第14章 ずっとお前達を愛している
「アシュラン様! お待たせしました!」
フィグナルがナナシロとアレシアを連れて戻ってくる。
「父上……本当に父上なのですか?!」
「あぁ、そうだ。ナナシロ、大きくなったな」
その言葉で涙腺が限界を迎えたのか、ナナシロの目から涙が零れ落ちる。
それを見たオベイは、ナナシロを優しく抱きしめた。
「アシュラン、シンラを……魔王を倒したのね」
「アレシア!」
アレシアの声を聞いた瞬間、ナナシロを抱擁するのをやめ、アレシアの元に飛んでいった。
あいつ、奥さんの事好き過ぎないか?
リリィもそう思ったらしく、ぽつんと放置されたナナシロを見て少し同情の目を向けていた。
視線に気づいたナナシロは、少し恥ずかしそうに後頭部を摩りながらこちらに近づいてくると。
「リリィ殿、コリン殿。この国を、この世界を救って下さった事、心より感謝します」
深々と頭を下げ謝礼してきた。
それを見てリリィが慌てながら。
「いけませんよ、一国の王が平民に頭を下げるなんて! それに私は何もしてないです、倒したのはオベ……アシュラン様とコリン君で!」
「平民……ですか。リリィ殿。あなたは平民じゃなくて妖精国エルフィーナの王女でしょう?」
「あ、バレてましたか、あはは」
「私、仲の良かった両親が大好きだったんです」
ナナシロは、抱きしめ合う二人を見て嬉しそうに語り出した。
「父上が居なくなってから母上は、表面上では変わらずに強く振る舞っていたものの、一切笑わなくなって」
「なあアレシア、お前、俺が顔を見せた時、泣いていたよな〜。そんなに俺に会いたかったのか? 俺は会いたかったぞ!」
オベイが酔っ払いのような絡み方をしている。
抱きしめてちっとも離そうとしないオベイに、アレシアが頬を赤らめ恥ずかしそうにしながら。
「ちょっと、やめなさいよ人前でみっともない! 見た目だけじゃなく言動まで年相応になったのかしら!」
そう言いながらも、アレシアはとても嬉しそうに笑っていた。
それを見ていたフィグナルも嬉しそうに涙を拭っている。
「あいつはずっと奥さん一筋でしたよ。家にも念写した写真を額縁に入れて何枚も壁に飾っていたし、ナナシロ陛下の事も超優秀な王だ~~って親バカ全開でベタ褒めしていました」
「そうですか、父上らしいです」
未だにアレシアを抱きしめ続ける父親の姿を見て、また涙腺が緩くなったのか上を向くナナシロ。
やがて満足したのか、オベイはアレシアを抱きしめていた腕を解くと、こちらに歩いてきた。
俺はオベイの表情に違和感を感じる。
笑みを浮かべながらも、どこか名残惜しさを感じさせる表情。
……妙な胸騒ぎがした。
「フィグナルと……ライドルはいるか?」
「はい! こちらに!」
遠くで静観していたライドルが駆け寄り、フィグナルの隣に並ぶ。
「お前達の助けが無かったらシンラは倒せなかった。転生してから今まで、世話になったな」
「ありがたきお言葉……!」
「殿下のお役に立てたのなら本望です」
この二人は、俺がこの世界に来るまでの間、転生したオベイの正体を知る数少ない人間だったのだ。
おそらく、住む場所や金銭もこの二人が用意してくれたのだろう。
そんな金をエルフの店で豪遊するのに使ってしまって本当にごめんなさい。
「リリィ、コリン。二人をこの戦いに巻き込んだ事、申し訳ないと思っている。だが二人が居なかったらきっと勝てなかった。感謝している。コリン、約束通りお前は生涯遊んで暮らすと良い。金ならいくらでもナナシロから強請れ。だが俺との約束は絶対に忘れるなよ?」
なんだよその言い方……まるで……。
「アレシア、ナナシロ。また話せて良かった」
「ちょっと待ちなさいアシュラン! さっきからどうしたの? まるでまた私達の前から居なくなってしまう様な……」
アレシアが焦りを露わにしながら指摘する。
「本当はもっと話していたかったんだけどな。そろそろお迎えが来た様だ」
「ねえ、また昔みたいに私を騙して揶揄おうとしてるんでしょ? そうなのよね?」
「どういうことですか、父上……」
楽しげなムードから一転、突如張り詰めた空気になり誰もが動揺を隠せない中、オベイが悲しげな表情で口を開いた。
「もともとコリンから聞いていた話を元に、仮説を立てていたんだがな。悲しいことに、その説は正しかったらしい。俺は転生した時に、意図せず神の領域に足を踏み込んだ事があるから分かるんだ」
「どういうことですか父上、言っている意味が全く分かりません」
「コリン、お前ならわかるだろ? この妙な胸騒ぎの原因が」
勘違いでは無かった様だ。
この妙な胸騒ぎ、どこかで感じた事があると思ったが、完全に思い出した。
ゼウスと対面した時のものと同じだ。
もしかして奴が近くにきているのか? だとしたら何故?
「アレシア、ナナシロ、聞いてくれ」
「いやよ、聞きたく無いわ! 言うなら後であなたの部屋で聞くから! あなたが居なくなってからも、毎日城のメイド達が綺麗に掃除してくれているの。だから……部屋で……ゆっくりと……」
耳を塞ぎ、首を横に振りながら涙を流し、嗚咽するアレシア。
その姿を見て、唇を噛み締めながらも、オベイは話すのを止めない。
俺達は、訳も分からず固唾を飲んでいた。
「たとえ俺がこれから、記憶を失っても、宇宙の遥か彼方に飛ばされたとしても……」
どんなことがあっても決して折れずに立ち向かっていた俺の相棒は。
これから来るであろう絶望に対し、満面の笑みを浮かべ、強く、高らかに宣言した。
「『ずっとお前達を愛している!』」
その言葉と共鳴するように、オベイの魔力が膨れ上がるのを感じる。
次の瞬間、天が割れる轟音と共に降ってきた雷が、オベイの体を蒸発させた。




