番外編 妖精国へ行きました①
魔王が討伐されてから数年が経ったある日のこと。
【異世界転移して魔王を討伐した勇者】という輝かしい称号を持った男は、土気色の顔で朝食を貪っていた。
「お、おいコリン。大丈夫か?」
「……」
オベイが心配して声をかけるが、聞こえている様子は全くない。
死んだ目で虚空を見つめながら、ひたすら野菜を咀嚼していた。
どうしてこうなったのか。
それは語るためには一週間ほど遡る必要がある。
◆
魔王を倒し。
宇宙人の侵略という未曾有の危機を退け。
その時の戦利品によって魔物の駆除も進んでいき。
それとともに人類の勢力圏が広がっていく。
何もかも順調に進んでいたある日。
コリンとオベイ宛に一通の招待状が届いた。
送り主は妖精国エルフィーナの国王、ダーマ•エルフィーナ。
一度正式に会ってお礼がしたいとの旨がそこには記されていたのだが。
「なあ、多分例の話もするよな」
「十中八九するだろうな。というか、今回招待された本意はおそらくその件だろう」
ともあれ、いつかは面と向かって話し合わなければならない事だと、コリンは腹を括る。
そんなコリンの不安感を煽るように、アレシアが口を開いた。
「確か妖精国の王といえば、長命種にしては珍しい、とんでもなく親バカな奴だったねえ」
「え?」
「コリンさん。ダーマ殿は三千年以上生きている海千山千の強者です。無礼な態度を取れば、命の保証はできません。くれぐれも注意してくださいね」
「お、おいナナシロまで……あまりビビらるなって」
「リリィはたしか店のエルフ達との慰安旅行でしばらく帰ってこないはず。これは俺とお前の二人で行くしかなさそうだ」
「それも見越したうえで、このタイミングで招待状を寄越してきたのかもしれないねえ。どうするコリン、念のため『光の加護』でも付けていくかい?」
「物騒なこと言わないでくださいよアレシアさん……」
◇
という経緯で、俺とオベイはエルフィーナへと向かう馬車に揺られているのだが。
俺はここ数日間、満足に睡眠を取ることが出来なかった。
会ってなんて言えばいいんだ。
娘さんを僕にください! とでも言えばいいのか?
不敬罪で首を刎ねられたりしないだろうか。
そうだ。
オベイも同じ状況になったことがあるはず。
「なあオベイ。おまえってこんな時、どうやって相手の親を納得させたんだ?」
「納得させたというか……アレシアの親御さんは、俺との婚約に対して最初から賛成だったらしくてな。二つ返事でOKをもらったよ」
駄目だ何の参考にもならない。
俺は聞く相手を変えることにした。
御者兼護衛としてついてきたフィグナルに声をかける。
「フィグナルさん! こんな時どうやって相手の親を……」
「私の妻のご両親も積極的で……食い気味にOKを貰ったなぁ」
フィグナルが懐かしそうに顔を綻ばせる。
こっちも駄目だ!
それならば回復魔法師としてついてきたライドルに!
「ライドルさん! どうやって……」
「二つ返事で……」
「誰も参考にならないんだけど?!」
俺は思わず大声でツッコんだ。
「おいおい、あまり大きな声を出すなよ。魔物や賊が出てきたら面倒だろ」
「普通こういう挨拶イベントって、みんな何かしら苦労するんじゃないのか?! 相手の親から無理難題を吹っ掛けられて、達成出来たら認めてやるとか! どうしても娘と結婚したいならこの私を倒して行けとか!」
「全く普通じゃないが……まあそういう親もごくたまにいるというのは確かだ。今から会いにいく相手も間違いなくその部類だな」
「あぁ、誰か身近に俺と同じ境遇になった事があるやつはいないのか……」
俺は頭を抱えた。
今回ばかりはどうすればいいか全く分からない。
三千年生きているとんでもなく親バカな王様相手に、穏便に事を済ませられるビジョンが欠片も湧いてこない。
「そもそも俺は王位継承権があり、王立学園では体術魔術共に歴代トップの成績を納めていた世界屈指の超優良物件だぞ。それに、フィグナルは若くして王直属部隊に任命された未来有望なエリート。ライドルも数少ない国軍所属の回復魔導士だ。相手の親御さんが嫌がるわけないだろう」
さりげなく自画自賛しやがって。
それはともかく、その理論はおかしい。
何故なら。
「俺だって肩書きならお前には劣らないぞ。魔王から世界を救っているし、今この世界から魔物が減っているのは俺が昔開発した兵器のおかげじゃないか」
俺の反論に、オベイはハッと息を呑むと。
「た、たしかに。普段のアホさ加減から忘れていた……」
「ふざけんな」
「仕方ないだろう、今のお前を見てみろ。過去の栄光にしがみついているだけの金食い虫だぞ」
……それを言われたら何も言い返せないじゃないか。
城のVIPルームに居候させてもらい、食費や生活費、娯楽費に至るまで全て出してもらっている。
ほんといつもありがとうございます!
「そ、それはともかく、功績だけなら超優良物件なのは間違いないだろ!」
「まあそれは……相手の親が超親バカだったのが運の尽きだな」
「ま、まだダーマ王がお二人の関係に反対しているとは限りませんから……、もしかしたら普通に歓迎してくれるかもしれませんよ」
ライドルが優しく声をかけてくれる。
ヴァレッタの優秀な回復魔導士は、精神面のケアも一流なようだ。
そうだ。
俺はこの世界を救った勇者。
それに、現在人間が魔物から領土を克復出来ているのも俺のおかげだと言っていいだろう。
余計なことを考える必要はない。
ただ、自分の魅力と誠意を正直に伝えればいい。
そうすればきっと、悪いようには転ばないはずだ。
◆
妖精国エルフィーナ。
この世界で唯一、エルフによって治められている国である。
巨大な世界樹を中心に国が広がっており、その世界樹の麓には、ダーマ王のいる城が聳え立っていた。
ヴァレッタの城も十分大きく豪華だったが、それとは比べ物にならない程、妖精国の城は大きく圧倒的な存在感だった。
独特な模様が彫られた太い柱が何本も立っており、所々に散りばめられたエメラルドは、遠くから見ても分かるほどキラキラと輝いていた。
城というより神殿の様な形だ。
フィグナル達に見送られ、案内人に連れられて城の中に入ると、数十名の使用人が規則正しく並び無言で頭を軽く下げていた。
しかも全員エルフである。
普段城に住んでいながらもこのようなVIP対応に慣れていない俺は非常にソワソワしていた。
ふとオベイを見ると、全く動揺した様子はなく、凛とした姿で立ち振舞っている。
さすがは王族、こういうのは慣れているのだろう。
城内をゆっくりと眺める余裕もなく、緊張しながら脳内でダーマと会った際のシミュレーションをしていると、あっという間に謁見の間へと通される。
玉座に座っている、少し年老いた姿のエルフ。
あの人がダーマか。
自分が今まで会ったことある者の中で、彼に最も既視感のある者の名を挙げよと言われれば真っ先にゼウスと答えるだろう。
それ程に彼からは只者ならぬ雰囲気と圧を感じた。
……今俺のこと一瞬睨んだような。
……気のせいだよな?
「ダーマ様、お二人をお連れいたしました」
「うむ、ご苦労。下がって良いぞ」
案内人が頭を下げてその場を去る。
「よくぞ参った、勇者達よ。我々が今も生きているのはお主達のお陰。エルフを代表してお礼がしたく、今日は招かせてもらった」
「ありがとうございます。魔王討伐の際はダーマ殿のご令嬢の協力無しでは成し得なかったでしょう。こちらからもお礼申し上げます」
「その件も含め、個人的に話したい事がたくさんある故、これから三人水入らずで食事でもどうかな?」
「ダーマ殿とゆっくり話せる機会なんてそうありません。喜んで」
「ふむ、コリン殿もそれでいいかな?」
「あ、はい! 喜んで!」
緊張のあまり、ほぼ悲鳴に近い返事をしてしまった。
オベイが横で笑いを堪え、肩を震わせている。
まずい、このままだと例の話をする前に評価が下がってしまう。
なんとか平常心を……。




