第17幕 ただいま
「判定結果が出たぞ! この星と地球の空気の成分は同じだ!」
「リーダーのガスマスクを外せ! 落ち着いて深呼吸させるんだ!」
周りにいた人達が、リーダーと呼ばれていた人物のガスマスクを外す。
そして、顕になった顔を見て、俺は固まった。
いや、俺だけじゃない。
この場にいる、彼の顔を見たヴァレッタの人間、全員が、だ。
あいつが居なくなってから退屈で、どこか無気力になっている自分がいた。
何をやっても心から楽しめない、酒を飲んでそれを誤魔化す日々。
そんな白黒だった世界が、一瞬で色付いていく。
「へ、陛下達を呼んできます!」
フィグナルが飛行魔法で一目散に城まで飛んで行く。
魔法の存在を知らない日本人達が、飛んで行ったフィグナルを見て目を丸くしていたがどうでもいい。
リリィも信じられないといった顔でその男の顔を見つめている。
マスクが外れたその男と、俺の目が合った。
その姿は、どこからどう見てもオベイ其人だった。
「オ、オベイ君……なんであなたが宇宙船から出て来るの?」
「オ、オベイ? 聞き覚えが……」
苦しそうな表情で呟くその青年は、何かを思い出したかのように固まった。
そして、その場で盛大に笑い始める。
他の隊員達はポカンと口を開け、大きな声で笑い転げている青年を見ていた。
しばらくして笑い疲れたのか、その青年は俺の方を見ると、懐かしそうに話しかけてくる。
「ようコリン、久しぶりだな。俺がいない間、アレシア達に迷惑かけていないだろうな?」
「……オベイなのか?」
俺の頬に、いつ振りだろう、涙が流れてくる。
「おいおい、何泣いてんだよコリン」
そういうお前だって泣きそうじゃないか。
「あの、リーダー、僕達どういう状況か分かっていないんですけど……。まず、この人は誰ですか? なんで日本語で普通に話せているんですか? ……あれ? なんかどっかで見たことある気もする……」
「あぁ、お前達。帰ったら上層部にこう伝えておいてくれ。この星にも現生人類が存在していて、我々より遥かに高度の文明レベル、戦闘力を保有していた。侵略は不可能と判断し、撤退しましたってな」
「伝えておいてくれって……リーダーは?」
「俺はここに残る」
「「えええええ?!」」
「何を言っているんですか?! 正気ですか?!」
「さっきの発作で頭おかしくなったんですか?!」
「納得のいく説明をください!」
隊員達が驚いて捲し立てる、無理もない。
「まあ詳しい事は何も言えないし、お前達も納得できないと思うけどさ、頼む」
「そんな、頼むって言われましても……」
まるで厄介な上司に無理難題を突きつけられている部下のようだ。
こいつたまに無茶言い出すよな。
仕方がない、少し助け舟を出すか。
「じゃあこいつが身を賭してお前達を守って、お陰でなんとか帰ってこれたという体にすれば良いんじゃないか?」
「いや、こちら側にも色々理由があって任務を遂行しなくては……というか君はそもそも何者なんだ!」
ごもっともな質問です。
さて、どうやって答えようか。
俺は少し考えていると、隣から肩を突かれる。
「あの、コリン君、私にも分かるように翻訳してくれない? なんて言ってるか分からないし、さっきから凄い見られてる気がして怖いんだけど……」
そういえばさっきからリリィへ向けられる視線が多い気がする、特に男達の。
気持ちはめちゃくちゃ分かる、神話や童話でしか出てこなかった美しいエルフが目の前にいるのだ。
俺も最初の頃は目に焼き付けまくってたなぁ……。
「安心してくださいリリィさん。彼らは正常です」
「え? いやどういうこと? 何も安心できないんだけど?!」
「なあオベイ、大体何があったかは察せたんだけどさ」
「流石だな、話が早くて助かる」
「私だけ蚊帳の外なのは寂しいんですけどー!」
なにやらリリィが呼びかけてくるが、少し待っていてもらおう。
ひとまずこのややこしい状況をなんとかしなくては。
「ちょっと聞きたいんだけどさ、今の地球のエネルギー問題ってどんな感じ?」
「え? あ、あと数十年もせずに無くなってしまうと予想されていますが……」
俺に唐突に話しかけられた隊員が、現状を飲み込めずオロオロしながら答えた。
なるほど、大体読めたぞ。
「だから新たに移住できる星を探しているって事か。すまないが、この星にはもう先住民がいるんだ」
「ところがだなコリン。地球の上司に、他の知的生命体が存在した場合、可能であれば制圧、占領しろって言われているんだ。もし抵抗するやつがいたら殺していいとも言われている」
「マジかよ、それは困るな」
略奪をしなくてはならないほど地球は切羽詰まっているのか。
極秘任務だって言っていたし、この隊員達はおそらく捨て駒要員、またはそれに近いものだろう。
なんの成果も得られませんでした状態で地球に帰らせるのもなんか可哀想な気がしてきた。
「何かしらの記録媒体はあるか?」
「あ、それならここにカメラが……」
「お、じゃあそれを貸してくれ。オベイ、とびっきりのやつを頼む」
「俺は顔がバレてるからリリィにやってもらった方がいいだろ」
「それもそうだな。というかお前、この星の言語、忘れちゃったのか?」
「そんなことないぞ」
オベイはきちんとリリィに伝わる言葉でお願いした。
リリィはオベイに話しかけられ、嬉しそうに目に涙を浮かべながら。
「オッケー! とびっきりのいくよ!」
とびっきりの魔法を放つために魔力を溜め始めた。
隊員達が高濃度の魔力に充てられ、形容し難い悪寒に身を震わせている中、俺はカメラを起動する。
大魔法を使う前の前兆、大地が震え出し、大気にパリパリと電気が流れる。
リリィの目に光が走り、同時に大地がひび割れ始めた。
所々から苗が芽吹き、巨大な木の蔓が地面を迫り上げる。
やがて土煙が収まると、そこには宇宙船よりも遥かに大きな木が聳え立っていた。
オベイがカメラを止めろという意図のジェスチャーを送ってきたのでカメラを止める。
「凄いな、これは確か……エルフの国の中央に生えている世界樹か?」
「そう、世界樹の一部をここに呼び出したの!」
リリィは丸太ほどの太さがある蔓をぶんぶんと振り回す。
高速で振り回される蔓が岩を木っ端微塵に粉砕し、ついでに大地も割った。
俺はそのシーンをしっかりとカメラに記録する。
「なあお前ら、ここにいる人間は皆これくらいはできるぞ。悪い事は言わない、大人しく帰っておけ」
オベイのハッタリに、隊員達は食い付く様に首を縦に振ると、宇宙船に戻っていく。
だが一人の女が立ち止まり、オベイに向かって歩いてきた。
「リーダー、あなたは一体何者なんですか?」
「……すまないが答えられない。というか答えても信じて貰えないだろう」
「……そうですか。最後かもしれないので言わせてもらいます! ……ずっと前から好きでした! 私と一緒に地球に帰りましょう! リーダー……帯向さんにどんな秘密があっても私は受け入れます……だから!」
そう言ってオベイの手を握り、上目使いで訴えるかのように思いをぶつける。
青春だなぁ。
ところでなんであいつが俺の苗字で呼ばれているんだ? などと思っていると。
突然、胸騒ぎがする。
オベイも感じた様だ。
「へえ、帰って来て早々浮気? 随分若くて可愛い子じゃない、お似合いね」
俺達は聞き覚えのある声に首が捩じ切れんばかりの勢いで素早く振り向く。
そこには、鬼の形相を浮かべたアレシアと、気まずそうに立っているナナシロとフィグナルがいた。
これが修羅場というやつか。
とりあえず空気になっておこう。
「お、おい美空。気持ちは嬉しいが俺は永遠の愛を誓った女がいる。お前の気持ちには答えられない、すまないな。『スリープ』」
オベイは物凄い早口で告白を断ると、そのまま対象の眠気を誘う魔法を使い、美空と呼んでいた女を眠らせる。
そしてその女をおんぶすると、飛行魔法で宇宙船まで飛んでいった。
「……アシュランなの? 本当に? 私達の知らない言語で話していたけれど……」
「多分後で全部話してくれると思いますよ。紛れもない、オベイ本人です」
「そう、良かった」
アレシアはホッと胸を撫で下ろすと、宇宙船の方を睨みつけ、再び鬼の形相に戻る。
「さっきの女の事についても詳しく聞かなくちゃね。久々に拷問室の出番よ。私が直々に取り調べしてやるわ」
「えぇ?! 流石にそこまでしなくても……。多分何かの誤解ですよ」
「万が一よ! 今夜は寝れると思わないことね!」
そう言いながらも、言動の節々でアレシアの嬉しそうな様子が垣間見える。
やがて、オベイが大きな荷物を持って戻ってきた。
それと同時に宇宙船が浮かび始める。
「それにしてもあんな高性能な宇宙船が作れる様になっていたのか。俺がいない間に地球の科学力もかなり進歩したっぽいな」
「いや、あれを作ったの、ほとんどお前みたいなものだぞ」
「え? どういうことだ?」
オベイは俺の質問には答えず、アレシアの方へ向かっていくとその場で見事な土下座を披露する。
「これは、俺がつい最近までいた国の最も誠意を見せる謝罪方法だ。とりあえず俺の話を聞いてくれませんか」
「大丈夫よ、あなたのために拷問室の用意をさせるわ。さあ、早速向かいましょう?」
「……それはまあいいんだが……ちょっと用事ができた。また後でな」
「何よ、逃げるの?」
アレシアがオベイの腕を掴もうとすると、その腕を掴まれる事はなく、空を掴んだ。
そこにオベイの姿は無く、俺以外が驚く。
「え?! どこに行ったの、アシュラン?!」
「今度はどこに消えたんですか父上!」
普段の凛然とした姿とは掛け離れ、ドタバタと慌てふためくアレシア。
ナナシロも頭を抱え、周囲をグルグルと見渡している。
そんな二人を安心させるため。
「あー、ちょっと呼ばれたっぽいです。多分すぐに戻ってきます。自分も行って来ますね」
俺はそう言うと、俺達にしか見えていない存在に引っ張られながら、次元の狭間へと入っていった。




