込んでいるオベイに助けを求める。


「なあオベイ、お前もダーマさんを止めるの手伝ってくれ!」

 

「あそこまでキレたあの人を止めるのは無理だ、大人しくボコられてこい」


「勘弁してくれ! この際少し手荒でもいいから拘束魔法とかでさ!」


「そんなので止まるわけないだろ? ダーマ殿の事を甘く見過ぎだ」


「何をコソコソ話している! なんだ、アシュランに助けでも求めていたのか、情けない奴め。ふん、いいだろう。勇者と呼ばれ舞い上がっている若造共に稽古けいこをつけてやる」


 そう言うが早いか、ダーマが炎魔法を繰り出す。

 

「『否定』! なんで俺まで……」


 間一髪、オベイが魔法を掻き消した。

 それを見たダーマは少し驚くが、すぐに次々と魔法を繰り出していく。

 

 ダーマが魔法を放ち、オベイがそれを消していくのを見ながら、俺は一つ思うことがあった。


 この人、シンラよりも強くないか?


 明らかにシンラよりも放つ魔法の威力が高く、範囲も広く、次の魔法を発動するまでの時間も短い。

 現にオベイの『否定』も徐々に追いつかなくなり、完全に消滅せず少し被弾ひだんしている。


 俺がなんとかしなくては。


「【いい加減子離れしろ! 今いくつだよこの親バカが!】」


「?!」


 俺は叫びながら魔法で巨大なドライアイスを作る。

 もちろん面と向かってそんなことを言えるわけがない。

 少しでもこちらに意識を寄せるために適当に叫んだだけだ、他意は無いよ、うん。


「今のは貴様の生まれ故郷の言語か。何を作ったかは知らんが、貴様ごとぶっ飛ばして……」


 ダーマが言い終わるよりも早く、俺はドライアイスの上に水魔法をぶっかけた。

 ドライアイスが急激に温められて気化し、あたりが白い煙におおわれる。


「煙幕か。ふん、小癪こしゃくな」

 

 ダーマは全く怯むこと無く、煙をドライアイスや俺ごと風魔法で壁に叩きつける。


 背中痛ぁ!


 だがその一瞬は、オベイが守りから攻めに転ずるには十分だった。


 無数の『光弾』がダーマに襲いかかる。

 だが、それがダーマに命中することはなく、突如生えてきた巨大な植物のつるさえぎられた。

 

「無詠唱で世界樹の一部を召喚できるとか、相変わらず反則じみた強さですね……」

 

「お主こそ、魔法を消せるとは。あの魔王を倒しただけのことはある」


 もうアンタが魔王倒しに行けば良かったんじゃないかな。


 互いに褒め合う二人を他所に、俺はダーマの強さにドン引きしていた。

 そんな俺をダーマはジロリと睨みつけると。


「さて、コリンよ。なぜ貴様は時を止める力を使わない。まさか遠慮でもしているのか?」


「そういう訳ではなく……神から使用を禁止されているもので……」


「なるほど。なら娘に使うことはできないのだな、それは良かった……。それはともかくだ。それでは貴様は絶対に私は倒せん。今の戦闘を見るに、お前は多少起点が効くだけで単純な戦闘力は平凡以下だ。私を倒せない程度の男に娘を任せる事は出来ないな。大人しく諦めてもらおうか」


 大人しく諦められる訳がない。

 だがこの頑固親父の許しを得られる気がしない。

 どうすれば許可が貰える?

 考えろ。


 俺がここで引く気がない事を悟ったオベイが、万が一ダーマに聞かれても大丈夫な様に、日本語で耳打ちしてくる。


「【おいコリン。ダーマ殿が機嫌をまた損ねる前に帰るぞ。今粘ったところでボコボコにされるだけだ】」


 ……ちくしょう。


 ◇


 その後、コリンは悶々《もんもん》としながら宿屋で一夜を明かし、今に至る。


「……おかしいだろ。なんであんなに強いんだよ。もうあの人が魔王倒しに行けば良かったじゃん」


「そもそも亜人族と魔族は敵対していないから戦う理由もない。今回の礼も魔王討伐に対してではなく、シンラの無差別自爆魔法を止めた事に対するものだろうしな」


 約千五百年前まで、この世界の知的生物に亜人族という分類はなく、人族と魔族の二種にのみ分けられていた。

 今の亜人族は皆魔族に分類されており、人族からの迫害の対象になっていた。


 そのため、人族を忌み嫌う亜人族は決して少なくない。


「まああの戦いでリリィに何かあれば、間違いなくエルフィーナは魔王に敵対していたがな」


「おい、ちょっと待て。お前がリリィに協力を求めた本当の理由ってまさか……」


 コリンが椅子が倒れるのも気にせず、勢いよく立ち上がるとオベイの胸ぐらを掴む。

 だがオベイはそれに怯む事なく、淡々と話す。

 

「やっと元気出たようで何よりだ。……そうだよ、俺達が万が一負けた場合の保険だ」


 ヴァレッタが滅びても、魔王軍とエルフィーナが敵対すれば、人間側の勝機はついえない。

 それに、アレシア達をエルフィーナに亡命ぼうめいさせれば命は助かる可能性が高い。


 理屈は分かる。

 実に合理的な判断だ。


 だがコリンは、リリィを利用したことと、裏切られたような感覚から激しい苛立ちを覚えていた。


 オベイはガーナピットと違い、どんな状況でも他人の命を軽く扱うようなことは絶対しないと思っていた。

 互いに信頼している仲間だと思っていた。


 綺麗事が通じるような世界ではないことは、コリン自身も分かっている。

 オベイは本来そんな選択をする人間ではない。

 それでも、大切な存在を守るために、苦渋くじゅうの決断をしたのだろう。


 オベイを非難するのは違う。

 悪いのはオベイではなくその時の状況だ。

 

 そう自分に言い聞かせ、コリンは胸ぐらを掴んでいた手を話し、謝罪する。


「いや……すまん」


「一発くらい殴られるかと思ったんだがな。そもそもこの案はリリィ自体が言い出したことだぞ」


「へ?」


 オベイの思わぬ発言に、コリンの目が点になる。


「本当は強化魔法を打ったら引いてもらう予定だったんだが、どうしても前線で共に戦いたいって懇願こんがんしてきてな。そこそこ戦えるだの、例え私が死んでもエルフィーナが魔王と敵対するからお得だの。いつまで経っても騒々《そうぞう》しいから渋々《しぶしぶ》許可した。ちなみに前線で戦いたい理由は面白そうだからだそうだ」


「ええ……」


 リリィのあまりの無鉄砲さに、コリンは言葉を失う。


「エルフっていう種族は長く生きている反面、言動は子供なんだよ。というかアホだ」


「なんてこと言うんだ」


「今まで会ったエルフを思い出してみろ。皆そうだっただろ?」


「……確かに」


 何度も男に騙されては酒を飲んで忘れ、また繰り返す学ばないセラフィ。

 怒っていても美味しいご飯を食べたらコロっと忘れるリリィ。

 大好きな娘のことになると話が通じなくなる親バカダーマ。

 

 コリンには他にも思い当たるふしがいくつもあった。


「つまりだ。子供心をくすぐるような、面白そうな話を持っていけば、ダーマ殿の癇癪かんしゃくも治るはずさ」


「……ちょっと考えてみる」


 その後、コリンは飯も食べずに、一日中千思万考(せんしばんこう)していた。

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