番外編 レッツ執筆①
神界にて。
早々に筆が止まり、悩んでいる新米の神がいた。
「なあ、コリン。やはり俺に執筆は無理だ。代わりに書いてくれ」
「勘弁してくれよ、俺もそういうの書いたことないんだよ。オベイならすぐに慣れるって」
〜数時間後〜
「なあ、一応第1章を書いてみたんだが……」
「お、早速読ませてもらおう……おい、手を離せよ、読めないだろ」
コリンが強めに引っ張るが、オベイは自分の書いた原稿を頑なに離そうとしない。
苦虫を噛み潰したような表情をして、無言で抵抗している。
書いた文章を、よっぽどコリンに見られたくないらしい。
「お、おい。大丈夫だって、お前は人間の頃から大抵のことは器用にこなせてただろ。日記だって普通に書けてたし。きっと上手く書けてるって」
コリンに諭され、オベイは小さくため息を吐くと、渋々原稿を渡す。
「……笑うなよ」
「あぁ、神に誓って笑わないさ」
「全く信用できないんだが」
コリンが原稿に目を通す。
その間、オベイが緊張した表情で眺めていた。
〜数分後〜
「……えっとだな」
コリンが苦虫を噛み潰したような表情で口を開く。
その様子が、内容が芳しくない事を物語っていた。
「……筆舌に尽くしがたい……」
「……一応聞くがそれはどういう意味で、だ」
「ちょっとシンラに読ませてくる」
「待て」
原稿を持って部屋を出ようとしたコリンの腕を、オベイが逃げられないようにガッシリと掴む。
「何故シンラに読ませる必要がある」
「他の読者の評価も必要かと思ってだな」
「俺の恥を拡散する気か! その紙束を寄越せ! 消し炭にしてやる! この世から一片残らず!」
カチッ。
何かが作動した音がする。
嫌な予感がしたオベイは、すぐに空間の状態異常を元に戻す術式を組み立てたが、時すでに遅し。
しっかりと掴んでいたはずのコリンの姿は視界のどこにも居なかった。
「アイツ……!!」
拳を握り締めプルプルと震えるオベイ。
コリンを探すために部屋を出ると、イシスとドアの前ですれ違う。
「あ、オベイ! 今何か魔法発動させようとしてるでしょ! 神界での魔法の使用は緊急時以外御法度……」
「今が超緊急事態なんだよ!」
「ひぐぅ!」
オベイの物凄い剣幕に気圧されたイシスは、ビビって半泣きになる。
そしてそのまま探知魔法と転移魔法を発動させ消えていくオベイの姿をただ眺めていた。
暫くして我に返ったイシスは、目に溜まった涙を拭うと。
「わ、私の方が先輩なのに何よあの態度! 一瞬で私の上司になったからって、私の事ナメてるのかしら!」
頬を膨らませながら、自室へと戻って行った。
◆
「ハァ、ハァ、お前、隠れるの上手くなってないか?」
「あ、あぁ、やっと来たか。たった今二人とも読み終わった所だ」
神界中を探し回り、肩で息をするオベイ。
その視線の先には、何かしら気まずそうに紅茶を飲むコリンと、どこかゴミを見るような目線を向けてくるシンラの姿があった。
「……なんだシンラ、何か言いたそうな顔だな」
「……私はこんな奴に負けたのか」
「……なあ、確かに自信は無かったが、そこまで酷かったか? かろうじて読めるくらいだとは思うのだが」
オベイが引き攣った顔で二人に問いかける。
コリンは言葉が詰まったのか、ゆっくりと顔を背ける。
シンラは汚物を見るような目で原稿の紙束を掴み上げると、吐き捨てるように言った。
「これほど文才がない奴は初めて見た。どうすればここまで訳の分からない文章が書けるのかむしろ教えて欲しいくらいだ」
「い、いくらなんでも流石にそれは言い過ぎだろう。なんだ、無理矢理神界に連れてきたのをまだ根に持っているのか? 星一つ破壊できる力を持った奴なんて、遅かれ早かれ神界に召されていただろうし、許してくれよ」
オベイの使った対象の存在を否定する魔法は、物質だけを消滅させるため魂だけは残った。
そして輪廻転生する前にオベイが見つけ、神界へと連れてきたのだった。
「私怨ゆえに誇張している訳ではない! ああもうコリン、言ってやれ! オベイの才能は皆無だと! 文字を覚えたばかりの幼子の方がまだ愉快な文章が書けると!」
シンラに唆され、コリンは諦めたかのように無理やり笑顔を作る。
そして、親指を上に立てると。
「伝記は俺が書くから安心してくれ」
「分かった! 酷かったのは十分分かった! だがそこまで酷いものだったか? お前が言っていた様に、俺は人間時代、ほぼ毎日日記を書いていたんだ。慣れない小説とはいえど、流石に他人が読めないほどでは……」
そう問いかけられたコリンは何か思うことでもあるのか、額に手を当ててうーんと唸る。
そしてハッと思い出したかの様に。
「何か既視感があるなと思ったら。人間時代に術式の解読をしていた時と同じくらい何を書いているのか分からなかったな」
「おいシンラ。その手に持っているゴミの束を渡せ。今すぐ消滅させる」
シンラから原稿を奪い取ろうとするが、シンラはそれをひらりと交わすと。
「フハハハハ、安心しろ、このゴミ束は大量に複製して神界のあらゆる場所にバラまいておいた」
「貴様! なんて恐ろしいことを!」
オベイが頭を抱え膝から崩れ落ちる。
「今頃貴様の伝記(笑)はたくさんの神の目に触れていることだろうなぁ!」
私怨を晴らすことができたシンラは、勝ち誇った表情で愉快そうにオベイを見下す。
「おいコリン! 何故止めなかった!」
オベイがコリンを睨みつけると、コリンは頬をポリポリと掻きながら。
「面白そうだったから」
「このクズ共があぁぁぁぁ!」
オベイは怒りの咆哮を上げると、神界中にばら撒かれた自身の黒歴史を回収するために、どこかに転移していった。
「よし、これでこれから人間の時の黒歴史でバカにされた際の良いカウンターが出来たぞ」
「いや、この程度では焼け石に水だろう。オベイから色々聞いたぞ。義親に挨拶しに行った時の話や、貴様らが出会った時の……」
「おい、誰にも言ってないよなそれ」
「神界の第十八掲示板に貼っておいた」
「ふざけんなぁぁぁぁ!」
カチリと音がする。
体を動かせなくなったシンラは、何が起こったのか理解して自分の周囲に付与された状態異常を解除する。
次の瞬間、目の前にいたはずのコリンの姿が消えた。
おそらく第十八掲示板へ向かったのだろう。
やっと静かになったと、シンラは冷えきった紅茶を温め直し口へ運ぶ。
そして、未だに時が止まった空間と、分厚い紙束を見ながら。
「私はこんな奴らに負けたのか……」
一人で静かに落ち込んでいた。




