番外編 妖精国に行きました②
部屋に入ると、真っ先に大きなテーブルが目に入る。
奥に一人分、手前に二人分のご馳走が並べられていた。
ダーマは使用人達を全員部屋から立ち退かせると、奥の席に座る。
「さて。人払いは済ませてある。念の為、部屋全体に防音魔法も施しておいた。それでは楽しい食事会を始めようじゃないか」
……なぜ防音魔法?
「おいコリン、何ぼーっとしてるんだ。さっさと座れ」
「あ、あぁ」
一抹の不安を抱えながら、俺は席に座った。
気を紛らわせようと部屋中を見渡す。
高い天井には大きなシャンデリアがぶら下がっていた。
壁の大理石は顔が映るほどしっかりと磨かれいて、所々に豪華な装飾が施されている。
隅々まで敷かれている絨毯も、独特な模様がとても美しい。
思わず見惚れていると、ダーマとオベイが食事をしながら会話を始めた。
「それにしてもお久しぶりですね。二十年ぶりでしょうか」
「ガッハッハ、まさかあの時の若造が更に若くなるとは」
「ダーマ殿は相変わらず、見た目はお変わりないようで」
「私からしたら二十年などあっという間だからね」
俺の不安とは裏腹に、先程の硬い雰囲気はどこへやら、二人は会話に花を咲かせていた。
「それにしてもお主、見た目だけでなく、言動まで若返ってないかね?」
「アレシアにも言われましたよ。やっぱり肉体が若いと精神年齢も若返るのかもしれません」
「ふむ、面白そうだな。私も転生を試みようか」
「確かにダーマ殿なら成功するかもしれませんが……オススメはしません」
「冗談だよ。もし失敗して死んだら、娘に会えなくなるじゃないか。それに、雷に撃たれるのもゴメンだ」
「「?!」」
思いもよらない発言に、俺とオベイは驚きを顕にする。
その表情を見てダーマはニヤリと笑うと。
「その反応……どうやら当たりのようだ」
「……何故『カミナリ』のことを知っているのですか?」
「なーに、ただの憶測だよ。昔、お主以外にも不自然に雷が落ちたエルフがいたのだ。その方の名はフィーナ。エルフという種がまだ迫害されていた頃、この国を作り上げたエルフの英雄だ」
ダーマは食事の手を緩め、尚も話し続ける。
「彼女は蘇生魔法の使い手だった。死んだ者の蘇生、それが出来るだけで破格の存在だったが、彼女の使える蘇生魔法はどんどん進化していってな。しまいには肉体が無くても、どんな昔に死んだ者でも蘇らせる事が出来るようになってしまった。そして、自分の想い人を蘇らせようとした瞬間、彼女に雷が落ちたかと思えば、跡形もなく消え去ってしまった。私も当時その場にいてね。消えたフィーナ様を必死に探したが、世界中探し回っても結局見つからなかった」
ダーマは食事の手を止め、ナイフを置いた。
カランという乾いた音が、静かな部屋に響き渡る。
俺もオベイも微動だにせず、只々《ただただ》ダーマの次の発言を待っていた。
「なあアシュランよ。お主は雷に打たれてから数年後、記憶がない状態でこの星の外から来たと聞いている。そこまでの情報から導き出した私の推測だが……。我々を管理している上位存在が、世界の均衡を崩しかねない人間を雷で排除する。その人間は記憶を消され、遠い星に転移させられる。違うかね?」
「……さすがダーマ殿。粗方合っています」
「なるほど……。その真意を知っているということはお主、我々を管理している上位存在と接触した事があるな? まああらかた理由は予想はできるがな」
「いやはや……やっぱりダーマ殿には叶いませんな」
オベイがここまで低姿勢なのも珍しいが頷ける。
ほとんど情報がないのに、ここまで真実に辿りつけるとは。
おそらく彼は、神界規定で神が人間を殺さないことなども推測出来ているのだろう。
流石は三千年生きているエルフ。
アレシアやナナシロに脅された時は、俺がビビる姿を面白がって誇張しているのかと思ったが、聞いていた以上の傑物だ。
おそらく今日俺達を呼んだのも、自分の推測が正しいかを確認する為だろう。
防音魔法も、万が一誰かに会話の内容を聞かれるのを防ぐために違いない。
だが、見事に真実を的中させたというのに、ダーマの表情は笑っていなかった。
「さて、楽しい謎解きの答え合わせの時間はここまででよかろう。それでは本題に入ろうか」
「本題? 今のが本題ではないのですか?」
「君を呼んだのはそれが理由で違いない。だが隣の小童は別の理由だ」
突然ダーマの声のトーンが下がったかと思うと。
コップや皿にヒビが入り、テーブルがガタガタと震え出す。
驚いてダーマを見ると、まるで仇敵を見るように殺意剥き出しの視線をこちらに向けていた。
怒りによって増幅されたダーマの魔力の奔流が、空間を軋ませる。
これはまずい。
話し合う以前に、俺はここから生きて帰れるのだろうか。
「おい小童、なぜ貴様が呼ばれたか分かっているおろうて」
パリパリと、白い電流が空気中でいくつも浮かび上がっては消えていく。
テーブルどころではない、部屋中が震えている。
この人魔王の何倍も怖いんですけど。
オベイに助けを求めようと目配せをするが、オベイは我関せずといった感じで完全に空気に溶け込んでいる。
おそらく奴からの助け舟は期待できない、畜生。
……ここで返答を間違えたらおそらく俺は酷い目に合うだろう。
慌てるな。
落ち着いて考えるんだ。
散々シミュレーションしたじゃないか。
相手を怒らせた時は……。
あれ? どうするんだっけ?
土下座すればいいんだっけ?
思考がまとまらない。
ダーマの圧が強すぎてどうしても焦ってしまう。
こういう時、他の人ならどうするのだろう。
付き合っている人の家に行った時、相手の親御さんに言う言葉といえば……。
……冷静な思考が出来ていなかった事は認めよう。
だって仕方ないじゃないか、あの状況で落ち着いていられる人間なんているわけがない。
テンパっていた俺は、とりあえず自分の中の、この状況におけるテンプレ的なセリフを言ってしまった。
「娘さんを僕にください!」
部屋にある全ての食器が砕け散った音がした。
その音で我に帰るが、時すでに遅し。
「……今なんと?」
「あ、いえ、これは言葉の綾でして……」
「……貴様に娘はやらん、絶対にやらんぞぉぉ!」
ダーマが激昂する。
今から30秒前に戻って馬鹿なこと言った自分を殴りたい!
ええい、ここまで来たら当たって砕けてやる!
「必ず幸せにしてみせます! なので……」
「……娘からの手紙によると……君はヴァレッタの王城に住み着き、日々怠惰に過ごしているそうじゃないか。決まった職もなく、完全に穀潰しと化しているとか」
……俺はダーマと顔を合わせていられず、静かに下を向いた。
「しかも毎日のようにエルフの店に通い、色んなエルフに色目を使っているとか」
ダーマの声がさらに圧を増し、魔力圧でテーブルや椅子までもが砕け散った。
座る場所を失った俺は、静かに、速やかに、流れるようにその場で土下座をする。
「しかも貴様、時を止められるらしいではないか! 時を止めて娘に何をする気だ!」
「……待ってください! そんなつもりは毛頭ありませんでした!」
「なぜ過去形なんじゃ貴様ぁぁぁ!」
その手があったか!
最近マンネリ化してたからなぁ。
教えてくれてありがとうお義父さん。
でも時空干渉はダメってゼウス様に言われてるし……。
いや、ちょっとくらいなら許してくれるか?
「やはり貴様のような糞虫に娘はやれん! 娘の為にもここで死ね!」
壁の至る所に亀裂が入り、天井にぶら下がっていたシャンデリアも落ちてきた。
ダーマが魔力を練って巨大な魔力の球を作り出していく。
これは洒落になっていない、この人マジで俺を殺す気かもしれん。
「お願いします! 彼女を一生大事にすると誓います!」
「せめて職についた上で女遊びを辞めてからそう言ったセリフは言いたまえ!」
ごもっともです。
「これからは真面目に生きます。なのでどうか一度だけチャンスを!」
傍から見たらめちゃくちゃ軽薄そうな人間だな、俺。
「……まあ貴様は曲がりなりにもこの世界の救世主。さらにオベイやフィーナ様と同様、強大な力を持っている転移者だ。この世界のために粉骨砕身するのなら、ここで消すのは辞めてやろう。ただし金輪際娘には近づくな!」
俺のメリットほぼ無いじゃないですか。
「……おっしゃる通り、僕には勇者という肩書きがあり、多少なりとも発言力がありますし、異世界の知識もあります。その全てを惜しみなく使い、彼女を幸せにしてみせます」
確かに俺はどうしようもなく情けない人間だが、これは紛れもない本心だ。
彼女のためなら、命を燃やす覚悟も出来ている。
ダーマも人も見る目に長けた王族、俺の発言に嘘偽りない事くらいお見通しだろう。
勇者であり異世界の知識を持つという唯一無二のアドバンテージを使った自己アピール。
これで断られたらもう成す術が思いつかない。
頼む、通ってくれ!
ダーマはそんな俺の表情を見て大きく溜息を吐いた。
そして土下座している俺にゆっくりと近づいて来ると。
「どうしても私の娘を私から奪うというのなら……」
再度ダーマの魔力が昂り、部屋全体が揺れ始める。
あれ、もしかしてこの展開って。
「この私を倒して行け!」
ですよねー……。




