番外編 レッツ執筆②
「うーん、やっぱりあの二柱目線の話も入れた方がいいかな?」
オベイの代わりに執筆を始めたコリンは、頭を悩ませていた。
「じゃあ呼んでくるか」
「私は必要ないだろう。帰らせてもらう」
「ダメだ。お前には俺達にビビりまくってる心情描写を書いてもらうんだからさ」
「私がいつお前達にビビったのだ! いい加減なことを言うな!」
「めちゃくちゃビビってただろ。俺に手を吹っ飛ばされたり、発動した魔法の正体を見破られたり、時間止められたりした時」
「最後だけは確かに少しだけ……だがそれ以外は多少驚いた程度だ! 貴様の記憶ではどれだけ自分に都合良く美化されているのだ!」
ここでオベイ。
何かを察したのか、コリンの書いていた原稿に手を伸ばす。
「おいコリン、今書いてある分だけでいいから見せてみろ」
「あ、ちょっと待っ……」
「時間を止めて逃げようとしたな? そうはさせるか」
「ナイスだシンラ」
シンラがコリンの動きを止めている間に、オベイが机の上の原稿に目を通す。
そして一通り読み終わった後、それを全て掴み取ると。
「ここに書いてある内容が正しいか確認をとってくる」
「待って! 頼む! 書いているうちに妙に筆が乗って……ちょっと調子に乗っちゃっただけなんだ!」
弁解をしながら必死に原稿を取り返そうとするコリン。
そのあまりに必死そうな姿を見て、シンラは興味が湧いてくる。
「おい、私にも見せろ」
「コリンに奪われるなよ」
シンラは念入りにコリンを押さえつけながら、コリンの書いた文章をコリンに聞こえるように読み上げる。
「これは神界でも人間界でも無双した、一人の青年の英雄譚……。最初から既に過去が捏造されている気がするのだが」
「んー!! んー!!」
手も足も口も封じられ、まな板の上の魚のようにピチピチと跳ねながら必死に対抗の意思を見せるコリンを他所に、シンラは尚も読み進める。
「……イシスを屈服させた俺は言った。『今までの非礼は許してやる。その代わり、俺に第二の人生を歩む権利をくれ』。イシスは泣いて俺に感謝をしながら、その条件を受け入れた。こうして俺は当初の計画通り、異世界に転生することができた。普通の人間ならば、魔物などの魑魅魍魎が跋扈する異世界に生身で放り出されるのは心細いだろう。チート能力などを求めてしまっても仕方がない。だが、この男は違った。特別な力などは一切求めず、己自身の力のみで生き抜いてやるという漢気と確かなる自信が……」
「おいシンラ、コリンを解放してくれ」
シンラが拘束魔法を解くと、コリンがその場で流れるように土下座をする。
「おいコリン」
「……はい」
「イシスとのやり取りを直接見ていた訳ではないから断定はできないが。この内容、大体何割が嘘だ?」
「いやぁ、人間の頃の記憶って曖昧でな……確かこんな感じだったと……すみませんでした」
シンラとオベイから侮蔑の目線を浴びたコリンは、次第に言い訳をするのも心苦しくなり、手とと頭を床に擦り付けて詫びる。
「この調子だと俺達の事もどれだけ捏造されるか分からないな」
「というか、イシスとゼウスをここに呼ぶつもりだったのだろう? どうやってこの嘘だらけの内容で納得させるつもりだったのだ」
「……もう一つダミー用の原稿を用意したから、そっちを見せようと……」
「とことんどうしようもない奴だなお前は」
オベイは原稿をビリビリと破り捨ると、焼却炉へ放り込んだ。
「ダミー用の方も見せてみろ」
コリンはしぶしぶ机の下からダミー用の原稿を取り出す。
オベイはそれをしばらく読むと。
「いいじゃないか、細かな修正はイシスとゼウスが来てからしよう。それじゃあ呼んでくる」
そう言って部屋を出て行った。
残ったシンラは、未だに土下座しながら気まずそうに俯いているコリンを見てボソリと呟く。
「よくあんな嘘八百を並べた草稿を書けるな。貴様には恥やプライドというものがないのか。こんな情けない奴に私は負けたのか……」
「それ、ガチトーンで言われるとかなり心にくるな。いや、あの、ほんと……調子乗りました……すみませんでした」
腕を組み、冷ややかな目で見下してくるオベイを前に、コリンは再度、手と頭を床に擦り付けた。
◆
「えー、もうちょっと私の事神々しく書いてよ! 呼吸するのも忘れるくらい美しい女神〜とか。何よその顔、嘘はついてないでしょ!」
「俺はさっき事実しか書かないって固く決心したからな。却下だ……イテテテテ、やめろって!」
不満そうな顔でコリンの頬をつねるイシス。
そしてその横で無精髭を撫でながらゼウスが原稿を読んでいる。
「ふむ、ワシの事について、ちょいと怖く書きすぎじゃないかのう」
「いや、めっちゃ怖かったですよ。それこそ呼吸も出来ないくらい」
「あ、ちゃんと私と会った時の事も全部書いてよね! なんか空飛ぼうとピョンピョン跳ねたり、今日からお前は俺の妹だとか言ったり……」
「なあ、やっぱり書くのやめていいか。このままだと俺の黒歴史がたくさん記されただけの本になっちゃうんだけど」
「お前目線で話を進めるってことはお前の生き様を書くってことだろ。そうなるのは必然じゃないか」
コリンが執筆をして、出来上がった原稿を一枚ずつ皆で確認していく。
その間、シンラは思い出したくもないオベイ達との戦闘の記憶を掘り返し、イライラしながらその時の心境を殴り書きしていた。
そしてある程度書けたのか筆を置くと、荒々しく席を立つ。
「もういいだろう、今度こそ私は帰らせてもらう」
なんで俺がこんなことを……と呟きながら、シンラはそそくさと部屋を出て行った。
その後も、彼らは昔の事を一つ一つ思い出し、その度に会話に花を咲かせる。
「大体、俺はまだ何も悪い事はしていなかったはずだ! タイムマシンで時間旅行する計画を立てていただけじゃないか!」
「計画を立てたいただけならね。本当にタイムマシンを完成させちゃうんだから、『カミナリ』に打たれても仕方ないでしょ……。地球担当のエルメスも凄いびっくりしてたわよ」
「そもそも、時間遡行や時間停止などが出来る者など、神にもほとんどおらんからのう。それを魔法すら使わずに出来るお主は普通に頭おかしいぞい」
「俺も昔、少しコリンの書いた設計図を盗み見たことあるんだが、何が書いてあるか全く分からなかった。分からないはずなのに嫌な汗が止まらなかった。あれはやばいものだって本能的に感じていたのかもな」
コリンが『カミナリ』の対象になった経緯だったり。
「へー、俺がカミナリに撃たれる少し前に『近々、神に一計企てる人間現る?!』なんて見出しの新聞が出てたのか」
「だからそれがコリンのことだと思っていて警戒してたんだけど、違ったのよね。アポロン様の占い的中率はかなり高いから心配してたけど、杞憂に終わって良かったわ」
「あぁ、それは多分オベイのことじゃな」
「あぁ、多分俺のことだな」
「「?!」」
一計企てた奴の正体が分かったり。
「そういえばオベイ、なんでアシュランじゃなくてオベイって名乗っているんだ?」
「お前にアシュランって呼ばれるのもなんか違和感があるからな。それに、俺をアシュランと呼ぶのはアレシアだけでいい」
「相変わらず、お前は神になっても一途だな」
「お前だって人のこと言えないだろ」
「二人とも家族思いなのはいいけど、様子を見に行くって名目で人間界に行き過ぎよ。仕事だって溜め込んでいるんでしょ? せめてもう少し行く頻度を抑えて……」
「「断固拒否する」」
惚気たり。
「呼び方は神なのか人なのか、数え方は一柱なのか一人なのか! よく分からん紛らわしい!」
「誰もそんなこと気にしないわい、好きに書きなさい」
なんてどうでもいいことを話したり。
皆で昔の出来事を懐古しながら。
彼はまた、筆を動かす。




